61話 いざ鎌倉
胸焼けがした。
「気持ち悪い」
「あはは、はは、はははー。ねえ、君は知ってる? 自分の体が溶ける感覚。少しづつ動かなくなっていくんだよー」
「そっか」
「あれれ? おかしいなー。興味ないみたい」
私は私を見る。これはいつもの夢だ。
彼女は言った。
「やっぱり、気持ち悪いよね」
「そんなことないわよ。それよりも、あなたは誰? どの世界線から来たの?」
「んふふー。パパと一緒に異世界に来た私だよ」
「父さんと?」
「うん。でもね、私の前から消えたのー。あははー!」
「……そっか」
これ以上は聞いちゃいけない気がした。
(しかし、この現象……。本当のことなのだろうか? もしかしたら、私が作り出した幻想かもしれないし、本当に別世界の私なのかもしれない)
それは誰にもわからない。
「で、あなたは何の用で私に会いに来たの?」
「んふふー。忠告だよ」
「忠告?」
「うん! 忠告ってのはね……」
彼女は、笑った。それも不気味に、私をあざ笑うように。
「人って簡単に死ぬんだよー。だからね、後悔したくなかったら優先するのは自分より仲間のほうがいいよー。きゃっはっは! それだけ」
私の返答を聞こうともせず、彼女は立ち去る。
目を覚ますとそこは、知っているベッドの上だった。
「……不快感はない。でも、この夢には慣れないな」
(……これは、進歩なのだろうか?)
そんなことを考える。
しかしすぐに高揚した。
「愉快だ」
私はウキウキで朝の仕度を終え、魔女のような服に着替える。
なぜ、こんなにもテンションが高いのか……。これには二つの理由がある。
一つは今日の朝の修行がないこと。そしてもう一つは……。
私は城を出て、カルナスさんの店へ行く。
そしてドアを開けた。
「おはようございます」
そう。もう一つは、私の剣が出来上がる日なのだ。
鍛丸さんは口角を上げながら、私に手を振った。そして布で包まれた物をこちらに差し出す。
「お望みの品だ」
「これが……」
私は布をめくる。そこにあったのは、切れない剣だった。
「しっかし、いいのか? 研がなくて。もう鈍器だぞ」
「いいの。じゃないと振れないから」
「そうか」
鍛丸さんは剣を指さす。それは黒と赤で出来た、太い、なんとも強そうな剣だった。
「それはオレの最高傑作だ。ロマンも詰めてある」
「すごい……」
改めてそれを見る。胸の奥からこみあげてくるなにかが、私を震わせた。
「ユーナ、あとこれもやるよ」
「これは?」
鍛丸さんが持っていたのは、日本刀だった。
「こんなものまで作れるの?」
「いいや、できない。だからおんぼろだ。オレの趣味とユーナが持ってきてくれた材料のあまりで作った」
嬉しかった。でも、これは受け取れない。
「悪いけど、日本刀は受け取れない。私は、刃物が苦手だから……」
「見るだけで嫌なのか?」
私は首を横に振る。
「使うのが嫌なの」
「だったら持っておきな。念のために」
「でも……」
「死ぬかもよ」
鍛丸さんは真面目な顔をこちらに向ける。自然と、それは私にまで伝播した。
「戦闘での妥協は死につながる。だから、念のため。死ぬ前に殺せるように」
「……」
何も言えなかった。これは、鍛丸さんなりのやさしさなのだろう。
「わかった」
素直に受け取ろう。そう思う。
「ありがとうございます」
「おう」
私は、感謝していた。心の底から、この人とは仲良くなれそうだと、そう思っていたのだ。だが、これは一方的なものであった。
当たり前だ。何せ私は、本名を明かしていないのだから。
「ところで、ユーナ、――なんで日本刀を知っている?」
「……え」
刹那、凄まじい寒気が私を襲う。私は総毛立たせた。
それと同時に小さな地震が起こる。
