42話 雀百まで踊り忘れず
「だから言ってんだろ、酒の中に髪の毛が入ってたんだよ」
ハゲを輝かせる冒険者は私にそう言った。
「ええ……?」
何故そんなことに。とりあえず謝っとくか。
「すみませ……」
「謝んなくていいよ」
颯爽と現れるバイトリーダーはこう続ける。
「何が髪入ってただよ! どうせお前の髪の毛だろうが」
「うるせえな、オレのなわけねえだろうが!」
ぐぬぬ……と呟きながらおでこをぶつける二人。
しばらくして、リーダーは観念したかように一歩下がる。それに呼応してハゲの冒険者も下がる。
そしてお互いに謝罪した。
「……悪かったよ。新しいの出すから許してくれ」
「いや……こっちこそ荒立てて悪かったな。新しいのはいい、だからここにいさせてくれ」
二人は頭を下げる。
(なんだこれ……?)
私はただ一人、唖然としていた。
笑うお客をほったらかして、私とリーダーは厨房へ移動した。
「いいんですか? あんなこと言って……」
「いいよ。アイツは常連だからね。ウチとも仲いいし」
「そうなんですね」
そう言った私を見て、リーダーは呆れたように言った。
「はいはい。そんな事より仕事、仕事」
「はーい」
私は作られたばかりの料理を持つ。そしてそれを運んだ。
(リーダー。女なのに大男に歯向かうなんてすごいな)
そんな思念を残して。
そしてバイトも終わり修行の時間になる。私は動きやすい恰好に着替えて師匠の前に立った。
「では夕奈さん、いつものから始めましょう」
「はい!」
私は木製の剣を持つ。そして構えを取る。
「いつも通りのルールでいいですよね」
「はい。私に一撃でも加えることができたら、今日の練習は終わりにしましょう」
「やった!」
息を吐く。私はスイッチを切り替えるように空気を変えた。
(隙をつく。ここだ……!)
「残念」
「うげ」
師匠は私の首をつかんだ。
(なんで当てられないんだ?)
悔しい。
「ぐぬぬ」
「はい、では練習始めましょう」
私は観念して言った。
「はい」
私は師匠に言われた通り動く。
「これ意味あるんですか?」
いわゆる型のようなもの。もう三日間これしかしてない。
師匠は立ったままこう言った。
「体に染みついた技は、たとえ記憶をなくしたとしても残ってくれますから」
「……なるほど?」
私は剣を振りながら、師匠を一瞥した。
(毎日毎日、何時間も突っ立ったまま。すごいな)
「夕奈さん!」
「――はい!」
師匠は微笑んで、優しい声で言う。
「そこ、右足じゃなくて左足です」
「すみません……」
私は注意されたところを直し、修行を再開した。
一通り稽古した後に、私は訊いた。
「本当にこれでアーサーさんみたいになれるんですか?」
師匠は首を横に振る。
「いいえ」
がーん、とでも言えばいいのだろうか?
「なれないんですか……」
「はい……しかし、アーサー殿くらい強くなることはできます」
私は目を輝かせた。
「本当ですか!?」
師匠は頷く。
「アーサー殿に魔法の才があるように、夕奈さんにもその反射神経と体の柔らかさ、そして『ギフト』と呼ばれている力があります。それを駆使して強くなりましょう」
「はい!」
「でも……」
私は頷く。
「わかってます。修行中は、能力の使用を禁ずる。ですよね?」
「そうです」
師匠と私は微笑した。
師匠はどこか諦めているようにこう言う。
「夕奈さんの目的のために、もう少しやりましょうか」
私は頷き、自信満々に言った。
「大樹に追いつくために、頑張りますよ!」
「……」
師匠は黙った後、真剣にこう訊いてきた。それはまるで、私の足を止めるように。
「勇者に追いつく、ですか」
相槌を打つ。
「話すためには、相手より強くならないとなりませんから。……それに、大樹はアーサーさんに負けたんですよ。簡単に追い越せますよ」
私は笑顔で答えた。しかしその数秒後、私から笑顔は消えた。師匠の言葉を聞いたと同時に。
「夕奈さんは知っておくべきです。勇者、万葉木大樹はアーサー殿に負けたわけではない。なにせ、お互い無傷だったのだから」
「……でも、大樹は逃げて」
「はい。要するに時間稼ぎだったのでしょうね」
ギシリと歯ぎしりをしてしまう。
呆れたのか、はたまた自信があるのか、わたしから笑顔が生まれる。
「わかりました」
私は師匠に宣言する。あまりにも高いハードルを越えるために。
「私はアーサーさんを、大樹を超えて、師匠すらも超えて魅せます」
師匠は笑った。
理由は分からない。
でもまあ、たぶん呆れられてるだろうな。
私は剣を持つ。
いつもより長い修行を終えて、夕奈は深い眠りについた。
『異世界日記 十七日目』
宣誓、私は、だれにも文句をいわれないような女になります。今日は大変だったけど、この目的のために頑張ろうな、明日の私。じゃ、寝ます。お休み。
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