7章 不穏な噂
エレベーターが開いた時、2人の前に現れたのは静まり返ったフロアであった。
天井では淋しく蛍光灯が灯っており、1つの黒い点が光の周りを飛び回っていた。
彼女たちは物侘しさが露呈される、ビジネスホテルの通路を、自分たちの泊まる部屋まで歩いた。
木目を基調とした扉の前、カギを持っていたレイラはそそくさと解錠し、ドアを開けた。
中は普通の部屋であり、奥にベッドが2つ並べられた形で置かれていた。
綺麗に掃除され、手入れが届いているのが見て一瞬で理解出来る。今までは安さを代償に汚れていた部屋で宿泊していたため、寧ろこういう部屋は新鮮味があったのだった。
ユウゲンマガンは疲弊し切ったのか、すぐに部屋の灯りを消してはベッドに潜り込んだ。買ったばかりのスーツ服は皺だらけになっており、レイラは其れを潔しとしなかった。
「すっ、スーツ服姿のまま寝るなんて駄目ですよ!!脱いでください!」
「面倒だからいい、私は寝る」
ユウゲンマガンはレイラの発言に聞く耳も持たず、そのまま布団で身を隠した。
既に部屋の電気が消されてることもあり、注意するのも疲れたレイラは、そんなだらしない元社長を尻目に、着替えてから就寝した。
部屋の窓からはゼラディウスの夜景が映え、大通りで多くの車が行き交う。そんな遠く、曾てのプロメテイア・エレクトロニクス本社程では無いが、高く聳え立つビル―――ゼラディウス国際シティセンタービルはまだ光に包まれていた。
◆◆◆
朝、ユウゲンマガンは1人でにホテルから出ては、近くのコンビニへと入った。
コンビニエンスストアでは多くの商品が取り扱われており、食べ物や日用雑貨は勿論のこと、雑誌類や新聞、挙句の果てには公共料金の支払いも出来るという、用意周到、施しに抜かりの無い存在であった。
彼女はそんなコンビニにフラフラと立ち寄っては、中の商品を見て回った。店内に掛けられた掛け時計の示す時間は午前8時、やはり通勤通学層で多くの客が出入りする。
そんな中、彼女は皺だらけのスーツ服を着用しながら、乱雑に置かれた雑誌を立ち読みしてみた。
適当に手取った雑誌はどうやらオカルト特集に重きを置いた、言わば都市伝説系の話を集めた雑誌だったが、彼女はいい加減に読み進めていく。
しかし、彼女はとある見出しを見つけた時に眼を疑った。其れは急に落雷に襲われたかのような、そんな気分であった。
―――極秘テロ組織、秘密結社フィオム。その全貌とは!?
……神の信託を受けたとされるリーダーを始めとした、極秘テロ組織であるとされている。
主にゼラディウスで暗躍してるとされ、行方知らずとなった迷宮入りの事件には基本的に関わっているとされている。中では政府と手を結んでると言う噂もあり、政府は何も公表していない。
何時フィオムが出来たかは明らかにされていないが、通説はサニーミルク氏の訃報報道がマスコミで広がってからとされている。
そもそもフィオムが存在するかどうかも最近は懸念されており、議論が絶えないとされている。
………秘密結社フィオム。
まさしく、彼女が受けた依頼の中に出ていた名前そのものであった。
厭に気が滅入ったような感覚に襲われ、ユウゲンマガンは投げ出すように其の雑誌を元の棚に戻した。
そして客の出入りの流れに身を任せ、そのままコンビニを後にした。その日は青空、天では太陽が燦爛と輝いていた。
「社長、早起きだったんですねー」
元気のいい声が通りに響くや、ユウゲンマガンはその声の主に気が付いた。
疲れ果てながらも、なんとか彼女の元まで走り切ってはゼェゼェと息を切らしていた。
ユウゲンマガンはそんな彼女に溜息を吐き、勘の良さを褒め讃えた。
「よく私が此処にいるって分かったな」
「ホテルから一番近いコンビニは此処でしたから。社長が行く場所って行ったら多分此処しか無いだろうなって思いまして」
「貪臭くてすまないな」
自身を卑下し、コンビニから去ろうとするユウゲンマガン。
レイラはそんな彼女にしつこくついて行く。腕時計では既に8時15分、約束の時間までは45分しか無いのであった。世俗の概念から突き放されたかのように、人の流れをモーセの十戒のように歩く。
実際はそうでは無かったが、レイラの視界では鮮明にそう映っていた。
◆◆◆
「……ゼラディウス国際シティセンタービルは、確か大型商業施設ゼラディウスシティに附属された高層ビルだったな。…どうも人の多さは慣れないが、行くしか無い。
―――どうせお前も来るんだろう、レイラ」
「そりゃあ、です!私も同行させて貰いますよ~」
「じゃあ私と同じ何でも屋を名乗れよ。お前の身分は私が保証してやるから」
ユウゲンマガンはレイラが来ることに若干違和感を感じていた。
それもそうだろう、今までは孤独で行動してきたのだから。しかし、孤独は実を結ぼうが結ばないが、現実に比喩された幻想を著しく羨んだ。羨望、たかが脳裏の一縷の希望とは言え、ユウゲンマガンにも喉から手が出るようなひもじい思いは経験してきたのだ。
「……社長、どうやって行くか決めてるんですか?」
「歩きだ。…タクシーなんて使ってられないぞ」
そう言うや、彼女は遠くに聳え立つビルを目指し、足を進めた。
そんな彼女を見失わないべく、レイラも渋々歩くことにした。
通勤通学の時間帯とあって、人は多く、人波に消えそうになる後ろ姿を彼女はずっと追い続けた。
◆◆◆
大型商業施設、ゼラディウスシティの大きさは広く、見渡す限りと言った感じであった。
横に広いゼラディウスシティの上にビルが建てられていると言った具合で、多くの家族連れが此の商業施設を訪れては買い物を楽しんでいるようであった。
しかしユウゲンマガンはゼラディウスシティには目もくれず、そのまま中へと入っていく。
中からビルへ直接繋がる連絡エレベーターがあるのだ。
デパ地下に雰囲気が似ており、多くのブランド店や老舗が集って客を呼んでいた。
そんな中、急ぎ足で駆け抜ける1人の女性と、その女性を追いかけるように小走りする存在は一風変わって捉えられていた。
良い臭いが鼻につき、ユウゲンマガンはまだ朝ご飯を食べて無い事に今更気づき、恥ずかしくなった。
「……そういやまだ飯、食べて無かったな」
「ならこれでも食べてください」
そう言ってレイラが取り出したのは、2個入りのカロリーメイトであった。
チョコ味のカロリーメイトの黄色い箱が鮮烈に彼女の視界に映り、ユウゲンマガンは其れを受け取るや、口に放り投げるようにして2個食べた。
口の中が渇くような感覚がするが、空腹は一気に解消され、彼女はレイラに空箱を投げ返した。
「……ありがとな」
「いえいえ。あっ、あのエレベーターですよね」
レイラはすかさず指を差し、ユウゲンマガンに問うた。
奥には商業施設の喧噪感から解脱したような、静寂に包まれたエレベーターが存在しており、ひっそりとしていた。ユウゲンマガンはレイラに頷いて見せると、エレベーターホールまで足を進めた。
幸い、彼女たちが来た時にはエレベーターが来ており、ボタンを押しただけですぐ乗る事が出来た。
「此処から29階まで一気に行く」
「分かってますよ、社長」