第二話 「ここにいてもいい理由」
ミロと共同生活を送る上で水森学園に通うことになった2人。そこでスイの親友「レオ」が退院して登校してくる。お互いの挨拶もまばらにミロはレオの様子がおかしいことに気づいて…。
『生きたいなら死なないでください、僕が守ってあげますから』
例えばあなたは、自分より人の事を大切に思ったことはありますか?
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朝目覚めて、すべて夢だった
そんなわけもなく、当たり前のようにそれは、スイの目の前にあった。
「……」
少年、水時スイは自宅のリビングを見て絶句する。
いつもこざっぱりしているそこにはまだ慣れない少女がそこにいた。
「馴染んでるなぁ」
ソファーでくつろいでいる昨日数奇な出会いをした少女をみて頭を抱える。
やはり昨日のあれは現実だった。
スイは昨日自分の身に起きたことを反復しながら、低く息を吸ってミロの前に姿を出した。
「おはよう、スイ」
「お、おはようございます」
挨拶が特別なものじゃなくて良かったと心底思う。
出来るだけ普通を意識しながらスイは会話を始めた。
「あ、パンが良いですか?米派?」
「用意してくれるのか、じゃあパンが良い」
「よかった、昨日炊飯器の用意してなくて…」
「ジャムはイチゴ」
「あー、了解です…、飲み物ミロあるけど…なんちて…」
「いただこう」
「ん」
キャッチボールが出来ているな、とスイは思った。
何ともスムーズ。
正直心配なのはこの少女の今後だけだった。
「今にお前は命を狙われる」だなんていまいち実感がわかないスイは、昨日あの後帰宅した後泥のように眠ったのだった。
後ろを付いてきたミロのことは気にしなかった。
一緒に住むことは了承したし、後は好きにしてくれと思ったからだ。
それにまだどこかで夢なんじゃないかと期待もしたし。
スイはカップに豆乳を注ぎ飲みつつパンをトーストに突っ込む。
ミロはそれを用意されたカップでミロを飲みつつ見つめていた。
視線が、透明だ。
ああ、どう見ても夢じゃない。
いつもの朝に、ただ綺麗な女の子が一人増えただけの現実だった。
「暇ならテレビとか観ます?」
「ん?んん」
どちらとも付かない返事をしながらミロは別の話題を切り出した。
「私は今日からお前と一緒の学校いくからな」
「えっ」
「そのほうが何かといいだろ」
「年齢的には違和感ないですけど」
「じゃあ決まりだ、弁当を作ってくれ」
「お米がないんで今日は購買の気分なんですが」
「作ってくれ」
「……」
「兎リンゴと卵焼きだけでいいぞ」
「それ味しみちゃいますけど」
「じゃあ卵焼きだけでいいのだ 」
「……はぁ」
スイはとりあえずエプロンを付けて卵を割わった。
我ながら混乱しながらもそれを隠しきれていると思う。
学校?
まさかそんな
慣れた手つきで料理をしながらぐるぐると色んな事を考えるスイ。
ふと視線を横にやるとミロがまたこちらを見つめていた。
目が合う。
「あ…、すみません弁当箱とってもらえます?」
「これか」
「そうそれ」
「一個か?」
「……、あー…いや、二つ」
「そうか」
ミロはなぜか少し照れつつスイに弁当箱を渡してくれた。
ああ、笑うと本当にかわいらしいなこの子は。
スイは出来上がった卵焼きを両方の弁当箱に詰めて弁当をつくった。
黄色い絨毯弁当だ。
「これで良いですか?」
「うぬ」
ミロはその弁当を見て嬉しそうに微笑む。
緩む口元が綺麗だった。
スイはその笑顔から目をそらし、自分の弁当もナプキンでつつむと1つの疑問が頭をよぎった。
「制服とかはいったい?」
「ぬ、用意してあるのだ」
「準備のよろしいことで」
「もちろんなのだ」
「あ、じゃあ俺うえに…」
「なんでだ何処に行く、一緒に行こう」
「は」
「すぐに着替えるからまて」
「は、おい、ちょ、まて」
「ぬ」
「馬鹿!」
大声を出したのはいつ振りだろうかとふと思った。
スイはさすがに焦る。
いそいそと服を脱ぎ着替えを始める少女にスイはただただ声を裏返すことしかできなかった。
「すぐ着替えるからな」
スイは思わず逃げるように体だけはそらす。
なんて言うことだ、とんだハプニング。いや、大問題じゃないか。
「こういうのは勘弁してくれ」
スイは誰にも聞こえないような音で一度だけため息をついた。
ーーー 学園 敷地内 ----
歩く音がする。
「久々だなあ」
その少年はどこまでも美しかった。
歩く姿が絵になるきらびやかな後ろ姿。
すれ違う人が振り返る美しい容姿。
そして少年はある名前を口にした。
「スイさんいるかな」
この少年はどう運命にかかわってくるのだろうか。
ーーー 学園 校門前 ----
「本当に大丈夫ですかね、ミロさん」
「なにがだ?」
「…」
スイは若干ミロと距離を取りつつ教室に向かって歩いていた。
制服を着た少女はどこか浮世離れしていて酷く美しかった。
ミロはスイにおいてかれないようについていく。
どうやらこの関係性は学校でも続くようだ。
「スカートが短いな、この服」
