56話 明日は明日の風が吹く
「……怖い目にあったんだな」
私はアーサーさんに渡されたハンカチで目の付近を擦った。
「よし、もう大丈夫だ。オレが近くにいるからな」
「……はい。あの……」
アーサーさんは先ほどまでの真剣な顔を崩し、笑った。
「何か聞きたいことはあるか?」
私は俯いて答えた。
「いろいろとあります。でも、今は少し寝ころびたいです」
「わかった。なら少し落ち着くといい」
私は言葉に甘え、目を閉じた。
悪夢のような光景が広がる。
そこにあったのは、私の顔だった。部屋の装飾のように飾られた私の生首。
一つ一つの目が私を監視する。
「……もう、いや」
そう呟く万葉木夕奈。それを見たアーサーは彼女の額に触れた。
「大丈夫だ」
私は、明るい場所にいた。
目を覚ます。
「……アーサーさん」
「おお、起きたか」
微笑むアーサーさん。その顔を、久しく見てなかった。
私は真剣な顔になり、お礼をする。
「ありがとうございます」
「お礼は良いさ。それよりも、二時間も待ったんだ、お前が国宝を持っている理由を教えてくれ」
私は宝石を持ち、あの頃を思い出しながら口を開いた。
「アリアに、貰いました」
「なるほどな。お前がリリアの言っていた女か」
うんうん、と頷くアーサーさん。私はその微笑みに似た顔に引っ張られ、真顔を崩してしまう。
「はは。そうなのでしょうか……?」
「ああ。おそらくそうだろう。しかし……嫌に疲れている顔だな」
「はい、実は……ひゃ!」
突然私の手を握るアーサーさん。
確かに、アーサーさんは三十九歳だ。でもその割には若々しい肌を持っている。しかし、恋愛対象にはならない!
なのになんで、こんなにもドキドキしてしまうのだろう? 決して、私が男子を知らないわけではない!
(……たぶん)
「……?」
そんなことを考えているうちに、体が軽くなった気がした。
「なにをしたんですか?」
「治癒魔法だ。身体は治した」
私は、アーサーさんがこちらに向けてきた手鏡で自分を見る。
確かに、見慣れた私だった。
「すごい。これが治癒魔法。……って、治癒魔法なんてあるんですか!?」
私は「ありがとうございます」と言いながらアーサーさんを見た。
「ああ、あるぞ。ユーナが元気になってくれてよかった」
「ありがたいです」
綺麗になった体。でも、どこか心にぽっかり穴が開いている気がした。
「……オレの治癒魔法では、心の傷までは治せない。ここまでのユーナの身振りを見て大体わかった。知らないんじゃないか? その石の扱い方」
私は頷く。
「そうか、なら教えてやる。その石のことを」
アーサーさんは説明を始める。
私は待っていたのだ、その言葉を。弱虫な私は、それを熱心に聞いた。
「その石は、始鉱石と呼ばれるものだ。始鉱石はわがままでな、持つものを選ぶ。この時代では、君を選んだというわけだ」
「そうなんですね。……でも、お返しますよ! わたしには荷が重いですし」
アーサーさんは首を横に振る。
「すまないが、それは無理だ。その石は一度選んだ人をなかなか変えようとしない。追いかけてでもついてくるんだ」
「ホラーじゃないですか!?……でも、今まで私、部屋において出かけてましたよ」
「それは帰ってくることが分かっているからだ。すなわち、お前は始鉱石と共存しなければならない」
「そんなー」
ガクリと、肩を落とす。
アーサーさんはこう続けた。
「辛いだろうが、一度理解することができたらもう災難は来ないからな、頑張れ」
「はい……」
私は頬を膨らませて言った。ふと、気づく。
「……なんで、そんなに詳しいんですか? この石のことについて」
アーサーさんは笑った。
「あーっはっはー! それはな、ユーナの前の所有者がオレの親友だったからだ」
「……なるほど」
(だから詳しいのか)
「ん?」
あれ? この石って、なかなか主人を変えないんじゃ……。
「……」
ゴクリと、息を呑んだ。
私はアーサーさんを見る。
(なんでこの人は、笑っているの?)
