38話 「私の名前は万葉木夕奈。ただ、それだけよ」(前編)。
「あー。ってことがあってー!」
私は足をばたつかせながらミリアさんに愚痴った。ミリアさんの部屋で豪華な椅子に座り、ラブマフィを飲みながら。
ミリアさんは言う。
「ふふふ。ユーナさんは意外と子供っぽいのですね。お可愛いです」
「バカにしてますか?」
「いえいえ、莫迦にしてませんよ」
フフフと笑うミリアさん。なんかママみたい。
と思う夕奈であったが、ミリアもまた、娘みたい、と思っていた。
ミリアはこうも思う。
(アリアの時は教育ばっかりでじっくりお話なんてできなかったのよねえ)
「ふふふ」
「……?」
私は突然微笑むミリアさんを見ながら思う。
(思いだし笑いかな? かわいい)
ところで、私は何でここにいるのだろう? ああそうだ、愚痴ってたんだ。
思い出すとまあ、恥ずかしい。アポも取らずに行って、弟子にしてください、なんて言っても困惑するだけだし、何より私は大樹の姉だ。
それがネック。しかし……なんで、大樹は戦争なんて起こしたんだろう……。
(いや、考えても意味ないか。結論は出せない。証拠的にも、気持ち的にも)
私はラブマフィを飲む。
ふと、気になったので訊いてみる。
「ミリアさん。ジーダさんって、昔はどんな人だったんですか?」
ミリアさんはラブマフィを一瞥した後、私を見た。
「ジーダさん。いえ、ここでは『じい様』と呼びましょう」
始まった昔ばなし。これは長くなるぞ、と私は身構えた。
「じい様は、聞いた話によると、若い頃はバーサーカーと呼ばれていたそうです。どうにも、戦い方があまりにも雑で、狂暴だったらしく……」
(今のジーダさんからは想像もつかない。……いや、昨日の素振りからはその片鱗を感じた。雀百まで踊り忘れず、身についたものはなかなか消えないという事か)
ミリアさんは話を続ける。
「私が初めて会ったのは、八歳くらいの頃。いかにもという感じの渋い殿方でしたの。ですので、バーサーカーという異名に、私は納得できなかったのよ。でも、彼は……夫は、見抜いたのです。私が十歳の頃に、じい様の内に秘める凶暴さを。夫は来る日も来る日もじい様と戦いました」
ある小雨の降る日。アーサー=アーツ・ホーガンは木製の剣をジーダ・オニュセントに向けました。
「今日こそは……あなたを倒す」
「さようでございますか。ですが、この天気の下で戦っていると風邪をひいてしまいます」
「そうならないために、オレが勝てばいい。いつもより早く」
ジーダ・オニュセントは微笑んだ。
「さようでございますか」
アーサー=アーツ・ホーガンは剣を振るう。だが簡単に避けられてしまい、首に手刀をもらう。
「……」
倒れるアーサー=アーツ・ホーガン。そんな彼を抱え、ジーダ・オニュセントは城に戻った。
「ということがあったの。じい様は優しかった。あの時までは」
私はごくりと息を呑む。
ミリアさんは神妙な面持ちを浮かべた。
(大体何のことかは想像がつく)
私も、真剣に答えた。
「覚悟は、できています」
ミリアさんは頷き、話を続けた。
「ある時、戦争が起きたの。勇者との戦いが。その戦いに赴いたのは、この国の精鋭と、私の夫と、じい様の一人息子。今でも思い出します、その一人息子を見守る、じい様の顔と、ダリン君の顔を」
「ダリン君……?」
ミリアさんは相槌を打つ。
「はい、じい様の孫であり、じい様の息子、キークポッツ・オニュセントの息子であります」
私は持っていたカップの持ち手を握りしめた。
(子どもがいたの……?)
