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0話 異世界召喚にはお気をつけて。

「遊園地?」


 私は飲みかけの牛乳を机の上に置き、友人に()いた。


「えー、夕奈(ゆうな)知らないの? 今噂の、神隠し遊園地だよ」


 友人は勢いよく私の机に胸を置く。ずいぶんとまあ育っておりますね! と、自分の胸と比較して悲しくなる今日この頃。


 なぜ、今更こんなことを思い出しているのか。


 甘かった。その認識が私を襲う。私はその忠告を聞いておくべきだったのだ。


「ぱっぱらっぱぱ、ぱぱぱ」


 花が、歌う。私はとてつもないおぞましさを感じていた。


(……息が、詰まりそうだ)


 吐き気とともに、私はある種の走馬灯を見ていた。


 三十分ほど前、私は家族で遊園地に遊びに来ていた。


「つまんない」


「お姉ちゃん、少しは楽しむ努力をしようよ」


 あきれ顔で弟は私にそう言った。


 でもしょうがないのだ。私はもう高校生、もう一年生なのだ。家族と来る遊園地では、はしゃげない。その点あんたはいいよね、中学生らしく楽しめてさ。


「はいはい、中学生君は中学生らしく遊んできなよ」


「むー。はいはい、そうですか! せっかく僕が誘ってるっていうのにさ! なんなのさ……」


 弟はボソッと「お姉ちゃんと、まわりたかったな」と呟いた。


 私は自他共に認める惨めな人間。休日には睡眠を、学校では居眠り上等スタイル。とどのつまり、時間を無駄に使っているのである。同級生には文学賞を取った者や、日本アカデミー賞を取った者までいる。そんな中で、私は何もせず、何かをやろうとも思わなかった人種なのだ。


 その私が遊園地を楽しむ? 不可能である。


「おい」


 私にはおうちがお似合いだ。


「おい」


 あーあ、早く友達と遊びたいな。


「おい! 聞いてるのか!?」


「ひゃい! な、何!?」


「あっはっは、上の空だったな」


「あっはっはじゃないよ、お父さん」


 私は頬を膨らました。


「そういや、大樹(だいき)はどこだ? 見当たらないが」


「知らない」


「……そうか。まあいい、夕奈! せっかく遊園地に来たんだから、パパと遊ぶぞ!」


「ええ?」


 お父さんは私の腕をつかみ強引にアトラクションまで歩いた。


 怠い、めんどくさいと思いつつも、意外と楽しみだったのだ。


 私の順番が来るまでは。


「では、次のお客様」


 ぞわっと、背筋が冷えた。それもそのはず、遊園地には似ても似つかない石造りの苔が生えた階段が無限に伸びていたのだから。


「これを上るの?」


「……これは」


 お父さんも案の定足が引けていた。


 正直、私は動きたくない。でも動かなければ一生終わらない。問題の先送りは、私が最も嫌う行為だ。


「はあ」とため息をつきながらも、私は上った。後ろを振り返ると、父を含めた数人がついてきていた。


 ピリピリと体に痛みが走る。しだいに汗も垂れてくる、疲れたと思い足を止めたその時だった。


 目の前に、タンポポのような花が現れたのは。


 気持ちの悪い汗とともに現実に引き寄せられた気がした。


「ぱっぱらっぱぱ、ぱぱ」


 恐怖に支配された足は、私の命令ではもう動かない。


 逃げたい、怖い。そう思った。


「おい、何が起こってるんだ」


 知らない声が聞こえた。ふと後ろを振り返るとそこには父含めた一緒に上ってきた人たちがいた。


「夕奈」


 私は、父の震えた声を初めて聴いた。


「パパ!」


 私は急いで、こちらに向かってくる父を止める。


(おかしい、明らかにおかしい)


 お父さんが来て安心感ができたからなのか、私はこの現状の違和感に気づけた。


 まず、花が喋っている。これはどう考えてもおかしい。そしてもう一つ、地面が光っているのだ。これだけでもおなか一杯なのに、とどめを刺すように従業員の消滅。ここは遊園地のはずなのに、何故?


 私は観察するように周囲を見た。


「は」


 声が掠れた。


 私の目に映るのは、弟の靴とスマホ。


「夕奈、何かあったのか?」


 私は食い入るようにスマホを見た。知っている壁紙、知っている通知。これは紛れもなく、弟のやつだ。


「パパ……」


 花は歌う。


「あなたも行こう、楽園へー。楽園へ」


 自分でも、何を考えているのかわからなかった。


 私は、光る地面の上に立つ。


「夕奈、だめだ」


 父は立った。


「だめだ。ダメだーっ!」


「パパ!」


 父は、ぴくっと、驚いたように体を止める。


「パパまで来たら、わたし一生恨むから。だから……ママと一緒にいてあげて」


 涙が、落ちた気がした。


「一名様、ご案内」


 最後の記憶は、瞬間移動のように体を消した父の顔だった。


 気づくと、不思議な、不思議な、白い空間にいた。


「ここは?」


 聖域。


「聖域って?」


 神聖な場所。


 何故だか、答えがすぐに頭に浮かぶ。


 ふと、何が欲しい? と聞かれた気がした。


 私は『弟を見つけたい』と願う。大空から、神様のように探せられたら。


「承知。以上でよろしいでしょうか?」


 んー。じゃあ、容姿を変えれるようにしてほしいかな。現実の私はブスだったし。


「いえ、あなた様はお綺麗でしたよ。願いは受理されました」


 お綺麗だなんて、ありがとうございます。


「願いは以上でしょうか?」


 はい……。


「って、あんた誰!?」


「楽しい異世界ライフを」


 世界が、ゆがむ。


 次に目を覚ましたのは、森の中だった。


 柔らかい感触が、私の足に当たる。なんだろうと思い下を見ると……スライムがいた。


 私はそれを持ち、言った。


「これって俗にいう、異世界召喚ってやつ?」



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