第一話 「運命の再会」
ある日崖から飛び降りた少年「水時スイ」は、目が覚めるといつもの見慣れた校舎にいた。そこで謎の少女「ミロ」に出会う。少女は自分をあの世の人間だといい「お前を生き返らせた」とスイに告げる。困惑するスイの前にはこの世のものとは思えない「死神」があらわれ、2人は命の危機に陥ってしまう。
『自殺するならすればいい、俺が助けてやるから』
例えば、あなたは目の前の人の死を救えますか?
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起った事を無かったことに
今まで経験した少しの時間を無かったことにしてきた。
そうやって、もうどれくらいの時が経っただろう。
もしかしたらそんなに長いわけじゃないのかもしれない。
でも
僕にとっては
ああ
もう僕は
早くここから
誰か
なにかが舞い降りた音がした。
水の上を何かが歩いているような、そんな音。
一人の少女は、手を伸ばす。
細くて白い腕。
何かをつかもうとしている一本の腕。
一人の少年は、静かに涙を流す。
目の前を見つめて。
助けを求めようとしないまま。
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「…」
ある一人の少年は"立ち入り禁止"と書かれた所をすり抜け、崖に立っていた。
断崖絶壁。
下を向くと分かりやすく荒れ狂う海が広がっていた。
そんな場所に少年は立っていた。
風も吹いている
髪がぼさぼさになってみすぼらしいことになりそうなくらいの強風。
そこで何をしようというのか。
答えはひとつしかない。
「―――――――」
少年は唐突になにかをつぶやき、崖の下にある、海へ足をなげだした。
前触れなく、ただ自然に。
そこで踏み出すことがさも当たり前であるかのように。
おい、落ち着け、と彼を止める声は聞こえない。
高さのある崖から飛び降りるという行為はとても勇気がいるはず。
だがその少年には、何のためらいも無いように思えた。
そう、思えただけかもしれないが。
真っ逆さま
静かに
少年は落ちてゆく
その瞬間
少年の刻は止まった。
普通時間なんて止まらない。
現実はそういうものだから。
でも、実際少年の周りだけ、一瞬。
ほんの一瞬止まったのだ。
そして声。
「もう死なせない」
その場に声が響いた。
急に頭に声が響いたのだ。
少女の。
きれいな少女の声。
声だけで人の姿は想像しにくい。
でも、
その声は透き通っていた。
そして少年は落ちていく
落ちていく
落ちていく
行き場のない深い海に。
真っ暗な闇に。自ら。
「…(もう、悲しい思いはしたくない)」
少年の意識は闇に飲まれた。
走馬灯すら味わえないまま
頭から
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「……う…」
少年は目を覚ました。
少年の名前は水時スイ、高校生。
スイ、という少し変わった名前。
顔は少女のように整った顔立ち。
人に見た眼を自己紹介されるときは必ず「綺麗だね」と言われるほど。
それに白い肌に折れそうなほど繊細な体をしている。
スイはそばにあった机に手をかけて立ち上がる。
どうやら学校らしい。
しかも見覚えがある。
見慣れた黒板に座り慣れた椅子、机。
スイが通っている青もみじ高校の教室だった。
「なんで」
スイは何が起こったか理解できずに立ち尽くす。
こんな場所に来た記憶はない。
だめだ、完全に記憶を失ってる。
理解できない。
呆然としつつ見慣れた辺りを見渡し日の落ちた窓辺をじっと見つめた。
とにかく家へ帰らねば。
スイが思いついた事はまずそれだった。
「………い゛っ!」
突然後ろから頭になにかが当たった。
「…」
コロンと何か硬いものが床に落ちる音がした。
痛い。
そこまで鋭くないにしろ、強度のある何かが後頭部にぶつかったことでスイの意識は少しだけ恐怖の混じったものになる。
不審者?犯罪者?