罪悪感が、私を支配した。
そんな私を気にかけるミリアさん。私は首を横に振り、言った。
「話の続きを聞かせてください」
ミリアさんは頷き、続けた。
「わかりました。……ユーナさんも知っている通り、その戦争は終わりを迎えました。ですが、息子さんは帰ってこなかったのです。じい様は泣きませんでした。私たちがいたからでしょうか? それとも孫がいたからでしょうか? 理由は分かりません。ですが、その日からじい様はどこか浮ついているような、抜け殻のような雰囲気を醸し出すようになったのです」
私は相槌を打つ。
「それでも仕事を続ける。まじめな人なんですね」
「はい。ユーナさんと同じ、真面目な人なんですよ」
「……私は真面目じゃないですよ」
私がそう言ってラブマフィを吸っていると、ミリアさんは微笑んで言った。
「十分まじめですよ。それよりも、じい様には面白い話が合って、なんで三十代のジーダさんをじい様と呼んでいるのかというと……」
また、ミリアさんの雑談が始まった。面白い話なんだけど、あまりにも一方的に話すから疲れちゃうんだよね。
(しかし、真面目か……嬉しいのやら悔しいのやら、複雑な気分)
私はそんなことを考えながら、ミリアさんの話を聞いた。脳裏にダリン君という名をよぎらせながら。
それからしばらく経った頃、ミリアさんの仕事が始まるのをキッカケに、お茶会を終わらせ、私は部屋を出た。
(すこし、休もうかな)
なぜ、昨日はあんなにも元気にあふれていたのか。自分でもわからない。
私は廊下にある本棚に体重を預けながら、日向ぼっこを始めていた。
すると、横から声がした。
「ユーナさん、邪魔です。それ今から運び出すものですから」
声のする方向を見る。レテシーがいた。
「何してるの?」
「それはこっちのセリフです。ユーナさんが歩き回るから、メイドのあいだであの人だれって噂になってるんですよ!」
「へー」
私の脳みそは日光でとろけていた。
そんな私を見て不機嫌になるレテシー。私は怖くなり「あははー、ごめんよ」と言って本棚から離れた。
「最初っからそうしてくださいよ」と言い、レテシーは大人の男性でも持つのが辛そうな本棚を持った。
「重くないの?」
「重いですよ」
私は何を言っていいのかわからず、こう返した。
「手伝おうか?」
「いいんですか? ならお願いします」
「お? 随分とあっさり助けを求めたね」
「はい。今のユーナ様は主ではありませんから」
「はいはい、そうですかい」
私はレテシーの手と被るように本棚を持つ。すると驚いたことに、レテシーは手を放しこんなことを言った。
「それではお願いします」
「重い、重い、重い! 一緒にもっていこうよ!」
「えー」と言いたげな表情を浮かべるレテシー。だが確実に軽くなった。
「ありがとう」
「お礼は良いですよ」
私は改めて、レテシーの強さを知った。あとほんの少し遅ければ、私の腕は折れていたことだろう。本棚を落とさなかったことだけは幸いだけどね。……だからこそ、レテシーの強さが目立つ。よくもまあ、その小さな体に筋肉が収まってるなあ、と感心してしまう。
こんなこと絶対に本人には言えないけど。
私たちは「えっせ、ほいせ」と階段を下りたり廊下を歩いたりしながら、やっとの思いで倉庫まで着くことができた。
「ふう」
私は汗をぬぐう。それを見たレテシーはこんなことを言った。
「ユーナさん体力無さすぎです」
「そっちはありすぎ」
レテシーの滴る汗は、魅せるように服に落ちた。
それを見ていた私。そんな私を見ていた背の高いメイドは私の後ろでこう言った。
「お客人に何をやらせているのですか? レテシー」
「ひえ」
私とレテシーは同時に驚く。
(びっくりした。後ろに人がいたとは)
レテシーは青ざめながら言った。
「嘉村さん、すみませんでした」
どうにも怖そうな人。目つきも悪いし、前髪で顔が暗くなっているし、何よりでかい。これが一番怖い。百八十はあるぞ、これ。