「あんま動かないほうが」
「ぬ」
「…と言うかそもそもどうやってこの学園に」
スイはなにげ なく疑問を投げかけた。
するとミロはさらっと答えてくれる。
「俺様の力は、記憶の改ざん、人の記憶なんてどうにでも変えられる」
「ん!?」
「ここの、生徒、教師、すべてにおいて私は転校生という設定のしてある、もう転入してきて3ヶ月目だ」
「…なんだかたのしそう」
「まぁな!」
「……」
「さあ、いくぞ」
ミロはスイのスピードより速く堂々と歩いていく。
すると
「可愛いね、ハンカチおとしましたよ」
「ぬ?」
見知らぬ男から声をかけられるミロ。
スイはそんなミロの少し後ろで立ち止まった。
あっちゃーという表情で。
ミロに今声をかけた人物には見覚えがある。
同じクラスの女たらしの軍団だった。
「(何で朝から絡まれちゃうかね)」
スイは嫌な顔をした。
そんなスイを尻目にミロは自分がナンパされてるも気づかず平然と対応する。
「ぬ?私はハンカチ等持ってきてはおらぬが」
「あれ?じゃあ間違えちゃったのかな」
「そのようだな」
「まぁいいや、ねぇ、このまま一緒に学校いこうよ、同じクラスのミロさんだよね?一回話してみたかったんだ」
嫌な笑みを浮か べミロに近寄る男。
するとミロは平然としたかおでいう。
「すまないが私は今スイと登校を共にしている、その誘いは断らせてもらうぞ」
「わっ、ばか」
スイは思わず声を出した。
巻き込むなし。
「…スイ?」
するとその声に男は振り替える。
そしてスイのことを見て鼻で笑った。
「はっ、水時じゃん、どうしてお前がミロさんと?」
「さぁ」
男はスイに近寄りいやみったらしい笑顔で話し出した。
「お前みたいな根暗で気味悪いやつがでしゃばってんじゃねぇよ勘違いすんなこの変人が」
「(えー)」
いわれのない暴言をはかれスイは思わず笑顔で返してしまう。
それがまた気持ち悪かったのか男はどんど ん言い返してくる。
「お前さ、いつも一人だよね。知ってるぜお前が女子からは人気あること一人で本読んでクールだって言われてキャーキャーされて」
「え、そうなん」
「とぼけんなよ人を上から見下してほんと性格悪いなお前」
「いやまじで初耳」
「あ?」
「ごめん、俺そんな上辺しかさらえない人のことなんとも思わないから」
「は?けんか?」
「何でそうなるの、もういいよミロと一緒にいきなよ俺は先にいくから、俺なんかといるよりミロもそっちの方がいいだろうしじゃあね」
「あ、おい」
スイはその場から立ち去ろうとする。
すると男は スイが通り去ろうとした瞬間、一番言ってはならないことをスイに向けて言い放った。
「…はっ、せいぜい病弱の友人くんとだけなかよくしてろよゴミが二人して気持ち悪いんだよ」
「」
瞬間スイは男の後頭部を蹴ろうと肘を振り上げていた。
おそらく
本気で殺そうとしていた。
先程の余裕なんかなくして、暴力を降ろうとしていた。
「スイ」
止められていた。
肩に、てがおかれていた。
「はやく学校いこう」
ただ、ミロはそう言った。
「…………うん」
スイは次の瞬間笑顔になり肘を下ろしていた。
―――――教 室――――――――――――
「…」
スイは、自分の席に着いて息をついた
スイの席は出席番号順のままの教室で後ろの方だ。
ミロに関しては論外、そう言う概念等無くスイの斜め後ろに位置していた。
「席は、近くしたぞ」
「はぁ」
周りの男子は羨ましそうな目で見ているのがうっとおしい。
確かにミロは魅力的だった。
狭い教室内にこんな少女がいれば誰でも声をかけてしまうかもしれないというほどに。
ただでさえ今までも絡まれることが多かったスイとしては、今日のように受け流しなんとかやって来ていた。
また厄介な要素が増えたなと思いつつ、心を鎮めるために少し目とつむって意識を別のことにそらした。
「(今日は危なかったなぁ)」
スイは自分の行動を素直に反省する。
あんな余裕のないカッコ悪いこと、あれじゃあやつらと同じだ。
ふと、止めてくれた少女に視線を向けてしみじみ感謝した。
「…」
ミロはこちらに気づきもせず少し落ち着かない様子だった、
そわそわ辺りを見渡して 、それは動揺というよりは好奇心から来る嬉々とした感情のようだった。
子供みたいな顔、その心が洗われるような感覚にスイは少し微笑んだ。
「スイの隣は誰なのだ?」
「ああ、ここは」
スイの隣の席は空いている。
中にはプリント一枚入っていない。
キーンコーン
丁度のタイミングで本玲が鳴った。
「先生来るからまたあとな」
「うぬ」
ミロは、前を向いた。
ふと、
スイはここに来て自分が滑稽なことに気がついた。
なにせ少し前に自殺未遂を犯した少年が学校に来ているんだから。
あえて人気のない崖を選んで明日への命を絶った自分がまたこうして学校へ来るなんて。
こうして穏やかな気持ちで。
昨日までは毎朝この机で死ぬことだけを考えていた。
生きて、明日を迎えてこうして今抱えている不快な気持ちを同じように味わうことに耐えられないと思っていた。
隣に少女が、それを少しだけ変えた。