冷静に背後にいるだろう何かを確認するために振り向くスイ。
するとそこにはなぜか猫がいた。
真っ黒の。
暗闇でも輝く美しい黒猫がいた
「…かわいい~」
その場にそぐわないほおけた声を吐きながら、スイは目の前の動物につい声をかけてしまう。
ひょこひょこと動く耳を愛らしいなと思いながらそのクロネコを見つめた。
すると、瞬間、
ふと手の中に何か感触があった。
そして手をひらいて見入ると手の中にはなにか黒いものがにぎられている。
「…?」
じっと手の中のものを見てみる。
それはキューブ形の物質で、先ほどスイの後頭部にぶつかったソレだった。
違和感のかたまりなそれを見つめる。
スイは一瞬「俺、チョコなんて握ってたっけ?」と考えたしいつからそれが手の中にあったのかも感覚がない。
そしてその物体に見覚えがないことをしっかり確認したうえで、何故か捨てようとした。
するとその考えに返答されるように声が返ってくる。
「すてるな」
「…え」
そこからともなく聞こえた声にスイはとっさにそのキューブを握った。
声。
少女の声だ。
幼さを感じるその甘い声にスイは辺りを見回して人影を探した。
どこにも人影はない。
一体どこから。
「…捨てるな、と言われても」
姿の見えないその声に話しかけてみる。
返答は少し間抜けだった。
ふっ、という笑い声がする。
そしてその言葉を発しているのは目の前にいた黒猫だという事に気づいた瞬間、思わず後ろに慄いてしまった。
急展開に頭が少し混乱しだす。
パニックだ、今の声はどう聞いても目の前の黒猫から聞こえてきたぞ。
「聞こえるか?」
スイはわかりやすく目を丸くした。
ネコが話している。
漫画の中ではよく黒猫が話しているが、実際にいると結構気色悪いと思う。
もしかしたらこれは夢のなのかもしれないとスイがちゃんと考え出したとき、黒猫は歩き出した。
スイの目の前までくると頭を下げまるで「なでてくれ」と言わんばかりの姿勢をしている。
そんな風に甘えられてはやぶさかじゃない。
スイが猫の肌に触れようとした瞬間、また声が聞こえた。
「こい」
黒猫は突然姿勢を戻したかと思うと瞬時に廊下へ飛び出し駆け抜けていった。
小柄で俊敏な動き。
さすが。
「ま・・」
つられるようにして立ち上がり姿を追いかける。
なぜ追いかけるのか。
ふとそんな風に自分を不思議に思いながらもスイは廊下をけった。
そういえば今までこんなふうにこの廊下を駆け抜けたことは無かった、そんなふうに思った。
それに、
スイはこの状況をちゃんと理解する事を早くもあきらめかけていた。
もともとどちらかというと現実主義者。
目で見て想像できることしか信じないタイプのスイはこのイレギュラーにずっと押し流されていた。
足がもつれそうになってきたところで、かすかに見える黒猫の後姿がとある部屋に入っていくのが見えた。
「・・・?」
そこは校長室だった。
高校へ入学してから場所さえうつろにしか把握してないそこは足を踏みい入れるには少しだけ勇気が必要だった。
勇気を出して姿を追う。
扉を開けたそこには
「やっと来たか」
少女がいた。
「誰」
1人の少女がそこにいた。
言葉で表すと白い少女だった
服装も
肌も
髪も
何もかもが真っ白だった。
「……」
スイは少し後ずさりする。
もともと人見知りだった。
相手が猫ならまだしも、この状況で一人の人間と対峙するのはかなりの勇気がいる。
それに女子だ。
こんな時間のこんな場所にいる女子が一体何を言い出すかわかったものじゃない。
それに
心なしか目の奥が熱い気がしていた。
それは全く別の感覚。
じんわりと、少女の姿を目に移すだけで心の中が動揺していた。
「逃げなくてもいいだろう?」
少女は長い髪をローブでまとめ凛とした服装で立っている。
鋭い眼光がスイをつらぬいた。
「せっかく私が生き返らせてやったんだから」
「…」
聞こえた声は先ほど猫から聞こえた声と同じだった。
この子の声だったのか。
「体調はどうだ?」
生き返らせてやったとは一体何だろう。
目の前の少女は、何を言っているのかわからない。
本気なのか冗談なのか。
混乱するスイに少女は追い打ちをかけた。
「お前は、さっき死んだんだ、分かる?」
「自己紹介からしませんか」
「何をいってるんだお前」
「…」
確かに少し唐突すぎたかもしれない。
少女は、少しため息をつきそばの椅子に座る。
スイも少し直球すぎたか、と反省する。
状況は悪いなと、スイは頭をかかえた。
「お前の名前は、水時スイ、17歳、生きてる人間だ」
「え」
急に告げられた自分の個人情報に流石に動揺してスイはまた慄く。
俺にストーカーなんていた?
