40話 情けは人の為ならず
確かに、人々はわざわざここを避けて通っている。視界に入らないってのは本当のようだ。
そしてなぜか周囲の建物から人はいなくなっている。ジーダさんは被害を抑えて戦っているようだし、現実世界なことは確かなようだ。
私は逃げる少年と女性を微笑みながら見る。
(すごい偶然。彼がダリン君だったんだ)
そんなことを考えながら、クワンドと呼ばれていた人を見る。エリオスと呼ばれている人よりは羽も小さいし、まん丸で強そうには見えない。
(でも、油断はできない)
相手も仕掛けてこないし、そうゴリ押しされることはなさそうだ。
そして私を見つめているという点。これは私を評価しているのか、それとも逃げた二人に価値を見出していないのか。
おそらく後者。
すなわち彼らの狙いはジーダさんだろう。
エリオスとの戦いはジーダさんが優勢に見える。岩で何かを作っているし、そういう魔法が得意なのだろう。
私も剣作ってもらおうかしら。
(おっと、考えている暇はなさそうだ)
「考えても仕方ないだん」
クワンドは氷の刃を作る。それを私に向けた。
「降参すれば殺さないだん」
「じゃあ降参するわ」
その刹那、氷の刃が回転しながら私の頭に向かって飛んできた。
「……っ!」
間一髪でそれを避ける。
私とクワンドはそれぞれ呟いた。
「殺さないって言ったじゃん」
「なんで避けるだん!?」
(仕方ない。迎撃する、まずは武器を)
私は次々と飛んでくる氷の刃から逃げるように走った。
何本かかすったが、耐えられない程の痛みじゃない。
私は転がりながら地面に刺さった氷の刃を触った。
「痛っ……!」
氷が私の手の平を切った。
(痛い。氷って、こんなに切れるの?)
「バカだん! それは魔法で作った氷だんよ!」
「はいはいそうですかい」
(最悪だ。武器にしようと思ってたのに)
残弾切れか、攻撃が止む。
その間に周囲を見た。
武器になるものはなさそうだ。民家を壊すわけにはいかないし……。
(迷惑かけたくないけどしょうがないか)
私はジーダさんに向けて大声で言った。
「ジーダさん! できれば私にも武器を」
ジーダさんからの反応はない。でも聞こえていたはずだ。
私は再度飛んでくる氷の刃を避ける。
(二度目だからか、かなり避けやすくなった)
「一芸だけかしら?」
「そんなわけないだん! ギルティア!」
(ギルティア……?)
ビリっと、静電気のようなものが私の頬に走る。
「今だん」
(しまった、気をとられ……)
その刹那、脇腹あたりに痛みが走る。その勢いで横に吹き飛ばされた。
「今のなんだん!?」
先ほどまで私がいた場所には、氷の刃が刺さっていた。
(危なかった。今のがなければ死んでたぞ)
一体だれが……。
ポロポロと、土が私の服からこぼれた。
(ジーダさんが助けてくれた?)
すごい。
「ありがとうござ――」
「――逃げてください!」
私は目を丸くした。目の前にエリオスなる人物が近づいていたのだから。
エリオスとジーダは同時に叫ぶ。
「クワンド、とにかく生き残れ!」
「ユーナさん、これを!」
私は足元で作られた岩石の剣を足で上げ、取った。
エリオスは言う。
「エルムンダリア」
セカイが再構築される。
私はエリオスからいったん離れ、獣のように手を地につけた。
「なんだ……?」
自分でもわからない。でも、これが咄嗟に出たんだ。
「っあ!」
凄まじい初速。自分でも驚くほどの速さで敵に近づいた。
「マジかよ……!」
エリオスは赤黒い、炎のような球体を夕奈に向けて投げようとする。だが、間に合わなかった。
「……!」
私はエリオスの脛に剣をぶつけた。
「ぐあ……!」
焦ったエリオス飛ぶ。
最初っからそうしてろよ、と私は思ってしまう。
(次は何をしてくる?)
