103話 弓折れ矢尽く
万葉木夕奈とキョウヤを筆頭に、戦いは激化する。それとは対照的に、アーサ=アーツ・ホーガンとサーガ・ラントゥトーンは静かになりつつあった。
(……まずいな)
アーサーは柄にもなく、舌打ちを鳴らしそうになる。だが必死に我慢した。
カニマニ・アルルが気絶してから三十分以上の時間が経っている。この間、様々なことがあった。
サーガの魔法を看破し、自分の物にしたアーサーだが、なかなかどうしてキメ手を加えられずにいた。
聖剣を呼ぼうとも考えるが、自国で振れるような代物ではないので諦める。そうしている間に、サーガはアーサーを出し抜いた。
「上位魔法。かはっ」
血を吐くサーガだが、そのまま詠唱を続ける。
「コクウの鏡」
瞬きの間もなく、景色が変わる。瞬間移動、テレポートともいえる代物。
アーサーは、どこかの森の中にいた。
そしてまたも同じように攻防を始めた。
これが今までに起こったことである。
(……ここは、クッソスメルのモワーン山か……?)
ファニー・トロイポンの父、ジ・トロイポンの収める領地であり、国王アーサー=アーツ・ホーガンの領土でもある。
ゆえに、おおまかな現在地をアーサーは景色から知り得た。だが、モワーン山のどこかまでは分からない。
(しかし……)
アーサーは攻めつつ、こんなことを考えた。
(サーガ・ラントゥトーンか、良いタフネスだな。……それにしても)
アーサーは足を止め、こう提案する。
「なあ、お互い一つずつ質問しないか?」
「質問だと……? ふっ、望むところだ」
アーサーは治癒魔法により無傷の状態だが、サーガは全身怪我だらけだった。そんな彼は、アーサーの質問を聞いた。
「オレは、なんでお前が長をやっているのかを知りたい。こう見えても国王だ。情報網はある。だが前国王が死んだというのは初耳だ」
魔族にも、さまざまな部族がある。今回襲ってきたのは、魔法を得意とする部族だ。彼らは魔族から、ホウマ族と呼ばれている。
そんなホウマ族の王は、つい一か月前にアーサーの耳に届いた情報ではまだ存命だった。
だが、今はサーガが長、すなわち王になっているではないか。ここに、今回攻めて来た理由があるとアーサーは踏んだ。
「……っ!」
サーガは涙を流す。彼は、しみじみと言った。
「王はつい二週間前、飢饉を救うべく修行に出た。寒い山の頂上で座禅を組むというものだ。もともと食料が少なかったこともあり、王は満足に食事をなされていなかった。……だから! 寒い山の上で餓死してしまったのだ」
「さよならぞい」と言う先代ホウマ族の王の想像をするアーサー。それは容易いものだった。
「あーっはっは! やはりバカだな」
「……! いくらあなたと言えども、王を侮辱するのは許せない」
「勘違いするな」
アーサーは剣を地面に突き刺す。
「オレはあの爺さんを侮辱していない。言ってたんだ、おいらが死んだら笑い話にしてくれ、って。だがら、オレは笑う」
アーサーの顔が曇る。それを見たサーガはこう呟いた。
「……だが!」
「大丈夫だ。あの爺さんはお前の記憶に生きている。置いて行かれて悲しいときは、そう思うといいぞ」
真面目な顔をしてそう言うアーサーを見て、サーガは落ち着いた。
「ああ、そうだな。だが、笑う気にはなれん」
「そうか。それならそれでいい。……じゃあ、お前の番だ。何でも質問して来い」
サーガは、真面目な顔で言う。
「好きな食べ物はなんですか?」
「パンケーキ」
ピリリッと、冷たい空気が流れる。
アーサーはこの時初めて、飢饉という言葉を聞いた。もし飢餓が目的でここへ来たというのなら、解決することは可能だ、そうアーサーは思う。
(だが、この男がはい分かりましたとオレの下につくとは思えん)
