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50話 雨がやんだあとは、良い時が訪れる

「そういえば、成樹祭(せいじゅさい)ってどんな祭りなの?」


「うーん。昔は生命誕生の祝い事をしてたらしいんだけど、今はやらなくなっちゃったからなあ。ごめん、ゆなっち! わかんないや」


「なるほど。全然いいよ」


(それよりも、成樹祭か……。昔の名残でも、休日になっているのは嬉しい限りね)


「……!」


 突然、(するど)い視線を感じた。私は背中に掛けてある(さや)から剣を取り出す。


 それを両手で持った。片手剣だが、重いので仕方がない。


 じっくりと、耳を()ませてみる。確かに足音が聞こえた。


「……来る」


 私はファニーちゃんを突き飛ばす。そして()(えが)くように剣を振った。


「ふぃぎゃあー!」


 のたうち回る赤いトカゲのような生物。ちょっとやりすぎたと反省。


 私はその生物を見る。


「ゆなっち……?」


「ごめん、突き飛ばして」


 ファニーちゃんは赤い生物を見た。


「あ、サラマンダーだ」


 ファニーちゃんがそう言ったと同時に、全身を真っ赤に燃やし逃走するサラマンダー君。


 私たちはそれを見つめた後、奥へ進んだ。


(かわいいな)


 などと思いつつ、私は微笑んでいたのだ。この後あんなことが()きるとは知らずに……。


「あった!」


 その後しばらくして、私はほつれ草を見つける。図鑑通り草から小さな草が出ている。意味が分からないが、そうなのだ。枝分かれして広がる草からは、生命力を感じた。


 私はそれを根っこから取り、バックパックに入れる。


 一本じゃ足りないだろうから数本入れた。


(まずまず順調。一つ目のミッションクリアだ)


『ほつれ草を採取せよ』無事達成。


 そして流れるようにバニーポップも見つける。


 女の子が好きそうな水色のリボンに、ピンク色の服を着ているウサギだ。この空間だけは、暗い洞窟(どうくつ)ではなくおとぎ話のような雰囲気を(かも)し出していた。


 ランプの()がいらなくなるくらい明るい。


 私はランプを置いてバニーポップを追いかける。そして捕まえた。


「んー! かわいいー!」


「ゆなっちー、こっちも可愛いよう」


 もふもふする私たち。当の本人であるバニーポップさんたちは今すぐ離れてほしそうな顔をしていた。


 ぴくぴく震えるバニーポップ。なぜか、彼ら彼女らは涙を流した!?


 私は首を傾げつつも、その涙を採取する。


 そして再度、もふもふとバニーポップの体を触る。


「ぴぎゃー! かわいいー」


 その日、洞窟内でバニーポップの悲鳴が(どどろ)いたらしい……。


(それにしても、バニーポップかわいすぎるー! メルヘンだよー! ゆめかわだよー! 異世界最高!)


『バニーポップの涙を採取せよ』なんなく達成。


 私たちは重い腰を上げて奥へ進む。


「ゆなっちー、私戻りたい」


「わかる。わかるよ、ファニーちゃん。でもぐっと我慢だ」


 コクリと頷くファニーちゃん。私は感心した。


(初めて会った時とは全然違う。成長したってことなのかな?)


「ひゃ!」


「ゆなっち、大丈夫?」


「う、うん」


 なんだろう。一瞬足が冷えた気が……。


 私はランプで足を()らす。


 いつもの足だった。


(私の勘違いか……?)


 ひゅうーと、冷気が私の首に当たる。


「……!」


 私は勢いよく体を回転させた。しかしそこには誰もいない。


 目を凝らしながらランプをいろいろな方向へ向けてみる。


(何かいる、絶対!)


「……っ!」


 (かす)かな呼吸と共に、微弱な殺気を(とら)えた。剣を(さや)からだし、流れるように()るう。


 だが、私の(やいば)はソレを(かす)めることすらできなかった。


(速い……!)


