113話 鬼に金棒
この戦いは、スウィートランボーの勝利で幕を閉じる。
そんな風に、なるはずだったのに。
「あなたの力、貸してもらいます」
魔法陣が閉じる。アンニの体も爆発しなかった。
「あなたとあなたにも、貸してもらいます」
突風が吹き、魔法陣が開く。そこから怪我人が次々と出て来た。その中には、ファニーも、村人の女もいる。
「なにが……?」
ポイロはそう疑問を呈し、こう理解した。
「魔法」
「ババアめ」
一人、絶望する男。
「お婆ちゃん」
一人、涙を流す女。彼女は、「きゃきゃ」と言う鬼の赤子を驚いたように見て、心底安堵していた。
「って、えー!? 生きてるの!?」
しかしすぐに過程を捨て、結果を受け入れた。そして鬼の赤子を抱きしめる。
「よかった」
心が繋がる。この場にいた全員は、能力を共有した。
「ババア」
そして天空の大きな魔法陣が開き、おばあさんが降臨した。
そのお婆ちゃんは村人の女の前に降り、こう言った。
「よく頑張ったね。黒飴食べるかい?」
「うんたべるーっ!」
涙をドバドバ流し、もう女性の威厳を捨てた村人の女はお婆ちゃんに抱きついた。そんな彼女の頭を優しく触るお婆ちゃん。
そんなお婆ちゃんは、スウィートランボーにこう言った。
「久しぶりですねえ、がっかりハズレ男さん」
「ひょひょひょ。相変わらず口うるさいババアじゃい」
「おほほ。誘拐などせずに、手紙の一つでもくれれば出向いたのですがねえ」
「お前さんはそのついでにわしの研究を全て木っ端微塵に破壊するじゃろ」
「おほほ。悪い研究だけですよ」
「全部ではないか」
「あらあら」
老人の間に凍り付いた空気が流れる。バウロ・ビトノムラ。それがお婆ちゃんの名前。
彼女は、あのアーサー=アーツ・ホーガンに魔法を教えた師であり、人類史上初めての魔族と人間のハーフである。
残念ながら、村人の女の体にはほとんど魔族の血は残っていない。
「さて、お開きと行きましょうか」
「ちっ。せめてお前さんの魔力だけは貰っていくぞ」
睨み合いは続く。誰も、動けなかった。
ポイロだけは、魔力だけの攻防に気づいている。
「あなたそれ本体じゃないのよね?」
「ひょひょ」
バウロは、スウィートランボーの体を粉砕しようとした。刹那、スウィートランボーが自らの体を糧に魔法を発動する。
「もういい加減にしろ」
「あらあら、これは危ないわね」
バウロは何かの魔法を発動しようとした。だがそれと同時に、血を吐くこととなる。
「……?」
「ババア、わしからのプレゼントだ」
「あらあら。……そこのスーツのお嬢さん」
「……はい!?」
唖然としていたポイロは我に返る。
バウロは、言った。
「任せたわ」
「ええ!?」
一人、ポイロは焦っていた。ポイロは知らないが、バウロは手を打っているのだ。しかしそれを使うのはためらってしまう。
だから、バウロはポイロに賭けてみることにした。
「リセティブ」
治癒魔法の一つの到達地点。ポイロの羽が、復活した。
しかし万全ではない。彼女の羽は、前よりも神々しいものとなっていた。
リンクした力がポイロに流れ込む。一時的にだが、彼女は神の領域にたどり着いた。
彼女は魔法を使えない。だが、もし使えている未来があったとすれば? それはもう、巨大な存在になっていただろう。
魔人になるには、羽を取り払わなくてはならない。羽は、魔法を使用するうえで必要なものである。しかしその羽のせいで、常に魔素は八割の力までしか使えなくなっている。羽なしで魔法を使える才能ある魔族は少ない。そしてその羽を取ろうと考える魔族はさらに少ない。そしてその大半は、魔人の成りそこないとなる。
この時代に、生きている魔人はいない。しかし、彼女は成ったのだ。
「あ……」
スウィートランボー、バウロは驚く。
「まさかこれほどとは」
「まさかこれほどとは」
同時にそう呟いた二人は、ポイロを尊敬した。
ポイロの魔素が変化する。
「君は?」
これは、ポイロの記憶。
「……」
私に話しかけてくれた少年。私は、奴隷として売られ、いろいろな人間に使いまわされていた。
そんな、何もない私に、彼は声をかけてくれた。
親は、羽もない、魔法も使えない私を嫌い、売った。
名前もないし、戸籍もない。
なにもない私に、彼は寄り添ってくれた。
「まあよくわからんが、オレと同じだろうな。オレも、独りぼっちなんだ」
「……」
彼は私に話してくれた。過去のこと、故郷のこと、親のこと。
わたしは今の主人に乱暴されながらも、必死に家事をして、彼と会う時間を作っていた。
最初は何もしゃべれなかった私だけど、随分と心を開いたものだ。
「でさ、オレは親が死ぬほど嫌いなんだ」
同じような境遇。彼も、親から暴力を受けていた。
「……そうなんだ」
「おうよ!」
それから何度も話し、私たちは仲良くなっていく。
「そういえば、あなたの名前何て言うんですか?」
「オレか? オレは……、キョウヤ。苗字は捨てた。ただのキョウヤだ。お前は?」
「私は……。わからない」
思い出したくもない。あんな親に貰った名など。主人に貰った名など。
