えとわんっ!
「ひだまり童話館」の第20回企画「つるつるな話」の参加作品です。
「もうすぐ今年も終わるね」
「ああ、ずいぶんと寒くなった」
秋も深まる十一月、森や山では動物たちが冬支度を始めています。
冬眠するクマやヤマネは毎日たくさん食べて丸々とした姿になりました。タヌキやキツネも冬毛になり、夏の倍は太く見えます。
鳥たちの一部は、冬を過ごす土地へと旅立ちました。より暖かい南国に行ったり遥か北から日本に来たりと、彼らは何千キロメートルもの大移動をするのです。
「ああ……ツルさん。少しの間だが……よろしく」
「お久しぶり、ここは暖かくていいですね! おっ、湿原と違って水が温かい! こんなに気持ちいいのにカメさんは眠っちゃうの!?」
水辺ではクサガメとタンチョウヅルが挨拶しています。
いつもに増してクサガメがユックリしているのは、そろそろ冬眠に入るからです。逆にツルは元気いっぱい、たくさん飛んでハイテンションになったようです。
ただし、このツルは外国から渡ってきたのではありません。
実は日本にいるタンチョウヅルは留め鳥です。昔は渡りをするのが普通でしたが乱獲で絶滅寸前になり、今は北海道に僅かに残るのみです。
でも北海道は寒いので、冬になると湿原を離れて人里近くに移動するんですよ。
「残念だが……。来年……子年の春に……」
「子年……。ねえカメさん、どうして僕たちって十二支に入っていないのかな? どっちもメデタイ動物って有名なのに……。だいたい虎は日本にいないし龍なんて伝説だし、僕らのほうが相応しいと思いませんか!?」
クサガメの一言に、ツルが不満そうな声を上げました。
ご存じのように十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥です。そしてツルが触れたように、外国の動物や想像上の生き物も含まれています。
十二支は中国由来なので虎や龍が入るのも分かりますが、今の日本には似合わないかもしれませんね。
それに対しタンチョウヅルは国の特別天然記念物ですから、日本を代表する鳥の一つと呼べるでしょう。このツルが自分たちこそ十二支に相応しいと言うのも分かります。
「それなら……エトワンだ」
「……なんです、それ?」
クサガメの言う『エトワン』とは、新たな十二支を選ぶためのコンテストです。メンバーを入れ替えるか追加すべきというツルのような意見が増えたこともあり、この冬に新規募集することになったのでした。
まず一般投票の予選があり、次に今の十二支が審査員を務める本選があります。これに合格したら新たな十二支──増えたら十三支かもしれませんが──になれるのです。
応募の締め切りは十一月末、年内には結果が出るそうです。なかなか急なスケジュールですが、今年は亥年で十二支が一回りしたから、ちょうど良いタイミングとなったのでしょうか。
「なるほど! 僕もエトワンに出ます! そして鶴年を作ります!」
まだテンションが高いままなのか、ツルは即座に参加を宣言しました。いったい何で審査するのかも分かっていないのに大丈夫でしょうか?
でも十二支の選びなおしなど、長い歴史でも初めてのことです。これを逃したら次の機会はいつになるのか、そもそも次があるのかすら分かりません。
そのためツルが即決したのも当然でしょう。
◆ ◆
十二支の選びなおしには、たくさんの動物が応募しました。しかし一部は選考の対象外となったり、絶対に合格できると思われた有力候補が予選落ちしたり、思わぬ騒動も多かったのです。
今回選びなおすのは日本だけの十二支なので、パンダやゴリラが入るのも変でしょう。どんなに人気がある生き物でも、日本の自然にいなければ馴染まないとされたのです。
ちなみにクサガメは出場しませんでした。クサガメは近年になって日本に来た外来種、しかも元々北海道にカメは住んでいないのです。
日本固有のカメも多くが冬眠中、ウミガメのように冬でも眠らない種類も会場が陸だから避けたようです。このように時期が悪く出場できなかったり、出ても本来の力を発揮できない動物もいました。
有力候補の落選といえば、代表格は猫でしょう。最初に十二支を選んだときはネズミに騙されたそうですが、どうやら今回も同じような暗躍があったようです。やっぱりネズミとしては天敵を蹴落としたかったのでしょうか。
なおツルが問題にした虎や龍ですが、無事にメンバーのままと決まりました。無くなったら嫌だと、生まれ年の人が存続するように願ったのです。
「そんなわけで本選は新たなメンバーを一つ加える場、名前通り『干支+1』となりました!」
「司会は例の大会にならい、漫才コンビの私たちが務めます!」
会場を埋める動物たちの前に現れたのは、人間の二人組でした。
挑戦者と同じ種類の動物が司会したら不公平、ならば対象外の人間にやらせよう。今年の十月に神々が出雲に集まったとき、このように決めたのです。
