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9話 知者の一失愚者の一得

「邪魔を、するな!!」


 紅木葉(くれないこのは)さんは()える。だが私も、ただ見ているだけではない。手が空いて一つ気づいたことがある。マニュウさんとシュラさんが何かを企んでいるということだ。


 ならば、私もそれに乗ろう。隙を作るんだ。


 クルルの体があって炎は見えない。だが、感じることはできた。


 私は炎を操作し、一度クルルから遠ざける。


 だがすぐに炎は私たちを追う。


(だけど、それでもいい。逃げれさえすれば)


 私はクルルを引っ張って一時離脱する。


 チラっと、マニュウさんを見た。


 すると二人は気づいたようで、私たちの代わりに紅木葉の相手をしてくれた。


 私は遠くの木の後ろに隠れる。


(ここまで水蒸気爆発の影響がでてるなんて)


 改めて、魔法科学の怖さを感じた。


 私はクルルに触れる。


「ストレージがいっぱいです。ファイル名『紅木葉』を消去しますか?」


「いやいやいや、しなくていいよ!」


 驚いた私はとっさに大声を出してしまう。それに驚くクルル。


(まさか私の力に上限があったなんて。まあ、薄々気づいてはいたけど)


 私は不服な顔をしながらクルルを見た。


「……しょうがない」


 私は指で土の上に大まかな作戦の図を描いた。


(お願い、伝わって)


 クルルは頷いた。


 私はガッツポーズをとる前に痛みのある人差し指に息を吹きかける。


 それを見たクルルは、私の指と、さっき()った腕をスライムの体で包んでくれた。


 クルルが離れた頃にはすでに、傷はふさがっていた。


(すごい、これがスライムの力)


 私はクルルに頭を下げる。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


 私はクルルを置いて紅木葉のもとへ向かった。


 どうやらマニュウさんの魔法では耐えきれないらしく、紅木葉に押されていた。私は寸前のところで炎を曲げる。目で二人に伝えた。


 私が動きを止める、と。


 二人は再び木のあるところまで下がる。


 私は紅木葉に手を向けた。


「えーと、マジチョベリグ?」


 意味は知らない。だけど、二〇〇〇年初頭の流行語はこんなんだったはずだ。私はまだ生まれてすらないけど。


 でも、知っている言葉なら親近感がわくだろう。少しでも隙を作れれば。


「なにが、超ベリーグットよ! バカにしてんの!?」


(しまった、チョベリグって超ベリーグッドの略だったのか!)


 これは煽っているようにしか聞こえない。


「あ、あーと。違うんです、これは」


 その刹那、腹部に痛みが走る。と同時にほんの少しの唾液が口から出た。


(……痛い。何が起こった?)


 私の目に映るのは、拳を私に向ける紅木葉。しかも、近距離で。


(ココに来てスタイル変更かい!)


 私は、殴られていた。


「あなたのジェットパック、使わせてもらった」


「……っ、うぐう」


 痛い、シュラさんに殴られた時よりももっと。でも、わかっていたはずなんだ。なぜクルルが傷ついていたのかを考えれば。あまりにも初歩的過ぎて忘れていた。炎が効かないのなら、剣や拳といった武器を使えばいい。


 それだけなのに、見切れなかった。


(悔しい)


 私は無意識のうちに奥歯を噛みしめていた。


(……っだったら、見返してやるよ!)


「ふぐ!」


 私は紅木葉の動きに合わせて、(あご)に蹴りをくらわせた。それに呼応して、紅木葉は手から炎を噴射して後ろに戻る。私はそんな紅木葉を追うように背中から炎を噴射する。


 お互いに肩から炎を出しながらバランスをとる。右へ、左へ、本人である私ですら何が起こっているのかわからない空中での追いかけっこが始まった。


(少し、頭がボーとする)


 燃やしすぎで酸素が薄くなってきている。空を飛ぶために、と無意識のうちに火力を上げすぎていたかもしれない。


(だけど)


 紅木葉は空を飛びながら炎の追尾弾を投げる。それはストーカーのように私を追う。


(上げないとこっちが負ける……!)


 勝ち筋は潰さない。負け筋は潰す。


「っ!……ここだー!」


 炎を横から噴射しバランス調整をしながらフェイントを挟む。


(たしかに炎の扱いでは勝てない。でも、隙を作るくらいなら)


 私にでもできる。


 この刹那、万葉木夕奈の脳は覚醒する。空からの視点を無意識のうちに知覚し、己自身の瞳で紅木葉を捉える。それに加え、感覚で空気中の魔素を把握した。


「な……!?」


 紅木葉は目を見開いた。


(あいつ……、私の弾全部避けやがった!)


