62話 鴨が葱を背負って来る
言葉が乱暴に走り続ける。マルゴニカ王国、王都は未曽有の混乱に陥っていた。
魔族と人間。彼らの戦力差は一目瞭然だ。そもそも、ここにいる魔族は訓練を受けてきた者たち。
ただの市民が勝てるわけないのだ。
魔族はもう、王都にはびこっている。
「嫌だ……」
魔族は半泣きの女に向けて魔法を放った。
「うーひゃっひゃ! まずは一人、歩合制はこれだからいい……うげ!?」
「大丈夫ですか?」
その魔法を防ぎ、発動者の頭を剣で叩く女。
「あ、あるがとう」
「お礼は良いです。早く城へ」
「は、はびい」
女は走って城へ向かう。
私、万葉木夕奈は倒れている魔族を見て思った。
(個体によって強さが違うのは分かっていたが、これはあまりにも弱いわね)
「よし、行こう」
私も、城へ向かう。
一方その頃、城内部では混乱が起こっていた。
「まずは我々が逃げなければ!」
「いいや、逃げる前にホーガン家の財産を守らなければ……」
この国の大臣たちは思い思いのことを口にする。そこに彼女は一石を投じた。
「お黙りなさい! まずは国民の命でしょう!」
その者の名は、ミリア・ホーガン。アーサー=アーツ・ホーガンの妻であり、アリア・ホーガンの母。彼女は数名の人間を見た。
「し、しかし……! どうやって避難させるのですか!」
「ここに集めます」
「下民を城に入れるのですか!?」
「国民です!」
ミリアは言う。
「敵は、我が夫が何とかしてくれます。だから私たちは、裏方の仕事を完ぺきにこなしましょう」
「し、しかし……! ここまでの案内はどうするのですか!? わざわざ死にに行くバカはいませんぞ!」
「ノープロブレム」
ガタンとドアを開けて現れるのは、成金。
「お、お前は……カネ・マネー」
「ミーの財力を使い人を雇います。それでいいのですよね、ミリア様」
「はい。傭兵、および冒険者に伝えてください。この国を死守しろと!」
その言葉は、広がる。人の口を通して、さらに、大きく。
「おいおい聞いたか? 今動けば大金が手に入るらしいぞ」
「本当か?」
「ああ、なんてったってあのカネ・マネーの言葉だぞ」
冒険者はにやりと笑う。
「ならなるか、ヒーローに!」
国が揺れる。それを見つめるアリア・ホーガン。
彼女は呆れたように言った。
「あら? ユーナさん」
走ったせいで汗だくな万葉木夕奈は、暗い雰囲気を醸し出すアリアを睨む。
「この現状。そしてあなた。どう考えてもおかしいでしょ……! 誰よ、あなた。アリアはどこ!?」
アリア・ホーガンは笑う。
「ぶっはっは! おいおい、今気づいたが、なんでお前が国宝を持っていやがる? いくら探してもないわけだ!」
「あなたの目的はこの石?」
「ああ。だがもう契約してんのなら用はない」
「何を言って……?」
アリアは微笑んだ。なんとも厭味ったらしい顔で。
「知らなくていいさ。オレは戦争を止める。だから邪魔するな、万葉木夕奈」
「でも!……え? 今、なんて?」
「万葉木夕奈だ。これはオレのリサーチ不足だったな。まさかスライムの森付近で出会った女が勇者の姉だったとは」
「スライムの森付近?」
「ああ。だがもういい。オレはもう行く」
「だから、どこへ!?」
「このクソったれた展開を止めにだ」
私はアリアの背中を見る。残念ながら、アリアの顔は見えなかった。
「……!」
突然倒れるアリア。私はそんなアリアの肩を持つ。
「アリア?」
「……夕奈。私、今まで何を?」
遠くの小屋の中で、魔王軍幹部キョウヤは呟く。
「万葉木夕奈……雰囲気、変わってたな」
刹那、ガタンと木製のバケツを落とした音が響いた。
「い、今のは見なかったことにできませんかね?」
「な、んでお前がここにいる?」
キョウヤの前に現れたのは、数週間前に記憶を消したばかりの人物だった。
「え、えーと。実はおばあちゃんがここにいて、手伝いに来ててー、って! きゃー、殺され……もご」
村人の口を押えるスーツ姿の女。キョウヤは言う。
「黒だ。頼む」
「はい」
彼女は再び、記憶を失った。
一方その頃、アーサー=アーツ・ホーガンは戦慄していた。
(いくら何でも量が多すぎる。この男も妙にしぶとい。これは、まずいかもしれない)
「……!」
オレは魔族の男を吹き飛ばし黒い渦に向かって魔法を放つ。
しかし、それは黒い渦を通り過ぎるだけだった。
(……どうやれば、あれを止めれる?)
「おぎゃあ」
「……?」
赤ん坊のような、無垢な声が聞こえる。
「なに?」
オレは目を疑った。なんせ目の前に現れた生き物は……魔王を支えた五匹の獣の一種。
「そこまでするのか? 魔界で今、何が起きてる?」
魔族の男は言った。
「答える義理はない」
「そうか」
おれは「おぎゃー」と言う二足歩行の生き物を見る。ぼこぼこの皮脂、オレ三人分ほどある巨体。そして、それが約数百体いるという事実。
(奴らの名は、メモリープラット。記憶を遺伝させ、進化してきた生物)
「……五分はかかるな」
オレは覚悟を決め、剣を握った。
(三分で勝つ)
ミリアを守るためなら、そのくらい楽勝だ。
コツコツとヒールの音が広がる。城の中では今、二つの石が出会っていた。
「……お姉さま」
「おかえり、アリア。まだは動かないでね。それと、ユーナさん」
私は、リリアさんを見て言う。相変わらず、その大きい丸メガネの先にある目は死んでいた。
「はい」
「戦ってください。それが、あなたの役目です」
不満はあった。私もアリアの看病をしたい、深くそう思う。でも、それは違う。
「はい。私も同感です」
今、私がすべきことは、私にできることは、戦うことだ。
私はきびすを返し、戦地へ赴く。
不思議なことに、強者たちは皆一様に同じ行動をとった。魔族の男は暗い部屋の中で言う。
「俺たちの出番はまだかよ! 待ちくたびれたぜ」
「おい。あくまで戦いに行くんじゃなくて、侵略しに行くんだからな」
「わかってるよ」
「本当かよ?」
「ああ」
真の強者は、息をひそめる。日本のことわざには、能ある鷹は爪を隠すというものがある。
そのルールに則るなら、彼ら彼女らは間違いなく強者なのだろう。
「しかし、問題はありません」
怯えるファニー・トロイポン。そんな彼女にジーダ・オニュセントは言った。
「私たちは、翼を隠していますから」
「ジーダさん……。意味わかんないよ」
言葉では不満そうだが、ファニーの顔は笑っていた。
「ジーダさんはいかないの?」
「はい。私には……」
コツコツと言う足音とともに現れる魔族の女を尻目に、ジーダは言う。
「城を守る仕事がありますから」
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