109話 片手で錐は揉まれぬ
子育てとは、愛である。そう、女は思った。
村人の女の瞳が動くと同時に、黄色く光る円がスウィートランボーを捉える。それに呼応して、派手な装飾がされた弓が矢を放つ。
まさにイレギュラー。アンニ・トートンルーとポイロだけでは同じ土俵に立てなかったであろう。
しかし、ある者の手助けにより叶ったこの状況。
スウィートランボーの得意技である召喚魔法はポイロが抑え、その間の肉体的相手をアンニが対応する。しかしそれだけではスウィートランボーに勝てない。だが彼女がいる。
村人の女。平凡な容姿をした女性。強引に特徴を上げようものならば不幸体質と顔のそばかすくらいだろう。
しかし、そんな彼女のおかげで成り立つこの戦い。
村人の女とポイロの援護が、アンニをスウィートランボーと同じ土俵に立たせる。
「……はっ! まずい」
そんな女三人をどうにかして援護したいと考える冒険者の内の一人が、焦ったように空向けて火魔法を使用した。
それは成功の合図。
状況がある男に伝えられた。
そんな男は今、メモリープラットと戦っている。時は少し遡り、場面は魔王軍幹部キョウヤへと移る。
「戦況は変えられた」
キョウヤ、ヒョウリー・クワンドのもとにニッコリ、カニマニ・アルル、嘉村舞奈が来たことにより、完全に力関係が逆転した。
嘉村舞奈、キョウヤがメモリープラットと戦い、ニッコリ、クワンド、アルルが雷鳥と戦う。
「上位魔法、イルイーラの蔓」
刺々とした蔓が、メモリープラットを捕縛する。そこに、嘉村舞奈が拳を叩きこむ。当たり前のように、メモリープラットがよろめいた。
現代日本の高層ビルと同じほどの身長を持つメモリープラットは吠える。それによりメモリープラットのオス達が近寄ってくるが……。
「同じ手は喰らわない。キャストアイズ」
メモリープラットの視界が閉ざされる。それにより、盲目のメモリープラットは目的地を失った。
怒るブクブクという名のメモリープラット。
一方その頃、雷鳥は意外と戦えていた。
「すごいな、オレの能力を気にも留めてない」
ニッコリは己の能力を使い、雷鳥の記憶を引っ掻き回す。しかし、どこを痛めても効果は無し。
(にししっ。こいつの主、意外と優しいんだもんなあ)
そう思いながら、ニッコリは肩を落とした。
そんな雷鳥に攻撃をくらわし続けていたのは魔族二人。ヒョウリー・クワンドとカニマニ・アルルである。
「当たれだん!」
「刃鳥連解」
アルルは人型の鳥となり、刃物と同じほどの硬さ、鋭利さを持つ羽を飛ばす。
クワンドは氷を飛ばしていた。
それにより怯む雷鳥。不思議と雷を振らし、回復する技を使うことはしない。実は、ニッコリの異能力が影響していた。
明らかに状況はよくなるばかり。それは誰の目にも明らかだった。この時、二つの時系列は重なり合う。
「ひょひょ」
そう、スウィートランボーはこの事態を把握していた。
(しかしまさか、これほどとはな)
予想外だが、これに対応するスウィートランボー。
「……! 邪魔じゃい! 小娘!」
スウィートランボーは弓から放たれた矢を弾く。そして何かをしようとした。
だが、そう簡単にはいかない。
「失礼します!」
「何やろうとしてんだよ!」
アンニとポイロの襲撃。ポイロはいざ知らず、アンニへは情が沸いてしまい上手い事戦えずにいた。
スウィートランボーは悔やむ。
(こんなことなら、戦闘用の体で来るべきだった……!)
「おらあ! よそ見すんな!」
「……っ! 召喚魔法!」
「させません」
「こいつ……!」
「お、開いた」
「小娘が!」
スウィートランボーは三人の女性と会話を交わす。矢が飛び魔法陣が出ては消えるという不思議な戦場。しかもここで、冒険者の大半が意識を取り戻し、遠距離からの攻撃が飛んでくるようになった。
キョウヤは空に浮かび上がった火の玉を見つめる。刹那、『四次元ワクワクポケットさん』が発動した。
追いつめられるスウィートランボー。ポイロは、後ろから飛んできた斧を掴み、メモリープラットを襲った。
「……驕るなよ」
同時に、スウィートランボーの目つきが変わる。
「うぐ……!」
魔法陣の数が数倍に膨れ上がり、ポイロは車に乗っているときの酔いに似た感覚に襲われた。斧が落ちる音がする。
「お前もだ」
「いでっ!」
なにかに当たり吹き飛ばされるアンニ。
村人の女は隙を見つけれず矢を放てずにいた。
(今射っても、当たらない……!)
