99話 犬と猿
戦うはずではない者たち。クルルは、操られている冒険者たちに対して拳を握れずにいた。だが、冒険者たちはそんなことお構いなしに攻めてくる。
「……!」
クルルはそれらの攻撃を躱すが、意識外が広がり続け、次第に攻撃をくらうようになってしまう。
「みなさん……」
冒険者の二人は、女と男。女の方は鎧を着ており、剣を振っている。男の方は上半身裸で拳を握っていた。
魔帝拳パナケイアを打った影響か、右手がひりひりと痛む。ぞわぞわと己の本能が、獣の欲求が、クルルを惑わす。
だけど、あのよくわからない力を使ってしまうともう二度と動けなくなる。クルルはそう考えてしまい、それを堪えた。
(あの力は制御できないから、あまりつかいたくない)
流れる汗。それは額から頬へと伝う。
「……」
「あ、あはは……。あっ、アリア様の居場所。あっ、言う気になりましたか?」
「もう……無くなりましたよ!」
クルルは苦い思いを噛みしめながら、冒険者の男の拳を右腕で受け止める。
「……」
その間、クルルはこんなことを考えていた。
(大丈夫、魔装で受け流せる。冒険者のお二方も傷ついていない)
「……っ」
クルルはふらつく。心身ともに回復したが、それもギマリとの決着時に八割使い切っている。連続する戦闘。突如開花した謎の力による疲労も含め、彼女の体はすでに限界を突破していた。
「ほ、ほらあ。やり返さないとやられたままですよ……」
「それでも……!」
どれだけ疲れていても、どれだけ追い詰められても、彼女は他人に当たらない。クルルはこう宣言した。
「私は絶対に殴りません!」
「そう……哀れだね」
クイナ・イースター。彼女の回想にクルルが被る。酷くイジメられていたクイナ・イースターは、どれだけやられてもやり返さなかった。それが正義だと、祖母に教えられていたから。
しかし、それは誤りである。
やり返さないとやられっぱなし。そんなことしても意味がないという言葉には、偽善だとしっぺを返す。
クイナ・イースターは装飾の多い記憶と比較し、クルルのことを憐れんだ。
「憐れまないでください。私は、女王だから……、傷つけないんです!」
「……い、いや。意味わかんな……」
刹那、クイナ・イースターとクルルは同時に大きな嵐を見た。突然現れた嵐。クルルは夕奈だと察した。
だがクイナは、それとは違うものを見ていた。あまり目立たないが、炎で作られた丸い円が天空に浮いていた。
それは燃やせの合図。クイナは、隠していた兵器を呼んだ。
「マジュラちゃん……!」
天空から降ってくる謎の人物。いや、物体と呼んだ方がいいかもしれない。炎で燃える人骨のような物は、自らの体を糧に大火事を起こした。
「うごおおおお!」
マジュラと呼ばれているものは吠え、散った。
クルルは絶句する。
「な……、なんでここまで……!」
「ひっ、人は、火とか洗脳が怖いんですよ……」
「何を言って……!」
クルルは冒険者をいなし、クイナ・イースターへ向かって跳ぶ。
クルルの中で、クイナは敵へと変貌した。
「……!」
だがその時、クルルの脳内にこんな妄想が広がる。
火で人がいっぱい死んじゃったら……。そんな妄想。
それを叶えるように、マジュラと呼ばれているものが降って来た。
「あっ、やっぱり火は強い……。連鎖だ」
「御託はいいです。早く止めてください!」
「むっ、無理ですよう!」
「……っぐ!」
クルルの背中を剣が切った。
(魔装が、薄くなって……)
クルルはそう後悔しながら、前へ倒れる。スライムの能力で治癒される背中。そのせいで体力がさらに減る。もとより、そうしなければ死ぬような深い傷だったのだから仕方がない。
スライムの女王、クルルは寸前のところで足に力を入れ、立ち上がった。だが、朦朧とする意識に集中を奪われる。
「はあ……、はあ……」
「い、息切れですか?」
クルルは立ち上がるが、動けずにいた。
クイナは微笑み、こう伝える。
「はは……、あなたも、私に跪くんですう」
必死に耐えるクルル。だが、もう、意識は限界を迎えた。
コジカ、ギマリとの連戦により、体力及び魔素は完全に底をつく。この勝負、大火事の中、クルルの敗北をもって幕を閉じた。
「……な、何の音?」
否、否、否である。クルル、彼女はまだ負けていない。
「……!」
クイナ・イースターは目を見開く。天から降ってきた一人の女。彼女は妙な色気を放っており、炎を纏っていた。
その女は、力が抜け前に倒れるクルルをそっと支えた。
「クルルちゃん。あなたの森、しっかり元通りにしてきたわよ」
クルルは涙を流し、微笑みながらこう言った。
「ありがとうございます」
安心からか、これまで我慢していた疲労がクルルを襲う。ぐったりと力の抜けたクルルを抱えながら、女は片手を空へ向ける。
クイナは訊いた。
「なっ、何者ですか?」
女は、煙にやられて咳をする。その後こう言った。
「紅木葉。友達に会いに、大砲に入ってここまで来た!」
炎の球体が、紅木葉の頭上の上空に現れる。
それはこの街を燃やすほとんどの炎を吸収した。
森の修復作業をいかに迅速に、楽に進めるかを考えた紅木葉は、広範囲の炎操作を覚えた。
楽するための努力が、成長へと繋がる。
夕奈が、クルルが、成長したように、木葉もまた、成長していた。
「マニュウと約束したから、笑顔で再開するって。なのに何!? 来てみれば燃えてるし、シュラが言ったようにほんとに戦争みたいなの起きてるし! ほんと、何がどうなってるのよ!」
『ガスコンロΣ』。彼女の能力が、火を吹く。
「あんたのせいよね?」
「あっ。ごっ、ごめ」
「私はクルルちゃんみたいに甘くないから」
それを聞いたクイナの表情は暗くなり、こう言った。
「私、あなたみたいなタイプ嫌い」
「そう。嫌われるのは慣れてるから。……慣れてるから!」
紅木葉は、ため息を吐きこう続けた。
「マジうざいって感じ」
来たー! 約九十話ぶりの再登場です! おかえり木葉! そしてよろしく木葉!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