今はほとんど不快じゃない。
なぜだろうか、それはわからない。
ただ、どうしてかひとりじゃないような気さえしていた。
目の端に映る少女は、美しかった。
そんなことを考えていると教員が話し出す。
「今日は、うれしいお知らせがあるぞ」
どことなく嬉々とした声に意識が集中する。
まあだいたいこうゆう時は対外どうでもいい出来事なのだが。
頬杖をやめて姿勢を正す。
くだらないであろう報告にスイは眠気さえ感じようとしていた。
でも、今回は違った。
少なくとも少年にとっては。
「今日まで入院していた楚楚風レオ君が、今日から登校できるようになった」
「」
ミロは隣で息遣いが変わるのを感じた。
ちらりとスイの表情をうかがうとそこにはひどい顔をした少年がいる。
スイは表情を失っていた。
一方で、生徒たちはざわめいている。
「だあ」「レオって?」「しらなあい」
生徒たちは、口々に言っている。
そのどれもスイの耳には届いていなかった。
少なくともミロには今のスイは危なく感じていた。
息が、あらい。
「ほら、入っていいぞ、楚楚風」
教師が、廊下に向かって手招きした
一人、少年が入ってきた。
「楚楚風レオです」
少年は、美しかった。
全てが染まった輝く白髪にきめ細やかな肌。
すらっとしら身長が気にならないほど長いまつに通った鼻筋が眩しかった。
「かっこよくない?」「わかる」「ハーフ?」
先ほどとは打って変わって生徒たちは反応する。
無理もない、人間離れした美貌の青年がこの狭い教室に現れたのだから。
香るのは消毒液だった。
「ざわつくな静かにしろー。」
教師は、声をかけ辺りを見る。
なかなか静まらないそこを無視して交わされる一つの視線があった。
「レオ君」
ミロがそのとき見たスイは、笑っていた。
というよりにやけていた。
「楚楚風は入院しててわからないことが多い、まだ完全によくなったわけじゃないから、あんまり無理はさせんように」
曖昧な教師の説明にみな小さく返事をし場が静まる。
レオが笑った。
「じゃあ、楚楚風席に着け」
「はい」
少年は、スイの隣に行った。
少し小走りだ。
二人とも輝いた顔をしている。
空席が埋まった。
「っ」
「…」
スイは今にも泣きそうな顔をしていた。
少年にも、大切な存在くらいいるのだ。
友人という存在が
ーーーーー休憩時間ーーーーーーーーーーー
「レオ君」
「はい」
レオと名乗った少年は本当にきれいなきれいな顔をした。
向き合って座るレオとスイをまじまじと見つめるミロ。
その視線を気にもとめず少年二人は高揚していた。
「すいません。ぼくも急なことだったので…」
「ううん、いいんだよ、少し驚いたけど」
「へへ、いつもお見舞いに来てくれてありがとう、スイさん」
「当たりまえだよ!」
どこかそわついた様子で話すスイとそこを違和感にしないレオ。
不思議な雰囲気のまま話し続けている。
ふと、二人は一瞬止まる。
視線がかわされ、息が止まる。
スイも、泣きそうな顔になっていた。
こいつにもこんな表情のレパートリーがあったのか、とクラスメイト達も不思議そうに見ている。
その大半がレオに熱い視線を送っているのだが。
「うぬ…」
そこに空気の読めない少女の一言。
「そか、ミロには空気を読むスキルがないんだったな」
「そんな能力は持ち合わせていないぞ?」
「……うん」
スイは涼やかな表情で対応する。
少しだけ咳払いをして肩をすくめた。
「ちゃんと説明しろ」
「しろ?」
レオは、ミロを見て言った。
確かに、見た目が美少女なだけにいきなり男口調は疑問に思うのかもしれない。
すっかり慣れていたスイはその反応にまた顔をほころばせた。
「私は私なんだぞ」
またしても空気を読まない一言。
「ごめんねレオ君、悪い人じゃないんだけど」
「もしかしてスイさんの恋人ですか…?」
レオは、きれいな顔を少し赤く染めてそう言った。
しかしスイにとっては何とも返しづらい質問。
もちろん付き合ってなんていないしそもそもそういう次元の話じゃない。
だけど同棲(?)している事実がいずれバレるとしたら、スイはレオになんと言って説明したらいいかわからなかった。
「まぁ…うーん、ち、違うかな」
「恋人とはどういう関係だ?」
「ほら、こんな感じだし」
「ん?」
スイ笑顔で困惑しているミロをなだめる。
おそらく少しズレてるであろうお互いの常識を探り合いつつ、ミロとスイはお互いアイコンタクトをした。
スイが繰り出すウィンクにつられてウィンクするミロ。
その様子は非常に可愛らしいのだがスイには何の効果もない。
そしてそれを外野から見ていたレオだけが溢れるように感想を口にした。
「かわいい人ですね」
「レオ君は優しいね」
「どうゆう意味だ、スイ」
ミロはどこか誇らしげにレオをみて「ありがとう」と笑った。
スイはそんな様子を見ながら少しだけため息を吐く。
初対面の男女にしてはどうも馴染みすぎてると思いつつも、そういえばこの学園の生徒にはミロの不思議な魔法がかかっていたことを思い出しスイはまた考えることをやめた。
「?…」
ふと気づいたのはミロだった。