「ゆなっち、なにかいるの!?」


「ええ。ナイフを準備しておいて!」


(『天眼』……! は、今使えない)


 屋内にはめっぽう弱いな、この能力。


 私は腰を落とし、目を細める。


 センス。それ一つで私は探り当てなければならない。


「ふー」


(集中しろ、わたし)


 神経を外の世界に集中させる。(かす)かな音、匂い、足跡をもとに、見つけるんだ。


「……! ここだ」


 がんッと鈍い音を響かせながら、氷のようなものを使う猫を剣の腹で抑え込んだ。


 ファニーちゃんは驚いたように言う。


「わー! スノーキャットデビルですよ。珍しいですねー!」


「そうなの?……わ!」


 スノーキャットデビルは、まるで雪の結晶が飛び去るかのように消えた。


「……」


「こんなふうに、すぐ逃げるから珍しいんです」


「なるほど」


 私は呆れたように言った。何とも人騒がせな猫さんだこと。


「それじゃあ、先に進もっか」


「はい」


 私たちは先へ進む。道中お腹がすいたので買った食べ物を腹に収めた。それからまっすぐ進む。


 その先に待っていたのは、(かえる)だった。


「……蛙だ」


「蛙ですね」


 図鑑の通り、ケロロンタンは蛙だった。


「えっと、この蛙は何の魔物なのかなー」


 活字(かつじ)を読む。


 そこにはこんなことが書いてあった。


 ケロロンタンは水を操り空気を加湿(かしつ)する。攻撃に使えるほど器用ではない。……か。


 なんという残念な魔物……。加湿器と同じじゃないか。


 私はケロロンタンを掴み、握った。


 ケロロンタンは当然叫ぶ。私はそれを(びん)に詰めた。


「ごめんなさい」


 そう言って放す。何とも無慈悲。後遺症が残らないことを祈る。


 私はケロロンタンの叫びが入った瓶を見る。


(これを見てると、あれを思い出すな。……平成の空気)


『ケロロンタンの叫びを獲得せよ』もやもやするが、まあ達成。


 残りは硬御水(こうみすい)とシープロックの毛。見つかるといいが。


「おっ!」


 噂をすればなんとやら。ハイカラな恰好をした羊を見つけた。星形のサングラスをかけており、黒の革ジャンを着ている。あれこそが、シープロック。


 私はシープロックに近づき、持ってきたハサミで毛を切ろうする。その刹那(せつな)、すさまじい殺気を感じた。


「……」


 一瞬、動けなかった。


「……!」


 私は咄嗟(とっさ)に鉄の棍棒(こんぼう)を避ける。


「……棍棒!?」


 私の目の前にいるのは、わたしよりも二回りは大きい、黒い革ジャンに星形のサングラス、そしていかにもボスですと言わんばかりの金色のアフロをした、二足歩行の羊だった。


 急いでバックから、魔物追い払うん、非常事態用の救難信号を出すボタンを取り出す。


「ファニーちゃん、逃げて!」


 こいつはヤバい。私の本能がそう()げている。


 身の危険を感じ、急いでボタンを押そうとするが、防御のために剣を持ったせいでそれを落としてしまう。


「うぐ……!」


 剣を挟んだが、それでも痛い。鉄の棍棒(こんぼう)に殴られたんだから当たり前か。


(……でも、大きく吹き飛ぶことはなかった。あの魔族、エリオスと戦った時のように防戦一方にはならなさそうだ)


 ……しかしおかしい。たしかに少しは宙に浮いたさ。でも、それだけ? 図体のわりに筋力が少なすぎる。


(何かカラクリがあるのか?)


 私は(びん)に入っている魔物追い払うんを出す。それは気体だから、簡単に広がる。


 周囲のシープロックは逃げたが、ボスは逃げなかった。


「流石はボス。そう簡単には終わらないよね」


 私はファニーちゃんがいた場所を一瞥(いちべつ)した。


 無事に逃げれたのか、もうその姿を視認(しにん)することはできない。


 私は剣を握る。そして鋭い眼光でボスを見た。


「メリ……」


 まるで(おび)えているかように、ボスは鉄の棍棒(こんぼう)を私に向ける。


「あら? 怖いの?」


「めーぎゅー!」


(乱暴な振り方……)


 私はそれを避けながら間合(まあ)いを詰める。


 不思議と、簡単だった。


「……ふふ」


 笑みがこぼれる。


 万葉木夕奈(まんようぎゆうな)はもともとセンスがあった。それに加え基礎の習得。まだ完璧とは言えないが、確実に成長していたのだ。


 私は剣を左肩に乗せるように(かま)えた。


(戦いにおいて最も重要なのは敵を(あや)める覚悟じゃない。自分の命を()ける覚悟だ……!)


 あまりにも静か。


 シープロックのボスは、横腹から血を出し(ひざ)をついた。


 私は首を(かし)げる。


(自分の命を賭ける覚悟……誰から聞いた言葉だっけ?)


