39話 「私の名前は万葉木夕奈。ただ、それだけよ」(後編)。
「ここは……?」
私はどこかの屋敷にいた。
(……不気味。早く帰ろう)
ふと、右側を見た。
てるてる坊主のように、死体が吊られていた。
「え……」
声が聞こえた気がする。振り向くと、吸血鬼のような生き物がいた。
「……」
鼓動が早くなる。私は恐怖に駆られて逃げ出した。
だが、何故か吸血鬼のような生き物との距離は開かない。
(なんで? なんで!?)
吸血鬼のような生き物は、私の首を噛んだ。
「ひ……!」
ガタっと、私は勢いよく起きた。
気持ちの悪い汗が、私の肌と服を引き合わせる。私は額の汗を拭いた。
「夢……?」
ホッと、胸をなでおろした。
(夢だったんだ。よかった)
私はそんなことを考えながら、お風呂へ向かった。
「汗流そ」
視界の端っこで、アリアから貰った宝石が輝いた気がした。
(……なんで、こんな高価なもの貰えたんだろう)
謎である。
朝日は上る。それは次第に上ヘ向かい、真上に来たのを私は見た。
(太陽の動き方も地球と同じ。まるでコピーみたい)
まさかね、と心の中で笑う。
そんな私は、現在クルルとアリアとレテシーと共にお庭にいた。
アリアとクルルは先ほどまで私が教えた鬼ごっこをしていたせいか、汗だくでいる。ドレスを着ていないアリアは珍しく感じた。
「それで、話って何?」
私はアリアに訊く。
アリアは微笑んで言った。
「ああ、実は……」
話を聞くと、どうやら私たちの生活費が嵩んできているらしく、それをどうするかというものだった。
「……完全に忘れてた」
「ふふふ、だと思いました」
アリアは笑う。
私は内心、生活費かー、当たり前だけどかかるよね、と思う。
「クルルと合わせていくらくらい?」
「金貨一枚くらいですね」
それに合わせてレテシーがこう付け加えてくる。
「あと私の借金である、金貨一枚もです」
(合計金貨二枚か)
昨日の居酒屋では、金貨一枚を出すと銀貨二十五枚くらい帰って来た。あの日は焼き鳥を三十本ほど、甘い飲み物を何杯か飲んだ。
そして約五日の滞在費は金貨一枚。
だからおおかた、金貨一枚日本円にして三万円。銀貨一枚千円くらいか。
(高いか安いかわからん。日本にいたころでも、ホテルの予約なんてしたこと無かったからなあ)
一日約六千円。二人だから妥当なのかな?
まあいいや。今はそんなことよりも返済だ。
「アリア、何か仕事ある?」
「お仕事ですか?」
アリアはしばらく悩んだ後、レテシーを見た。
レテシーは呆れたように言った。
「すみません。うちは受け付けてませんので」
(ガーン。ってかんじ)
「まあ、そうだよね」
私がそう言うと、クルルは私にくっついてこう言った。
「……もしかして、私たちピンチですか?」
私は頷く。
クルルも肩を落とした。
「どうしよう、夕奈」
レテシーは言った。
「クルルならメイド似合いそう」
「ええー!? わたしには断ったのに?」
私がそう言うと、レテシーは微笑んでこう返してきた。
「ユーナさんには絶望的に似合わないと思いましたので」
「ひどい……」
私は珍しく拗ねた。
「まあまあ」
アリアは私をなだめるように言う。
「とりあえず、私が支払っておきます」
「いいの?」
私がそう言うと、レテシーは「何か企んでるんですか?」とアリアに言った。
アリアは「企んでないです」と拗ねたように言った。それを見た私とクルルは笑う。
(って、笑い事じゃないぞ)
アリアに頼るか? でもそれだとまた借金が嵩むことになる。それは嫌だ。
私は左肩を上げて言った。
「働くよ。ちゃんと」
アリアは「いいんですか?」と訊くが、私は二つ返事で「ええ」と答えた。
レテシーは「いいんじゃないですか」と言い、こう続けた。
「クルルの件は嘉村さんに話しておきます」
「嘉村さんに? なんで?」
と私が訊くと、レテシーは「嘉村さんはメイド長ですから」と言った。
(なるほど)
つまりクルルは合格と。
私は笑った。
それを見た三人は微笑んだり笑ったり……。場が和んだ。
(さて、仕事探すか)
私は今日一日を使って、仕事を探した。
『異世界日記 十日目』
今日は疲れた。でも、そのおかげでギルド、『冒険者』たちが仕事を受ける場所で働けることになった。自給は銀貨二枚。日本円にして約二千円。バイトにしちゃあいい方だろう。あ、ちなみに受付ではない。酒、料理、を運ぶ仕事だ。居酒屋みたいなものだ。
よし! 明日から頑張るぞい!
『異世界日記 十一日目』
手応えあった。いい感じ。マジで酔った親父どもの絡みはめんどくさかったけど、仕事だから頑張る! よし、明日もがんっばるゾイ!
