116話 死んだ子の年を数える
「生きるー!」
「うぐおおおお!」
魔王軍幹部キョウヤ。彼は、まだ生まれたばかりのメモリープラットから逃げていた。
ふと思う。メモリープラットとは、どんな種族なのだろうか?
記憶を遺伝する。それはすなわち、もう一人の自分、ドッペルゲンガーを作ると同義。
「……」
本当にそうなのだろうか?
記憶をコピーしただけで、それは同一の人物とはいえるのだろうか?
記憶だけを知っている。体験はしたことない。
(ああそうか、これ知ってる)
キョウヤは、無意識のうちにメモリープラットを自分と重ねていた。
「パパー」
「だまれ!」
「ママー」
「はあ……」
キョウヤは、本を読んでいた。図書館へ行き、好きな本を読む。
ある時陶芸の本を読んだ。面白いなと思った。体験したいと思ったが、両親は許さず。小学生の頃だったから、お金もない。
諦めるしかなかった。
そんな人間の気持ちを、キョウヤは知っている。
(あいつも、そうなのかな……)
コイツも、あんな気分なのかな。
「……ま、知らねえけどな」
戦う。そのためにこの気持ちを捨てる。
「……はあー」
そんなことはできない。
「おい!」
「うぐおおおおおお!」
確証はない。これはあまりにも無謀だった。
キョウヤは『四次元ワクワクポケットさん』を使用し、一般的な壁ほどの大きさの盾を呼び出す。
しかしそれは簡単に粉砕されてしまう。
「おいおいおい!」
一瞬の思考だった。
「オレを殴る理由はあるか!?」
寸前のところで、メモリープラットの拳は止まる。
「ブクブクジュニア。……違うな、お前の名前はなんだ?」
「うごおおおお」
「うごーじゃない。なん百年という記憶があるんだろ? 喋れ」
この世界は不思議なことに、自分の知らない言語でも自分の知っている言語に自動翻訳される。
誰も疑問に思っていないが、なぜか魔物のような者たちには適応されない。もちろん、羊や豚などの生き物も。
だがキョウヤは訊く。
目の前にいる生き物を尊重して。
「う、うぐお?」
「教えてくれ、お前の気持ちを」
「う、うぐ……おおおおおお!」
「……!」
狂ったように暴れるメモリープラット。キョウヤは焦って後ろに下がる。
メモリープラットは一歩も動かず、腕だけを動かし周囲の物を殴っていた。
「無謀だったか……!」
キョウヤは悔しそうに舌打ちする。
「ふがいないぜ」
彼は暴れるメモリープラットに近づいた。盲目的に暴れているからか、動きは単調だ。
『ハイジャックタッチ』。キョウヤにとって、それは動作もない事だった。
「う……」
メモリープラットにキョウヤの手が触れる。
意識が,移った。
「……」
メモリープラットの寿命は、他の生物と比べて異常なまでに少ない。一日生きれればいい方だ。
だからこそ、キョウヤは酔う。その違いに。
しかしそんなこと気にならないくらい、ある事柄がキョウヤの脳を支配していた。
(……なんだ、これ? こいつ、なにかの呪いに侵されてるのか?)
まるで思考にブレーキがついたかのように、考えたいことが考えられない。
気持ちの悪い感覚だった。
傷とは違い、呪いのようなものを治すのは難易度が違う。そもそも要求される技術が違う。
しかしそこは神の力。キョウヤの『ギフト』、『ハイジャックタッチ』はそれを可能にする。
だがそう簡単にはいかなかった。
(……なんだ? この気持ちの悪さは?)
不快感。それが広がる。
はたから見れば異常な状況。今の今まで暴れていたメモリープラットは座り、ついさっきそのメモリープラットを触った少年は倒れている。
しかしそんなことどうでもいいのだ。
キョウヤは、心の中で奥歯を噛みしめるような気持ちを抱いた。
(スイーツ野郎か!)