「めりめりめり……!」


「動かない方がいいわよ、本当に死んじゃうから」


 シープロックのボスは、鉄の棍棒(こんぼう)を振る。


 一方その頃、ファニー・トロイポンは、非常用の魔法ランプを使いながら洞窟(どうくつ)を歩いていた。


「……ここ、どこだろう?」


 水の(したた)る音が聞こえる。


 あのメルヘンな場所に着かなかったということは、どこかで道を間違えたんだろうな。


 私は歩く。運命様の導きかな? てなことを思って、それを見た。


「やった」


 偶然か必然か、不思議にも、硬御水(こうみすい)を見つけたのだ。


 私はそれを(びん)に入れる。


(硬御水は狭い場所によくある。山を張っててよかった)


 てなことを考えながらきびすを返す。


 だって道、間違えたんだもん!


「……!」


 万葉木夕奈は暴れるボスの攻撃を()ける。


(どうにか(なだ)めないと。傷が広がって致命傷(ちめいしょう)になってしまう)


「……」


(すき)を見つけろ)


 私は攻撃を避け続ける。案外単調な攻撃だったおかげで、それは簡単だった。だが、宥めかたがわからない。


 とにかく、触れるんだ。それさえできれば……!


 刹那、私は攻撃の軌道を発見した。


(……?)


 自分でもわからないうちに、ボスの(ふところ)に潜り込む。


 そして左手を、革ジャンからかすかに出ている羊毛に当てた。


「スキャニング完了。対象名を『シープロック』に変更。コピー可能です」


 私は『偽装(フェイク)』を使った。


 視点が低くなる。私の意識が完全に戻ってきたころには、私は羊になっていた。


「……なんで?」


 そう、ボスのシープロックではなく、小型の、一般的なシープロックになっていたのだ。私の経験則から察するに、私の力『偽装(フェイク)』は()れたものに変わる力。


 なのに、シープロックのボスにならなかった……?


(どういうことだ?……法則性に(のっと)るなら、私はこの、今の姿のシープロックに触れたということになる)


 でもそれはおかしい。だって、私が対峙(たいじ)しているのはボスなんだし……。


 本当に?


 どうやら私はすっかり騙されていたらしい。彼らの姿に。


 私は万葉木夕奈に戻り再度攻撃を避ける。


 そう、彼らもまた魔物なのだ。見た目がロックですで終わりじゃない。ちゃんとした能力を持っているんだ。


(すなわち、彼、()()()()()()の能力は、体を変化させる能力か、力を合わせる能力なのだろう)


 図鑑が見れないのが(くや)しい。攻撃さえ()めば見れるんだが……無理そうだ。


 私は剣を両手で持ち、鉄の棍棒(こんぼう)を受け流す。


「うん。できてる」


 大きく息を吸う。


(らちが明かないな。よし、話すか)


 私はまたも攻撃を避ける。もういい加減この攻防にも飽きた。


 単純な攻撃ばかりだし、動きも遅い。


 自分でも気づかぬ間に、私は微笑していた。


(日々の練習のおかげかな? あんまり疲れていないや)


「……っ」


 私は私の間合いに入る。もちろん、剣は置いてきた。


「対象名『シープロック』をリロード」


 私は彼の毛から手を放す。対話開始だ。


 私はシープロックになり、口を開いた。


「止まって!」


 ピクリと、驚いたようにボスは動きを止める。


「喋れるのか?」


「ええ」


 どっしりと空気が重くなるのを感じた。


「だったらなぜ初めからそれをしない……。お前のせいで、ワイの仲間が苦しんでるんだぞ」


「わかってるわよ。だからお互い落ち着きましょう」


 ボスは舌打ちをし、言う。


「わかった」


 私は安堵(あんど)する。


 ボスは鉄のを置いた。


「降参だ。助けてくれ」


「ええ」


 私は、できもしない約束をした。


 一度人に戻り図鑑を見る。


『シープロックの特性は、仲間との感覚の共有』。


 ボスの革ジャンのチャックが開き、中から数匹のシープロックが出てくる。合体ロボットのように、何匹かがお互いの四肢(しし)を持ってくっついていたということだ。


(攻撃の威力が弱かった理由はやはりこれだったか)


 私は一匹のシープロックのもとへ()け寄った。そして触れる。


「対象名『シープロック』をリロード」


 この子の傷は深かった。少し触ればすぐに足が取れそうなほど切れかかっている。しかも腹部にも浅い切り傷がついてある。


(わたしじゃ、どうしようもない)