何かを察したかのようにレオを見つめている。
レオはそれに気付いてミロを見返す。
「…おまえ」
「あ、そういえばあなた名前は…?」
「は」
ミロは驚いたように、今度こそしっかりレオを見ていた。
スイはその様子に驚き「何事だ」と小声で相槌をする。
しかしミロから返事は帰ってこない。
「え?僕何か悪いこと…」
「そんなことないよ!この人はミロ・クロノア」
「 ミロさんでいいのかな」
「いいと思うよ、変わった名前だよな……ぐぇ!!」
スイは、話している最中にミロに後ろから引っ張られた。
首元を引っ張られたせいでおかしな声が漏れる。
酷い力だ、こちらをなにか銅像とでも思っているだろうか。
「ちょっと来い、スイ」
「な、なに、え、ちょっとごめんレオ君、い、いたい、ミロ!」
スイはミロに引っ張られながら必死でレオに言葉を伝えようとする。
しかも自分より身長の低いミロが引っ張っているのでかなり歩きにくい。
「大丈夫です!じゃあ僕、アイ様に会ってきますから!」
レオは声を少し大きくしてスイに笑いかけた。
そのままスイからレオの様子は見えなくなる。
「アイ」
その名前を聞いた瞬間ミロに引きずられていたスイの顔が引きつった。
「わ…かった、行ってらっしゃい」
レオが自然と発した名前。
『アイ様』
その人物は、少年にとってなくてはならない人だった。
引きずられ廊下に出る二人。
そのままずんずんと歩いていくミロにスイはついていくことしかできなかった。
「ミロ、まって」
スイは、ようやく開放されて息をつく。
そこは屋上だった。
こんな人気のない屋上に連れてこられたわけは一体何だ、せっかくのレオとの時間を台無しにされたようでスイは少し悪態をつく。
「お前、力強い」
スイは、頭をかきながらそう言う。
そこまで怒ってはないいが叱るような口調にしたはずだが、ミロにはそんなことどうでも良さそうだった。
「あいつは…」
「…?」
「レオは、【アンダンテ】かもしれない…!」
ミロはいつにもまして、真剣な顔をしていた。
「…え?」
ーーー廊下ーーーーーーーーーー
廊下が、少しざわついている。
レオは、少し小走りでいた。
人目がどうしても嫌だ。
人の視界に入ることが、レオにとっては苦痛だった。
白髪に生気のない肌。
レオは自分が好奇の目にさらされているようで、今にも逃げ出してしまいたい気持ちを必死で抑える。
今まで目立っていいことなんて一つもなかった。
そしていつしか廊下の突き当りの扉の前につく。
コンコンコン
「失礼します」
レオは、一つの扉をノックして中に入った。
その教室の表示には科学室2と書かれていた。
「…やあ」
澄み渡る声だった。
透明で、爽やかという言葉が当てはまるような声。
それでいてどこか、暗かった。
「ひさ、しぶりです、アイ様」
レオは、ふるえていた。
その震えは決して恐怖ではなく緊張のもので決して畏怖しているわけではない。
むしろレオは恍惚としていた。
眼の前の男に会えたことで、レオは先程までの憂鬱な気持ちをすでに忘れていた。
それほどまでに目の前の男の存在は大きいものだった。
「あの、ぼくは」
声も引きつりかすれている。
先ほどまでスイと話していた人物とはまるで別人のようだった。
そして「アイ」は笑顔でこう言う。
「大丈夫だよレオ」
アイは、震えているレオに近寄る。
「おかえり」
アイはどこまでも、優しい顔の青年だった。
ーーーー屋上ーーー
「レオくんが【アンダンテ】って、どうゆう事?」
「そのままの意味だ、あいつはその可能性がある」
ミロは、腕を組みながらそう言った。
ひどく深刻な顔で、決してふざけているようには見えなかった。
「どうしてそう思ったんですか?さっきまで普通に…」
「私の事を知らなかったからだ」
「…え?」
一瞬ミロの言葉の意味がわからず固まったあと、すぐに思いつく。
「そうか、徒には変な力が…」
「そのとおりだ、私の名前を知らない生徒なんてここにはいないはずなんだ」
「じゃあレオ君は」
「お前と同じ【アンダンテ】何じゃないかと私は思う」
また考え込んでしまったミロ。
スイは突然浮かび上がった予想にただ驚くことしかできなかった。
ーーー科学室2ーーー
「あの、今日、僕ができることはありますか」
レオは科学室の硬い椅子に座り、アイを恐る恐る見つめた。
先ほどほど震えてはいないがやはり緊張はとれていないようだ。
「敬語そろそろはずしなよ」
「こ、これは癖みたいなものなのでアイ様だけにって言うわけでは」
「嘘だよ、そのままでいいよレオは」
アイは、冗談っぽく笑う。
レオは必死で受け答えした、足がまだ震えている。
アイが笑うたび、レオはその分安心した。
「…実はね、今日はレオにお願いと知らせておきたいことがあるんだ」
「?」
突然の言葉にレオは焦る。
アイのこんなことを言われたのは初めてだった。
いつもは他愛もない話をして、ただそれだけなのに。
たまにアイが入れてくれるコーヒーが好きだった。
レオにとって、アイとこうして過ごす時間はこの学園で安らぐ一番のイベントだった。
