2話 飛んで火に入る夏の虫
私は転がるようにして森を進む。スライムの体も、自転車のように慣れると簡単に動かせた。
しかし、一つ気になることがある。それは私の能力の不発だ。私はこの世界に来てすぐに、一度クルルを触っている。その時にはあのお姉さんの声は聞こえなかった。
つまり、なにか条件があるということだ。
「万葉木さん、もうすぐです」
「夕奈でいいよ、それと了解」
「はい」
樹木の間を抜けた先に待っていたのは、燃え尽きた集落だった。
私は火が消えているのを確認すると、転がりながら流れるように変身を解いた。
「……酷い」
黒に支配された村。木くずを踏んでも硬さはなかった。
今はスライムじゃないからクルルの声は聞こえないが、一歩も動かないクルルからは悲しみを感じた。
(間に合わなかったか)
「……生き残りは」
私は空から見る力を使おうとしたが、寸前で目に痛みが走る。コンタクトを奥まで入れた時の痛みに似ている。
(……やっぱり制限があった。連発はできないか)
「なら、地道に」
こうなった以上、すこしでもいい方向にもっていかないと。私の衣食住、そして仲間が保証されなくなる。問題の先送りは嫌いだ。安全を必ず確保する。
何かないかと周囲を見る。
「ビンゴ」
不自然に濡れた草が倒れている草道を発見した。私は私たちが通ってきた場所を見る。そこも同様に草が倒れていた。
私はスライムになろうと念じた。
「エラー。ストックがありません」
(……ストック?)
この際だから訊いてみるか。
「ねえ、あなたは誰? わたし、あなたとどっかであったっけ? 声に聞き覚えが……」
思い出した。この人この人の声、聖域で聞いた声だ。
私はムカムカしながら言った。
「ねえ、どういうことなの? あなた聖域にいた人よね?」
「……」
ガン無視かい!
「……まあいいや、ストックだね」
私はクルルに触れた。
「対象名『スライム』をリロード」
「……ねえ」
「……」
私は天の声に語り掛けたが、反応はなかった。
(はいはい無視ですね。そうやって業務連絡だけしてなさいよ!)
ああもう、ムカつく。早く安寧の地を作らないと、私のメンタルが持ちそうにない。ここに死体がなくてよかった。
私はスライムになろうと念じる。
にゅぽっと、身長が縮んだ。
「クルル」
「私のせいじゃない、私のせいじゃ」
クルルは、ひどく怯えていた。
「クルル、あなたのせいじゃない」
「……私のせいです」
「違う」
「なんで!」
わたしは、クルルの横に座った。といっても、スライムに足はないけどね。
私はクルルに前を向かせた。
「クルルのせいじゃないよ。その証拠に、死体は一つもない」
「……スライムは、死ぬと溶けるんです。ヘドロみたいに」
「問題ないよ、スライムは熱に強いんでしょ。だったら大丈夫、一つもなかったから」
「本当ですか?」
「うん。みんな、あっちへ逃げたんだと思う」
私は草が倒れている方向を見た。今気づいたが、進行方向にいくつもの枝が折れた木があった。スライムは等身が低い、ならば、だれが何のために?
決まっている。人間だ。
そこまでして追い回すなんて、これは話し合いができる相手じゃないかもしれない。もう高校生といえど、大人から見ればまだ高校生だ。それに私は女だし。力じゃまず勝てない。
(……さて、どうするか)
「万葉木さん」
「夕奈でいいよ」
クルルは照れながら言った。
「夕奈、行きましょう」
私は頷いた。
「おっと、でもその前に――作戦会議よ」
私はクルルに耳打ちした。
相手が何者あろうとも、私の安全を脅かすのなら容赦はしない。私は何もしない惨めな人間だ。先生や両親だって、それで心配してくる。だがしょうがないのだ。甘い世界にはとことん甘えてしまうのが私なのだから。
私は木の間から彼らを見た。
「クルル、そっちは頼んだよ」
私は作戦通りに事を進めるために、人として奴らの前に出た。