55話 荒馬の轡は前から
「ぱぱっぱっぱっぱ、フォーっ!」
私、万葉木夕奈は、部屋の中で踊っていた。
「ふんふんふーん」
頭の中で音楽がかかる。意味不明な盛り上がりが、わたしを突き動かしていた。
サビに差し掛かったところで、意識が戻る。
「……私、何やってんだろう」
ふと、机に置かれてある緑の宝石を見た。輝いているように見えた。
リリアさんの言葉が頭の中で反響する。
「……」
ゴクリと、息を呑んだ。
気分でも変えようと、私は部屋を出る。首に宝石がついたネックレスを着けて。
「夢に現実を持ち込む、か……」
城の中を歩きながら、ボソボソ喋る。
(ああ、やる気でないな)
私は、遠くの太陽のようなものを見つめた。
「私が太陽だったら、よかったのにな」
怠惰を呼ぶ声が聴こえる。私はもとより、必要のないことはしないタイプの人間だ。
最近ふと思う。本当に、剣術を学ぶ意味はあるのだろうか?
「ないのかも」
「いえ、あるわよ」
最近ふと思う。本当に、大樹を探す意味はあるのだろうか?
「ないのかも」
「いいえ、あるわ」
最近ふと思う。私とは何なのか。なぜ、ここにいるのか。本当に、生きている意味はあるのだろうか?
「アハハ……ないのかも」
「バカなこと言わないで、あるに決まってるじゃない」
私は微笑み、振り向いた。声の正体は分かっている。この世で一番、聞いたことのある声なのだから。
「何泣いてんのよ」
私は腰に手を当てる私を見た。
「環境が変わってさ、ちょっと傷ついてたのかも」
「そう、気持ちはよくわかるわ」
「同一人物だしね」
私は歯を見せて微笑する。そしてこう問うた。
「ここはどこ? またアリアに貰った宝石関係なの?」
私の目に映る万葉木夕奈は微笑む。
「ええ。そうよ」
彼女は歩きながら、次々と姿を変える。
「クルル、マニュウさん、シュラさん、メイルさん、木葉さん、ゲルムさん、アリア、ジーダさん、レテシー。……それとあなたの場合は、ファニーさんとその家族、バイト先の面々に、鍛丸さんとドードンさん。そのくらいかしら」
最後に、万葉木夕奈は本人に戻る。
私は、意外にも冷静だった。
「あなたの場合は?」
「ええ、そうよ」
万葉木夕奈は突然現れた椅子に座る。
「私の名前は万葉木夕奈。あなたとは違う道を、歩んだ女よ」
「そう」
「あら? 随分簡単に信じるのね」
私は肩を上げた。
「だってこれって夢でしょう? いつもみたいに汗をかいて起きるのだもの。何が起こったって驚かない」
私も椅子を念じ、現れた木製の椅子に座った。
「そう。まあ、予想通りって感じかしら」
「はははっ。まあ、同一人物だしね」
私は諦めを含んだ微笑みを見せた。
(これは夢。私が作り出した幻想)
「それで、別の世界の私が何の用で?」
彼女は、私を見下すように微笑んだ。
「あなたが困っていたから。教えてあげようか、その宝石のこと」
耳を疑った。
(宝石のことを教える? どういうことだ……?)
そもそも、夢の中で自分の意識があること自体おかしい。こんなの、初めてだ。いったい何が起こっているの……?
「何が起こっているの? とでも言いたげな顔ね」
「……まあ」
「教えてほしい?」
私は不貞腐れながら言った。
「はいはい。教えてほしいです!」
万葉木夕奈は笑った。
「はははっ。いいよ」
パンっと、彼女は手を合わせる。そして口を開いた。
「それじゃあ自己紹介から。私は万葉木夕奈。『偽装』一つで異世界に来た世界線の夕奈よ」
私は相槌を打つ。
「その宝石は、多角的な世界を見せる。人によって見える世界は変わる。『ギフト』に絞っただけでも数百はあるのよ」
「……?」
「わかってない顔ね。まあ、いいのよ。それは自分で見つけるからこそ価値がある。今回は無意識で使ったその力。使いこなせるようになるには、時間が必要なの」
「え? つまりどういう?」
「つまり、そのシ……その宝石に乗っ取られない方法」
万葉木夕奈は生意気にも、私を見下すように鋭い笑みを浮かべた。
「その宝石は生き物に近い。毎日コツコツ食事を与えないといけない。じゃないと、一気に持ってかれるから」
私は頷く。
もしこの話が本当なら、私が毎回のように倒れていた理由もわかる。
しかしここで疑問となるのが、どうやって餌を与えるかだ。
「あの、どうやって」
刹那、恐ろしいほどに崩壊した私の顔が近づいてきた。
「ひ……!」
総毛立つ。私の前にいた万葉木夕奈は、首だけを伸ばしていた。それはまさしく異形の存在。偽物の人間だった。
恐ろしさのあまり、尻もちをついてしまう。震えた声で、訊いた。
「あなた、誰……? 本当に私?」
「ええ、そうよ」
私は、いつの間にか笑っていた。
「私たちは万葉木夕奈。でもねえ、歩んできた道は違うの」
本能だろうか? 私は、無意識のうちに拳を振っていた。万葉木夕奈の顎に向かって、全力で狙う。
「偉力の眼」
私は目を見開いた。その目に映る光景。私は確かに殴ったはずだ。だが、私の手は逆向きに曲がっていた。
「……え」
「あれ? あなたは力魔法使えないんだ」
絶望が私を支配する。頬を伝う万葉木夕奈の唾液。
「いただきます。……ちなみに俺は、万葉木夕奈じゃない」
そこにいたのは、黒髪赤眼の男だった。
私は目を閉じる。
その数秒後全身に何かの液体がかかった。恐る恐る目を開くと、そこには万葉木夕奈の死体があった。
右手に流れる血。
「もう、意味わかんない……」
(そもそも、ここはどこなのか。もう、目の前の死体のことも信じれない)
「多角的? ざけんな」
涙と血が混じった液体を拳で潰す。
「私は……! あはは。あ……はは。あーあ。ぶっはっはっは!……あれ? 私って、誰だっけ?」
深まる悪寒。私は、暗闇にいた。
ただ一つ聞こえる声。それは、高笑いだった。
「あーっはっはー」
針で刺されたような痛みが広がる。目を覚ますとそこは、平凡な一室だった。
「やあ。ユーナ・イグドラシル」
「……え? アーサーさん?」
アーサーさんは私の額に触れる。
「よし、熱は収まってきている。言葉は理解できるか?」
「はい……」
必死に、この状況を理解しようと努める。
結論はすぐに出た。
「よし、ならば本題に移ろう」
あらかた、アーサーさんに発見されて介抱されたのだろう。感謝しないとな。
そんな考えとは裏腹に、アーサーさんは真剣な顔でこう言った。
「なぜお前が国宝を持っている? まさかお前が、リリアの言っていた女なのか?」
私は「ふっ」と笑った。
なるほど。ようやく信用できる人に出会えたようだ。
安堵に似た、ため息が出る。
私は懇願する目でアーサーさんを見た。瞼に溜まるものを落とさないように、気を付けながら。
まるで見せ物のように、私が持つ宝石は輝く。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます! ついに謎を握る人物が現れました!