なによりも、今が一番好きだ。
そんなレオの思いを他に、アイが言葉を続けた。
「…僕はね嘘が嫌いだ」
「えっ」
「それで、スイ君の事なんだけど」
自分の友人の名前にレオの緊張は一気に高まった。
一体アイはなんの話を。
レオはただ黙って聞くことしかできなかった。
ーーー屋上ーーーー
「私がしたのは【記憶改竄】だ、これは、人・死神・動物、何でも生物の記憶を変えてしまう魔術だ」
「あ、やっぱり魔術なんだ」
「これを普通の人間に使うときは力の3分の一の力しか使わないんだ、一般の人類に全力で使うと他の記憶にまで干渉して脳がパンクして発狂してしまうからな」
「そんなのみんなに使ってたの?!」
「だから普通の人間じゃないお前には効いていないだろう」
「…そう、だね」
「だからさっきレオが私を知らなかった、つまりは【アンダンテ】の可能性がある」
ミロは、少し笑った。
まるで悪魔のような笑みだ。
なんで笑うのかスイには理解できないのであまり突っ込まないようにする。
「……まさかこんなに近くにいたとはな…世界は狭い」
だが
「…うん」
スイが怒っている。
笑顔を作っていたけど
ミロにはそう感じた。
「スイ?」
ミロは不思議そうにスイを見る。
不自然な感情を顕にしているスイの顔を覗き込んだ。
「あのさ、今から言うことに怒らないでほしいんだけど」
「は?」
「レオ君は、だめ、かなあ」
それは拒否だった。
確実につくられた表情でスイはミロに言う。
レオを、巻き込むなと。
「レオ君はダメだよ」
「…どういうことだ、どうして」
「体が弱いんだ、それで学校もよく休んでた、だからきっと無理だよ」
スイの変わらない表情にミロは問い返す。
「それだけか?」
「それだけだよ」
間髪入れずスイは返答した。
ミロは余計不服な表情になってむきになる。
その時のスイの顔が、あまりにも悲しく恐ろしく思えたから。
「…」
「む…」
「なんですか」
「なにかあるなら私情でもなんでもいい、聞かせてほしい、怒らないから」
ミロは、冷静に言った。
「ミロ…」
「どうだ、話す気になったか?」
「なったよ、ミロが聞きたいって言ってくれたからね」
呆れたようにスイは笑った。
ーーーーーー科学室2ーーーー
「嘘?スイさんがどうしたんですか?」
レオは、何かを感じて息をのむ。
アイが話し出してから空気が変わっていたし、スイの名前が出てからレオの額には汗がにじみ出ていた。
「…レオはさ、スイくんと初めて会ったのはいつだっけ」
アイは鼻がくっつきそ うなほどレオに近寄り笑った。
レオはそのしぐさに何とか動揺を隠しつつ、口を開く。
「……入学してから…すぐ」
「そっか、それから僕に話してくれたよね」
「……」
そこでレオは体をビクつかせ目をつぶる。
唯一の友人の顔を思い浮かべながらこの状況を耐え抜こうとした。
過去の記憶がよみがえる。
そのときの思い出したくない自分の言葉をアイの口から聞いた。
「スイ君と友達になりたいって言ったよね」
レオは吐きそうな表情で口に手を当てる。
その場に思わず倒れこんでしまいそうだった。
「安心して…僕は、誰よりレオの事が大切だから、ね?」
アイはまるで天使のようにその美しい顔をしている。
レオは裁かれる罪人のような顔をしていた。
「……僕も……ですよ…アイ様」
ねだるような声だった。
レオの悲壮な声はアイにすがるように震えている。
「ありがとう僕も大好きだよ、だけど、話し合いたい事があるよね僕たちで」
先ほどをは打って変わって
アイは悪魔のように微笑んだ。
―――――半年前ーーーーーー
それはまだ、高校に入学したての少年.
水時スイが教室で自分の席に座っていた時から始まる。
「…」
周りの生徒は、入学早々気の合う生徒同士で2・3人のグループを作っている。
昔からスイにはそれができなかった。
試みようともしなかったというのが正しいかもしれない。
入学早々まだ友達なんていなくても大丈夫、スイは心からそう思っていたからである。
実際、そのまま小学中学と来ているし、いますべきことが気の合う誰かを探すことではなようにスイは感じていた。
まずはこの慣れない教室に自分を同化させることに必死だった。
友達を欲する余裕がスイにはなかった。
「ふう」
スイは、その場の空気が耐えられなくなり廊下に出る。
足はどこか広い自由なもとをを求めていた、
ただ、スイにはわかっていなかった。
友達というのは向こうから歩いてくる可能性もあると言うことを。
ーーー屋上ーーーーーーーーーーーー
スイは、初めて見る学校のグラウンドを見渡す。
そこには部活動をしている生徒や、物陰に隠れえ何かをしている男女のカップルなどいた。
その一人一人にいったいどんな人生があったのだろうか、そんなことをボーっと考えた。
面倒すぎる。
すぐに考えることをやめた。
「どうせ、また友達できないんだろうな」
スイは、自虐的につぶやく。
本音だった。
何の不安もなかった。
するとそこに
「ごほっ…っ…う…」
「え…?」
急に響いた声に驚く。
その声は嘔吐しているのような苦しそうな声だった。
