110話 過ちては改むるに憚ること勿れ
バタバタと足音が速くなる。
「クルルちゃん!」
急ぎ足で医務室に入るは、紅木葉。
彼女は目の前に立つかわいらしい金髪の少女を見て、吐息を漏らした。
「かんわいい。……かわいいねー、君ー!」
「ふぐー! 痛いです! 傷が痛みます!」
金髪の少女を抱きしめる木葉。彼女は、ふと我に返ったようにこう訊いた。
「あ、そうだ。クルルちゃんは無事ですか?」
「クルル?」
そう言うは、金髪の少女。またの名をレテシー・アルノミカ。
彼女は数分前に目覚め、メイドとして働いていた。
「クルルはずいぶんとぐっすり寝ています」
木葉はその返答を聞き、よかったと思う反面、この子はクルルちゃんにとって何なのだろうと思う。
そしてついに答えが出た。
「うぐおー! クルルちゃんに先越されたー!」
「いったい何を想像しているのですか!?」
クルルとレテシー、そんなカップルを想像する木葉であった。
「ごほん」
そんな木葉を落ち着かせるように、ジーダ・オニュセントはこう言う。
「クルルさんの件で少し問題が起きました」
レテシー、木葉が同時に鋭い目を見せた。
「彼女はこちらで預かります」
ムスッとして反論しようとする木葉。それをレテシーが止め、こう言った。
「何かあったんですか?」
「クルルさんの治療はここでは行えません」
「……」
どうやら木葉も納得したようで、クルルはどこかへ運ばれた。彼女は地下室へ連れていかれる。
一方その頃、ジーダとは反対の、上へ向かう女が一人。
「あら、リリアじゃない。何? 私を止めるのですか?」
「……姉さん」
ルリア・ホーガン。彼女は一人でこの場へ来た。
リリアはいつものように死んだ目で姉を見つめる。
「……またそれ? どうなのですか? 私の目的は達成されますか?」
「……」
リリアは黙ったまま。
「そう、また沈黙ね。もういい。もし私に不利益が出るのなら止めて。出ないのなら、何もしないで」
ルリアはそう言ってリリアの横を通る。
そんなルリアを、リリアは止めた。姉の服を抓るように触れて。
「……なに?」
「アリアは、どこ?」
「知ってるくせに」
「質問を変える。アリアをどうするつもり?」
「それも知っているでしょう?」
「わからない。こればかりは、不確定」
「それじゃあ祈ってなさい。愛する妹が笑顔で帰ってくるところを」
「……」
「そう、沈黙ね。……ゆっくりでいい。少しずつ立ち直りなさい」
リリアの手がルリアから離れる。
「ありがとう」
ルリア・ホーガン。彼女は久方ぶりに、母に会いに行く。
「うーん。やっぱり聞きたい」
紅木葉。彼女はジーダにクルルの体に何が起こっているのかを訊きたく思い、上へ向かう。幸か不幸か、彼女は知らない。
ジーダ・オニュセントがクルルを地下へ連れて行ったことも、勇者軍二番隊隊長ルリア・ホーガンがこの城にいることも。
「……」
一方その頃、魔王軍幹部キョウヤは形容しがたいモヤモヤとした感情に襲われていた。
無意識のうちに気づいている危険。だがそれを理解できない。
「何を見落としている?」
キョウヤはこう考えた。
(援軍に来た五人。クワンド君。そして奮起する魔族達。活性化した魔獣に、二匹の敵。そして空中に散布する魔法陣)
キョウヤは時が止まったように、考えた。
「……? キョウヤ?」
雷鳥の上で、キョウヤを見つめるニッコリ。
その上の雷雲を覆い隠すほどの魔法陣からは、延々と魔獣が降ってきていた。
その魔獣すべてを把握するのは不可能である。
「……ああそうか。わかったぞ」
矛盾と言えようか。本来ここにいるはずの人物たちがいない。
全滅したかとも思うがそれはあり得ない。ならば?