私はエリオスを見た。大きな羽、とがった歯、赤い瞳。心なしか、夢で見た奴と似ている気がした。
エリオスは赤黒い球体を作り出し、私に投げてきた。
(『天眼』……)
私はそれを第三者視点で見た。左上に一つ、右上に二つ。隠してるけど私の後ろに一つ。そして彼の後ろに二つ。計六つ。
軌道から鑑みるに、避けるにはここだ。
私は自慢の柔らかい体を存分に使い、三つの見えていた球体と隠れていた球体を避ける。
エリオスはしかめっ面になり「バレてたか」と言った。
彼はにやりと笑う。
私は『天眼』を使用した。
(エリオスに後ろにあった球体が消えている)
「どこだ……?」
しかし見つからなかった。
(ないなんてありえない。見えなくなったのか……。いや違う)
「まさか!」
私は跳んで靴底に剣を触れさせた。
予想通り、でも最悪。
球体は、石造りの道を粉砕して現れた。
一つは防げた。でも、岩石の剣はもうボロボロだ。
(お願い耐えて!)
私は二発目の球体を剣で受け止めた。その威力を体に受けて、私は屋根まで吹き飛ぶ。
「痛っい……」
私は彼を見る。彼は、もうすでに四つの球体を生み出していた。
(あれが連続で来るの……?)
吸血鬼……、いや、これが魔族の強さか!
木葉さんの時とは違い、ここに仲間はいない。
私一人で、やらなくちゃいけないんだ。
(剣は耐えれてあと一発か)
「……なら」
私はエリオスから逃げるように走る。当然彼も私を追いながら球体を投げてくる。爆風に飲まれながらも、走る。
(隙を、隙を作るんだ)
私は眼光を走らせた。
「ここだ」
踵を返す。必然的に、エリオスとの距離は縮まる。
私は思いっきり剣を投げた。
「……?」
その剣を目で追うエリオス。私はその隙に屋根のレンガを球体に向けて投げ、『偽装』を使った。
(危険な賭けだが、これ以外に勝ち筋はない)
「スキャニング完了。対象名を『煙』に変更。コピー可能です」
「……っ!」
私は煙になり、爆風に乗ってエリオスの真上まで飛んだ。
エリオスは戸惑う。
(どこへ逃げた!)
私は変身を解き、エリオスに触れた。
「ファイルが大きすぎます。データをすべて削除しますか?」
「ええ」
エリオスは私を驚いたように見た。
「削除完了。スキャニングを開始、完了。対象名を『エリオス・バンダ』に変更。コピー可能です」
エリオスは言葉をこぼした。
「お前」
私は変わる、彼に。
私は笑った。
「ぶっはっは!」
何故出るのかわからない笑み。身体中に痛みが走った。
羽の異質感はさほど感じない。だが体の中のある違和感は感じた。
私は落下する体を羽をはばたかせて浮かせた。体の何かを消耗している感覚を残して。
エリオスは言った。
「お前……魔族だったのか!?」
私は微笑んでいった。
「ええ、実はそうだったのよ」
「んなわけねえだろ。オレそっくりな奴がいてたまるか」
「はは、たしかに」
体の中で何か動く。
(魔法、使ってみるか?)
「……」
ポンっと、赤黒い球体が出た。
エリオスはしかめっ面で言う。
「血は同じってわけか」
(魔族は周囲の魔素ではなく、己の体にある魔臓から出る魔素を使う。その影響で一番でかいのは、得意魔法は無詠唱で使えるという点だ。そしてそれは血によって決まる)
エリオスはしかめっ面で舌打ちを鳴らした。
(今回の潜入はジーダ・オニュセントの殺害で終わらそうと思ったが、なかなかどうしておもしれえやつがいるじゃねえか。あれのためにも、殺しとくか)
エリオスは私にこんなことを言った。
「お前のそれは魔法じゃねえ。魔族が人間の魔法を使えないように、人間も魔族の魔法を使えないはずだ。それなのにお前は無詠唱で変身した。てことはお前、昔話題になった地球人……! んな!?」
私は赤黒い球体をエリオスに飛ばした。
「話長い」
「てめえ」
(何度か、エルムンダリア、と言ってみたが何も起こらなかった。おそらく私には魔法の才能はないのだろう。使えるのはせいぜいこの爆発する玉のみ)
これを使って、一泡吹かせてやる。
私は『天眼』を使用して状況を確認する。
「っ……!」
目に痛みが走るが、この世界に私と彼以外いないことは分かった。
派手な戦闘をしたのに、悲鳴一つ聞こえないのはおかしいと思ったんだ。
(つまりこの世界は仮想現実とかそんなのに近い状態にある)
現実世界じゃないのなら、こっちも容赦はしない。
私は六個の球体を生み出し、それを相手にぶつけた。
(避けない? なぜ?)
