由美子。妻として母として。
由美子は夫の異変に気が付いていた。仕事で接待があり、帰りが遅くなる事はしばしばあったが、それとは違う“何か”
1年以上も前から気にはなっていたが、子供達の受験や進学の準備に追われていた事もあり、その異変を直視しないようにしていた。
嫌な予感が確信に変わってからも、亘の行いの原因に思い当たる節があるだけに、どう攻め込むべきかも考えあぐねていた。
もう10年以上、亘を拒絶していた。正確には長男の大翔を産んだ後からだ。それでも最初の3年くらいは時々誘いに応じた事もあった。しかし、どうしても受け入れたくない気持ちの方が勝っていき、何かと理由をつけて断ったり寝たふりをしてしのいで来た。断る事が増えると、誘われる事もなくなっていった。
諦めてくれたーーー。夫婦としての体の繋がりなどなくてもやっていける。それが家族だと、由美子はそう、思っていた。
大きな果樹農家の次女として生まれ、何不自由なく育てられた由美子。家族揃っての食事や、常に両親が共にいる事が当たり前だった生活は、サラリーマンである亘と結婚して一変した。仕事から帰ってくるのが遅いのは当たり前で、子供が生まれる前は、ひとりぼっちの夕飯が泣けてくる事もあった。
結婚して県外に来ると決めた時、身近には親も友達も、頼れる人が誰も居なくなる事は覚悟していた。それでも亘さえ居れば幸せだと、その頃は思って疑わなかった。
しかし現実は、想像を遥かに越えた寂しさに逃げ出しそうになる事が度々あった。そこで自分も仕事をと思い、スーパーのレジなどパートタイマーで働いてみたものの、専業主婦体質である由美子には向かず、長続きしなかった。子供の頃から家の手伝いは良くしていた事もあって、家事なら完璧だった。幸い亘の稼ぎで何とか生活する事が出来ていたため、無理に働く事を辞めた。何より、県外に嫁いだ由美子を不憫に思い、実家からは少なくはない小遣いが送られてきていた。
由美子の寂しさは子供が産まれた事で解消された。そして2人目が産まれると、由美子が思い描く家族は完成したと言っても良かった。
家族、それは由美子の全てだった。子供を育て、完璧に家事をこなす。子供からママ友の輪も広まり世界が開けた。
見知らぬ土地で、亘が居なければ、ひとりぼっちで過ごした辛すぎた日々を思うと、今の生活を崩すなどという事は、受け入れがたい事だった。自分で築き上げてきた幸せ、理想の家族のカタチ。何ひとつ、欠けてはいけないものだった。
それが、崩れてしまう危機に晒されている。自分さえ気付かないフリをしていれば、もしかしたら、何も変わる事なく家族のカタチを保てるかもしれない。しかし万が一、別れを切り出されるような事があったら……。本来なら、由美子の方から離婚話を出してもおかしくはない事態であるにも関わらず、そんな決断を下す選択肢は、由美子には無かった。
夫婦の営みがない。拒絶し続けた自分に非があるとしたならば、自分の方が不利ではないのか。亘が一体何を考え、これからどうしていこうとしているのか、由美子は確認するのが怖かった。