しかし、私を見るときはいつも笑顔。
レテシーを見るときは怖い。
仕事人だな、と感心する。
「……? 嘉村?」
私はそう呟いた。それが聞こえていたのか、嘉村さんは笑顔でこう答えた。
「嘉村舞奈です。この辺では珍しいと思いますが、ニッコウ出身の者です」
「なるほど」
(ニッコウ。話には聞いていたが、本当に日本みたいな名前なんだ。……言葉も日本語だったりして。まあ、この世界のルールのせいでそれはないだろうけど)
自動翻訳をここまで恨んだ日はないだろう。
私はそんなことを考えながら、こう返した。
「アリア・イグドラシルです。よろしくお願いします」
嘉村さんは会釈をした。そしてレテシーに向かって鬼の形相でこう叱った。
「レテシー! 使用人というものは、主との信頼関係が……」
むにゃむにゃ。あまりにも長い説教。私はその間、倉庫の中にあった椅子に座って仮眠をとっていた。
レテシーの声が聞こえる。
「ユーナさん、待たせてすみません。鬼ばば……嘉村さんはいなくなりましたよ」
私はレテシーの頭に軽く手を当てた。
「叱ってくれる人は敬いなさい」
「うう……もとはといえばユーナさんが手伝うなんて言ったから」
「う……っ。ごめん」
「別にいいです。わざわざ待っていただきましたが、私はこれから買い出しなので、ユーナさんは部屋に戻って寝てください」
私は手を合わせて言った。
「さっきのお詫び。手伝うよ」
「はあ!? ユーナさんまた私を陥れる気ですか?」
私はかぶりを振る。
「そんなまさか。善意だよ」
「本当ですか?」
「うん!」
レテシーはため息をついた。
「なら次は寝てないで私と一緒に弁明してください。これが条件です」
私は親指を立てた。
「了解」
レテシーはため息をつきながらも、微笑んでくれた。
「なら、行きましょう」
「うん」
私たちは市場へ出向いた。
市場に着くや否や、最初に目に入った果物の多さに驚いた。
りんご、みかん、メロン、マンゴー、バナナ。どれもこれも地球の物ばかり。
気になるけど、こればかりは神様か歴史博士に訊かないと分からないだろう。そしてもう一つ分かった事がある。この世界の文字は、日本語に変わって見えるということだ。
私はレテシーと歩く。レテシーは道中で色々な買い物をしていた。
「ユーナさん、ここからは危険なお肉区域です」
「……?」
その疑問はすぐに解けた。
目の前に広がるのは人だかり。レテシーは獣のような目で店を見た。
「見つけた。あそこが一番安い」
「ちょ! レテシー?」
レテシーは軽い身のこなしで人々の間を抜けて行った。一方私は、人だかりに飲まれていた。
「うぎゃー!」
私はそれから逃げるように離脱する。その先には私と同じように逃げてきた人たちがいた。
(はあ、はあ。帽子脱いで来ててよかった。じゃないとなくしてたよ。絶対)
私は周囲の人々を見た。私と同じように疲れているようだ。しかし一人、少年だけは下を向いて歩いていた。
「……?」
疑問に思った私は遠くから少年に訊いた。
「そこの君! 何してるの?」
すると少年は涙目で「剣のキーホルダーなくしちゃった」と言った。よく聞こえなかったが、おそらくそう言っていた。
私は近づく。それに呼応して、周辺にいた老若男女が集まった。
「大丈夫」
私は皆を見る。そして言った。
「私たちが見つけてあげる」
私を含めた老若男女は一斉に頷き、探し始めた。
私は大声で「剣のキーホルダーです! 金ぴかの!」と叫ぶ。
我ながら無駄な労力である。でも、不思議と体は動いた。
人通りが少しづつ少なくなる。
私は少年にここまでの経緯を聞いた。
「わかった。ありがとね」
私は一歩下がって、少年が来た道を戻る。だが見つからず帰ってくる羽目になった。
捜査は難航する。夕暮れ。皆、もう見つからないんじゃないかと内心思っていた。
そんな時だった。レテシーの声が聞こえたのは。
「ユーナさん?」
「レテシー」
