34話 縁の下の力持ち
私はたった一人で歩いていた。すると、焦ったような顔でアリアのお母様がこちらに駆け寄ってきた。
(やっぱり、アリアの美人はこの人の遺伝なんだ)
「……って!」
ガシッと私の肩をつかむアリアのお母様。私は戸惑い言った。
「な、なんですの?」
アリアのお母様は周りを見てから言う。
「あなた、アリアじゃないって本当?」
(……え? どこからバレた!?)
「あ、あー。いえ」
アリアのお母様は私の耳の近くで囁いた。
「国王には、別人だと聞いたのですが……」
(あ、あいつかー!)
もうみんなにはバレてるのかもしれない。などと思いつつ、私は観念して言った。
「……はい。実はアリアに頼まれて」
アリアのお母様は目を輝かせて言った。
その顔は、どこかアリアを思い出させる。
「ここではなんですので、私の部屋に」
「はい……」
私は言われるがまま、豪華な部屋に入った。
茶会に使われていそうな白い椅子に座り、目の前のチェス盤を見つめる。
(やっぱりこの世界って、地球にあるような物が多い気がする。人類の進化にはいくつか共通したポイントがあるのかもしれない)
ふとアリアのお母様を見る。紅茶のようなものを入れていた。
「……」
私は浮いている足をぶらぶら動かす。
(この椅子、少し高いかも。……それにしても、ここは暖かい)
近くの窓から日差しが差し込む。気を抜くとすぐに寝てしまいそうだ。
「おっと、すみません。これは昨日遊んでて……」
アリアのお母様はチェス盤のようなものを退け、空いたスペースにカップが置かれたお皿を置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます……」
私は出された飲み物を飲む。
「おいしい」
「でしょう! 私のお気に入りなのですよ」
「んー。そうなんですね。何ていう飲み物なんですか?」
何気ない質問のつもりだった。でも、アリアのお母様は神妙な面持ちを浮かべた。
「ラブマフィです」
アリアのお母様は微笑む。
「国王……いえ、夫と旅した時に見つけたんですよ」
「……旅。アリアのお母様は……。あ、すみません、自己紹介がまだでした」
私は笑う。アリアのお母様も笑った。
「私の名前は、ユーナ・イグドラシル」
「ふふふ。アリアのペンネームと同じ苗字」
「ぶっ」
ラブマフィを吹き出しそうになった。
「あ、アリアのペンネームをご存じで?」
「ええ。でも、あなたにも事情があるのは分かりました。本名は隠したまでもよろしいですよ」
「ありがとうございます」
アリアのお母様は相槌を打つ。
「では、私の自己紹介を。私の名前はミリア・ホーガン。アリアの母です」
私はカップを下ろし、会釈をする。
「よろしくお願いします」
「はい」
私は美人なミリアさんを見ながら言った。
「……ミリアさん、できれば私のことは他言無用で」
「わかっています。アリアの友達ですから。言いふらしませんよ」
「それはよかったです」
私は安堵する。
するとミリアさんがこんなことを言った。
「ごめんなさいね、怖い思いさせちゃって。昔の夫は優しかったんだけど、今は余裕がなくて、ちょっと雰囲気が怖いのよ」
「そうなんですね」
「そうなのよ。最近では、私のことなんて目に入ってないような態度なのよ」
「ははは。大変ですね」
私はふと疑問に思う。
「アーサーさんの昔って、どんな感じだったんですか?」
私の中で、ミリアさんの好感度は上がりまくりだ。優しい保健室の先生のような、なんでも聞けるような気になっていた。
ミリアさんは優しい声で言った。
「ちょっと自慢話になるけど、いいかしら?」
私は頷く。
ミリアさんは口を開いた。
「夫はね、昔は静かであまりしゃべらない子だったの。本人が嫌がるから詳しいことは言えないけど、いろいろあって人間不信になったの。そんなときに私と出会った。たしか、十歳くらいだったかしら。夫と二人で海に出て、お父様から逃げたのは、今でも思い出すだけでワクワクするわ。……でも、不幸なことに夫は強かったの」
私はラブマフィをおかわりして飲む。
ミリアさんは話を続ける。
「次第に、夫の顔から笑顔が生まれ始めた。そんな時だったの、戦争に巻き込まれたのは。一国の王女である私を守るために、夫は戦ってくれた。まだ十歳なのに」
私はカップを下ろし、聞き入る。
「夫は強かった。でも、優しかったの。だから、人を殺せなかった。でもそれじゃあやられる。だから夫は、心を殺して笑うようになったの。そうすれば、罪悪感を感じないから」
「……」
何て言えばいいのかわからなかった。そんな私を見たのか、ミリアさんは焦ったようにこう言った。
「あ、ごめんなさいね。こんな話、普段はしないんだけど……。あなたには知っておいてほしかったから」
「……なんで、わたしに?」
ミリアさんは言った。
「久しぶりに、夫が私を見たから。あなたはそのきっかけを作ったの。だから、知ってもらいたかった」
私は頷く。
なんというか、夫婦の危機を感じる。
でも、この人なら夫を支えていけると思う。大変だろうけど頑張ってほしい。
私は照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
「ふふふ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「こちらこそ。……今日は、何か用事ありますか?」
「ないわよ。このところ平和ですしね」
私は相槌を打つ。
「私も暇なんです」
ミリアさんは笑った。
「ふふふ。ならお話ししましょう。気の向くままに」
私は相槌を打つ。
「色々聞かせてください。ミリアさんの武勇伝を」
カチャンっと、私とミリアさんはカップを軽くぶつけた。
それから何時間経ったのだろう? 外を見ると夕焼けが見えた。昼に食べたフレンチトーストの味がまだ口に残っている気がする。
私はラブマフィを飲んだ。
もう時間だ。
ミリアさんは言う。
「ふふふ、楽しかったわ。今日はありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
私はお辞儀をした。
そしてこう続ける。
「とても有意義な時間でした」
「ふふふ。それはよかったわ。では、さようなら」
私は再度頭を下げ、こう言って部屋を出た。
「さようなら」
それと同時に身震いした。
(うう……少し飲みすぎたかもしれない)
早くトイレに行こう。
そんなことを思いながら、私はふと脳裏によぎらせる。
(修行……か。アーサーさんも修行して強くなったんだ、私も修行したらあのくらいになれるかな?)
「あははー」
ないな。
と、勝手に期待して諦めて、私はトイレへ向かう。




