責任の所在
佳那を交えた3人での話し合いの場を決めたのは由美子だった。
国道沿いの大きな喫茶店。人目につきやすく、亘としては避けたいような場所であったが、個室でもなく、仕切りすらもない店に決めたのは、由美子自身が冷静に対処する為だった。
感情的になり、ヒステリックにわめき散らすかもしれない。今まで亘には出来なかった事を、相手の女にしてしまうかもしれない、それよりは、敢えて人目が気になる方がいい、そう考えたからだった。
亘としては、選べる立場にはなく、ただ任せるしかなかった。
それを佳那に伝えた時、佳那は全く動揺する事もなく、寧ろ冷静にその3人での話し合いを了承した。亘としては、ただ“ごめん”としか言えなかった。
目的の場所までは、自宅から車で30分ちょっとかかる。車内の重苦しい沈黙を破ったのは亘の方だった。
「ママ……由美子、は、どう、したい、と、思ってる?」
携帯をいじる手を止め、ゆっくりと持ち上げた顔は正面を向いたまま、横目で亘を見やると、ため息と共に口を開く由美子。
「ハァ……どう、って。私は……私は、どうしたらいいの?」
怒るでもなく泣くでもなく、ただ呆れたような物言いで亘に聞き返す。
答えられるはずもなく、マゴつく亘に対し、少し苛立った由美子は、今まで我慢していた、言うつもりなどなかった言葉を吐き出してしまった。
「パパは、私と別れてその女と一緒になりたいと思ってんの?家族を捨てるつもりだったの?もう、私は、必要ないの?パパにとって、家族って何よ?私って、私って、何なのよ!?」
完全にはキレていなかった。最も言ってはいけない、言えるはずのない言葉を言わずにいられた事が、それを由美子自身に分からせた。
“私が悪いの!?”
これだけは、どうしても言いたくない言葉だった。
* * * * *
“ねぇ、相手の女の人と、話がしたいんだけど。”
ひと月前、何時ものように“打ち合わせ”と称した佳那との逢瀬から帰宅すると、珍しく寝ずに待っていた由美子から唐突に切り出された。
亘の体は硬直し、思考は停止し反応する事が出来ない。次第に震え出した指先と掌に吹き出した汗。震える指先を押さえ込むため強く手を握ろうとするが力が入らない。
何時までも反応のない亘に、由美子はさらに追い討ちをかけるように確認する。
“いいかな?”
亘は小さく何度も首を縦に振るのが精一杯だった。否定する事も出来たはずだが、何をもって確信を得たのか、由美子の言いぶりは、明らかに“分かっている”者のそれであり、否定という選択肢を与えない物だった。
亘が頷いたのを確認した由美子は、深くは追求せずに、すぐにその場を後にした。
バレた……バレていた。何時から?バレないと思っていたのか?
何をどう?何処から?どうして?これからどうしたら……?
ほんの数分、死刑台にでも立たされたかのような緊張の場面から解放された亘の脳内には、無数のクエスチョンが飛び交った。
しかしそれ以降、この件については由美子は何も語らなかった。それが亘には余計に怖かった。
子供達にも、何も悟られないよう振る舞い、今までと何ら変わらないような様子に、もしかしたらアレは、夢だったのかと思う程だった。しかし由美子に、話し合いの日時と場所を指定され現実であると思い知る亘。
一見何も変わらないような家族の様子。しかしそこには確実に目には見えない大きな穴が開き、責められている訳ではないのに自ら肩身を狭くし、自分の居場所を失いつつあった。
* * * * *
FMからは懐かしい曲が流れていた。出会った頃に流行っていた、二人でよく歌った……眩しいほどの思い出を含んだその歌は、今この瞬間に苦い思い出の曲に変わってしまった。
「俺に、決定権はない……だろ?由美子が決めてくれていいから」
由美子を思い遣ったつもりの発言は、由美子にとっては、亘の身勝手な、責任を放棄し由美子に押し付けただけ、の発言としか思えなかった。