107話 失敗は成功のもと
空中に散布する無数の刃。それらが一斉に木葉を襲った。
「穿て。私に敵意を払う女を消せ」
「うん! いい感じになってきたじゃん」
木葉は後ろへ引きつつそんなことを言った。そしてベルトにつけてあった魔道具を外す。
「いいか、木葉。もしかしたらあっちはヤべえ状態かもしれねえ。だからオレらからの餞別だ」
そうして渡された魔道具。その効果はただ一つ。この手のひらサイズの機械のボタンを押すと大きな枕に変わる。木葉はボタンを押した。
魔法陣が展開される。
刹那、小さな箱のようなものは大きな枕に姿を変えた。
羽毛が飛び散る。木葉は一か八か、いつも以上に周囲の魔素を吸収した。
紅木葉の異能力は、魔素をエネルギーとする。魔法のように命令を与えるのではなく、吸収し、別のエネルギーに変換する。
その後、炎に変えるのである。
過大な魔素の吸収。その恩恵として、炎は一時的に青く燃えた。
「青炎螺伸」
青い炎が渦を描きながら刃へ向かう。鉄を焦がすほどの高温。
木葉はこの時初めて、千七百度という高温を一時的に生み出した。
刃が溶けると同時に体が麻痺したように痛みを感じなくなる。だがそれは一瞬である。
クイナ・イースターは辟易した。
「そんな……!」
「もう終わり?」
木葉は炎を噴射し跳ぶ。クイナは先ほどの攻撃が来ると予想した。
炎告愛奈落。それを止めようとぬいぐるみを一瞥するが、残念なことにギマリ・ガンガンにより綿が露出していた。
冒険者はもういない。
皮肉なことに、クイナの力は他人がいないと本領を発揮しない。彼女は何度も木葉に能力を使っているが、効果は出ていない。
狙いを定め、集中するだけで使える彼女の能力は便利である。しかし相性が悪かった。能力、性格、何をとっても天敵。
裏切りという恐怖は仲間がいてこそ成立する。ギマリは可哀想なことに、仲間とは思われていない。
彼は助っ人である。
「……!」
酸素が減っている現状。これは木葉の能力の弱点である。だが彼女は、さらに燃やす。
「死なないでよね!」
「……っ!」
恐怖心からか、体の動きが止まるクイナ・イースター。
空中から真っ赤な炎が飛来した。
「炎告愛奈落」
だがそれはフェイントに終わる。木葉は地を砕く。そして、バランスを崩したクイナの腕を中心とし、正面から背後へ炎を噴射して回った。
目を見開くクイナは、寸前で悔しそうに目を細める。
「夕帝火山、大噴火ー!」
クイナ・イースターは空を飛ぶ、木葉は彼女を投げ飛ばしたのだ。
身動きの取れないクイナは落下での死亡を予想する。だが、現実は意外と優しいものであった。
「強くなったのは私だけじゃない」
マシュマロのような何かが木葉の服の中から飛び出す。
「あとはよろしく。マシュちゃん」
「くう……!」
マシュちゃんと呼ばれるマシュマロのような生き物はクイナを包み、落下の衝撃を逃がした。
そして捕縛する。
マシュはクイナの体に纏わりつき、自由を封じた。その状態で、木葉は言う。
「話し合いをしましょう。今後について」
木葉は目で洗脳を解けと訴える。死にたくないと願うクイナは頷き、冒険者や傭兵、町民達の洗脳を解いた。
その中には夕奈と居酒屋へ行った者たちもいた。
ギマリは呆れたように微笑む。
「平和主義者って奴か」
木葉は最低限のことを洗脳されていた人たちに説明した。怒ってクイナを殴る人もいたが、自業自得なのでほっておく。
色々もろもろ終わった後に、木葉はギマリと二人で、動けずにいるクイナの前に座った。
「なんか、ごめん」
「ぎひゃひゃ、ひでえ顔だな」
腫れあがったクイナの顔を見た木葉は少し罪悪感を抱いた。だがギマリがこう言ったことで、それは無くなった。
「まあ、こいつは敵だ。クルルもイジメたし、これくらいで勘弁してやろうぜ」
「……まあ、そうね」
誰の口からそれが言えるのだろうか。同じ悪の部分を持った者同士、気が合うのかもしれない。
クイナ・イースターは訊く。
「殺さないの?」
「うん。私よく事情分かってないし」
「なるほど……」
「だから」
木葉はクイナにスライムから抽出された薬を塗った。
「私に事情を教えて。ギマリくんも」
ぎひゃひゃと笑うギマリ。クイナはむすっとしていた。
刹那、木葉の背筋が凍る。
驚き振り向くがそこには誰もいない。
「……」
「どうした? コノハ」
「……ううん。なんでもない」
胸が締め付けられるような心配。それが杞憂かどうかは、彼女にしかわからない。
「……」
木葉はしばらく考えた後、マシュを服に戻した。
「とどめは任せる」
「あ? 俺様に預けるのか?」
「うん」
木葉は頷き、クルルの居場所を聞いた。ギマリは素直に答える。
そして木葉はクルルのもとへ向かった。
残された二人。クイナはギマリに能力を使用した。
「……あ?」
「……!」
冷や汗を垂らしながら、顔が元に戻ったクイナは能力の使用を中止した。
(危なかった)
クイナの力は時に暴走する。手の付けられない恐怖。それが出かかっていた。
「……なんだ? まだ折れてねえのか」
「あ、ああ……。ごめ」
言葉を放つ前に、ギマリによりクイナは気絶した。
「ははっ。一番の怖がりはてめえだったってわけだ」
「……」
クイナの頭に大きな皮下血腫ができる。
ギマリは思う。
(戦いは嫌いだ。だがな、ダチが傷つくのはもっと嫌なんだよ)
「……」
ギマリは気絶したクイナを近くの井戸に落とし、この場を去る。
この時、クイナ・イースターの負けが確定した。
城の中で、クルルとコジカは寝かされていた。その横にはレテシーもいる。ここは医務室。
ギマリは真っ先に回復していたジーダ・オニュセントに二人を預けていたのである。しかしジーダはまだ戦えるほど回復していない。なので大人しく二人を受け取ったのだ。
ギマリは放浪し、木葉は城へ向かう。クイナ・イースターは、井戸の中の水を吸っていた。
同時刻、蝙蝠の群れが城下町を通過する。その先頭にいたのは、異質な雰囲気を放つ黒い何かだった。
雷雲は広がるばかり。この戦いは、これにて終了する。
勝者、紅木葉。クルル、ギマリ・ガンガンの助力により、クイナ・イースターは敗北した。




