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不死身の亜人は眠らない  作者: 虎鼓
1章 不死の自覚
3/16

体の異変




(ッッッ!!?)

落下する際の風圧によって、声が出ないどころか風によってこじ開けられた口の中に我先にと風が入り込んできて呼吸さえも出来ない。


事故の直前よりも今の方が断然世界がスローに感じる。


事故の直前は理解と衝撃がほぼ同時だったからか、それとも今の落下が絶妙に長いからか…


落ちてゆく最中に、脳内ではまだ今ドラゴンが飛んできて俺をだとか。

突然光の翼が生えてだとか。


今の状況をわかっちゃいるけど、理解したくない。



ほんの十数秒ほどの時間が数分経ったように感じた頃、激しい衝撃と共にまたリアルの世界に意識は引き戻された。


落下した先には、大きな気が両手を広げてハルトを受け止めるようにして待ち構えている。木々の枝が折れる音となにか聞き覚えのある歪な音。


枝や木葉が体の至る所にぶつかる衝撃は飛び降りた場所の高さを物語るかのような凄まじいものだった。



それに体や木葉同士が擦れ合う音は、けたたましく当たり一面に響き渡った。



耳に飛び込んで来る音だけで頭の中がパンクしそうになりながらも、数秒の木々の演奏会はみるみる静かになっていく。



(し、死ぬかと思った…)



力なく木の根本に寄りかかり身体中の傷や流れ出る血を見てハルトは、まだ生きているんだ…と、ぼんやり認識した。



少しづつ体を動かしてみるが、特に体に大きな怪我も無く動けないことはなさそうだった。



だが、最初ここで目を覚ました時に似た息のしづらさは、意識しないと呼吸さえ出来ないと感じるほどの空気の重さに変わっていた。



まるで、透明な水を吸い上げているようだと感じるほどだった。

その息苦しさにしばらく歩きだそうとは思えなかった。



なんでこんな事になってんだ…


この世界に来てから上がり続けていたテンションもさすがにこの状況では、少し冷めたいつもの状態に落ち着いていた。


プロレスごっことかしてて、指が目に入ったりして一気に冷めるアレに似てるな…


木の枝で、擦り剥いたり切れた体の傷を見ながら

血を流したのなんかどれぐらい振りだろうか…と考えていた。



鼻血でさえ、もう何年前に流したか覚えてないし

喧嘩も中学生の時に、部活の先輩とした以来していない。


(ハァー…やっていけるのかな…そもそもここは一体どこなんだよ…)


《森:広大な森の底。極めて危険な生物も多い。》


(うっせーな、んなことはわかって…)

 起死回生、千載一遇な予感をその声はハルトの頭に運んできた。しかも、以前よりも森の情報を詳しくはなしてきた。


(ちょっと待って、今のところどうやって発動した?えぇーと、えっと…)


《スキル:興味の効果》


(スキル?興味?不明な言葉だが今はこれしか頼るものがないのは確かだし…興味に興味を発動してみるか…アホの子みたいだな俺)


《興味:興味のあるものに興味が湧く。》


興味の方が、アホの子だった。


色々な事を考え、色々してみたが《興味》の出来ることがあまりにも漠然とし過ぎてあまり役に立たない。しばらく休んでいたハルトの重い腰を上げさせたのは他でもない。魔物だった。



体長50センチほどの、まん丸でやたらと毛の生えた目が見え無い兎が目の前に居た。


一匹ならなんとかなりそうだと思ったが、目の前には5匹のグループが3隊もいる。




実は、争いを好まないこの森の癒し系生物だったり

道に迷った冒険者を目的の場所まで案内する安全な生物とか……



(えっと、こいつにきょう…)

そんな、淡い期待は威嚇の為か、それとも合図の為に放たれた咆哮と口の中に見えた鋭く尖った牙に打ち砕かれた。



一難去ってまた一難……


いや正確にはすでに、目の前に15以上の困難が待ち構えている。



ッハァー……

さて、また鬼ごっこやりますかー……



目線だけを軽く泥だらけになったスニーカーと靴紐に向けて、ゆっくりと立ち上がった。



お気に入りだった、グレーのパーカーは軍服顔負けのブラウンの土柄迷彩のように汚れて、

黒い作業服も今では綺麗なグラデーションのパンツに生まれ変わっている。




鬼ごっこの基本的なルールはそのままに、鬼が代わる代わる代わっていく新たな要素が追加された鬼ごっこは、正直生きた心地がしなかった。



それでも、数分から数時間の休憩を挟みつつ結構な距離を走り続けてきたがまだまだやれそうな気がする。



息苦しさも、4匹目の鬼だった巨大な蜂の軍団の頃にはいつもとあまり変わらないほどにまで回復していた。



ッフゥー…

今回も…なんとか…



この休憩も何回目の休憩で何匹と鬼ごっこをしたのかもわからない。



でも、背中に背負った仕事にしか使わない、愛着も無く紙とペンとお茶しか入っていなかった可愛いげもないリュックが

休憩の度に拾い集めた珍しい石や花、果実に骨や鱗と言ったものが、まるで子供のおもちゃ箱のように大事に所狭しと詰め込まれていた。




背中の宝箱は正直何度も捨てようか悩んだが、その一つ一つがその時のハルトの心を舞い上がらせた品々で、捨てるに捨てられなかった。



それに、ここまで宝物を捨てずにいられたのは最初の頃に比べて魔物が弱くなってきたと感じ始めたからだ。



一度も、どの魔物とも戦闘をした訳ではないが、『逃げる』事のみに集中すれば大して大変な事でも無くなってきている。



そんな、状況の変化が背中の重みに反比例して、ハルトの歩みを軽やかなものへと変えていく。




どんどん増えていく背中の宝物と非日常な出来事の連続に意識の外に追いやられて居たものが、難易度の低下により少しづつハルトの意識に干渉し始めた。




まず冷静に考えてみれば、当たり前のことであるはずの睡眠。



それを、ハルトは太陽が3回登ったにも関わらず行っていない。


普通に考えれば、鬼ごっこを3日寝ずに行えるはずもない。


それに、食事や水分補給もそうだ。


ジメジメとした、この森で汗か湿気か水飛沫によって顔や体は濡れているにも関わらず、1度もなにも飲んでいない。


食事に関しても途中で見つけたなんとも言えない色をした真っ青な林檎のような果実が一つのみだった。



その、林檎のようなものも味こそ大した事はなかったが、食べて数分も経てば体の中で血液が超高速で流れているのがわかる様な何とも言えない気持ち悪さを感じ、むやみやたらに知らない物を食べないと誓っていたからだ。



食事や水分や睡眠。



なにより、その時は好都合としか思えなかった、身体中の傷は兎との鬼ごっこの最中には跡形もなく消え去っていた。




「これが…俺の……力か……?」


「フ……フフフッ……フハハ……ハ?」



自己陶酔しきり主人公になりきって呟いていた台詞は、目の前の小さな村とそれに似合わない大きな教会を前に頭の中に並べられた台詞達はその出番を失う事になった。



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