そんな少し曲がった思考が頭をめぐった。
「家族は、いなくて一人暮らし。友達は少なく、孤独。」
少女は、語る。
というか、孤独って。
「なんでそんな」
「俺様は、ミロ・クロノアだ。」
自己紹介終了のお知らせ。
多分今彼女は名前を教えてくれたんだと思う。
ただ、その前後があまりにも不思議で何も頭に入ってこなかったというのが素直な感想だった。
「何が言いたいかというと時間がないから単刀直入だけ言わせてもらう、お前は1度死んだ」
美しい少女はどこか不思議な喋り方でスイに告げた。
時間がないとは一体何のことだろう。
この後何か予定でも?
「…俺人間です」
「うむ、お前が人間だという事は知っているぞ」
「いやほんとその通りで」
「それに加えて今お前は【アンダンテ】になった」
「アンダンテ?」
リズミカルに交し合うその会話は、よくよく見れば言葉のドッチボールでしかない。
ミロと名乗る少女が発したアンダンテとは一体何のことだろう。
確か何かの授業で聞いたことがあるような気がする。
おそらく少女が言いたいのはそう言う意味ではないんだろうけど。
「むつかしい話をしていますね」
「知らないことを知るのは時間がかかると思うが、これはお前にとっては重要な話のはずだ」
「なるほど、いや聞きますよ全然」
スイは特に遮る気にもなれず初対面の相手と話すテンションで言葉を返した。
とりあえず話を聞いてから考えてみよう、というのが礼儀だと思うからだ。
だけど
次の瞬間、目の前の少女に投げ飛ばされる。
物理的に。
「っ!………ぐっ」
スイはソファーに投げ飛ばされていた。
意識が少し飛ぶ。
柔らかい。
さすが校長のソファー。
「っ…え……え?」
状況が理解できない。
なんで俺いま空飛んだ?
目の前が1回転した経験なんて初めてでスイは空いた口がふさがらなかった。
とにかく一旦落ち着こうと目をつぶる。
すこし、後頭部がいたい。
受け身の取り方なんて知らないし直に着地の衝撃を受けたどんくさい人間だ。
「なに?」
「人間は事実と現実とリンクさせて理解しようとする節があるからな、こうやって実力行使がいいと思ったんだ」
「…なに????」
また間抜けな返事をしてしまう。
コキコキと手首を鳴らす少女にスイはただ呆然とすることしかできなかった。
「か弱い外見の少女からこれだけの怪力が発生した、それだけで非現実的だと思う。でもきっとこの世界のどこかには世界一のマッチョで非力な青年や老齢の身体で車を持ち上げる老婆だっているかも知れない。いいたい事わかる?」
「…」
スイは両手でバツというポーズをして見せる。
まぁ、それぐらいの余裕はあると言う事だ。
「お前が死んで生き返った事が、事実だと言いたいんだ」
「いやべつに今のとそれとあんまり関係ないような」
「お前は今、それが事実だとして俺にどうしろ?とでも思っているだろう」
「…うーん、多少?」
「いきなり投げつけたことは謝る、済まない」
「まぁこれで後頭部禿げたら恨むかも」
ミロはとりあえずソファーに座りなおす。
つられてスもその正面に立ち話し出した。
「まぁ、手っ取り早く言えば、お前は人ならざる者になっちゃったわけだ」
徐々に会話がドッジボールから卓球に変わってきた。
「この話は、お前の運命だと思って聞いてくれ」
運命だなんて
いや、でも
その言葉が一番今の少年少女には当てはまっていたかもしれない。
この小さな少女は、世界よりもスイにとって大きな存在になっていく。
すべて決まっていたことのように。
「現実は死んだ人間が生き返るなんて、そんな反則は起きないだろ?」
「うーん」
「私はそれをやってのけてしまったわけであってだな」
「…」
「お前はいわゆる犯罪者だ」
「え???」
スイは清廉潔白な自分の過去を思いだしてまた慄いてしまった。
「この犯罪者の総称が先ほども言ったがアンダンテという存在なんだ」
「なんで僕が犯罪者」
「起きてしまったことはやり直せない、だから殺される前に私と逃げよう」
「なにが、なんだか」
「俺様と一緒に行動するだけでいいんだ、それだけで十分お前は身を守ることができる」
「…ストップ」
「ん」
スイはミロの顔の前に手を出す。
話すのをいったん止めろという意味でスイはその仕草をした。
