23話 画竜点睛を欠く
「ということで、私こと万葉木夕奈は、ユーナ・イグドラシルに改名しました!」
ドンドンパフパフー。と、盛り上がってくれたらよかったのだが……。仕事で疲れたのか、木葉さんはけんもほろろにこう返してきた。
「いいね」
紅木葉は思う。
(ずいぶんと手作り感ある名前。でも、今は眠いしどうでもいい)
夕奈はマニュウを見る。
「いいね」
マニュウも死んだように寝ころんでいた。
夕奈は思う。
(……大人って、大変なんだなあ)
私はそんなことを考えながら、二階へ向かった。
「それじゃあ、おやすみなさい。私とアリアが作った料理が冷蔵庫にあるので、好きな時に食べてください」
コクリと頷く二人。食いつきが悪いな、と思った私はこれを付け足した。
「お酒もあります」
「うおおおおおーっ!」
二人は元気よく、この世界の冷蔵庫に飛びついた。
「お酒はほどほどに」
私は笑顔でそう呟いて、階段を上る。
どたばたと、音が耳に入る。なんだか可哀想にも思えてきた。
未来の私もあんなのだと考えると虚しくなる。そんなことを考えながら、私はドアノブを回し、自分の部屋に入った。
「おかえりなさい、夕奈」
「ただいま、アリア」
アリアは私のベッドの横に布団を敷いて寝るらしい。それはもう見事な布団の敷き方をしていた。シワ一つない。……シワは少なかった。誇張表現はできる限り避けた方がいい。
……って、私は誰に言ってるんだ?
(まあいいや)
私はうきうきで布団の上に座るアリアを見て、「ベッドで寝る?」とは言えなかった。親切心で迷惑をかけるのは何とも虚しいものだし、ここはぐっと我慢。
私はベッドに座った。
「もう寝る? それとも、恋バナとかする?」
アリアは首を傾げた。なので私は説明した。
「恋バナっていうのは、好きな子の話とかするの」
ここで私は、不思議な思いを抱いた。
(……変な気持ち。言葉に表せない、もやもやした感じ)
そんなことを考えていると、アリアは気づいたように言う。
「ああ、意中の殿方の話題ですね」
「んー。まあ、そうかな」
アリアは目を輝かせる。
「わたし、恋バナ初めてします! まずは何を話すのですか?」
「好きな人の特徴とか?」
「なるほどです。夕奈は好きな人、いるんですか?」
「……うーん」
(わからん)
アリアと恋バナをする自体は楽しい。でも、私の好きな人の話題になると……途端に空虚な気持ちになる。
(自分でもどうしてかわからないってのが、一番もやもやする)
「んー。今はそんな気分じゃないかな。恋愛はしたくない気分」
「なるほど」
相槌を打つアリア。
「アリアはどうなの? 好きな人とかいるの?」
アリアは赤面し、恥ずかしそうに小声で言った。
「え、えっと……いません」
そのあまりの可愛さに、加虐心を煽られた。私はニヤニヤして言った。
「絶対嘘じゃーん」
「……!? そ、そんなことないです!」
「ほんとにー?」
アリアはしばらく黙った後、頬をリンゴのように赤らめながら言った。
「い、います」
あまりの恥ずかしさからか、自身の髪で顔を隠すアリア。そんなアリアは必死に話題を変えようとする。
「そ、そんなことより、夕奈の能力のことが知りたいです。なんにでもなれるんですか?」
私は意地悪な笑みを浮かべた。
「んー。それじゃあ、わたしは今からそれに変身するね」
私はおやつにと貰ったリンゴに人差し指を向けた。
「もしあれに変身出来たら、アリアには好きな人の名前を言ってもらいます。で、もしなれなかったら、私に何でも命令してもいいよ」
アリアは不服そうに言う。
「いやです」
でも残念。それも想定内だ。
私は真剣な眼差しで言った。
「この賭けに乗れば恋愛成功率上がるよ」
ピュアなアリアは真剣な顔を浮かべる。
「本当ですか?」
私は頷く。
アリアは言った。
「ならやります」
「やったー」
私はうきうきでリンゴに触った。
「スキャニング完了。対象名を『林檎』に変更。コピー可能です」
私は決めポーズをとる。
「んー、メイクアップ! 変身!」
林檎を手に持ちベッドの上でポーズをとる。私の体は光に包まれ、ぽと、という小さな音と共にベッドに落ちた。
「林檎に代わって、お仕置きよ!」
残念ながらこの声はアリアには聞こえていない。
私は、正真正銘リンゴになっていた。念じれば少しだけなら動ける。
動けるということは筋肉がある証拠。ベッドの感触もあるし、神経も通っているのだろう。
(うい! この美しい美ボディを見よ)
まあ、ただのリンゴなんですけど。
中身はそう、お察しの通り。
かじるとそれはもうグロテスクなものが見えることだろう。筋肉繊維やら神経やら……考えるだけでおぞましい。
私は不気味になり人に戻った。
そして言った。
「私の勝ち」
「うー」
落胆の声を出すアリア。私は聞いた。
「ねーね、アリアの好きな人って誰なの?」
「……え、えーと」
アリアは恥ずかしそうに髪をいじる。
「わ、私が好きなのは……、キュルール様です。我が国マルゴニカ王国のハルルポニカを治める領主の一人息子です」
「へー」
(知らん)
私は訊いた。
「どんな人なの?」
どうやら私はアリアの押しちゃいけないスイッチを押したようで、アリアは熱弁をふるった。
「美しい金髪に引けを取らない美貌。そして優しい性格。高身長で年上のお兄様。湖で泳いでいるキュルール様をかんさ……見ていた時に目に入った、ほのかに見える腹筋に惚れたのですわ。前に遠くから見ていた時も、こちらに気づいたのか普段は見せない笑みを見せてくださいましたし、この前、私がキュルール様の服を洗濯してあげたときなんかはうれしすぎて気絶していましたの」
私の口は空いたままだった。
「ふふふ。ああ、こんなことも……」
「ちょっとまって」
私は青ざめていた。
(遠くから? 勝手に洗濯? ストーカー通り越して実害出てるんですけど!?)
まさか、考えたくもないけど……。
(アリアって変態なの? 純粋かつ変態なの?……一体どれだけ締めつけられて来たらこうなるのだろう)
「……」
私は苦笑いを浮かべた。
「私は応援するよ」
「えへへ。ありがとうございます!」
アリアは照れたように言う。
「なんだか、いい気分ですね。自分の好みを話すのは」
(性癖の話ですか!?)
「へ、へー。だね、私もそう思うよ」
「ですね! わたし、これからも恋バナしていきます! 楽しかったです」
私はアリアの肩を触る。
「恋バナは私たちだけの秘密。二人だけの遊びだよ」
アリアはその言葉を聞くや否や微笑んだ。
「はい」
とてもうれしそうに言うアリア。
私はもう疲れた。
「それじゃあ、寝ようか」
「はい」
私は布団をかぶる。混沌のうねりに流されながら、夢の世界へ旅立った。
うーん。
いろいろあったけど、やっぱりアリアは可愛い。
それだけは絶対に変わらない。
私は野原の上で、ウサギやリスと一緒に寝た。