「どこから…」
スイは周囲を見渡した。
屋上に隠れる場所なんてないはずなのに。
「いた!」
スイはすぐに人影を見つけて側へと駆け寄っていた。
「っ…う、げほっ」
少年がまた一人。
血を吐いていた。
何も見ていないような真っ白な瞳。
ばさばさのまつ毛は 無造作に見えて、どこか生気が抜けている。
髪も調子の悪そうな色で肌も真っ白で細い。
しかしどこか気品だけが漂っていた。
スイはしばしその少年に見入る。
それが、レオとスイの出会いだった。
「大丈夫!?」
一人の少年の優しさが、独りのさみしい少年の自制心を守った瞬間だった。
数か月の付き合いの人間が、ここまで信頼し合える、必要としあう存在になれるのだろうか。
それほどまでに、深い関係だった。
ーーー屋上ーーーー
「俺本当に友だちがいなくて」
スイは、自虐的に語りだす。
「そうなのか?」
「うん、本当に思いつくような人がいなかったと思う」
二人は、授業を忘れて屋上で話し込んでいる。
今このスイとミロの姿こそまるで友達のような姿だった。
「でさ、この学校って悪の秘密結社みたいなのがあるんだけど」
急に話が飛んだ。
「ん??」
ミロは聞き慣れない言葉にスイを見直した。
「俺が変なわけじゃなくて、この学校が変なんだよ」
「悪者なのか?」
「前に食堂で薬物事件があったんだけど、そのときの主犯だって噂がある」
「毒?!」
スイは、ミロを見て少し笑う。
笑い事じゃないぞとミロはスイに怪訝な顔をした。
「他にも悪事があれば全部その秘密結社が裏にいるって話なんだ」
「なんだそれは」
「都市伝説みたいなもんだよ、この学校には昔からいるらしいんだ」
意味が分からない、という顔をしたミロは混乱している。
「らしいというと」
「見たことないし」
「じゃあなぜそんな話を」
「秘密結社のリーダーがレオくんのお兄ちゃんだからだよ」
スイは困ったようににそう言った。
「あいつの…?」
「そう、で、こう言われたの『レオは、僕の弟だから泣かせたら毒ね』って」
「…ん?」
「で、『嘘いいから、レオと一緒にいてあげて』みたいなことを言われて」
「ちょっと待つのだ、意味がわからな…」
「相手が秘密結社のリーダーだし、俺それ受け入れちゃったんだよね」
スイは無視して話し続ける。
どうやら隣にいるミロを視界から消しているようだ。
そうでもしないと、話せないから。
「でも、レオ君は何も知らなくてさ」
「なにも?」
「アイがレオの兄さんだってこと、レオ君は知 らないらしいんだ」
もう何が何だか。
ーーー生徒会室ーーーー
「ね、こんなこと言いたくないけどあんな男と一緒にいるのやめてほしいなぁ、レオ」
レオは、固まっていた。
アイの言葉にレオは動けなくなる。
急に告げられた事実にレオはどうしていいかわからなくなかった。
「僕が嘘嫌いだって知ってるよね」
アイは、笑う、嗤う。
「…」
レオは科学室を駆け出す。
その場にいても立ってもいられなかった。
暗転。
レオが出ていくと同時に、アイはそこに座り込んでいた。
何か重いものをずっと持ち上げていたような、そんな疲労感を今のアイに感じる。
「ふぅ……」
すべての力が抜けたようだ。
ただ、少年を守るために
つかなくていい嘘を
言わなくていい真実を
嘘が大嫌いなその口から笑顔で吐いていた。
その理由を知る者はいない
今は。
ーーー ーー屋上ーーーー
「俺もよくわからないんだよな」
スイは、つぶやく。
「どうしてレオ君は何も知らないのか……それに…」
「??」
「何より、レオくんが危険な目に巻き込まれるとアイが怒るんだよ」
スイはため息をつく。
「ただでさえ俺は結構アイに睨まれてて」
「嫌われているのか」
「まあね、最初こそアイの言いなりだったけど今じゃ本当にレオくんのことは友達だと…」
レオ以外の相 手なら、スイはここまで悩まないだろ。
だけど
レオだから。
初めて友達でいたいと思った相手だからスイは悩んでいた。
ミロにはそんなスイの様子が伝わっていた。
語るスイの表情は切ない。
「心配なんだな、レオの事」
「そう見えるなら」
2人が解決の出ない話を続けているなか、そこへ人影が迫ってきていた。
「スイさん……」
「え、レオ君」
「来ないでください!!」
「…え……」
スイは、レオに近寄るというより駆け寄っていったはずだった。
だけどその行動も初めて聞くレオの怒鳴り声で、足が止まる。
「レオ、レオくん」
レオが怒っている。
様子から見てその事実だけがスイには打ち付けられていた。
こんなふうに怒鳴るレオの姿を見るのは初めてだった。
どう対応していいかわからない。
スイはただ、馬鹿みたいに名前を読んだ。
「アイの所に行ったと思ったから、なんで、屋上なんかに」
「スイさんがいると思ったからです」
「………」
完全に言葉を失った。
レオは怒っていた。
レオは無表情のまま固まったスイに近寄る。
スイはヒクつく笑顔でそれを迎えた。
いま
レオ君は
どうして怒ってる。
怒ってるのになんで泣きそうな顔をしているんだ。
俺のせい?