ミロは少し驚いたように息をのむ。
「分かりやすく」
「…」
「待ってやるからきちんとまとめて」
「……」
なぜか強めの口調になってしまったスイはミロの目を見ながらそう言った。
正直この怪力少女になにかされてはたまらんと思い強めに出たのかもしれない。
すると以外にこの少女は妹気質のようだった。
素直にスイの言葉を受け入れたのか落ち着いて次の言葉を切り出し始めた。
「……あのな私は、クロノアというところから来たのだ」
「…国?」
「厳密には違う、この現実世界とは違う死んだ人間が向かう場所のことをクロノアという」
「…それって、けっこうおれを生き返らせたとかそういう話にかかわってくる?」
「うぬ」
「…じゃあ聞く、続けて」
「…」
ミロはなんだかくすぐったそうにスイの優しい言葉を聞き流した。
「クロノアは死んだ人間を平等に受け入れる場所なんだ、異次元だから生きてるときはろくに感じることすらできない世界なんだ」
「…ん、うん」
「ただ、そこは善人だけが集まるわけじゃない、だから罪を犯した罪人も平等に配布される世界で…そこで政治をしているのが【モデラート】という組織なんだ」
「そろそろ分かりやすく混乱してきた」
「それで、その長い政治の中で…、現実世界にいるまま死後の世界に影響を及ぼす罪人がいるんだ、その存在を【アンダンテ】と呼んでいる」
「…なるほど~、分からない」
「ちなみに私もモデラートの一員だ」
「…」
「まあそこはいい、お前が気にすることじゃない」
「うーん」
「…理解してくれたのか?」
「あ、まぁうん」
スイは何気なく答えたつもりだった。
だけどその言葉にミロは随分と気の抜けたような表情になる。
なんだかんだ話を信じてもらえて安心したらしい。
そして次の瞬間には泣きそうな顔になっていた
「え」
「スイ」
「は、い、えっ、泣くなよ何でそんなかおに」
「…なんで」
「えっ」
「……なんで…」
そうスイが心配の言葉を発しようをした瞬間だった。
「ッ」
そして始まりの鐘が鳴り響く。
誰も望んでいない、そんな鐘の音だった。
突然に爆風が起きた。
何が起こったのか理解できていない。
「……っ」
スイは咄嗟に閉じた目を開けた。
するとそこには目の前で仁王立ちしているミロがいた。
動かない。
「ミロ」
名前で呼んでみた。
辺りは煙が舞ってよく見えない。
こころなしかなにか生臭い匂いがした。
すると瞬間
「…え」
突然ミロが二つになった。
それは物理的な意味であり、体が真っ二つに割れていたのだ。
へそのあたりで切れたそれは死んだような上半身が、なんとか下半身にのっている状態。
どんどん血が滴っている。
生臭いにおいの正体がわかった瞬間がスイの鼻はまがりそうになった。
「な、え、え」
どんな表情をしていいかわからない。
一体何が起こった。
驚けばいいのか。
叫べばいいのか。
泣けばいいのか。
スイはずるりとおちるミロの上半身を受け止める。
それはまだ生温かくて血が滴っている。
断面からは血と同時に内臓たちが零れ落ちそうになっていて。
辺りはどんどん血だまりに染まっていた。
生臭い。
スイは髪で見えないミロの表情を見るために髪をよけて覗き込む。
「……おーい」
「…」
「…ミロさん、?」
「…」
「おい」
スイは思わず頬を叩いた。
自分の。
「ゆめじゃない?」
頬がミロの血で汚れて少し痛い。
確かな感触がそこにあった。
血が
止まらない。
「……どうするべき、これは」
スイが流石に絶望しそうになった瞬間
「なに自分で自分を叩いてるのだ」
「は」
後ろからした声に反応し咄嗟に後ろを振り向く。
スイは思いのほか震えていた体から力を抜かせ、その場にぺたりと座り込んだ。
そこにはミロがいた。
真っ二つにされたはずの少女。
五体満足の様子でそこにミロは立っていた。
「私はここだ。」
ふと今の今まで腕の中にいた少女の上半身はいなくなっていた。
というか消えている。
あの生暖かい肌の感触、したたる血、生臭い鉄のにおい。
何もかも消えていた。
「は…」
もう驚いてしまい声も出なかった。
さっきまで自分が抱えていた少女の体が消えてしまったのだ。
いやそれ以前に、彼女が死んでいない。
今目の前で死んだ彼女は一体。
生き返った?