「……仕方がないか」


 硬御水(こうみすい)は諦めて、この子をいち早く医者に見せよう。


 私は『偽装(フェイク)』を使用した。


「ボスさん」


「……ワイのことか?」


「はい」


 私は頷く。ボスも頷いた。


「なんだ?」


「この子の傷は深いです。今すぐ医者に見せる必要があります」


 私は医者ではない。この場に医者がいないとなると、洞窟(どうくつ)の外まで連れて行かなければならなくなる。


 私はそれでもいいが、ボスの考えを聞いておきたかったのだ。


 ボスは言う。


「頼む」


「はい。……あと、切りかかってすみません」


「いや、ワイこそ不審者だと思って襲ってしまった。すまない」


「いえいえ」


 ボスは口を開く。もう大きくはない彼は、私と同じ目線でこう伝えた。


「その代わりといっちゃあなんだが、ワイも連れて行かせてくれないか?」


「わかりました。では、私についてきてください」


 私は人に戻り、怪我をしたシープロックを抱いて歩いた。ボスと一緒に。


 しばらくして、ファニーちゃんと()う。私は安堵(あんど)し、ことの経緯を説明した。


 するとファニーちゃんは、洞窟(どうくつ)で拾った薬草を持っており、こちらに向けた。もうすでに葉っぱの形をしていないことから察するに、どこかで怪我でもしたのだろうか?


「これを塗りましょう」


 私は頷く。そして塗ってもらい、再び歩き始めた。


 光が戻ってくる。


 私は帰りの予約していた馬車に乗り、帰路(きろ)()いた。


 王都に着き、獣医師のいる場所を聞く。


 するとどうやら魔物は魔物専門のお医者さんがいるらしく、そこへ案内された。


 私はお礼を言い、魔物病院に入る。そこにいたのは、白衣を着た、肩まで伸びた黒髪を目立たせる男だった。


 その男にシープロックを預ける。


 そして私とファニーちゃんは椅子に座った。ボスも座りたそうにしてたので、椅子に乗せてあげた。


 ファニーちゃんは静かになった空気を壊すように、口を開く。


「ゆなっち、今日はたいへんだったね」


「そうね。硬御水(こうみすい)が手に入らなかったことだけは残念だけど」


 ニヤリとファニーちゃんは笑う。


「じゃじゃーん!」


 私の目に映るのは液体が入っている(びん)


「まさか!」


「うん! ()っといたよ」


 私たちは笑顔を浮かべ、握った拳を当てた。それからしばらくして、魔物医師が現れこう言った。


「手術は無事終わりました。……後遺症は残らないでしょう」


「……!」


 嬉しさがこみあげてくる。私はボスとファニーちゃんを抱きしめた。


 忘れていたが、『硬御水を獲得せよ』なんとか達成だ。


 私は清々しい気分で病院から出る。夕日が顔に当たった。


「ファニーちゃん」


「なに?」


「今日は付き合ってくれてありがとう」


「こちらこそ! ハラハラドキドキで楽しかったよ」


「それはよかった」


 私はそう言って、ファニーちゃんを家に帰るように(うなが)す。


「ファニーちゃんは先に帰っててよ。もう暗くなりそうだからさ」


「なんで……?」


「あなたはまだ子どもでしょう!?」


 私はファニーちゃんの(ほほ)を引っ張る。そんなファニーちゃんは不満そうに頷いた。


「むー、……わかった。でも、早く帰ってきてね!」


「わかってる。それじゃあ」


「ばいばい!」


 ファニーちゃんは城へ向かった。私は魔物医師のもとへ行く。


「どうですか?」


「はい。無事です」


 心の底からホッとした。もう生き物を切るのはごめんだ。それにしても、なんで躊躇(ちゅうちょ)せずに切れたんだろう。不思議だ。


 私は怪我をしたシープロックと会う。


 足には包帯が巻かれていた。


 罪の重さと同時に、もう歩けるくらいにまで回復しているという魔法医療の進歩に驚いた。


 私はそんなシープロックの横で椅子に座り、先生の話を聞いた。もちろんボスも横にいる。両手に羊だ。


「先生、通院は必要なんですか?」


「いいえ。その必要はございません。幸い、傷口は驚くほど綺麗で、繋ぎ合わせるのは容易(あんい)でした。それに、薬草をつけておいてくれたおかげで黴菌(ばいきん)も繁殖していませんでしたしね」


