36話 泣き面に蜂
「……もう、朝なの?」
私は目を覚ます。クルルが横で寝ていたので、クルルの前髪を優しく触った。
(かわいい)
ただ、そう思う。
「ああ」
女とは思えないほどの、唸り声のような低い声を出し、私は立ち上がった。
冗談抜きで怠い。
「すー。よし! 頑張れ私!」
自分を鼓舞し、鏡の前へ向かう。そして日課の寝ぐせ直し。
「やっぱり癖強いわ」
ブラシで反対側に巻いても、すぐにはねてしまう。
アリアはこれをどうやって直していたのだろうか……。思い出してみる。
(誰かに直してもらっているって言ってたような……。レテシーかな?)
呼んでみようかと思ったが、昨日は自力で直せたし、もう少し頑張ってみようと思う。
「ふんぎー!」
ドライヤーまがいの物と、水と、三百六十度まわるブラシと、ヘアアイロンのような物を駆使して寝ぐせのライフを削る。
その数十分後、私は鏡に映る自分を見た。
「よし、完璧」
鏡に映るアリアの顔。少々の粗はあっても、私の知っているアリアそのものだった。
不思議と笑顔になる。
私はクルルを起こした。
「クルル、朝だよ」
「うーん」
ゴロゴロ転がるクルル。私も寝ころびたい、と思う。
でもそれは時間の無駄だし、やらなきゃいけないこともあるし、今は寝ていられない。すべてが終わった後にぐっすり寝よう。
「クルル、起きて」
「うーん」
またも転がるクルル。私は諦め、仕度をした。
昨日、ミリアさんから聞いたこと。
「明日、教会への訪問があるのは知っているかしら?」
そんなこと知らなかった。先に教えておいてくれてもいいのに。
(教会。またの名を、孤児院。捨て子を拾って育てている、チャリティーな施設だ)
そして私の役目は、そこに行って子どもたちの様子を見ること。どうやらこの国は、軽い貧富格差に陥っているらしく、それを解消するべくして動いているのが現国王らしい。そのためにアリアは頑張っているのだそうだ。
逃げた第一王女。しかも大樹と。そして部屋に引きこもる第二王女。まともなのは第三王女であるアリアだけなのだそうだ。
アリアも大変だね。などと思いつつ、いまだにドレスを着れない私はレテシーを呼ぶ。
するとレテシーは忍者のようにすぐに現れた。
「ドレスですか?」
「うん」
「おまかせを」
レテシーは背中の方にあるチャックを上げる。
「ごめんね。わざわざ呼んじゃって」
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。ドレスを一人で着るなんて無茶ですから」
「そうなの?」
「……まあ、ほとんどの人はできないと思いますよ。近くに人がいるのに頼まない人はいないと思います」
「なるほど」
少し心が軽くなった気がした。
着替え終わった私はレテシーにお礼をする。
「ありがとう」
そして迎えに来てくれたアリアのお母様、ミリアさんと教会へ向かった。
その途中でこう訊く。
「ついてきてくださったのは嬉しいですけど、本当によかったんですか?」
ミリアさんは頷く。
「いいのよ。私、今日は暇だし。それに、あなたのこと気にいっちゃったし」
どうやら私はミリア様のお眼鏡に適ったらしい。
「ありがとうございます」
「いいのよ。それにしても……」
ミリアさんは話し出す。私はそれを聞いていたが、途中から意識が遠のいていく。
「……っ」
突然めまいに襲われた。
私は頭に手を置く。それを見たのか、ミリアさんは私を気にかけるように言った。
「大丈夫?」
「はい……。大丈夫です」
私は深呼吸をして、体を落ち着かせた。
(大丈夫。頑張れ。あと半日だ)
半日すれば、迎えに行った執事さんと共にアリアは帰ってくる。
「……ふー」
「本当に大丈夫?」
私は笑って答えた。
「はい、大丈夫です! 教会に急ぎましょう」
そう言って歩き始める。
ミリアさんは心配していたが、ハキハキ喋る私を見て、次第に元の調子を取り戻す。
「それでねー、アリアったら好きな殿方を追いかけて」
「あははー。それ知ってます」
私が苦笑いを浮かべたと同時に、曲がり角の先に大きな教会が現れた。
「つきました」
「……これが、託児所」
私は教会の庭を見た。子どもたちが元気に走り回っている。
私とミリアさんは教会に向かって歩く。そしてミリアさんが教会のドアを叩いたと同時に、鋭い頭痛に襲われた。
ドンドンと、音が反響して頭に響く。
キャッキャ、キャッキャと子ども達の声もする。
そんな私の服を引っ張る子ども。その衝撃で私は気を取り戻した。
「……あ。あ! ど、どうしたのかな?」
「……?」
不思議な顔をする子ども達。
ひっぱたのはそっちだろうがい! と言いたくなる。
子どもの一人がこんなことを言った。
「……ホントにアリアお姉さん?」
怖がる子ども、私は言った。
「そうだよー」
それが、最後の言葉だった。
「……ユーナさん!?」
駆け寄るミリアさんが見える。
……あれ? なんで私、子供たちを下から見ているんだろう……?