「状況を説明し…」
「よそ見をするなスイ」
「は」
「死神だ」
煙が晴れて見えてきた黒い「それ」。
「それ」はただの黒い「塊」だった。
ゴム質の巨大なふうせんにも似たそれ。
かろうじて顔にも似た白い仮面が付いているが鼻も口もない。
ただあるのは長細い無数に伸びた腕だけだった。
どこかマスコットじみているのに気色が悪い。
あきらかにこの世のものではないような気がした。
「俺を殺そうとしてるわけですか」
「そうだ」
「…」
「あれは下っ端だ、だがお前が相手にするとお前は本当に死ぬ」
そこには部屋を埋め尽くすほどの死神がいた。
じゃあもう無理なのでは。
そう言葉が漏れそうになった。
「…うーぬ」
場にそぐわぬゆるいため息が聞こえた。
ミロが姿勢を整えている。
そして手を背中に回して何かを掴む仕草をした。
もちろんミロの背中にはなにも背負っていない。
しかしその次の瞬間、それはミロの手の中にあった。
「……え」
ミロの両手には身の丈ほどもある大剣が握られていた。
どう考えても少女が持てるような大きさじゃない。
その時代に似合わない大きな大剣を少女は肩において笑う。
「かっこいい?」
「…なんとも」
「お前も持ってるぞ」
「えっ」
さすがにちょっと反応。
その大剣をですか?
スイはもちろん手ぶらだた。
「これには名前があってシューと呼んでる」
そう言ってミロは右手に力を込める。
いつの間にかミロの右手からリボン状の縄が伸びていた。
そしてそのひもはその場にいた死神をすべてとらえている。
「いつの間に」
「敵を前に何もせず喋ってられない…が、さすがにこの数はきつい」
「え、それってヤバ…」
スイが言いきる前にミロは大剣を振りかざす。
スイは何が起きるのかと身構えてミロを見上げた。
不意に目が合う。
たくましい目だった。
「スイ!目閉じろ!!」
「いえっさ!!」
スイはとっさに両手で両目を覆った。
同時に再び爆風がおこった。
スイはなんとか飛ばされないよう手に当たったソファーにしがみつく。
目を開けないようにその生暖かい風を耐えてうずくまる。
ミロは、一体。
「っ…」
「…いいぞ、スイ」
「……っふ」
目を開けたそこにはミロがいた。
どうやらスイをかばうような形で立ってくれていたようで。
おかげで周囲の散乱とは打って変わり水には汚れ一つ付いていなかった。
そしてそこには煙と死神らしき何かの残骸があった。
ゴム質の黒い何かから粘着質な体液らしきものが垂れたそれ。
そんな不気味なものがそこらかしこに散らばっている。
「言っただろう、私といれば大丈夫だ」
俺にどうしろというんだ。
ただ呆然と今起こったすべての出来事を反復して、それでも事実を飲み込めないままスイは息を吐いた。
「そうだ、スイ」
何事もなかったかのように頬に死神の体液をつけたままスイのほうに微笑むミロ。
いよいよ逃げられないのかもしれない。
「お前、私みたいな武器だしたいだろ?」
「べ、べつに」
正直それどころではないので素直に総伝えると、話を聞いていないかのようなミロがニコニコと笑った。
可愛らしい少女だな、と思った。
「さっきお前チョコレートみたいなのひろったろ?」
「…食べろとでも?」
「ご名答」
「いえっさ」
半分諦めて聞いたそれに肯定され、スイも笑った。
いつのまにかポケットに入っていたそれを口に運ぶ。
「…ん、あれ、これ甘くない…」
味の感想を述べようとした瞬間
「お」
思わず声が上ずる。
スイの体にベルトがまかれそこに細く研ぎ澄まされた日本刀が刺さっていた。
長く美しい形。
「か、かっけ…」
スイは思わずテンションが上がる。
重さは感じない。
ただ、そこにあるという実感。
「に…日本刀、て」
「ほう、始めてみるタイプのものだな」
ミロは珍しそうに刀を見た。
珍しいもなにも君が背負っているそれもなかなかな。