エリオスは笑った、無傷で。
「なるほどな」
(……私の能力は、いつだって後手に回る。相手の方が熟練度が高いのだから当たり前だ)
でも、避けなかったのはなんかムカつく。
エリオスは言った。
「最初は驚いたが、脅威って程じゃねえな」
「そうなんだ!」
私は球体を生み出そうとした。だが……。
「出てこない?」
その隙をつかれ、私は後ろへ吹き飛ばされた。
「何が……起こった?」
「オクヌマス」
私の腹部にレーザーポイントのような赤い円ができる。
「取れない」
「ドン」
「っ……!」
私はまたも後ろに吹き飛ぶ。空気に押されて。
「ドン!」
「痛……!」
(ヤバい……)
私は逃げるように走り始めた。
「残念」
私の腹部に痛みが走ると同時に、後ろへ吹き飛んだ。
エリオスはニヤリと笑った。
「ハイ終わり」
私は『天眼』を使う。
知っている技だった。氷の刃が宙に浮く。
「カチカチドン」
「……!」
私は避けようと思い体を起こすが、またも空気のようなものに押される。
「終わりだな」
何もできない。動けない。
(でも、諦めない)
なぜこうなったのか。そのきっかけのように赤黒い球体が出てこなくなったのは気になる。でも、もうこれ以外思いつかないの!
私は『偽装』を解いた。
「よし……!」
赤い円は消え、避けることができた。
氷の刃が先ほどまで私がいた場所に刺さる。
(あの赤いやつの発動条件はなんだ? 次使われたら負けるぞ……!)
「ちくしょう、わかんねえ」
私はエリオスを見る。こちらを見ていた。
(逃げれないか。……なら!)
私は目線を下ろし、エリオスへ向けて走る。
彼は私に向けて氷の刃を一本一本降らしてくる。
(あの強い技を何故使わない?……使えないのか?)
なら、その条件はなんだ? 私の場合は『触る』という行為。でも、触られた覚えはない。それならば、もしかして……。
(何かの情報か?)
私は転がったり、体をひねったりして攻撃を避ける。
一発刺さってしまったが、問題は……。
(ん……? エリオスの目が変わった?)
私はまさかと思う。
(まさか……血が条件なのか!?)
それはマズイ。……いや、ならばそれを使う。
私は血を無視して走る。
最大の防御は攻撃。私はエリオスの足元まで来ることができた。
「……!」
「お前さ、バカだろ」
私の前に赤黒い球体が現れる。
エリオスは言った。
「何も考えずに近づくなんてさ。バカすぎんだよ」
私は手を前に差し出した。
「お互いね」
「スキャニング完了。対象名を『煙』に変更。コピー可能です」
私は『偽装』を使った。
そして天に舞う。エリオスは口を開いた。
「なるほど!」
私は攻撃するために変身を解く。エリオスは赤黒い球体を出した。
「爆発しろ!」
私はそれを持つ。
(大丈夫、大丈夫。今までので衝撃を加えないと爆発しないのは分かってる)
けど怖い!