(ん……。んん? 右手、動かないや)
私の意識は電源を消したかのように落ちる。
私は暗闇の中で、ずっと立たされていた。
「夕奈さん、夕奈さん!」
「……!」
暗闇の中にいたはずなのに、窓から差し込む暖かい光が私の視界を照らした。ふと、そちらを向く。夕焼けが見えた。
「夕奈さん」
声がする方向を見る。そこには泣きじゃくるアリアがいた。
「目を覚ましていただき、ありがとうございまず。帰って来た時に、夕奈さんが倒れていると聞き、驚きまじだ。私のせいでこんなことになっているとは知らず、ほんと、ぐすっ、すみませんでした」
アリアは頭を下げる。
「……美人が台無しだよ、アリア」
私はアリアの頭に触れた。
「大丈夫。怒ってないから」
「ありがとうございます」
そんなやり取りを遠くから見つめているクルルは、レテシーに言った。
「アリア様が二人いる」
レテシーは肘をクルルに軽く当てた。
「しっ」
そんな二人を見る私。ほほえましいなと思う。
(状況から察するに、私は倒れたのか)
子ども達よ、トラウマを植え付けてすまぬ。
その時ふと、気づいたことがあった。
「……ん? てことは、もう戻っていいってこと!?」
アリアは頷く。
「はい。ありがどうございます」
「あはは、だからいいって」
その瞬間、私の笑顔は消えた。
ぽたぽたと垂れる鼻血。そしてめまい。
(これはヤバい)
私は口角を上げた。
「アリア、田植えはどうだった?」
「……あはは、できませんでした」
アリアはうっすらと笑った。
その言葉を聞き、私は万葉木夕奈に成った。
安堵と共に。
「……っ!」
体中に痛みが走る。
「うぐう……」
激痛の最中、私は聞いた。
「警告。万葉木夕奈のデータが破損しています。『偽装』の長期使用には気を付けてください」
「んなの、先に言いなさいよ……!」
私はうずくまって耐えた。
十秒くらいだっただろうか? 激痛は止んだ。
私は三人に顔を向ける。
レテシーは「ユーナさん、初めまして」と言った。だが二人は、違う反応を示していた。
クルルは首を横に傾げ、不思議がっている。そしてアリアは、青ざめていた。
「ゆ、ゆ、ユーナさん。それ」
アリアは私の顔を指さした。
(何が言いたいのだろうか)
「……あ」
私も気づいた。長らくアリアでいたから、違和感を感じなかったのだ。
私は長くなった髪を触る。
(長い黒髪。しかもさらさらって)
小学生以来のロングだ。中学に上がったころに煩わしくてやめた髪型。
不思議と嫌な感じはしなかった。
「……って! なんでこうなってるの?」
アリアになってた影響か!?
私は苦笑いを浮かべた。
(やはり三日は無茶だった)
……今度からは気を付けよう。うん。
これじゃあ済まなくなる日が来るかもしれないから。
私は右手で髪をたくしあげた。
よかった、動く。どうやら五体満足で生還できたようだ。
私はベッドから降りる。
「あ、夕奈さん、すぐに動くのは……」
「大丈夫、大丈夫」
疲労感は確かにある。でも、煩わしさは消えた。やはり自分の体が一番。
近寄るクルルとレテシー。
クルルは言う。
「夕奈、どこか変なところはない?」
「五体満足、元気よ」
レテシーは言う。
「案外かわいい顔なんですね、ユーナさんは」
「お世辞を言っても何も出ないよ」
アリアは言う。
「よかったです」
「アリアのおかげでいい経験ができたよ」
私は三人を見る。
そして自分を見た。魔法使いのような黒の尖った長い帽子に、茶色をメインにしたローブ。白いスカートに黒のぶかぶかした服。腰につけるポーチに、歩きにくいブーツ。そして長く黒い髪の毛。残念ながら胸は小さかった。
うん。万葉木夕奈だ。
満足していると、急にドアが開きマジニート・トロイポンが現れた。
「アリアよ、僕は君を愛しているぞ!」
「ふえー!?」
アリアは驚く。私は何が起こっているのかわからず困惑していたが、レテシーだけは額に手を置いて「ごめんなさい」と言わんばかりの表情をしていた。
マジニートさんは言う。
「運び込まれたと聞いたが、大丈夫か? 体は?」
アリアのお腹あたりを触るマジニートさん。アリアは顔面蒼白になっていた。
「え? え? それは私じゃなくて」
アリアは私を見る。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ、と思い、私は謝りながら言う。
「アリア、体の調子は大丈夫!?」
「え? え?」
困惑するアリア。マジごめん。
でもまあ、こう見ると、マジニートさんヤバいな。女子の体をポンポン触るなんて。
私はいたたまれなくなり、アリアからマジニートさんを引きはがした。
マジニートさんは驚いていた。そんな彼に軽くチョップをかまして言った。
「それ、セクハラですよ。優しさでしょうけど、デリカシーのないことはしないように」
「……? わ、わかった」
頭の上にハテナを出すマジニート。こいつマジで殴りてえ! でも我慢。
私はアリアのお腹あたりをポンポンと触り言った。
「大丈夫?」
「……は、はい」
アリアの顔は引きつっていた。
私はアリアのお腹あたりを再度触る。
「あ、あの……夕奈さん?」
ポンポン、ポンポン。
私の声が心の中で木霊する。
「それ、セクハラですよ」
セクハラですよ。セクハラですよ……。
私は自分の左手にチョップをかまし、アリアから離れ、マジニートさんの横に立った。
それを遠くから見ていたクルルはレテシーに言った。
「コントかな?」
「しっ」
夕奈は久しぶりの自分の体でハイになっています笑。ここまで読んでいただきありがとうございます!