「……まずい。皆さん逃げて」
「……え?」
魔物を専門とする医師がそう言った。夕奈が働く店の番長ともいえるおばさんが困惑する。
「……あれは、意識を喰らう魔物。インドール。……流動する黒い見た目をしている生き物です」
冒険者たちが、食卓に並ぶ。
リーダーのおばちゃんはこう言った。
「そんなの見てれば分かるわよ。どうすればいいんだい?」
「あいつは……」
魔物専門の医師。彼は、怒りをあらわにした。
「……僕が皆さんを救います」
医師たちは頷く。リーダーも、自分がここにいても何もできないと悟り、逃げた。
十五年前。
ダッド・パークという青年がいた。
「僕は将来、魔獣たちを治す医師になる!」
そんな夢物語を語る男を、呆れたように見る女。
「あのねー、魔獣は殺さなきゃいけない存在。それを治すなんて、バカみたい」
リリサ・カームローブ。彼女は魔獣の解体本をそっと閉じた。
「うるさいなー。なるんだよ、僕は! 魔獣はみんなが思っているような危ない存在じゃない! それを知ってもらいたいんだ」
「ふーん。そっか、じゃあ、私も勉強しよっと」
「魔獣の?」
「魔物の」
それを聞いたダッドは饒舌にこう呈した。
「あのねー。そもそも魔獣と魔物は獣かそれ以外かで分けられているの。獣型の魔の物は簡単な構造をしているが、魔物となればそれはもう大変なんだよ。一種類ずつ全然違う体内構造を覚えなくちゃ……って、何ニヤニヤしてるの?」
「別にー」
「なんなんだよ、もう!」
ダッドは困ったように頬を膨らませる。リリサは、そんなダッドが好きだった。
そんな日常が続き、お互い夢を叶える。
当たり前のように、そう考えていた。
「君! 君!」
雨の音がダッドの脳を支配する。
ただ、目の前で倒れているリリサだけが、ダッドの目に入っていた。
「……っ!」
男は傘を捨てて逃げだす。後悔だけが、残った。
後から聞いた話だと、リリサは魔法で心を犯されたらしい。何も思わないわけではない。だが、時々誰かに意識を乗っ取られているような、そんな気分を味わうそうだ。
ダッドはそんなリリサの看病には一度も行かなかった。
理由は一つ。ダッドは、リリサを救いたかった。だからあれを制作していた。
無知ゆえの過ち。
「できた……」
心の病気と聞いた時、真っ先に思い付いたのは、インドールという魔物の細胞を使うという治療法だ。
ダッドは急いでリリサのもとへ行く。そして説明した。
リリサは再会を喜び、積もる話をしようとしたが、ダッドは「治療した後でね」と言って治療を優先した。
作った薬をリリサは飲む。
「……んっ! なんかよくなった気がする!」
微笑むリリサ。ダッドは喜んだ。
しかしその数秒後。リリサは豹変する。
「……リリサ?」
「……ダッド。逃げて……」
彼女の中の何かが壊れたように、彼女は発狂し、暴れた。
まさに狂人。リリサの頬を伝う一滴の涙。
ダッドは、そんなリリサを追いかけた。
「リリサ! リリサ……!」
最終的にたどり着いた地は、病院の屋上だった。本来ならば鍵がかかっていていけない場所。柵はなかった。
「リリサ……。ごめ」
「言わないで。……ありがとう、嬉しかった」
「……」
ダッドは、何も言えなかった。
そんな最愛の人を見て、リリサはにっこり笑う。
「気にすんな! 私は最後まで幸せだった。……だから」
鼻水をすする音が聞こえる。ダッドは悔やみから顔を上げられずにいたが、声から彼女が泣いているのが分かった。
「私は……好き。だから、精一杯生きろよ」
彼女の愛は以上である。最後の最後まで、好いた男にこれ以上トラウマを残したくないと考え、彼女は前に進んだ。
親はいない。リリサが赤子の頃に離婚し、母親に引き取られた。その後母親は自殺。
引き取られた家族からは虐げられる毎日。そんな彼女を引き留めていた男が彼だった。
(後悔はない)
リリアはそう思い、屋上から落下した。
ふと、落下中に思う。
(結婚、したかったな)
リリサ・カームローブ。享年十八歳。
ダッドは、葬式には出なかった。
その数週間後、偉い学者によりその魔法による効果を打ち消す薬が出回った。どうやらリリサ以外にも被害者はいたらしく、リリサを除いて全員完治した。
「……ごめん」
無知ゆえの失敗。取り返しのつかないミス。
ダッドは自殺を試みた。だが、勇気が擦り切れるだけだった。
「……もう、そんなことはさせない」
知識を得た今だからこそ、分かる。
ダッドは、インドールに支配された人の治療薬は持っていた。
あの後、ダッドは魔物専門の医師となる。そして完成させた。インドールを殺す薬を。
(僕は犯罪者だ。でも、自首する勇気すらない。だから、せめて、贖罪としてこの世に貢献したい)
ポンっという音と共に、コルク栓が抜かれる。
「ダッドさん」
「冒険者くん!? まだ逃げてなかったのか?」
ダッドが治療した冒険者が、にっこり笑う。
「あんたのおかげで、噛まれたところが治った。あのままだと死んでたって、思う。だから感謝してんだ。命張らせてくれ」
「……わかった」
ダッドは頷く。
そして戦った。その十分ほど後に、リーダーと医師数名が現れる。
オイクマ・カームローブ。いいやそれは旧姓だ。オイクマ・ナムリー。その男が、大量の薬を入れた袋を取り出す。
それは、ダッドが作った薬だった。
「……キョウヤ! 集中しろ!」
「あ、ああ」
魔王軍幹部キョウヤ。どうやら彼の心配は杞憂に終わりそうである。
思いついちゃったので書いちゃいました。ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