そんなことを考えていると、彼は察したのか、こう答えてくれた。
「ポイロだ。オレは、お前のことをポイロと呼ぶ」
「……うん。ありがとうございます」
その後、私の境遇を知った彼は主人を殺した。そして私を救い出してくれた。
彼は魔王軍。のちに、私たち二人で幹部まで上り詰める。
そんな彼が私を頼ったんだ。アンニちゃんを取り戻すだけで終わりじゃない。みんな、生きて、帰るんだ。
その時、セカイが変わった。
「レクイエム」
広大な世界。ただ宇宙のように広く、何もない場所。青く光っているおかげで見栄えは良い。
ポイロだったものはぷかぷか浮いていた。
「こんにちは、子羊よ」
「ここは……。エルムンダリアか?」
「いいえ。そのような低レベルの魔法ではありません。あちらが上書きだというのなら、こちらは無からの生成。すなわち別の世界です」
「なわけあるか。そんなことは、いくら魔法でもできない」
ポイロだったものは不敵に笑う。
「はたしてそうでしょうか?」
スウィートランボーは気づく。魔法が使えないことに。
「この世界は全く別の世界。魔法などと言う概念は存在しません」
言葉が認識を作る。この世界には、そもそも魔法という言葉はない。
「ここでの一生はあちらでのゼロ秒に等しい」
「どうするつもりじょえ?」
「わかりませんか? 根競べです」
「……」
二人は黙ったままだった。そのまま二日が過ぎる。
二人は、二日間の間一歩も動かなかった。しかしおじいちゃん。
スウィートランボーは疲れ、座った。
「ありがとうございます」
この世界は虚偽の世界。この世界ではポイロだったものがすべて。彼女の力『レクイエム』は、設定した条件を相手がなぞった時に発動する。それは難易度が高いと高いほど、選べる効果の数が増える。
「戦闘中に休憩するなど、あってはならないこと。すなわち、死です」
休憩。それが彼女が設定した行為。
この時、罠にかかったスウィートランボーは死亡した。
世界が戻る。
「……何が起こった?」
アンニは困惑する。
拍手する者がいた。
「素晴らしいねえ。若いっていうのは」
バウロであった。
「おばあちゃん?」
拍手が、伝播する。
勝者、ポイロ。様々の者の助けが相まって、ポイロは勝利した。
遠い場所で、男が目覚める。
「まさかあの体が破壊されるとは……。ポイロか、危険だな」
男の名は、スウィートランボー。彼はまだ死んでいない。
「……ここからではわからないか。ブクブク、パタパタ、生きててくれ」
二つの場所での攻防。アンニ・トートンルーの奪還は、完璧に達成した。あとは、キョウヤたちが二匹の魔物に勝つのみ。
「あ……」
ポイロは気絶する。羽はついていなかった。
冒険者たちは喜び、村人の女はお婆ちゃんと鬼の赤子に抱きつく。
アンニは倒れたポイロを抱きしめていた。
「ありがとな」
時はもう、夕方になろうとしていた。
この戦いの幕が下りる時は、近い。
そんなみんなを見ていた無苦は、よかったなと思いながらこの場を去る。ファニーが「ばいばい」と言っていたので、彼は背中を見せながら手を振った。
「残念ながら、活躍はできなかったな」
欲求不満をぶら下げる無苦。彼が向かう先は、仲間のもとである。
「おばあちゃーん!」
村人の女の体に宿っていた力は消える。そんな彼女を見て、バウロは言った。
「心臓を治したの」
「心臓を?」
「そうよ、だからこの子も生きられる」
「おばあちゃんありがとううううう!」
「ええ」
村人の女は、鬼の赤子を抱きしめ言った。
「そういえば、君の名前は?」
「きゃっきゃ」
「……えーと、無いのかな?」
頷く鬼の赤子。村人の女は微笑んで言った。
「じゃあ、やよぴぃ。君の名前はやよぴぃだよ」
「きゃっきゃ」
彼女達もまた、己の本の一ページを書き留める。
「なっはっは! これは武勇伝になるなあ」
ハゲの冒険者は、笑いながらそう言った。
先ほどまで暗い雰囲気だったこの場所も、夕日に照らされ明るくなる。
スウィートランボーを倒してから、何十分経っただろうか? この場にいる皆を祝福するように、綺麗な葉っぱがふわふわと舞った。
幸せでいっぱいの空間。死者はゼロ人。
本当の意味での勝利を、みな噛みしめた。
魔王軍幹部スウィートランボーの敗北。それは大きな意味を持つ。
「あ……。ポイロ、おはよう」
「……」
周囲を見回すポイロ。彼女は何が起こったのかわからないようだった。
だが、アンニがいることに安堵してこう言った。
「おかえりなさい」
「……ただいま。って、なんだよこれ」
知り合って間もない仲だが、ポイロは自分と同じように苦しむアンニを救い出せて満足している。
「アンニさん」
「なんだよ」
ポイロは言う。この先のことを。
「私たちと、一緒に動きませんか? 魔王軍としてではなく、仲間として」
アンニはしばらく考えた後、中指と人差し指を伸ばしほかの指を折る、いわゆるピース、もしくはVサインをしてこう言った。
「名案だな」
ポイロは、微笑む。
ついに決着! ここまで読んでいただきありがとうございます!