 私は相槌(あいづち)を打つ。


「ですので、自宅療養で問題ないでしょう」


「わかりました」


「はい。……そういえば、関係ない話ですが、どうやってこのような怪我をしたのですか? ここまで綺麗な傷口はあまり見ないものでして」


「あ、あー」


 なんといえばいいのか悩む。


「あははー。帰ってきたら怪我してて」


「なるほど。教えていただき、ありがとうございます」


 先生が頭を下げたので、私も下げた。


「では、お大事に」


「はい」


 私は二人のシープロックを連れて、受付に行く。


「金貨一枚です」


「……わかりました」


 悲しすぎる。もう私の財布はすっからかんだ。


 私はボスと怪我をした彼を連れて病院を出る。


 ふと思った。


(考えてなかった。この二人どうしよう……。住む家を与えるべきなのだろうか?)


 私はボスに触れる。


「対象名『シープロック』をリロード」


 そして流れるように変身した。


「ボス」


「ああ、ありがとな、人間」


 ボスは涙声だった。


(ああ、罪悪感がすごい)


「あの、ほんとにごめんなさい」


「なにがだ? ワイは嬉しい限りだぞ」


「……」


 冷静になって初めて思う。


(魔物だからって、悪いやつばかりじゃないのは分かってたつもりだった。でも、襲ってこられただけで敵だと決めつけていたのだ。それは私が最も、ダメなことだとわかっていたはずなのに。もう少しで、後戻りできなくなるところだった)


 ……でも、あっちだって私を殺そうとしたんだし、お互い様だよね。


「それなら、私も気分を変えます。君」


「あ、はい」


 おどおどしながら私を見る怪我をしているシープロック。私は彼に言った。


「ごめん」


「いえ、いいですよ。それよりも、僕はこんな大きな世界に()れて興奮しています!」


「そうなの?」


「はい! だから(うら)んでなんていません」


「……それはよかった」


 私はボスと怪我をした彼を交互に見る。


「本当に、水に流してもいいの?」


「ああ」


「はい」


 私は静かに頷き、「ありがとう」と呟いた。


 それからは早い話だった。私は医師に言われたことを二人に説明する。すると彼らは洞窟(どうくつ)に帰ると言い出した。


「本当に? 歩いて帰るのなら、半日はかかるかもしれないよ」


「ああ、それでもいいんだ。だろ、メリー」


「はい」


 私は観念したふりをして頷いた。


「わかった。でも本当に大丈夫?」


「ああ。ワイらは感覚を共有できる。あの白衣さんの実力は本物だ。全然痛くない」


「なるほど、ならよかった」


 私は微笑んだ。そして人に戻ろうとする。


 しかし同時に、焦ったようにボスがこう言った。


「おっと。たしかに水に流すつもりだが……、人間の望みの品はまだ受け取っていないだろう?」


 一瞬何のことかわからなかったが、瞬時に毛のことを思い出す。


「……たしかに」


 ボスは笑った。


「いいぞ。くれてやる」


「いいの?」


「ああ、ワイらの毛は一日で生え変わるからな」


 私は笑った。


「なら、お言葉に甘えて」


「おう」


 私は人に戻る前に、別れの挨拶をした。


「それじゃあ、二人とも、またね」


「ああ」


「はい」


 人に戻る。そして毛を()らせてもらい、私は二匹のシープロックと(わか)れた。


「めー」


「めー」


 手を振る。私の手には、確かにシープロックの毛が握られていた。


 ちょっとしたトラウマを植え付けられたが、無事、ミッションを完遂(かんすい)した。


『シープロックの毛を獲得せよ』達成だ。


 私は帰路に()く。師匠に出された課題をやり、ご飯を食べ、お風呂に入り、歯磨きをして、他にもいろいろした後に、寝た。


「明日、鍛丸さんの所に素材を持って行こう」


 まったく、今日は疲れた。指が痛いぞ。


『異世界日記 二十一日目』


 今日は洞窟に行った。様々な魔物と出会い、戦った。その恐怖より、倒した後の気持ち悪さの方が強かった。怖い。


 私が今歩んでいる道は、そういう道なんだと、改めて感じた。


 でも、しょうがないよね。うん、だって、正当防衛だもん。そうだ。だから、問題ない。

 忘れるんだ。もう許してもらったじゃないか。気に追うことはない。でも、もし殺してしまっていたら? 私は一生苦しんだことだろう。


 もう後悔はしたくない。作ってもらう剣は……ああしよう。

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