37話 吉凶は糾える縄のごとし
夜、私は緑の宝石がくっついたネックレスを服の中から取り出す。それを机の上に置いた。
私はサラサラになった髪を触りながら、なんかうれしいな、などと思ってみる。
「……へんなの」
私はベッドに寝転んだ。
一日の終わり。
(うーん)
ウズウズする。
なんというか、すごく動きたい気分。
(久しぶりの自分の体なんだ)
この時の私は、どこかおかしかったのかもしれない。似合わない軽装で、レテシーに動きやすい靴を借りて、外に出た。
「……っ」
言葉にならない喜びが笑みとなって出てくる。
(早く、運動したい)
時々あるのだ、無性に体を動かしたい瞬間が。
私は草の上でストレッチを始めた。
「よ!」
思いのほか、柔らかく曲がることができた。
文句なしの百点。お尻を地面につけて、足を開いて、胸を地に着ける。
(よかった、まだ固まってない)
体の柔らかさは、私が自慢できる数少ないものの一つだ。ストレッチは家で数分でやれるものだし、睡眠の質も上がるし、とにかく私でも続けることができるものだった。
私はそんなことを考えながら、片足を高く上げ、まっすぐにバランスを取った。
(よし)
そして手首足首をほぐして動きに入る。
ジャンプしたりしゃがんだり。
「……」
この奇怪な行動。我ながら恥ずかしい。
誰もいないが、恥ずかしさに耐えられなかった私は走りに出た。
城を抜けた先。民家のあたりまで五分ほど走った。
「……ふう」
(満足、満足)
私は本気で運動したいわけではない。ちょっと体を動かしたいだけなのだ。
(それにしても、長髪は運動には向かないな。邪魔だ)
私はヘアゴムがないことに落胆しながらも、髪を後ろにはらった。
「……?」
それと同時に、鈍い音が聞こえた。
(なんだ?)
喧嘩か? と思い、私は『天眼』を使用した。
うっすらと、笑ってしまった。
なんという予想外。喧嘩なんて甘いもんじゃない。
(どうやったら、そんな音が出せるのよ……)
なかば呆れ気味。なんせ、私が見たのはたったひとりで素振りする……。
「すっご」
ジーダ・オニュセントさんだったのだから。
彼は一般的な十歳くらいの子どもの大きさの大剣を振るう。汗を垂らし、がむしゃらに。
ほんの少しだけ、胸の奥がきゅっと縮んだ気がした。
(怖い……でも、すごい)
『天眼』で見ているせいかもしれない。間近で見たら震えあがることだろう。
繰り返す。この時の私は、どこかおかしかったのかもしれない。疲れのせいではない。これは、自分でも何かできるかもしれないという、若者特有の期待であった。
身近に現れた『英雄』と呼ばれるものの存在。そして、紅木葉さんに勝ったという謎の自信。私も修行すれば強くなれる。
そんなことばかり考えていたのだ。
不思議と足は動く。
どこへ向かっているのか。たった一つの光のもとへ。
「ジーダさん」
「ユーナさん……」
ジーダさんは剣を下ろした。
私は行けると思った。なにせ、アーサーさんが私の修行を助長してくれたし、アリアの存在だってある。それに何より、私という原石をほってはいられないだろう。
私は握手を求めて言った。
「私を、弟子にしてくれませんか?」
自信はある。最近の私は、運がいいのだから。
人はみな、思いを持っている。お城の一室で椅子に座って考えているアリア・ホーガンにも。
(マジニートさん。急に来られて怖い思いをしましたが、何か事情があったのでしょうか?)
その近くの廊下にある物をはたきで掃除するレテシー・アルノミカにも。
(今日の仕事はこれで終わりっと)
そんな彼女の良き友人であるクルルにも。
(ここどこだろう? 迷った)
書類を前に笑うアーサー=アーツ・ホーガンにも。
「あーはは!」
(あと三千枚。いい調子だな)
その横の部屋で読書をするミリア・ホーガンにも。
(セカイのタイジュはノにて成長セシ……難しい文章だこと)
その他の人々にも、みな心がある。
(シュラったら、またお酒忘れてる)
(スライム、スライム、スライム……)
(眠い)
(私は誰!? ここはどこ!?)
(どうすれば私の地位は上がる?)
そんな風に、社会は回る。
根本的に、万葉木夕奈は忘れていたのだ。
「……弟子?」
「はい」
そう、彼女は――勇者の姉なのだ。
「断固として、断らせていただきます」
血肉を食うかのような鬼の表情。私は彼に対し、恐怖を感じた。初めて会った日よりも、もっと。
「あ、あの」
「帰ってください」
なにも、言い返せなかった。
私は屈辱と後悔にさいなまれながら、帰路についた。
ただただ、どうすればよかったのかを考えながら。
私はシャワーのような物から出る水を浴びながら、吐き捨てた。
「ちっくしょう……。私は、大樹じゃないんだぞ。なのになんで、そんなに嫌うのよ」
頬に水がつたう。それがどこから出てきたものなのかは、もう私にはわからない。
もしかしたら私は強いのかもしれない。強さを試してみたい。そんな思いつきのような哀れな願望は、スタートラインに立つまでもなく、煙のように消えた。
『異世界日記 八日目』
ついにスマホが返ってきた。今までの日記もスマホに書き直した。久しぶりアリアに会えてうれしかった。でも、ちょっと怖いかも。拒絶されたく、ないな。
やっぱり私は冷静沈着に、アンニュイな感じがお似合いだ。変にらしくないことをすると、今回みたいにしっぺ返しを食らう。だから、もう、しない。わたしのもとから消える前に。早く、かやくしないと。たよね。もとがんはらないと。嗚呼、五時多くて嫌になっちゃう。直す気力もないや。あ……また間違えてた。
……。




