32話 三人寄れば文殊の知恵
歩く音が聞こえる。クルルは靴を貸してもらっていた。
わたし、レテシー、クルルは今、お城の中を歩きながら話していた。
「ですから、まず初めに知っていただきたいのは、王都周辺の地理です」
「まるまる町みたいな?」
レテシーは頷く。
「おそらくそれです。この街は、このホルルレクス城を中心として蜘蛛の巣型に広がっています」
(蜘蛛の巣。この世界にも蜘蛛はいるんだ)
私はそんなことを思いながら言った。
「江戸みたいな感じかな?」
レテシーは困惑しながら言う。
「え、江戸というものはよく分かりませんが、たぶんそうです。おそらく。……まあ、大きな壁に囲まれているわけではないこの街ですが、意外と平和に生きています」
「その心は?」
レテシーは相槌を打つ。
「ひとえに、現国王アーサー=アーツ・ホーガン様の影響でしょう」
「私のお父様が何かしたの?」
私は首を傾げる。そんな私の言葉を聞いたクルルはこう言った。
「アーサー=アーツ・ホーガンさんと言えば、やっぱり『英雄』を思い出しますね」
「英雄?」
クルルはコクリと頷いた。レテシーは言う。
「二年前の勇者との戦い。俗に言う『勇者狩り』。その戦争を収めたのがアーサー様なのです」
(勇者……)
その話はあまり聞きたくない。でも、ここで聞かなきゃ一生聞けない気がした。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。
私は口を開いた。
「『勇者狩り』って何? そんなに勇者がいたの?」
レテシーは呆れたように言う。
「口調が戻ってますよ。幸い今は私たちだけですが、気を付けてください」
「あはは。ごめんなさいですわ」
レテシーは相槌を打つ。
「……そうですね、アリア様は地球人をご存じですか?」
私は震えたように頷いた。
「そうですか、なら話は早いです。三年ほど前は、その人たちのことを『勇者』とふざけて呼んでいたんですよ。まあ、今はあの男を差す言葉なんですけど……。そこから派生して『勇者狩り』と呼ばれていますね」
「……勇者狩り。今もその風習は残っているのですか?」
レテシーは首を横に振る。
「まさか。悪い勇者はもういませんから、今は平和ですよ。一部の頑固者を除いて」
私は頷き、唾をのんだ。そしてこう訊いた。
「でも、万葉木大樹は現在も逃亡中なんでしょう?」
レテシーは嫌な顔を浮かべた。
「はい。彼は今も逃げています。兄を殺したくせに、のうのうと」
ギシリと、歯ぎしりの音が聞こえた。
(この話題はまずかったか)
……でも、やっぱり疑問。大樹がそこまでやるなんて。レテシーの兄を殺し執事さんの息子を殺した。あの子がそこまでするのを、想像できない。
正直、もやもやする。家族のことを悪く言われていい気になるわけがない。……だが、レテシーは良い子だ。
嫌われたくなかった。
「……レテシー、お兄さんのこと、ごめん」
「なんでアリア様が謝るんですか?」
私は顔を無意識のうちに背けていた。そんな私を気遣ってか、レテシーは冗談めかして言った。
「しっかし、オークと人間のハーフである私の兄を殺すとは、勇者たちはやりますね」
「……笑いごとなの?」
「はい。正直、暗い顔される方が嫌です」
「あはは、そうなんだ」
私は笑った。ふと、クルルを見る。クルルは微笑んでいた。
「……ん? オークとのハーフ?」
レテシーは嫌がるように言う。
「あっ、それはコンプレックスなんで、深掘りしなでください」
私は頷く。
(誰にでもコンプレックスはある。しかし、オークとのハーフか。……よくわからないけど、レテシーの異常な防御力の理由はそれだったのか)
と、納得する。
レテシーは照れたように言った。
「話が脱線してましたね。地理の話に戻りましょう」
「あっ、ちょっと待って!」
私はレテシーを止める。クルルは不思議な顔をした。レテシーは呆れていた。私は口調が万葉木夕奈に戻ってしまっていることに気づくと、汗を流しながらこう修正した。
「私のお父様について教えていただきたいですわ」
頷くレテシー。クルルは私に訊いた。
「アーサー=アーツ・ホーガンさんのこと?」
「うん。『勇者狩り』を収めたって言ってたけど、そんなに強いの?」
クルルとレテシーは真顔でこちらを見つめる。そして急に笑って、同時にこう言った。
「はい、強いですよ!」
「そりゃ、強いですよ」
どうやら私は常識知らずらしい。
「マジ?」
そう言うと、クルルが率先して説明してくれた。
「アーサー=アーツ・ホーガン様と言えば『戦場の道化師』という二つ名で有名ですしね」
レテシーは笑った。
「クルルさん、意外と通ですね。それ、『英雄』が流行る前の通り名じゃないですか」
コクコクとクルルは頷く。
「はい! わたし、王女について調べていた時期があって、その時に知ったんです」
「へー。勉強熱心なんですね」
「えへへー。アーサー=アーツ・ホーガン様は強い有名人にも入っていますし、そこで目に入れたんですよ」
「あ、てことは、アーサー様が王族になる前からご存じで?」
「はい、アーサー=アーツ・ヴァニロンだった時代から知っています」
「おおー。素晴らしいですね」
「ありがとうございます」
と、私のわからない会話で盛り上がる二人。ちょっとだけ嫉妬した。
「ね、ねえ。私のお父様が嫁いだの?」
「はい、そうで――」
迂闊だった。どこかで私は浮かれていたのだろう。いや違う。彼の存在を認知できなかったのだ。
ただ、無防備に。
「あーはっはー! アリア、お父さんのお話をしているのか? それはそれは、うれしい限りだなー! あーっはっはー!」
アーサー=アーツ・ホーガンは私を見る。
「うむ。野性だな、お前は」
「……え」
アーサー=アーツ・ホーガンは私の腕を取る。
「一緒に話そう。親子水入らずでな」
私はヤバいと思いつつも、言われるがまま連れていかれた。もとより、逃げることなどできないが。
レテシーはしばらく黙った後に、こう言った。
「クルルさん、お城の案内を続けましょう」
「え!? 夕奈を助けなくてもいいの?」
「……無理です」
クルルはレテシーを見つめた。
ただ、無言で。