何してるんですか? と言わんばかりの彼女。私は経緯を説明した。すると驚いたことに、レテシーはそのありかを知っていたのだ。
どうやら精肉屋の店長が落とし物として預かっていたらしく、簡単に見つけることができた。
私は少年にキーホルダーを渡す。
「……ありがとう」
少年の顔に笑顔が戻った。私は探してくれた十五人くらいに向けて言った。
「見つかりました! 皆さんありがとうございます!」
皆は各々の言葉を少年に渡す。
「よかったな」
「めでたしめでたし」
「ふふふ。よかったね」
などと言う人々に驚くレテシー。彼女は私の耳元でこう囁いた。
「こんなにどうやって集めたんですか?」
「優しさを利用したの」
「なるほど」
分かったような、分からなかったような顔を浮かべるレテシー。
私はそんな彼女の肩をポンっと触り、少年のほうを向いた。
「もう遅いし、パパも心配してるだろうから帰りな」
少年は何か言いたそうにしていたが、私の後ろにいる人たちの労いの言葉もあってか、少年は素直に頷いた。
「ありがとう、ございます!」
私たちは手を振って送り出した。
残った者たちは、不思議と集まった。
そして始まる飲み会の話。
ここの住人は仲間意識が強いなあ、と思いながらも、私はレテシーを連れてこの場を去ろうとした。
(飲みの席には座ったことないし、今回は遠慮しよう)
レテシーは不思議な顔をしたが、これは仕方のないことなのだ。
「お嬢ちゃん!」
「……」
私は足を止めた。そして振り返る。
皆、私を温かい目で見つめていた。
「……」
戸惑う私を見て、レテシーは呆れながら金貨を渡してきた。
「貸しですからね」
私は悩んだ末に、その金貨を受け取り、レテシーを抱きしめた。
「……! あの、恥ずかしいです」
「ごめん。でも、私は嬉しかった」
「それはよかったですね」
私はレテシーから離れる。こう言い残して。
「この恩は、必ず返す」
「当たり前です」
私は手を振り、一緒にキーホルダーを探したメンバーの中に入る。
レテシーはこう言い残して消えた。
「夜が明けるまでには帰ってくるように」
「はい……」
近くにいたおじさんは笑う。
「がっはっは。信用されてねえな、ねえちゃん」
「あれは信頼の裏返しです」
「はっはっは。そうか、いいな」
私は微笑んだ。そんなやり取りをしながら、私たちは向かった。俗に言う、居酒屋へ。
この世界では十五歳から成人らしく、私もお酒を飲めるそうだが、怖かったのでやめた。
そんなんでも意外と楽しめた。
私はたくさんの銀貨をポケットで遊ばせながら、帰路につく。
スマホを見ると現在時刻一時十五分。
(……なんで時計が見えるんだろう?)
と思いつつも、異世界特有のご都合主義かと思考を放棄する。
私は帰り道で、日記を書いた。
『異世界日記 九日目』
楽しい宴会に誘われた。人生初だよ。これは思い出に残るだろう。眠いし、歩きスマホは危険なのでここいらで筆を置きます。明日の私も、頑張れby夕奈
そういえば、少年は無事に家に帰れただろうか?
万葉木夕奈がそんなことを考えている間に、丸メガネをかけた男はパソコンに向かい合っていた。
「ふう。回線の安定化、波数の調整。これでこの世界も住みやすくなった。だろ?」
制服姿の女は言った。
「それな!」
一方その頃、万葉木夕奈は城に入り、部屋に入り、お風呂に入った後、髪を乾かし歯を磨き、もちろん寝間き姿でベッドに入った。
ジーダさんのことを考えながら。
(どうすれば、誤解は解けるのだろうか。私は完璧主義者ではない。でも、よくわからない理由で嫌われたままは嫌だ)
私は魔法陣に触れ、ロウソクの灯を消す。
過去の愉悦と、未来の煩忙に苛まれながら。
かなり長くなりましたね! これでも削ったんですよ笑。
ということで、後半はおそらく明日公開します!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 感謝感激!




