66話 紺屋の白袴
「ありがとう」
少女は、自分と同じくらいの年齢の青い髪の女の子にそう言った。そしておどおどしながらこう続ける。
「ね、ねえ。君は逃げないの?」
「うん。私は、女王だから」
「……? そ、そうなんだ」
その後少女は「ありがとう」と再度お礼をしてこの場を去った。
メイド服を着た少女。クルルは瓦礫の下にいる人を救うべく足を動かす。
「ふんぎー」
家の支柱になっていたであろう大きな木をテコの原理の要領で使い、瓦礫の下にいた男を救った。
「あ、ありがとう」
「いえ。お礼はいいですよ」
「そうなのかい? ありがとう」
男はそう言ってこの場を去った。
そしてまた、彼女は人命救助に動く。
スライムの特性を使い、足の骨が折れた人を治癒して逃がす。
「ありがとう」「ありがとう」と数人に言われたあたりに、ふと女がクルルにこんなことを訊いた。
「ねえ、なんで君は私を助けてくれたの? まだ子どもなのに……」
クルルは微笑みながら言った。
「女王ですから」
女は不思議そうな顔をするが、それ以上追及せずに、何かを理解したかのようにこの場を去った。
クルルは思う。
(動けば助けれるのに、見捨てることは私にはできない。でも、これはこれで終わりが見えない)
……みんなを救いたいのに、私にはその力はない。そう、クルルは病んだ。
そんな時、魔族の男が現れる。
「優しいなあ。君は」
「……」
クルルは大人しそうな男を見る。彼の容姿は日本の高校生のようだ。
そんな男を見つめながら、クルルは思う。
(戦うより、人命救助をした方が救える命はある。だから避けて来たのに……簡単に逃げれなさそうな相手が来た)
「あの……。私を襲うんですか……?」
「うん。僕の目的は一人でも人間を捕らえることだから。……何人も瓦礫から助けられると困るんだ」
「そうなんですね……。あなたにも事情があるのは分かりました。でも、それはやり方が間違っています。ですので、止めさせていただきます」
「そっか。わかってはくれないか」
「理解はしました。でも、肯定はできません」
魔族の大人しそうな青年は笑う。
「ははっ。語彙が豊富だなあ。見たところ十二歳くらいなのに……。頑張ってお勉強してきたんだね」
クルルは照れくさそうに言った。
「ちょっとだけです。ちょっとだけ、頑張りました」
「ははっ。偉いね」
「ありがとうございます」
二人の心の壁が少し溶ける。クルルは言った。
「あの、名前なんていうんですか?」
「僕の名前か……。仲間からは、コジカ君って呼ばれてる」
「そうなんですね。よろしくお願いします、コジカさん」
「うん。……でもいいのかい? 名前なんて覚えちゃったら、本気で戦えないだろう?」
「はい。でもいいんです。戦う気はあまりありませんから」
「そっか。ならもう一度聞くよ」
青年は周囲を見回す。そしてこう続けた。
「僕の邪魔をしないでくれよ」
クルルは屈託のない声でこう言った。
「嫌です!」
青年は肩をすくめた後、音の塊をクルルの足元まで飛ばした。
凄まじい音が響く。
それを聞いていた男が一人。
「おう、すごい音がしたな」
「鍛丸さん、真面目にやらないと怪我しますよ!」
バルトスは足に火を纏い、鍛丸の持つ小枝にぶつけた。
「なんで折れない!?」
バルトスの背からカナリアルが現れ、持っていた槍で鍛丸を突く。
だが、鍛丸の服を貫くことはできなかった。
「なぜだあ!?」
「ボンダさん、あれが鍛丸さんの力です」
鍛丸は小枝に手を当て、滑らしながら思う。
(エフェクト追加。――エンチャント!)
『エフェクト』それが彼に備わった力。後天的に得た才能である。
(服には鋼と同じ効果を付与してある。もちろんこのさっき拾った小枝にも。それにプラスして、小枝には微かに水を付与する)
「おっと!」
危うく、小枝が爆発するところだった。
オレの力は、あまりにも器に不釣り合いな効果を付与するとバグを起こす。その結果、爆発してしまう。だから、慎重に、そしてわかりやすく。
その結果できた小枝は……硬くて水蒸気を放つ枝。
(心もとないが、これでバルトス君の火を少しでも妨害できれば……)
「バルトス君」
「……?」
「行くぞ」
鍛丸の靴が一瞬輝く。
(オレが憧れるヒーローの力)
超人的な跳躍力。
オレはその効果を付与した靴で二人に近づく。
そしてバルトス君の足を踏み、彼の服の襟を引っ張った。
「……!?」
姿勢を崩すバルトス君。オレはすかさずバルトス君に自分の背中を当て、体重をかけた。
その行為をカナリアルさんが見逃すわけもなく、カナリアルさんはオレに槍を刺そうとしてきた。
「……っ!」
鋭い笑みが出てしまうほど、ギリギリのところでその槍を小枝で止める。
(やべえ。さっきからずっと小枝が震えている)
これは、爆発の前兆。限界だと、小枝が言っているのだ。
(やはり小枝に鋼は無茶だった。かくなる上は自爆でも……)
オレはその瞬間、目を見開いた。
「んな!?」
急いでこの場を離れる。バルトス君は立ち上がった。
「……それが、あなたの魔術」
鍛丸はカナリアルを見る。彼の槍にエネルギーのようなものが纏わりつく。
その正体は、まだわからない。
鍛丸は経験により、それが危険だと判断したのだ。
(特撮ではだいたい、ああいうのはコンクリを簡単に壊すほど強い。避けなければ、今頃オレの頭蓋骨は木っ端みじんになっていたことだろう)
鍛丸は好奇心からの苦笑いを浮かべた。
それを見たバルトスは思う。
(なんでオレは、鍛丸さんと戦っているんだろう……)
バルトスは弱まった足の火を再点火させる。
カナリアルは槍を鍛丸に向けた。それに呼応して、鍛丸は心の底から後悔する。
(ああ、たく! 武器持ってくればよかった)