これだから嫌いなんだ。と、思うキョウヤは、その呪いを丁寧に解いた。
「……!?」
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。
キョウヤの意識は弾かれたように元に戻った。
「……今のなんだ」
呪いの中心にいたなにか。
「……そうか、そうか。つまりそういうことか」
あからさまに呪いに守られているなにか。
それの正体はなんとなく気づけている。
「初めましてだな」
キョウヤは歯を見せ笑った。
「お前の本音を引き出してやる!」
仮説を立てる。キョウヤはあれをブクブクジュニアの本音だと推測した。
「うごおおおおお!」
魔王軍幹部キョウヤ。彼は自身が弱いことを自覚している。
だからまず、作戦を立てる。
(今アイツは盲目的に暴力を振っている。逃げようと思えば逃げ切れるだろう。だったら誘導も可能だ。オレができるのは、物をしまったり出したりする力と、相手の体を乗っ取る力。決め手は後者の能力に頼るとして、あとはどうやって無力化させるかだ。……決めた。『四次元ワクワクポケットさん』でなんとかしよう)
「……生きる!」
キョウヤはメモリープラットに近づく。当然のようにメモリープラットはキョウヤを見た瞬間にキョウヤを殴ろうとした。
しかし、その拳の威力も早さも意識の問題から弱くなっている。
避けるのは容易だった。
キョウヤはシールを手に持ち、瓦礫に張り付けながら走る。
「うごおおおおお!」
「はははっ! 攻撃が当たらなくて鬱憤がたまってんだろ!」
キョウヤは自身が弱いと自覚している。そしてもう一つ、自身が魔王軍の幹部であることも自覚している。
刹那、あちらの空を覆い隠していた魔法陣が消える。ポイロが勝利したのだ。しかしそんなことキョウヤには関係ない。
彼はそれを一瞥し、ただ微笑んだ。
「オレかスウィートランボーか。お前はどっちを選ぶ?」
「うごおおおおおお!」
メモリープラットはキョウヤを見る。
「そうか、ありがとな」
メモリープラットは、現在、人間の年齢で表して三十代だった。
メモリープラットとしては、子作りしたくてたまらない年齢のはずだ。しかし、突然変異だろうか? 心境の変化があった。
彼女は拳を自分へ向けた。
「おい!」
「……」
しかしすぐにキョウヤを狙い始める。明らかに異質。
キョウヤはその正体を知っていた。
脅し。恐怖。支配。
進む解明。メモリープラットの真意を理解したキョウヤは、静かにブチ切れた。
「甘党野郎!」
スウィートランボーへの怒りが、キョウヤを奮い立たせる。しかし強くなるわけではない。
「……!」
キョウヤは走りながらシールを張る作業に戻った。
彼は、弱い。
それはキョウヤが最も理解している。
成長しても、上位の人には敵わない。同業者の活躍を聞くたびに、嫉妬と悔しさで足が止まる。
だがキョウヤは笑う。
何も考えずに前へ進む。
だってそうしないと、何も起こらないから。
「……いつまでもくすぶってんじゃねえよ! オレ!」
覚悟を決める。なんだって、彼は魔王軍幹部なのだから。
弱い自分を隠し、戦え。
無数のシールが、能力を起爆させた。
キョウヤはメモリープラット向けて走る。ついに目的地に着いたのだ。
(魔道具店)
半壊した家から、数々の魔道具が現れる。
(オレみたいな凡人は、何かを使わねえと戦えねえんだよ!)
痴漢撃退用の道具。その円を書くような形をした道具から魔法陣が現れ、メモリープラットの両手首を掴んだ。そうこれは、特殊な手錠である。
しかし人間用。それはすぐに壊される。
(二秒あれば十分だ)
『四次元ワクワクポケットさん』が発動した。メモリープラットの上空に瓦礫の山が現れる。
「……!」
メモリープラットはそれに敷かれ、動けない状況となる。
キョウヤはそんなメモリープラットの頭を触った。
ここからが本番である。
『ハイジャックタッチ』が発動した。
鎖が蠢くメモリープラットの精神内。キョウヤは辟易した。
現在、メモリープラットの年齢は、人間で表して五十代。もうじき六十になるだろう。
個体差によって寿命は変わる。戦場で生まれたからか、この子の寿命はほかの個体よりも短かった。
キョウヤはそんな彼女の精神の海の中から、本音という名の宝箱を探す。
(どこだ?)
しかしここには、恐るべき生物が住んでいた。
(……ッ! もう来たか)
メモリープラットを縛り付ける何かである。
ドス黒い緊張感がキョウヤの中で広がった。
(こいよ、スイーツ野郎!)
まさに勇猛果敢。しかしそれは無謀ではないか?
キョウヤは黒い空間へ体を入れた。
スウィートランボーの力である、使役した者の絶対服従がキョウヤを汚染する。
一つ、零れ落ちた記憶。それはポイロ。
また一つ、記憶が零れる。これは、同級生。
またも一つ、記憶が零れる。これは、自分自身。
(……)
暗い世界。何をしているのかさえ、自問自答できなくなる。
(……あいつの本音は、どこだ?)
使命感。それはまだ、残っていた。
(どこだ?)
昔自分を救ってくれたもののように、キョウヤは独りぼっちの子の手を取りたい。そして握っていたい。
彼は、愛に飢えていた。
「ひょひょ」
気持ちの悪い感覚など知らない。苦虫も美味である。
喰らえ、そんなよこしまな感情など。
(本音を、聞かせろ!)
彼はもう、スウィートランボーなど眼中にはなかった。
(……あ)
声が聞こえる。
耳をすませば、それは聞こえた。
キョウヤの体ももう原形をとどめていない。限界寸前のところで、彼はまた、他人にすがって生きていく。
「……来い、ハウワー!」
闇を喰らう光が放たれる。キョウヤはそれを受け止めた。
鎖が、闇が、支配が、消える。
スウィートランボーは言った。キョウヤとわしは似ていると。すなわち、同系統の能力なら強い方が勝つ。そこに能力の相性は、無いに等しい。
「おかえり、ハウワー。気分はどうだ?」
メモリープラット、またの名を、ブクブクジュニア。彼女の真の名は、ハウワー。
キョウヤはハウワーの頭をなでる。
ハウワーは、微笑んだ。
現在、ハウワーの年齢は人間でいうと六十代。
彼女は解放されたのだ。使命から。
「あ……、あ」
キョウヤは、微笑み、たった一言を聞いた。
「ありがとう」
それから三十分後、キョウヤは戦場へと赴く。
雷鳥がどうなったか、ハウワーの母親の行方も知りたかったのだ。
「……メモリープラットか」
キョウヤはふとそう呟き、後ろを尻目に見た。
その目は、どこか遠くを見つめ、彼はたった一人で、こう呟いた。
「儚いな」




