五
自分から発した光。
その強さに目が瞑る。
いや、それよりも――右手を刃物で貫かれたような激痛の方に意識が傾いた。光と痛みの二段構え、その上で少女に対する恐怖が相まって意識を失いかけた。
セトは歯を食いしばって堪える。
この光なら、少女の目眩ましにもなる。
これで動揺した少女を振り払って逃げる!
一縷の希望を見出し、瞼の裏側にまで届く光の明るさが次第に衰えていくのを察して目を開けた。
今だ、少女を――?
「え…………?」
瞼を開ければ、少女はいなかった。
それどころか。
少女の立っていた方へ、森の大地を木々ごと抉りながらモグラが進んだような巨大な道が伸びている。
遠くに積み重なる倒木たちが見えた。
何が起きたか。
それを理解するには眼前の光景の衝撃が大き過ぎた。
セトは唖然としながら右手を擦る。
「え――な、何?」
触れた肌はごつごつしていた。
ルシエラには幼い子さながらの瑞々しく肌触りの良い綺麗な肌と称されるような滑らかさが、触れた皮膚には無い。
自分でも触れても歴然とした違和感。
先刻の激痛のこともある。
何か異常状態に陥っているのか。
ただでさえ混乱中のセトの思考を、触れた手から伝わる感触がさらに掻き乱す。
ゆっくりと。
セトは視線を右手に落とした。
「う、わ、あああああ!?」
セトは悲鳴を上げた。
結果として右手に一切の怪我は無かった。
ただ、それよりも被害は甚大であった。
「うろ、ろ、鱗!?」
黄褐色の肌色だった手が黒かった。
表面には、まるで花弁のように畸形の皮が生えている。触れたときの凹凸感の正体は、この皮なのだ。
手首の辺りまで黒く淀んだように染まり、その範囲だけ皮が生じている。
セトは冷静になろうと深呼吸した。
これは皮ではない、鱗だ。
竜紋があった辺りから発生したのだとすれば、明らかに魔法の力に起因するのだ。謎の発光現象と抉れた大地から察するに強力だが、果たしてこの手の仕業なのか。
そこで、ふとセトはルシエラの顔が脳裏に浮かんだ。
「バレた、約束なのに…………!」
セトは慌てて手に包帯を巻く。
何度も転倒しそうになりながらも走り出し、急いで村へと向かった。
約束したのに暴かれてしまった。
ひたすら家に向かって駆ける。
その途中で、死角から伸びた手に襟を捕まえられた。振り返ったそこに、上着が破れて半裸めいた襤褸姿の少女が立っている。
「い、生きてた…………!」
「確かに死にそうだったね」
セトは慌てて腕を振って抵抗する。
すると、先刻までの強引さが嘘だったかのように少女は襟から手を離した。
拍子抜けして固まるセトに微笑む。
「君、やっぱ竜紋があるんだね」
「竜紋…………あったら悪いんですか」
「悪くないよ。ただ、それは呪いの証拠だから」
「呪い?」
セトは右手を見遣った。
少女はうなずいて、指先で包帯の上から触る。
「君の場合は、竜かな。それとも女かな」
「竜?女?」
「そう。竜は常に女を監視し、女の周囲を呪って女を不幸にする。だけど、女はそれでも生きようとして、またそれでも人を求めて彷徨う」
「……………??」
「害悪、いや怪物だよね」
セトは右手を引いて胸に抱く。
竜紋が呪いの証だとすれば、魔法とは何か。
仮に呪いから生成される物なのだとすれば、使い続けるほどどこかが侵されていくのかもしれない。
テラの話からも、竜紋や魔法が忌み嫌われていると聞き及んでいた。
「あの」
「ん?」
「俺は、殺されるんですか?」
「いや、魔法を使って人に危害を加えたりせず、且つ二度と使わないなら別だけど」
「魔法を使うのは危険なんですか?」
セトは純粋な疑問を口にした。
その途端に少女の顔が険しくなる。
「使いすぎれば呪いに身を食われてしまう」
「食われる…………?」
セトは自身の包帯を外した。
秘密はもう知られてしまったので、今さら隠すことに抵抗は無い。
むしろ、身の危険があるなら即時対応した方がいい。
セトは右手の黒い鱗を見せた。
「これは…………やったね」
「えっ」
「絶対に、これ以上は魔法を使わないこと。もっと鱗が広がってたら、私に相談して」
少女が身を乗り出して言った。
その剣幕に圧されて、セトは頷く。
「今はまだ詳しく教えられないけど、君とはまた機会を作って話したいね。だから、もし他に魔法を使っている人がいたら止めてあげて。もちろん君もだよ」
「……………はい」
「それより、服どうしよっかなぁ」
「あ」