『異世界日記 十二日目』
今日はいろいろあった。買い出しにも言った。よし、明日も頑張る。
『異世界日記 十三日目』
寝たい。休みたい。
「異世界日記……って! 私この三日間働いてばっかじゃん!!」
昼から深夜まで。三時から九時までの六時間バイトだ。一日銀貨十二枚。日本円にして約一万二千円。この三日で家賃のようなものは払いきった。五日で三万の出費、そして五万の収入。二万貯金できている計算だ。
うん。いい仕事。
(でも、サービス残業は必須なんだよな)
朝の買い出しは当たり前。特に嫌なのは、樽酒を運ぶことだ。これ続けてるとムキムキになるぞ。
「あはは」
と笑ってみる。
私はそんな風に、今日もまた目を閉じる。
朝目が覚めると、汗で服が張り付いていた。
「またか……」
ポーチを見る。中には御守りとお金を入れている袋のみ、そのほかの荷物は机の中にしまってある。
私は机からアリアにもらった緑の宝石を取り出した。
(つけたいけど……やっぱ盗まれそうだしやめておこう)
私はそんな事を考えながら、ほのかに暖かい水を浴び、アリアからもらった服を着る。
魔女のような恰好も好きだが、さすがに毎日は着れない。汚いし。
そのことを相談すると、あろうことか、魔女のような服そっくりな服を編んでもらいました! とアリアは言ったのだ。
つまり私の部屋には同じ服が五つある。
でもさすがに飽きるよね。
私はアリアに貰った茶色のショートパンツと、白と茶色で彩られた服を着た。いかにも村人という感じだ。
そして職場では、白と黒のウェイトレスさんみたいな格好にさせられる。蝶ネクタイはない。
私は職場で着替えながら、メイドの研修のためどこかへ飛ばされたクルルのことを考える。
(クルル元気にしてるかなー。レテシーと一緒に行ったし、無事だろうけど。なんか大変そうだしなー)
マジでメイドにならなくてよかった。と私はニコニコしながら思う。
そんな風に過ごす一日。これが続くと思っていたが、何故かリーダーは私にこう命じた。
「ユーナ、買い出し行ってきて」
「わかりました」
私はめんどくさいなと思いつつも、了承した。
一方その頃、ジーダ・オニュセントは妻と孫と一緒に、久しぶりに取れた休日を謳歌していた。
孫、ダリンは金の剣のキーホルダーを見せ、ジーダに言う。
「これね、優しいお姉ちゃんがとってくれたんだ」
「フォフォフォ。またその話ですか。よかったですね」
ジーダは孫の頭をそっと触る。
「えへへ。くすぐったいよ」
孫の笑顔を見たジーダの顔も、自然と笑顔になる。これほどまでに幸せなことはない、とジーダは思った。
だが運命は悲惨なものである。
ジーダ・オニュセントはこの場にいた誰よりも早くヤツらのことを察知した。
「……ッ!」
(この気配は……!)
ジーダは二人に命令した。
「早く逃げなさい!」
「エルムンダリア」
その一言が、ジーダの中で木霊する。
(エルムンダリア……魔族特有の魔法か!)
彼は、羽をはばたかせる。吸血鬼のような歯を見せながら。
不思議なことに、この場には私以外いなかった。
「家族を、どこへやった!」
「時期にわかるさ」
空気が変わった。ズシリと重いプレッシャーが、彼に乗っかる。
彼は思う。
(すっさまじいプレッシャー。さすがバーサーカーだな)
「……?」
魔族である彼、エリオス・バンダは誤認していたのだ。
自分の役目はかの英雄の足止め。それくらいならできると。
まったくもって間違い。
エリオスが気づいたころには、羽をもたないジーダ・オニュセントは岩石で出来た剣を振っていた。
(ありえねえ)
鈍い音が鳴り響いた。
その刹那、世界が暗闇に支配され、消滅した。
ジーダは目を見開く。
なにせ、そこには人質にされているダリンと妻、ハマ・オニュセントがいたのだから。
ジーダは腰をかがめる。だが同時に背面から熱気を感じた。
そこにいたのは、頬を真っ赤にしたエリオスだった。ジーダは舌打ちを鳴らす。
「動いたら撃つ。お前にじゃねえ、ガキにだ」
私は観念し、魔法で出来た岩石の剣を消した。
「跪け」
ジーダは跪く。
後ろにいるエリオスを睨みながら。
そんなエリオスは挑発するように言った。
「ここいら一帯は視界に入らないように魔法をかけられている。助けは来ねえよ」
ジーダは考える。突破口を。
だがどうしても、ダリンと妻、二人救う道がないことを悟った。敵は二人、せめて味方が一人いれば……。
だが虚しく、ここは普通じゃあ見えない場所になっている。
視界が九十度変わる。それはまるで、天から見下ろすように。
ジーダ・オニュセントはにやりと笑う。それを知っていたかのように、エリオスに足払いをし、体勢を崩させた。
「な!? クワンド、ガキを!」
走る音が聞こえる。
エリオスは目を丸くした。
(いくらなんでも、早すぎだろ!)
ダリンを氷の刃で殺そうとするクワンドに、スキンヘッドのおっさんが拳を入れた。
それは腹に直撃する。
「ぐあ……!」
スキンヘッドの男は思う。
(もしかして、吸血鬼!? でも、注意力もないし、太ってるし、わたしでも勝てるかも)
ダリンはスキンヘッドの男を見て目を輝かせた。
「ありがとう! お姉ちゃん!」
私は頷き、ジーダさんのほうを見る。戦っていた。だがこちらを気にしている。
(なら、ご家族はジーダさんに任せよう)
私は吸血鬼のような生き物の前に立った。
彼は言う。
「誰だ、お前は……?」
私は『偽装』を解き、言った。
「私の名前は万葉木夕奈。ただ、それだけよ」
なんか、思ってたのと違うものができました笑。まだまだ実力が足りませんでしたね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!