扶養するように、魔族達と契約を結ぶ。アーサー達が食料を与える代わりに、魔族には働いてもらう。
アーサーはそんな案を思い浮かべた。彼はこう見て国王である。
ミリア・ホーガンと自由に旅していた時とは違い、もう大人なのだ。だがらこそ、非情な決断もせねばなるまい。
資本に生きるアーサーは、できうる限りの譲歩をする。
その為にまずは魔族を叩き潰す。
(この男を倒し、負けたという名目でオレとの約束を結ぶ。もとよりオレが魔族を殺しまくったから、それ以外の選択肢はない)
そうと決まったからには、もう止まらない。
ピリリとした空気の中、彼は笑った。
「あーっはっは!」
天が割れる。雲が破裂したように消え、太陽が顔を出した。快晴が広がる。太陽はもう頂上にはいない。
「いるのはオレだ」
「……? 急に何を。……!」
サーガは遅れて理解する。何かが接近していることに。
アーサーは天から降って来た剣を地に着く前に掴んだ。
「……それは」
「知ってるのか?」
「当たり前だ」
冷や汗をかくサーガ。彼が見たものは、まさしく神。
否。剣である。
聖剣ゼウス・ソード。この世には数本の聖剣がある。そのうちの一本を見つけたアーサーは、聖剣ゼウスを手に取り、こう宣言した。
「聖剣ゼウス・ソードは、お前らの物じゃない!」
この日以来、聖剣ゼウスは聖剣ゼウス・ソードと呼ばれている。
この世に生きている人々は、娯楽として最強ランキングというものを作っている。だが人によって意見はまちまちで、喧嘩も絶えない。それを見て呆れた女は、こう彼らを呼んだ。
「あほまぬけ四人衆が。いいか、私はな……! 世界一の女なんだよ!」
そう言った彼女こそ、火種の原因となっていた女であり、最強ともいわれている女である。
「うきー! 私最強、最強、最強は私じゃーい!」
「ひ、ひいいー!」
皮肉な話だが、彼女の怒りが伝播し、人々は最強を決めてはならんと決心した。それからだろうか、彼ら彼女ら、最強によく顔を出す面子をこう呼ぶようになったのは。
六武天将。現在はじわじわと七武天将の奴らと呟かれているそうだが、万葉木大樹の噂はあまりよろしくないので、これには賛否両論だ。
閑話休題。これが意味するのは、皇帝と呼ばれる者たちは皆、聖剣と呼ばれている武器を所持している。はたして皇帝と聖剣、どちらが先なのかはわからないが、サーガがその存在を知っているのは至極当然のことなのである。
「聖剣ゼウス・ソード」
「おお! 正解だ。よく知ってるな」
笑うアーサー。彼は、こう忠告した。
「サーガ、防御に専念しろ」
「言われなくとも……!」
さんざん研究したアーサーの剣を初めて目にしたサーガは涙を浮かべる。それは恐怖からか……もしくは感動からか。それは本人にしかわからない。
空気が変わる。アーサーは地魔法を使い、この山を支配下に置く。この周辺、被害の及ぶ場所には生物がいないことを認知した。
「……」
……。
「……」
……。
山一つが切断された。モワーン山は宙に浮く。サーガは何が起こったかわからないまま、吹き飛ばされた。
アーサーは剣を置く。
「……あっぶねえ。久々に使ったせいで、オレまで意識を持ってかれそうになった」
聖剣ゼウス・ソード。それは本来、雷を司るだけの剣だった。だがアーサーと交わることにより、異常反応を示す。相性がいいのか悪いのか。
聖剣ゼウス・ソードは本来の力を失い、新たな力を得た。
効果は二つ。
切る、そして切った部分の返却、だけである。
「……」
アーサーは、いったい何を切ったのか。それはアーサー以外知り得ない。
「うぐおおおおお!」
どんっと、切られていない山にぶつかるサーガ。この辺は、山が連なる山脈地帯である。
(……体が、痺れて動かない)