私はそれを持ったままエリオスに向かって落下した。
「マジかよ!」
エリオスは避けようと翼を動かした。だがその刹那、世界が揺れた。
「な……!」
私はエリオスにぶつかった。パキっと、音が鳴る。
「終わり」
「お前狂ってるだろ」
セカイが暗闇に包まれた。
(……戻った)
「……! ジーダさん」
大きな笑い声が聞こえた。
「あーはっは! お前たち、侵入者だな」
雷鳴、突風、火炎、大地。どう言い表せばいいのかわからない。
私の前には、ボロボロになったクワンドと仲間であろう羽の生えた女と男、そして笑うアーサー=アーツ・ホーガンがいた。
ジーダさんは笑った。
「ふぉふぉふぉ。エリオスが逃げたことは許します。あなたが生きててよかった」
私はジーダさんの手を取る。
「いったい何が」
「あーはは! オレが説明してやろう」
私は聞いた。
どうやらジーダさんがクワンドを倒したようで、その後二人の魔族を倒したアーサー=アーツ・ホーガンさんが合流したらしい。
エリオスはアーサーさんが捜索するようで早々に去った。
ジーダさんに謝罪されながら、私は歩き始める。
「すみません。私が対処出来たらよかったのですが」
「気にしなくてもいいですよ」
「ありがとうございます。まさか勝てるとは思いませんでしたよ」
「あははー。勝ったというかなんというか……」
私はジーダさんを見た。私たちは足を止める。
ジーダさんは何かを決意したように私を見て、頭を下げてこう言った。
「夕奈さん、孫を助けていただき、ありがとうございます」
「あ、頭を上げてくださいよ! それに、いくら嫌われてても困ってたら助けるのは当たり前ですから」
「……」
「あ……。別に嫌われてるのを気にしているわけでは」
気まずい空気が流れる。それを壊すかのようにダリン君が現れた。
「おじいちゃん! お姉ちゃん!」
「あ、ダリン君」
私は駆け寄ってきたダリン君の頭をなでる。
後から現れたジーダさんの奥様らしき人物は、私にこう言った。
「ありがとうございます。……そういえば、名前を言っていませんでしたね。私の名前はハマ・オニュセントです。夫と、私たちを助けていただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
とダリン君が続ける。
私は微笑んで言った。
「いえいえ。……私は、やりたくてやっただけですから。おっと、私も自己紹介がまだでした。私の名前は、ユーナ……」
ゴクリと、唾をのんだ。
不安と恐怖に駆られながら、安堵を求めて。
「私の名前は……万葉木、万葉木夕奈です」
なんで、こんなことを言ったのだろう。自分でもわからなかった。
殺されるかも、そんな心配が頭をよぎる。だが、ハマさんは微笑んでくれた。
「そう、あなたも大変なのね、夕奈さん。本当、ありがとね」
どこか、ぽっかり空いた心が埋まった気がした。
「夕奈お姉ちゃん、ありがとう!」
「うん、ありがとう」
私は顔を隠すようにダリン君の頭を触った。
察してくれたのか、ハマさんはダリン君を連れて去ってくれた。
ジーダさんは一人、私の前に立つ。
私は申し訳なく言った。
「すみません」
「なにかありましたかな?」
私は朧気な視界でジーダさんを見た。彼は、目をつぶっていた。
「ずずっ」
私は鼻水を吸い、目元を拭く。そして言った。
「ありがとうございます」
「いえ、それはこちらのセリフです」
ジーダさんは頭を下げ、こう続けた。
「すみません。またやってしまいました」
夕日が私たちを照り付ける。
万葉木夕奈は、ジーダを見た。ジーダは口を開く。
「初めて、あなたを見た気がします。……贖罪でも、慢心でも、どう受け取ってくれてもかまいません。私からのお願いです」
なんといえばいいのだろう。……いいや、分かってたじゃないか。この気持ちは、ワクワクというものだ。
私はゆるやかに口角を上げた。
「指導させていただきたい。その原石が、削りきられる前に」
「はい」
答えはもう、決まっている。
私は頷き、握手を求めた。
夕日が祝福するように、私たちを照らす。ジーダさんの手は、ゴツゴツしていた。
『異世界日記 十四日目』
今日は良い日だった。私の罪が消えたような、そんな不思議な気分。喉を通るものも、見る者も、全てが一つ進化しているように感じた。
明日からジーダさんの……いいや、ジーダ師匠の指導も始まる。過酷だろうけど、頑張ろうと思った。なにせ、彼はあのアーサーさんを育てた人なのだから。
PS
買い出し忘れててリーダーからめっちゃ怒られた。
ついにこの章も幕を閉じました! 次回は修行編(……実は実践)です!
乞うご期待! ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