 まさに韋駄天(いだてん)。万葉木夕奈はジグザグと動きながら、紅木葉に近づく。その行動に迷いなどなかった。


(ヤバい、こいつもう――わたしの速さを超えやがった)


 恐怖。この瞬間、紅木葉は万葉木夕奈を恐れた。


(なんでこの子、こんなに炎を出せるの? 一歩間違えたら、死んじゃうのに)


 空気中の魔素と酸素が減っていく。


 万葉木夕奈は思う。


(ここだ)


 恐怖心からか、体の動きが止まる紅木葉。私はそんな彼女の腕を中心とし、正面から背後へ炎を噴射して回った。


 そして、最大火力で紅木葉を叩き落とした。


 だが、私は侮らない。


「……万葉木夕奈。君、強いね」


「流石、先輩ですね」


 紅木葉は三十メートルほど上空からすさまじい速さで落下した。ここまでくればもう、私のミスを受け入れなければならない。


 私は、勘違いしていたのだ。


(論理が適当すぎた)


「やはり紅木葉は、もう一つの力を隠し持っている――。って、思ってる顔だね」


(え……?)


 紅木葉は微笑んだ。


 それに呼応して、紅木葉の胸元から白いマシュマロのような生き物が出てきた。


「ごめんね、わたし、一人じゃないの」


 ボッと、紅木葉は手から火を噴射し、私の手から逃げる。


「痛っ!……そうですかい」


 でも、それはあんただけの特権じゃない。


 こんなに時間を稼いだんだ、あとは、頼みますよ!


 私は炎の塊を投げる。ボンッ、とマシュマロのような何かがそれを受ける。痛そうな顔をしていたが無事だった。水蒸気爆発と私の叩きつけの威力すらも受け止めたのなら、相当強い耐久力を持っているのだろう。


 確認はできた。


「これでも、行けますか?」


 私は頭痛と目の痛みを感じながらも、逃げる紅木葉の熱をいじる。


(こっちも随分と疲労した。でも、そっちは、もっと大変でしょうね)


 逃げるってことは、それだけピンチってことだ。


 私は二人を見た。


「どれだけ固い鎧でも、力を一点集中させれば無事では済まない」


 シュラさんは円盤状の魔道具を投げる。それは網状になり紅木葉の動きを止める。だがすぐに燃やされる。


 でも、時間は稼げた。私は勝利を確信した。


 紅木葉は焦って気づいてないことだろう。


 マニュウさんは言った。


「ビーストトーレント」


 オオカミのような水弾が紅木葉を襲う。


 マシュマロのような何かをそれを包むように防ぐが、威力は抑えきれなかった。


「嘘!?」


 紅木葉は勢いに押されて南へ飛ぶ。


 南は、ついさっきまで私達がいた方向。そして、クルルの同胞が逃げた方向でもある。


 何故、私は逃げるクルルの同胞に気づかなかったのか。簡単である。


 あまりにも小さすぎて、気づかなかったのだ。変幻自在なスライムの体。ちぎって小さくなれるのだろう。


 そしてまた、その逆もしかり。


 紅木葉は青ざめた。


「んな!?」


 パクっ、大きなスライムに食べられた。その後すぐにメイルさんと同様に体の上半分だけ外に出される。


「こんにちは」


 とメイルさん。「……ええ」と紅木葉は言った。


 私は安堵し、座り込んだ。そこにクルルが走ってきた。私の膝の上に乗ったので触ってみる。


「ストレージがいっぱいです。ファイル名『紅木葉』を消去しますか?」


「うん」


「消去完了。そして、スキャニング完了。対象名を『スライム』に変更。コピー可能です」


「お願い」


 私はスライムになった。


「クルル、あのでっかいスライムの方向を調整してくれてありがとう」


「お礼なんていいですよ。……それよりも、わたし、役に立ちましたか?」


 クルルの声は震えていた。私は満面の笑顔で言った。


「めっちゃ、かっこよかったよ! とどめを刺したのはクルルと仲間たちだしね」


 クルルは照れくさそうに「えへへ、ありがとう」と言った。


 私はクルルに抱きつきながら、こんなことを考えた。


(……そういえば、分裂したり合体したりって、意識とかどうなるんだろう)


 私は失礼かも、と思いつつも、好奇心に勝てず()いた。


「ねえ、クルル」


「あ、はい。なんですか?」


「スライムが合体したり分裂するときって、意識とかどうなってんの?」


 クルルは言った。私は唖然とした。


「あ、それなら大丈夫ですよ、もともと私の一部だった子たちですから」


 スライムは分裂できる。


 ああなるほど。分裂って、単為生殖なんだ……。


「って! クルルお母さんなの!?」


「えへへ。夫はいませんけど、もう立派なお母さんです!」


「今何歳!?」


「十二歳で――」


「クルルストップ」


 これ以上はコンプライアンス的にマズイ。


 私は「あはは」と乾いた笑いを浮かべながら、「お母さんなんだ」と繰り返した。




ついに決着がつきました! でもこれは序章にすぎません。万葉木夕奈の物語は、再びここから始まります!

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