スイはそんな感想を飲み込んで刀を見た。
「さ、触っていいのか、これ」
「そりゃお前のだしな」
「…」
おれの。
スイは恐る恐る腰にある刀を手に取る。
そしてそのまま抜き取り構えのポーズをして思わずした唇をかんだ。
そうしないと顔が緩んでしまいそうだったからだ。
「か、っけぇ」
「それはよかったな」
ミロはそんなスイの様子を見て子供だなと思う。
ほころぶ顔にあどけなさがあった。
「お前にも人並に感情はあったんだな」
「なに?」
「名前とか決めないのか?」
「えっ、いやいいよ」
「ちなみに多分その刀で切ったものは時間を変えられるぞ、今のお前には多少が限界だろうけどな」
「え」
「ん?別に驚くことじゃないだろ」
「驚く以外どうしろって…」
「お前の名前は何だ?」
「…」
「水時スイ、ほら、ちゃんと名前に時って文字が入ってる」
「そんな理由か」
「名字は偉大な意味が込められているもんだ、いいじゃないか、時を操る刀」
「…はぁ」
それが事実ならそれは実に有意義な。
苦労なんてする必要ないまま生きることができるじゃないか。
「まぁその動かす時間分ちゃんと切斬らなきゃいけないから、生きてる人間相手だと生死にかかわるかもしれんがな」
「…まじそれは使えない力ですね」
スイはどうせそんなこったろうと思い刀を見つめる。
実際、こうしてファンタジー的なものが自分の手元にあることだけでも手一杯だった。
だけど刀ってなんかかっこいい。
いろいろ疑問にしなきゃいけないことはある。
どうしたらいいのかは、わからなかった。
「あ、そうだ、言い忘れたが」
「?」
「お前以外にもあの崖で飛び降りた奴が6人いるんだ」
「…お、お?」
残骸の残る校長室で急に口を開いたミロは稀有なことを言った。
「だから仕方なくお前含め7人をアンダンテとしてしまったわけだが」
「してしまったって」
「そいつらを一刻も早く見つけないといけない」
「…どうして?」
「そいつらは何も知らないからだ」
「…あぁ」
スイはなんとなく理解する。
自分はミロという存在が事細かくはないけど説明してくれたおかげで今生きていられているのはスイも理解していた。
おそらく本当に命を狙われていて犯罪者で生き返っているんだと思う。
実感を、いやでも強制的に感じさせられてしまったわけで。
だけどそのほかの6人とやらは何も知らないという事になる。
つまりだ
「何も知らずに生きかえした奴らが死神に殺されていくのは後味悪いだろ」
「…人助けも考えて行なってください」
いい例だ。
自分の自己満足のために他人を救えばどうなるか。
まぁ、この少女は全く気にしていないようだが。
「だから、な」
「はい?」
「一緒に、住まないか」
「…こ、こくはく」
ミロはすくなからず申し訳そうな表情をしている。
スイは刀を手に少し考えた表情をする。
一緒に住むとは?
もう何を言われても驚かないと思っていたスイは今日一番の困惑に陥っている。
「あのな、私はこの世で行くところがないのだ」
「…はぁ」
「それに、もろもろは楽だぞ?最初から俺様はお前と住んでいたことにするし」
「何それ怖いな」
「…だめか?」
「え、別にいっすけど」
「…え」
そこで初めてミロの呆けた顔を見たような気がした。
「え、断った方がいい?」
「い、いや、いや、礼を言うありがとう、スイ」
「…」
ミロは花が咲いたように笑った。
スイはその笑顔から目をそらす。
今焦った、正直死神とやらより焦った。
今日この場で、
一体何が起こったのか。
少女がなぜスイの目の前にあらわれたとか、どうやってここに来たとか考えようと思えば時間が足りない。
でも
「…可愛いですね、笑うと」
少年の運命は、始まったばかり
これからまだまだ歯車たちはかみ合ってくる。
二人の出会いは
まさに運命だった。
第一話 「運命の再会」
終了