8章 驟かれた理念
29階は厳かな雰囲気が漂っており、無駄に喋れるような雰囲気では無かった。
これが新入社員の感情なのか、と元社長ながら社員の気持ちを知ることが出来たような気がした。
総合会議室はそんな29階の中でも比較的大きな部屋であり、多くの警備員が配置されている。
やはり2人は警備員にとって不審に見えていたのだろう、彼女たちは警備員によって尋問を受けることとなった。
「お前たち、何で此処にいる?」
「総合会議室に来いと言われた、見かけによらず立派な来賓だぞ」
ユウゲンマガンはそんな警備員を一蹴するかのように追い払い、総合会議室を目指した。
当のレイラはやはり緊張感があったようで、重たい空気に飲みこまれながらもユウゲンマガンの背中について行った。やはり彼女を信頼していたのだろう。
そんな中、彼女たちは総合会議室と書かれた看板が貼られた部屋を見つけた。これまた厳かで、入るのにユウゲンマガンも多少の緊張を要したが、一気に扉を開けた。
「失礼します。今日は付き添いもいるがお許し願います、元社長としての立場は保証しますので」
「…レイラさんですか。なら構わないです、こちらにお座りください」
太陽の光が差し込み、暖かな部屋の中で2人の前に立つ人物は席を勧めた。
ユウゲンマガンとレイラは何処か落ち着かない気持ちで着席し、依頼主と面を向かい合わせた。
広々とした総合会議室の中は依頼主と彼女たち3人だけと虚しい。ユウゲンマガンは真剣な面を浮かべながら、考えに更けていた。
「依頼を引き受けてくださり、有難うございます。
―――私の名前はゼラディウス政府広報役員、十六夜咲夜と申します」
彼女から名刺を渡された2人は立席し、すかさず受け取っては懐に仕舞った。
レイラはぶっきらぼうに礼を言い、ユウゲンマガンは静かに、そして深々と頭を下げた。
そして再び着席した時、依頼人である政府広報の咲夜は本題を切り出して来た。
「……私たちはゼラディウスの治安を守る役職として、やはり多くの事象と直面します。
今回、ユウゲンマガンさんに依頼したのはルナチャイルド氏との信頼関係が硬い為です。事実、サニーミルク氏を中心として起こった独裁排斥運動はゼラディウスを変えました。
だからこそ、あの悲劇を起こさない為にも……今回は私を通じて頼ませて頂きました」
「……そういうことか。政府全体としての依頼を私に依頼するのか」
「はい。ユウゲンマガンさんなら信頼出来ますし、其れにレイラさんも一緒なら更に安心できます。
今回の依頼で求められてるのは実力もそうですが、「極秘ミッション」であることです。
私たちも正確な情報は掴めていませんが、地下に巨大なミサイル基地を発見したと下水道点検中に連絡がありまして。その職員曰く、カルト誌で見た紋章があったそうで。
……どちらにしろ、政府未公認の実験基地は危険と判断いたしましたので」
咲夜は判断に及んだ事実を淡々と述べ、ユウゲンマガンを納得させた。
政府未公認である今回のミサイル基地はやはり放っておけない存在であり、ルナチャイルドがそう判断するのは妥当であった。レイラは話される事象に深く入り込んでおり、何度も頷きを見せていた。
大きな総合会議室では咲夜の声が小さく木霊していた。
「……私もまだ公務員になったばかりなんで、こんな極秘事項を任されるとは思ってませんでした。
―――其れに、有名なユウゲンマガンさんとお話出来る機会を貰えて嬉しいです。
……話が逸れちゃいましたね。
今回のミッションの主な場所となるミサイル基地は、このビルとも繋がってる下水道から入れます。場所は分かり辛いかもしれませんが、地下下水処理場の近くにある第二地下澪標点へ行って下さい。
後は分かる、と発見者は仰ってましたので。分からない事があったら、電話して下さい。先程お渡しいたしました名刺に電話番号が記載されてますので」
「後は分かる、って少し大雑把ですね……」
レイラは心配していた。第一、薄暗い下水道の中では迷うこと必至で、説明が適当だと本当に外へ出られない怖れもあるからである。
計画的且つ合理的な彼女の考えに咲夜の説明は多少合わず、心配性の彼女は問おうとする。
しかし、まだアマチュアな公務員である咲夜がレイラの期待に応えてあげられることは難しい。
「私も説明が苦手な者なんで…。……そこからは詳しくは言えないです。秘密じゃなくて、単なる知識不足の観点です。……申し訳ありません、依頼させて貰わせてる立場なのに……」
「……しょうがない、実際に第二地下澪標点に行ってみるしかない。
―――爆破用の爆弾は無論、あるんだろうな?」
「あります。それはお任せください」
そう言うや、彼女は重たいスーツケースを机の上に広げた。
開けた中には1つの爆弾が律儀に仕舞われている。液晶画面が付いた、操作式の爆弾である。
風貌はダイナマイトに近く、塗られた赤色は爆発の派手さを想像させた。
咲夜はスーツケースごとユウゲンマガンに渡し、少し安堵していた。
「……応酬は用意してあります」
咲夜はもう1つのスーツケースを机の上で展開し、2人に中を見せた。
中は一万円札で一杯になっていた。何円あるのだろうか、元々大きなスーツケースを埋め尽くすように詰められたお札は彼女たちを呆然とさせた。
しかし、ユウゲンマガンはすぐに目が覚めた。金に囚われる、と言う人間の欲望さながらに心情を任せては何も働かないからである。因果律、及び平行した概念性を損なうと考えたのだ。
「……良い話でも悪い話でも無いね」
彼女は立ち上がるや、気を悪くしたかのように退室しようとした。
ユウゲンマガンは応酬で自分の身が駆られそうになったのであった。そんな自分を追い詰め、惨めな感情に自己を浸らせていた。空しく、悲しい話であった。
咲夜はそんな彼女の意図がよく分からないでいた。其れの理由を自分のアマチュアに決めつけ、無理やり疑問を押し込めた。席から立ちあがり、そんなユウゲンマガンに見送って。
「……敷衍した感情に身を揺さぶられていたら、自己が崩壊するような感覚に陥る。
―――驟く理念は天壤の理を以ってしても、結局は自身の不安を反芻させてるだけなのさ」
「ま、待ってくださいよ~!」
去りゆくユウゲンマガンを追いに、焦りを見せながら追いかけるレイラ。
彼女は爆弾が入ったスーツケースをすかさず持ち、そんなユウゲンマガンを追っていく。
広い総合会議室から2人が消え、再び静寂が舞い戻った。不思議な言葉を言い残して去っていった元社長に、咲夜には妄執が存在していた。
「俗世と乖離させた概念を語られても…私には分からないですよ……。
……でも、其れがユウゲンマガンさんにとっての、一つの理念なのかもしれないですね。
応酬を見せてしまった自分が悪かったです……」