47話 嵐の前の静けさ
「うおー! 力魔法―!!」
私は手を合わせて、花のように一本一本指を外に向ける。
そうすれば手の平からエネルギー的な何かが出てくると思っていたのだが……。
「ぽん」
横で見ていたアリアはそう言った。
「とほほ、なんでできないの?」
またも不発に終わる。
私、万葉木夕奈は現在お城の庭でアリアと暇つぶしをしていた。
今日は冒険者ギルドが休みだそうで、相対的に私のバイト先も休みになった。それを聞いた師匠は、優しいことに今日の修行を中止してくれたのだ。
だからこうして、久しぶりにアリアと二人でいられる。
私は魔法の練習をやめてアリアの横に座った。
下が土だからか、ほんのり温かい。お姫様なのに地べたに座れるのは、アリアの性格ゆえなのだろうか。
「アリア」
「はい」
「久しぶりだね、こうやってゆっくり話すのは」
「ふふふ。夕奈は修行で毎日忙しいですからね」
「そんな! アリアだっていろいろやってるじゃん」
「ですね」
「お互い忙しかったね」
「はい。こうして夕奈と話していられることが不思議なくらい」
私は微笑んだ。
「やっぱりアリアはすごいよ。魔法とかも使えるんじゃないの?」
アリアは首を横に振る。
「わたしには才能がないですから」
「……そっか」
気まずい空気が流れる。
(あれ? わたしアリアとどんな会話してたっけ?)
そんな空気を察したのか、アリアは手を叩いてこう言った。
「オハナちゃんなら、魔法使えると思いますよ。たしか……地魔法でしたっけ?」
「オハナちゃん……? ああ、レテシーのことか」
(そういえば、なんでアリアはレテシーのことをオハナちゃんと呼ぶのだろうか?)
そのせいでレテシーに襲われたことを今思い出したぞ。
ぐぬぬ……理由を聞いておきたい、という気持ちが私の中で生まれた。
「アリア」
「あ、はい。なんですか?」
「なんで、レテシーのことオハナちゃんって呼ぶの?」
アリアは微笑んだ。思わず息を呑む。初めて見るアリアの顔、それは、優しく包み込むような表情ではなく、少女のような、まるで幸せな夢を見ているかのように……、思い出がほころぶような笑みを浮かべた。
風が吹く、私の髪が遊びだす。
ふと、耳を澄ませてみた。
「……わたし、それ好きくないです」
七年前、九歳のアリア・ホーガンはそう呟いた。困ったように嘉村舞奈は自分の頭を触る。
「アリア様、お願いです。このドレスを着てください」
「……やです」
「うーん……どうすればよいものか」
舞奈がそう言ったと同時に、アリアの部屋のドアが開く。
「あ、あにょ……わたし、つぎなにしたらいいですか?」
綺麗な金髪が目立つ、メイド服に身を包んだ童女が入って来た。アリアは文句を言うのを止め、目を輝かせる。
「んー! かわいいね!」
「え、え?」
童女の手を握り、己の手を振るアリア。童女は混乱していた。
舞奈はため息をついて言う。
「アリア様―、ドレス着てください」
アリアは断るつもりで口を開くが、後ろに自分よりも年下の子がいることふと思い出す。
「や……うん、着ます」
舞奈は初めて笑う。
「ありがとうございます!」
しゅっしゅっ、と綺麗な手さばきでドレスを着せる。アリアは「きつい……」と呟くが、舞奈は「やっと終わった、これで怒られずに済む」と正反対の意見を涙を流しながら言った。
アリアはぶつくさ言いながらも、舞奈にお礼を言った。
「ありがとうございます」
「いえいえー」
舞奈はそう言いながら、アリアのお化粧をする。そしてアリアの手を引いて食事会へ向かった。
道中アリアは思う。
(食事会よりも、遊びたいです。……だめ、それはお父様が困ってしまいます)
「しゅん……」
「何か言いましたか?」
「いえ」
アリアはとぼとぼ歩く。その横を歩く金髪の童女は胸を張って歩いていた。
そんな二人を見て内心焦る舞奈。
(アリア様の雰囲気が暗い。やっぱり強引に連れてきたのは失敗だったかな。……これのせいで怒られたらどうしよう。やだなー、やだなー)
「アリア様、お願いだから元気……。あれ?」
舞奈は口をあんぐり開けた。
視界に入らない子ども二人。次第に青ざめてゆく己の顔。舞奈は絶望し、叫んだ。
「アリア様!? いったいどこへ!?」
激しい息遣いで走るアリア。彼女の手には、金髪の童女の手が握られていた。
(大丈夫、大丈夫。すぐに帰ってくれば怒られないから!)