でももしかしたらレオ君なら
一緒にいてくれたレオ君なら
強いレオ君なら
優しいレオ君なら
俺が何をしても、ユルシテてくれるんじゃないだろうか。
「嘘をつかれた場所が、信じたい自分の根底だったとき全部が嘘にしか思えないんです」
レオはそう言った。
「スイさんのこと、親友だと思っていたのに」
「なにを、そんなの僕も」
「だから」
何を期待しているんだ、俺は。
これはもう、終わりじゃないか。
スイの頭の中で繰り返した。
レオ君は、誤解をしている。
「もう無理ですよ」
スイはできるだけ笑顔を作りながらレオを見る。
レオはもうその作り笑いを見ようともしない。
「アイ様が言わなかったら、僕と友達ごっこはしなかったんですか?」
「友達ごっこってそんな」
どうしても冷静になれない。
せめて、表情だけでも保たないと。
ここで、俺が泣くのは、卑怯だろ。
少し、沈黙が走る。
「いつからですか?」
「なにが」
「いつから、僕といやいや居たの かってって聞いてるんです」
スイは、次の言葉が出てこない。
「なにを」
どうやって言えばいい。
今のスイには、レオを傷つけずにうまく説明する力がなかった。
そんな思い、もう十分傷ついているレオには無用な思いだったのだが。
そしてレオは言葉を絞り出す。
「最初からですか」
ぜんぜん違う。
そんな訳がない。
スイはレオのことが、ちゃんと好きだった。
「違う、アイに何を言われたのか知らないけどあのね、レオ君」
「もういいです」
スイが覚悟を決めてすべて話そうとしたときには遅かった。
レオは、一瞬だけ笑っていた。
何かを悟ったような。
すべて投げ出したような。
ほんの一瞬だけ。
そして一言
「今まですみませんでした」
泣いていた
「あ」
泣いていた。
泣かせてしまった
大切な友人を
ただ一人の親友を
目の前で。
レオは、階段を下りて行った。
「……」
スイは動かない。
動けない。
情けな い。
追って弁解することすら今のスイにはできない。
それほどまでに今のスイは弱かった。
『アイが怒るから』
『レオくんの体が心配で』
ちがう
そんな理由じゃない。
最初からこうなることが嫌だったんだ。
距離をとりたかった。
逃げてただけだ。
「スイ、追いかけたほうがいいんじゃ」
ミロが口を開いたのは一連の出来事が全て終わったあとだった。
スイは呆然としている。
「まえにも、アイがレオくんに俺を貶める話をしたんだ、そのときも酷かった」
「…」
「レオ君は、何よりアイを信じてるから」
スイはそばにいたミロなど見もせずにぽつぽつとつぶやいた。
そこにられないという風に歩いて階段を下りていく。
「…どうなっているんだ」
その場には、状況のつかめていないミロだけが残された。
「……ふむ」
ミロは先ほどのレオの様子を思い出していた。
そして腕を組み、首をかしげる。
「ああいうやつは、スイよりたちが悪いな」
ミロも階段を下りた。
ーーー科学室2ーーーーーーーーーーー
扉を開ける音がした。
薬品の並んだ冷たい部屋。
「や、スイくん」
扉の向こうにはアイが座っていた。
何食わぬ顔で。
長い脚を組んで、まるで誰かが来ることを感づいていたような。
「アイ」
扉を開いた主、スイは、震えていた。
なげやりに。
ーーー第二校舎 裏庭ーーー
誰もいない庭。
校舎の隅にある裏庭だった。
「…」
レオは、座り込んでいた。
手入れされていない花や草たちが風になびいている。
レオは、両手で顔を抑えていた。
「……」
レオはちゃんと気づいていた、
自分が間 違っていることを。
たとえきっかけが何だろうと、一緒にいた時間は本物だった。
スイと自分は、一緒に笑っていた。
アイがレオに言ったのは「スイは僕のお願いで君へ奉仕してただけだよ」というものだった。
レオには学生生活を過ごした記憶がなかった。
生まれつき弱い体で病気と付き合って生きてきた。
だからまともに学校には通えなくて、友だちもできないまま。
そんなレオに初めてできた友達が、尊敬するアイによると全部偽善だったらしい。
絶望だった。
ああ
いっつもスイは学校で何をしていたんだろう。
見かけたことはないけど、本当はたくさん友達がいて、たくさん学校生活を謳歌していたんだろうか。
学校が好きじゃないってことはみてればわかる、わかったつもりでいた。
そこも自分と同じで好きな考え方だった。
それに、そんな嫌いな学校にちゃんと僕が帰ってきたときのために毎日通ってくれていた。
お見舞いにきてくれるたび、スイは笑って、
勉強とか趣味の料理のこととか話して、慣れないようにふざけて、バカやって僕を笑わせてくれた。
人と話すことが嫌いなくせに、僕を一生懸命笑わせようとしてくれて、自分も笑顔で気を使って不器用に、優しい人 なのに
なのになんで
「僕はなんであんなこと」
きっと自信がなかったんだ。
これからもスイが、自分の傍にいてくれるか。
あきれて、面倒になってしまうんじゃないかって。
急にいなくなってしまうんじゃないか。
自分が哀しい思いを、辛い思いをしなきゃならなくなるんじゃないのか。
そう思って
自分から、手を放していた。
あの、唯一差し伸べてくれた手を
そんな人の手を、自ら離してしまった。
ただ
自分が傷つきたくないがために。
離して いた。
また、アイにすがってしまった。