冒険者も同様。緊張感だけが広がる。皆の目に映るスウィートランボーの手には、竜の爪が飾られていた。
「お前の尻尾は好きだったんだがなあ。こうなっては仕方がない。わしは、こいつの方が大切じゃからよお」
自身の体を指し、彼はそう言う。
この時、一番に動いたのはハゲの冒険者だった。
「はしゃぐな」
魔法陣から放たれる黒い何か。そいつは、ハゲの冒険者の頭をなでるように触る。それを見たアンニは驚いたようにポイロを見た。
生き苦しそうに自分の喉を掴むポイロ。
そう、彼女は自殺しようとしていた。
一度限りの大技。残酷にも、鬼の赤子は死亡した。
「お前の力は、もっと後に使いたかったんだがなあ」
召喚した者の使役。それが彼の最も得意とする力。
真っ先に涙を流した村人の女は、スウィートランボーを狙った。
「ひょひょ」
スウィートランボーは手を仲間がいる方向へと向ける。
負けているのなら、状況を改善すればいい。数で負けているのならば、増やせばいい。
勝負は数。それを地で行き、可能とする。
これが、昔から魔王軍幹部を担当している男の強さである。
「……っ!」
「はあ!?」
キョウヤとニッコリは同時に驚く。雷鳥、メモリープラットと戦っていた者たちも、言葉を発さずとも驚いていた。
雷雲を覆い隠すほどの無数の魔法陣。
これに最も恐怖を抱いたのはキョウヤだった。
(ポイロ……!)
息つく間もなく、多種多様の魔物が投下される。今まで戦いを遠い場所から見ていただけの魔物も、なぜか活性化し、敵を襲った。
絶望がこの場を支配する。
「いいえ」
残念ながら、彼ら彼女らに絶望は必要ない。感じる余裕すらない。
「雑魚が増えただけです。問題ありません」
嘉村舞奈の一言により、元の感情を取り戻す一同。それを助長するように、二人の戦士がたどり着いた。
「十五のCを展開」
「ダリアフォース」
重火器の音と共に倒れる魔物たち。死にかけの魔物たちは魔法陣に入り、消えた。
「えー!?」
驚くクワンド。彼はエリオスに訊いた。
「動いてもいいだん?」
「死にそうだ!」
「ええー!?」
それを見たアルルは魔族達を叱責する。
「お前たち! 眺めてないで動け! 死ぬぞ!」
我に返ったように動き出す魔族達。仲間は死に、己も万全ではない状態。だが、家族と一緒においしいものをお腹いっぱい食べる。その願いを原動力にして、奮起する。
「自慢の部下たちだ」
ここに、魔族と人間の協力関係が否応なしに構築される。
それを見たキョウヤは、こう呟きながらポイロの心配をしていた。
「嫌な予感がする……」
奥の手を出さざるおえなかったスウィートランボー。だが、そのおかげで戦況は大きく変わる。
「ひょひょ。おわりかえ?」
竜の爪をアンニに向け、そう言うスウィートランボー。今にも死のうとするポイロを尻尾と大きな手で拘束していたアンニは奴を睨む。
見えない鎖で捕らえられている彼女は、静かにボソッと、怒鳴った。
「殺す気もない癖に」
静かな空気が流れる中、矢を射っても当たらないと知ってしまった村人の女は、一人、人型の黒い何かに襲われないまま鬼の赤子を抱いていた。
黒い何かは人型をしている。人で型を取ったような奴だと思えば、それを崩すように流動する奴もいる。
共通するのは、人を殺さないという事。
黒い何かは男女関係なく抱きつき、その者の体を飲み込もうとする。人は叫ぶが、そいつらは沈黙を貫く。
「ごめん」
赤子を戦場に連れてきたことを思い、涙を流す村人の女。
記憶が彼女を痛め続ける中、ふと声が聞こえた。
「……」
思いが伝わる。心を通わせる。
「お婆ちゃん」
まだ、戦いは終わっていない。
女は、立ち上がる。
一方その頃、何の気もなしに寝ている男がいた。
城下町から少し離れた場所でキョウヤたちは戦っている。それとは真反対の安全な場所に、男はいた。
「ぐー、すぴぴ」
気持ちよさそうに寝ている。ここは王都から離れている場所だ。近くには、万葉木夕奈が剣の材料を取りに行った洞窟がある。
「めー」
シープロックが現れた。
彼は外の世界を楽しそうに歩く。それを見守るボスのようなシープロックもいる。
「うわああああああ!」
意外と自然が多いこの場所は、城から遠いおかげで助かっていた。
「たずけてえええええ」
遠くから声が聞こえる。はてさて、何事だろう。
「いやあああああ」
「……はう?」
鼻提灯を割り、朧気な視界を開く男。彼はそっと呟いた。
「親方、空から女の子……、は!? 女の子?」
「ひゃー!」
大きな風が吹き、女の子は怪我一つせずに尻から落下した。
「……た、助かったの?」
男は呆れたように言う。
「運のいい才女だな。お前、名前は?」
背が高く、全体的に体が細い男。何か裏がありそうな笑みを浮かべる彼に、女はてへぺろと言わんばかりに舌を出して答えた。
「てへへ! 私はファニー・トロイポン! お兄さん、ここはどこ?」
城から出て、「あ、そうだ! 風を操って動けば早く動ける!」と思ったファニーは風を操った。
だが威力を誤り、はるかかなた天空へ飛んだ。そして落下し、現在に至る。
「どこって……。あー。なんか面倒なことになってんな」
男の目にうっすらぼやけて映る大きなメモリープラット。そんな彼を見て、ファニーはお気楽にこう言った。
「……うーん。もう一回飛ぼっと!」
「それだけはやめとけ」
冷静にそう返した彼は、ふと気づいたようにこう言い直す。
「……いや、そうか……。……トロイポン、一言いいか?」
「うん?」
「オレを、それに乗せてくれ」
動く戦況。それはこちらも、同じである。
「いいよー」
二つの場所での戦いが、終着点へとギアを上げた。