アリアは走り続け、ついに城を抜けた。
「はあ、はあ……」
城の門の前で休憩する二人。そんな二人を見た門番は不思議そうに訊いた。
「アリア様、どこかへ行くんですか?」
「ぎくっ! あえ、えっと、おつかいに行きます」
「そうなんだ。がんばってね」
門番さんは笑顔で答える。アリアは汗を流しながら安堵した。
(よかった……バレたかと思った)
アリアは、初めての自由な外出に心を躍らせていた。
「行こう」
そう言って金髪の童女の手を引く。不思議なことに、彼女は文句の一つも言わなかった。
その数分後、鬼のような形相で舞奈が門番に詰める。
「ここにアリア様来ませんでしたか?」
「ひっ。来ました、来ましたよう! でもおつかいだって」
舞奈は怖がる門番の肩を持ち揺らした。
「そんなわけないでしょう!? ちゃんと仕事しなさいよ!」
「ひぃ! す、すみませんでした!」
「もういいです。それで、どちらへ?」
門番は民家のほうを指さす。
舞奈はしかめっ面でそれを見た。
「わかりました、ありがとうございます」
一方その頃、人気のない道でアリア・ホーガンは金髪の童女に質問されていた。
「あの……なにしてるんですか?」
「走ってるの」
首を傾げる金髪の童女。そんな彼女らを、不幸にも運命が襲う。
「ひゃ!」
「おいおい」
アリアの髪を掴んで上げる大柄な男。その後ろには数名の男たちがいた。
「こいつアリア・ホーガンだろ。誘拐して身代金取ろうぜ」
涙目になり固まるアリアを見た、まだ幼い細身の男は大柄な男にこう言う。
「そんなことしていいんですか?」
鈍い音が鳴る。細身の男は鼻血を出していた。
「口答えすんじゃねえよ」
そして気持ちの悪い笑顔を浮かべて男はアリアの頬を舐める。
「いいねえ。おい、こいつ袋に詰めとけ」
「いや……!」
暴れるアリア。そんな彼女の顔に拳が当たる。
「ふぐ」
だんっ、と地団駄を踏むように童女は男たちを睨んだ。
「ありあさまから、はなれろ!」
「うっせえんだよ!」
大柄な男は拳に力を籠める。それを放出するかのように、金髪の童女の顔面に向かって一発お見舞いした。
「あ……?」
本当に五歳の子どもなのだろうか? 金髪の童女は顔を涙で濡らしながらも、立ち上がる。
「ありあさまから、はなれろー!」
「てめえ! おいお前ら、こいつ潰……」
大柄な男は目を丸くする。
「なんで……」
まさに悪夢。その女は、仲間を投げたのだ。大柄な男と対峙する金髪の童女は目を細める。
それと同時に、ゴキゴキと関節を鳴らす音が響いた。
「合格です、見習いちゃん」
嘉村舞奈はそう言いながら大柄な男に近寄る。彼女の後ろには、数人の男が倒れていた。
男は絶句する。そんな間もなく意識は消えた。
「ふん」
舞奈はそう言って手を振る。
そしてアリアと金髪の童女を抱きしめた。
「怖かったね。よしよし」
アリアは、手を求める。
花びらが舞った気がした。それに呼応して、アリアが持つ緑の宝石がついたネックレスが輝く。
彼女はそっと、目を閉じた。
それからしばらくして、数人の兵士が現れる。そして男たちを連行した。
とんとん拍子進む作業に驚きながらも、アリアたちは城へ戻る。
退屈な食事会を終えたアリア・ホーガンは沈む夕日を眺めていた。
どこか沈んだ雰囲気。それを察した金髪の童女はアリアに言った。
「きょうはたいへんでしたね」
「うん。怖かったね」
鎮まる空気。金髪の童女は意を決してアリアの手を握る。
「わたし、いいところしっています!」
「いい、ところ?」
金髪の童女は頷く。そしてアリアを連れ行った。
変わる空気、早まる鼓動。意外と近所にお花畑があったとは。アリアは目を輝かせる……。
「すごい」
一面お花畑。アリアは金髪の童女から一輪の花を受け取った。
「ふふふ。ありがとう」
満面の笑みを浮かべる金髪の童女。
アリアは困ったように言った。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでした。私の名前はアリア・ホーガン、あなたの名は?」
彼女は口を開く。
「私の名前は、れてぇ、れちぃ、れてぇいしー」
「れてぇいしー?」
首を横に振る童女。困ったアリアはハッとなにかに気づいたように言った。
「なら、オハナちゃんです。この場所を教えてくれた、友達ですから」
オハナちゃんは、目を輝かせ、言った。それはまるで、目の前に光が広がったように、微笑みながら。
「はい」
彼女の名前はオハナちゃん。またの名を、レテシー・アルノミカ。
アリアはしんみり涙を流しながら思い出を語った。
「どうですか、夕奈さん。これが……って寝てる!?」
私は顔を正面に向けて驚いたように言う。
「寝てない寝てない、寝てないよ!」
「本当ですか?」
「本当です」
「ふふふ、分かりました。話を聞いてくれただけでもうれしいです」
「大丈夫、ちゃんと聞いてたよ。レテシーのこと、アリアのこと、嘉村さんのことも知れたし」
「それはよかったです」
風が吹く。それに乗って言葉が聞こえてきた。
「アリア様、もうじき教会へ行く時間となります」
「あ、はい。わかりました!」
アリアは私の方を向く。
私はすました顔で「いってらっしゃい」と言った。
「はい、いってまいります」
アリアはそう言って、メイドとどこかへ消えた。
私は空を見つめながら、ボソッと呟いた。
「オハナちゃん……か。あだ名って、少し憧れるかも」
「あ、いた」
「……?」
私は声のする方を見る。そこにはファニーちゃんがいた。
「ゆなっち!」
「どったの?」
ファニーちゃんは焦ったように言った。
「わたし、お家帰ることになっちゃった」
「……へ?」
どうやら話を聞くと、話し合いが終わり、トロイポン家は家に帰るようで。
ファニーちゃんだけは残るというものだった。
「えへへー。もうちょっとゆなっちといたかったからさ」
「あはは。かわいいなー、あんたは」
私はファニーちゃんを抱きしめる。
お互い笑った。そんな風に過ぎる時。私は休日を全力で楽しんだ。
『異世界日記 十九日目』
レテシーとアリアの過去を知れた。興味深い話だったけど、少しうとうとしちゃった。アリアにバレてたけど、許してくれたので気負うことはないだろう。
今日は良い一日だった。……そういえば、ファニーちゃんは本当に残るのだろうか? 家族と別れるのは辛いだろうに。
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