異変を察した鍛丸さんは長い袋を私に向かって投げた。
「返答は後で聞く。刀を袋に入れて肩に掛けろ」
「う、うん」
私は刀が入った袋の紐を肩に掛け、右手に剣をもち、鍛丸さんと共に外へ出た。
そこにあったのは、大きな黒い点だった。
それは浮いており、渦を巻く。
「……何が、あったの?」
ほんの少し前、万葉木夕奈がカルナスの店にいる間に、国民はそれを見た。
いつも通りの日常。それを壊すように、突如として現れる黒い渦。
人は、困惑に飲まれ立ち止まっていた。遠くに現れ、空に鎮座するそれを見つめながら。
その異常を誰よりも早く察した二人は動く。矛盾を抱える奇跡。彼ら彼女らは真っ先に足を動かした。
一人はアーサー=アーツ・ホーガン。彼は城に大きな穴をあけ、跳んだ。
軽く数十キロ。その先にあったのは、黒い渦から出てくる兵器だった。
「一撃必殺。クロムシヲ」
「混合魔法。リフレクター」
兵器から放たれたビームのように伸びる光を、アーサーは跳ね返す。
魔族とアーサーは目を合わせた。
「おいおい。なんでお前がいる? 潜入組がミスったのか」
「何のことかわからないが、オレはこれを宣戦布告と受け取るぞ」
天空に現れた黒い渦の下は、幸い人が少ない場所だった。
アーサーは地に降り、言った。
「戦争する気か? 不謹慎だぞ」
「おいおい。こっちは戦争がしたいわけじゃない。君たちの降伏を祈ってるんだぞ」
アーサーは剣を振る。それは兵器の心臓を切った。
「……おいおい、予想外の力だな。拙者の魔力でコーティングした兵器が壊れたぞ」
魔族の男は、黒い渦から新たに現れた女にそう言う。女は言った。
「問題ないです」
アーサーは剣を強く握りしめる。
「おい」
本能。脊髄反射とでもいえばいいのか……そこにいた魔族は一斉に力んだ。
「かかって来いって言ってんだよ」
アーサーの瞳は、笑わない。
これは、遊びではない。
黒い渦から新たに現れた魔族の首が落ちる。
その数は、数百をも超える。
「……! 動くな」
魔族の男は地に降り、アーサーを見つめながら言った。
「拙者がお相手しよう」
「原理は分からないが……硬いな、お前」
一人は、アーサー=アーツ・ホーガン。彼は敵の進軍を止めた。
そしてもう一人の女は、真っ先に市民の命を救っていた。
数分前。彼女は怒鳴られた。
「行くな!」
「いえ、行きます。私は……だから!」
「くそ! なら私も」
女を追おうとする大柄な女は、魔族に攻撃される。
「まったく。王都で何が起きているんだ?」
そんな彼女を他所に、真っ先に動いた女は市民を襲う魔族の男から女性をかばった。
「誰だ? お前」
魔族は、赤黒い球体を宙に浮かばせながらそう言った。女はこう返す。
「それはこっちのセリフです……! なに、してるんですか……!?」
彼女は青い髪をなびかせる。
ここに、二人の戦士がそろった。
彼女は女王。
そんな彼女に市民は願った。助けて、と。
彼女は立ち上がる。
「たく。ガキがしゃしゃり出てくるなよ」
「ガキじゃありません」
彼女は、言った。それはまるで、勝利を宣言するかのように。
「私はスライムの女王。クルル。あなたを止めます」
「そうか」
同時期、二人は敵を認識した。
クルルとエリオス。彼と彼女は、お互いに、武器を取る。
これがきっかけで、始まる。最悪の戦いが。万葉木夕奈の人生の岐路が、大きく輝く。
クルルとアーサーを追うように、万葉木夕奈は剣を握る。
「鍛丸さん、剣、使うね!」
「え?……て、おい!」
夕奈は城に向かって走る。本能がそこへ向かえと、言っているかのように……彼女に迷いはなかった。
これにて今章は終わりです。応援よろしくお願いします!