「我ながら女々しすぎるよ」
思わず自虐 的な笑みがこぼれる。
自分でも驚くほど、スイは心の支えになっていた。
一人だった自分の心に、光をともしてくれた。
屋上でスイが声をかけてくれた瞬間、レオの人生は少しだけ、輝いた。
『そうやって、ムリして笑う癖、なくしていいと思うけど』
『俺とかこんなだけど結構普通に生きていけるよ』
そんな言葉を生きるのが難しそうな僕に気軽に言ってくれた。
不器用なりちゃんとした言葉をかけてくれた。
それが信じられないくらいうれしかったのに。
心が軽くなれたのに。
レオの考えはどんどん沈んでいく。
取り返しのつかないほど、一人で考えて
壊れる直前までいった瞬間
「おい」
「…」
救いの声が響いた。
レオは、上を向く。
そこには、ミロがいた。
レオはその瞬間眩しくて目を細める。
それは太陽のせいだったのか、それとも
「なんで…君が君は…確か」
「どうして、スイがいいんだ」
唐突な、ミロの一言。
意味が分からない 一言だった。
「一体お前は、なんであいつを友人にしたいと思ったんだ」
「何」
すべてを知っているかのように
淡々と話す少女。
「スイの、何がいい、自分を作ってぬり固めた自己満足野郎だろう、反吐が出る偽善者なのに」
レオは自分の心臓の音が、大きく鳴るのが分かった。
ミロは、レオの襟をつかんでいた。
力だけで倍の身長はあるかと思うほどのレオをを吊るす。
「っ…!」
「どうして、あれを選んだ?」
「どういう意味で」
何を言っているんだ、この少女は。
レオはそんな感情で、ミロに首を絞められ つつ見下ろす。
正直、首を絞められれている状態だと言うのに、恐ろしく哀しい、切ない感情でいっぱいだった。
「そのままの意味だ…」
その一言が、レオにとってのとどめのような一言だった。
「なぜ、あなたがそんなことを言う?」
「…」
ミロは、レオを見ている。
強い意志を持った目で。
レオを憐れむわけでも、怒っているわけでもない。
ただじっと見つめているだけ。
「あなたに何がわかる」
レオも、顔を上げミロの目を見る。
「わかるさ、あんな薄っぺらいやつのことくらい」
「すみませんからスイさんを貶す ような言葉はよしてくれませんか僕は貴方を殺してしまうかもしれない」
レオは怒鳴っていた。
先ほどとは違う
静かだけど
それは確実に、怒鳴り声だった。
「…………ふっ」
ミロは笑っていた。
レオをつかんでいた手も離す。
「はっ、けほっごっほ!」
手をはなされ自由になったレオは力が抜けその場に膝をつく。
息を整えてから、ミロを見つめた。
「優しいやつなんだな、おまえって」
「…」
「笑ってれば嫌われないとでも思ってるのか?大丈夫だお前が怒ったくらいじゃアイツは何も変わらないよ」
「……」
「自分が変われば楽に世界は輝くぞ」
急に話し出したミロ。
その言葉を聞き終えてからレオは素直に思った。
この人はスイさんの事をよく知ってる。
なぜだかそんな風に感じた。
呆然としたまま、ただみろの言葉だけが胸に入った。
話しからして二人の出会いはそう長くないはずだ。
でも、この天使のような少女はスイの事をよく分かっていた。
理解していた。
「そ、うですかね」
レオは笑う。
なんだか長い間抱えていた問題を解いた時のようなすがすがしい顔をしている。
そ してその表情のままミロに微笑む。
するとちょうど太陽がミロに重なって本当の天使のように見えた。
「そうだよ」
その天使は無邪気にレオをみる。
レオは思わずその無邪気なしぐさに頬を染めた。
「そうだといいんですけど」
レオは泣いていた。
自然に。
そしてレオは上を見上げて抛り出すように言葉を紡ぐ。
「スイさんが、純粋に好きなんです、大切な友達だし人間として尊敬もできる」
その時のレオの表情を見てミロは一瞬だけ固まって、言葉をつなぐ。
レオはだんだん深い泣き声になって嗚咽していく。
ミロはレオのその様子に無表情で相槌をす る。
「だから、スイさんがどう思ってようと側にいてほしい」
「それがお前の本心だな」
ミロは当然のことのように言う。
「安心しろ、お前は優しいやつだからきっとスイもお前が人間として好きだし尊敬してるよ」
「スイさんも」
「一緒だよ、ちゃんと意識して友だちになったやつほど同じこと考えてる者同士なんていない」
「…?」
「意識的な友達ほど信頼の置ける人間関係なんてないってことだよ」
ミロは優しく笑う。
そしてその様子にレオはなんだか泣きそうになった。
「そうです、よね」
レオは今まで誰かに教えてほしかた事を教えてもらえたような気がした。
「アイ様と、スイさんに話をしてきます」
もう何もかもわかったような顔をしていた。
先ほどまで泣いていた少年とは別人のように。
あとはただスイと話してお互いを分かり合うだけだった。
嫌われる、なんて、そんなわからないことを考えるのはやめよう。
もし嫌われたとして、そばにいられなくなっても、その時は、その時考えればいい。
友人と仲直りする方法なんて、その場その場で腐るほどある。
だいじょうぶ。
また一緒に笑いあえる。
でもただ一つ、レオという少年は、アイという青年の心の傷をなに一つ気が付いていなかった。
アイが、どれだけ苦しんで知るかなんて、
まだこのときは誰も知らなかった。
第二話 「ここにいてもいい理由」
終了