今、私のもとにあるってことは、それってつまり、もうし……。
(だめだ、考えるな。……考えたら、おかしくなる)
私は深呼吸をして、言った。
「つまり、わたしはこの宝石をずっと持っていたらいいんですよね?」
「ああ、そうだ。あーっはっはー」
そっと、目線を下げた。
(……アーサーさん、なんか怖い。でも、信用はできる。鑑みても、私の中のあの言葉、信用してもいいのかもしれない)
私はこの考えの信憑性を深めるために、訊いた。
「あの……夢のことって、何かわかりますか?」
「夢? 始鉱石関係のことか?」
「はい」
私は頷く。アーサーさんは微笑んで言った。
「知らん」
「ええ!?」
アーサーさんは腕を組み、口を開いた。
「そもそも、その始鉱石は人によって強く影響を与える部分が変わる。いわば持ち主の心の中を映す鏡だ。オレの親友の場合は、超人的な身体能力だった。ユーナの場合は夢だったという事だろう」
「なるほど……」
「練度を上げればおのずと自分の力となる。こればかりは自分で見つけないとな」
「ははは。それ、わたしにも言われました」
「……? そうか」
私はアーサーさんを見る。その顔は、どこか頑張って作っているかのように見えた。
「ユーナ」
「はい」
「その国宝はお前に預ける」
「いいんですか?」
「ああ。売っても戻ってくるし、壊すこともできないし、お前が死ねばこの国に戻ってくるからな。そもそも、これはしきたりだからお前が気にすることはない」
「……はあ」
「よし! 理解したな。それじゃあ、自分の部屋に戻る! そのベッドはオレに返してくれ」
「え……え!?」
強引にベッドから下ろされる私。
そこからはとんとん拍子で、気づけば部屋を出ていた。
「はあ」
しぶしぶ自分の部屋に戻る。
不思議と、だるさは感じなかった。
(……無事、解決なのかな?)
この宝石はまだまだ分からないことだらけ。でも、悪夢を見ない、共存する方法を知れた。
あと二日ほど観察して、効果があったらアーサーさんとリリアさん、あと私に感謝しよう。
首を回しながら、まじまじと思う。
(アーサーさんの過去に何があったんだろう?)
今まで以上に、不気味な存在に見えた。こんなこと、本人には言えないけど。
私は指の間に指を通し、腕を伸ばした。
「んー。よし!」
頑張ろう。今日からまた、リセットするように、一から。
私は胸の辺りを見る。
そこには、緑の宝石があった。それは輝く。まるで、「よろしく」と言っているかのように。
当たり前のように、頭の中がすっきりしている。周囲を見渡しながら、こんなことに気を配れるくらいには。
「しっかし、アリアいないなー。どこにいるんだろう?」
頑張って探してみたが見つからない。
仕方がないので諦めて部屋に戻った。
その後はいつも通りの夜を過ごし、寝た。
『異世界日記 二十五日目』
あれ? 昨日の日記がなぜか書かれてある。……リリア様かな? なんだ、案外人間味あるじゃん。少し好きになったかもしれない。
……え? てか、なんで私が日記書いてること知ってるの?……アリアに聞いたのかな?
まあいいや、紙からスマホに写しておこう。
それよりも、今日はいろいろあった。疲れたり、怒ったり、泣いたり、震えたり……いろいろあったけど、なんとかなった気がする。
石のことはまだわからない、でも、共存できそうな気がした。
私の心を映す石。めっちゃ怖かったけど。あれが私の心の中なの……? ちょっと引くわ。
ははは。なんか今日はたくさん書ける。頭がすっきりしている気がするし――。
これも、治癒魔法のおかげなのかな?笑
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!感謝感激です!