得意の時を戻す魔法さえ、使えなかったことを後悔するサーガ。朗報だが、サーガはその魔法を使っていた。長年の使用により、体に染み込んだ動き。だが、アーサーがその上を行ったのだ。
困惑するサーガ。彼は気づけばアーサーの前にいた。
山も元通りになっている。サーガは、訳もわからず聞いた。
「何をした……?」
「お前が吹き飛んだ距離を切った」
「……?」
「あーっはっは! 本題だ。オレの話を聞け」
それから二十分ほどたった頃。女子顔負けな高い声を持つ男。ファニー・トロイポンの兄であるマジニート・トロイポンが現れた。
彼は、母親の言葉を思い出す。
「マジニート! とんでもない音がしましたよ!」
焦る母親を見たのは何年振りか。マジニートは、好奇心に誘われたのだ。
「アーサーさん」
「……マジニート君か」
マジニートは山が切断されたことや、押しつぶされるような空気にも反応せず、ただこう訊いた。
「ファニーは、元気ですか?」
「ああ! めきめき強くなっているぞ!」
マジニートは拳を作る。それは嫉妬か焦燥感か……。彼はアーサーに伝えた。
「ファニーに伝えてください。お兄ちゃんは、そう簡単には抜けないって」
「おう!」
彼の、闘志が燃える。
それと同時に、アーサーはマジニートに訊いた。
「マジニート君。ここはモワーン山のどのあたりかわかるか?」
「わかります!」
「そうか! なら教えてくれ、ホルルレクス城はどっちの方向にある?」
目をそらすサーガ。マジニートは指をさす。アーサーは微笑んだ。
聖剣ゼウス・ソードには致命的な弱点がある。それは、切れすぎるという事。下手に使うと、仲間の命でさえ切ってしまう。残念なことに、意識して切っていないものは返却されない。
アーサーはこれを知っていたからこそ、大人数がいる場所では使いたくなかったのだ。
サーガは、能力の詳細は知らないが、あの剣が簡単に命を奪ってしまうことを本で読んで知っていた。
だからこそ、それを今まで使ってこなかったアーサーにほんの少しだけ、敗北感を抱いてしまっていたのだ。
「……マジニート」
「はい。……って、うげー! 魔族!? 羽生えてる!? 怖いよー!」
茂みに頭を隠すマジニートを見たサーガは、ちょっぴり傷ついた。
「すまない」
「あはははは! 面白いな、お前たち」と言いながら、アーサーは剣を手放す。
聖剣ゼウス・ソードは空へ消えた。
そんなことお構いなしに、アーサーは言う。
「サーガ。帰るぞ」
「ああ」
アーサーとサーガはマジニートに手を振った。
一方その頃、ファニー・トロイポンの父、ジ・トロイポンは泡を吹いていた。彼はこう呟く。
「山が、我が領地の山が……」
「おかわいそうに」
「これではお食事は食べれませんわね。……みんなー! 今日の仕事は楽だよー!」
近くにいたメイドはそんなことを言いながら、ジ・トロイポンを医務室へ連れて行った。
魔族と人間。今回の戦争は、終わりを迎えつつある。だが、勇者軍がそれを許さない。
雷雲が映る窓の横で、娘はこう言った。
「アリア、すごいね」
目を輝かせるルリア・ホーガン。彼女は、涙を流すアリアの前に立っていた。
「ひぐっ。いだい」
全身に切り傷や火傷を負った王女。しまいには、彼女の両足はぴくぴくしながらあったはずのものを探していた。
凍らされ、砕かれた両足はもうない。
顔いっぱいに涙を浮かべながら、アリアは言う。
「わがまま言って、ごめんなさい」
ルリアは、歯を見せてクスクスと笑った。
アリアー! 悲しいです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
2024/02/01 皇帝六武式→六武天将に変更しました。