「しかし急に事務所に呼ばれたときは驚きました! なにしろ役所がらみの仕事ですからね!」
「最初は税務署と勘違いしたから……。いや、私たちはキチンと納めていますよ! それに闇営業もしていません!」
二人のコメディアンは、つかみを時事ネタから入りました。ちなみに神社は文部科学大臣所轄ですから、二人の事務所に声をかけたのは文部科学省でしょう。
「脱税はダメだね」
「ああ。税金は自然保護にも使うんだから」
意外に思うかもしれませんが、動物たちは税金が何か知っていました。
昔と違い、どこも人間ばかり。もはや本当の自然など、ごく限られた場所にしか残っていません。
そのため動物たちも人間が自然保護を続けるように願っているし、お金をどうやって集めるかも理解しているのです。
「……以上、審査員の皆さんでした」
「それではトップバッターの登場です! ツルのコンビ『ツルツルーズ』さん、どうぞ!」
漫才コンビの片方が審査する十二支たちを紹介すると、もう片方が舞台の横手に顔を向けて最初の挑戦者を呼びました。
どのようなコンテストか知ったツルは、自分だけだとインパクトが弱いと考えました。そこで相方を募り、コンビの会話芸で予選に挑んだのです。
そしてエトワンの元が漫才コンクールだったからか彼らの狙いは大当たりし、見事に予選通過を果たしました。
「ども~! ツルツルーズで~す!」
「頭もツルツルやけど、単なるハゲとちゃいまっせ!」
「そうや! タンチョウは頭が赤いほどモテるんや!」
「えっ、ツルっぱげの負け惜しみ? そんなこと、ありまへんがな!」
なかなかテンポの良いやり取りと、羽を広げての派手なアクション。早くも場内は大笑いです。
それを見て充分に場が温まったと思ったようで、ツルのコンビは本ネタに移ります。
「ようやく十二支にも改革の動き、嬉しいですな!」
「ほんまや! この前も人間はんの子が言ってましたで、『子・丑・寅……次なんだっけ?』って。やっぱ時代に合わせたチョイスが必要やな!」
「そらそうや! それにネズミはんのように別のイメージが強いのもマズいんでは?」
「そうそう! 年賀状が某キャラみたいになって困るって、よう耳にしますわ!」
コンビは予選と同じで十二支のネタを披露していきます。
本選まで短期間だったから新ネタを作る暇はないし、予選で大ウケしたから自信もあるのでしょう。予選で審査員を務めた観客、会場を埋めた動物たちは爆笑と拍手喝采で絶賛してくれたのです。
◆ ◆
「なんで僕たちが……いえ、みんな不合格なんですか!」
「そうだ! お前たち、本当は仲間を増やす気なんてなかったんだろ!?」
審査を終えた会場に、ツルたちの叫びが響きます。
いえ、ツルだけではありません。他の挑戦者たちも不満の声を張り上げています。
十組ほどいた本選出場者は全て落選、十二支は元のままとなりました。
本選の審査員は現在の十二支ですから、不当審査を疑われても仕方がありません。実際、彼らも非難されると承知していたらしく涼しい顔で聞き流しています。
「仲間……ね。そう、ボクたちが求めていたのは『仲間』なんだっチューの」
「モーちょっと配慮してほしかったな~」
「ああ。ツルを始め、俺たちをダシにしたネタばかりだからな。仲間内のトラブルはゴメンだぜ」
十二支の指摘に、ツルたち挑戦者側はガックリと肩を落としました。
予選で十二支ネタが受けたのは、審査した観客に他の動物が多かったから。本選でも観客は大笑いでしたが、こちらの審査はネタにされた十二支たち。つまりツルたちは作戦を間違えたのです。
本当なら相手に合わせたネタを用意すべきでしたが、他の挑戦者たちも含め変えないまま本選に挑みました。時間不足だったのは確かですが、これでは手抜きと言われても仕方ありません。
「それに、君たちだって薄々気づいていたのでは? 十月に神様が決めて年内に選考実施……実にウサんくさいコンテストですよね」
「実質タッたの一か月だからな」
「ミーが目立つチャンスを減らしたくないザンス」
十二支の本音が現状維持だったのも事実でした。
彼らは十二年に一度の出番を減らしたくなかったのです。最近は年賀状を出す人も少なくなりましたし、ツルがネタにしたように十二支を全て言えない人も増えてきましたから。
「ま~、今から増やされたら人間も困るしね。新入りは最後、つまり来年の年賀状が変わっちゃう」
「これもひつじぇんというわけじゃ」
「分かったら去るんだな」
なんとも勝手な言い分ですが、一理あるのも確かです。そのためツルたちは反論せずに会場を出ていきました。
「とりあえず、一件落着ですね」
「実にワンダフル」
「では我らもいくとしよう」
うまく収めたという喜びからでしょう。最後に残った十二の姿は満足そうな響きと共に消えました。
こうして十二支は今まで通りとなりました。だから皆さん、年賀状には安心してネズミの絵を描いてくださいね!
お し ま い
お読みいただき、ありがとうございます。