4章 約束の時
午後6時、彼女はセントラルパークの碑の前にいた。
人の多さは変わらず、行き来の波を遮るかのように彼女は佇んでいた。
夜も更け、辺りは綺麗に彩る光で溢れている。賑やかな声の中、彼女はどうも気が狂うようであった。
そんな中、1人のスーツ服の女性がユウゲンマガンの方へ向かって来ていた。
最初は朧々としていたが、近づくにつれて過去をふと思い出させるような、そんなような顔立ちを浮かべた人物との再会に、何処か懐かしみを覚えていた。
「……やっと会えましたね」
「―――私は何でも屋として頼まれただけだ」
彼女は強がって見せたが、レイラに頬を指で突かれるや、真情はバレていたことに気づき、恥ずかしくなった。その光景は、まるでカップルのようであった。
レイラは笑顔を浮かべ、頬を深紅にしているユウゲンマガンにちょっかいを入れた。
「な、何をするんだ」
「こうでもしないと、社長は私のことなんか忘れちゃいますから。
―――お腹、減ったでしょう。今日は私が奢ります。…逃げないでくださいね」
部下に叱られ、ユウゲンマガンは渋々と頷いて見せた。
追憶に囚われるのは今まで、レイラに出会うまでは寧ろ追われていたが、やっと其れが克服できたように彼女は感じた。
碑は冷たく其処にあり続け、人の流れは無常感を募らせていた。
「……逃げる必要性なんて無いさ」
◆◆◆
彼女はレイラに手を引っ張られるがまま、近くの牛丼屋に立ち寄った。
既に夜との事もあって、中は人が多かったが、席はまばらに開いていた。2席続けて空いている場所を見つけたレイラはさぞご機嫌良さそうに指さしてはユウゲンマガンを其処まで連れて行った。
連れられるがまま、ユウゲンマガンはそのまま着席してみせた。
「社長、どれがいいですか?」
「普通のをくれ。大きさは並でいい」
ユウゲンマガンはそうレイラに言うや、彼女は頷いて見せた。
中は段々と喧噪的な賑わいを見せるようになり、外では並んでる人も見受けられるようになった。夕食どき、何時もユウゲンマガンはコンビニの飯で簡単に済ませていたため、まともな食事は久方ぶりと言えるだろう。
所詮はファーストフード、2分足らずで運ばれた牛丼は冷凍から温めただけの感じも否めないが、温もりを感じるだけ有難いのかもしれない。
丼の上に乱雑に置かれた割り箸を割り、何も言わないまま彼女は食べ始めた。
「どうですか?美味しいですよね」
「……否定はしない」
「……素直じゃない所も、やっぱり社長ですよね。あはは。
―――じゃあ私も食べますよ。いただきまーす」
彼女は礼儀正しく、両手の掌を合わせては食事前の挨拶をした。
マナーがしっかりと守れているレイラを見ては、自分のモラルの無さが露呈されたかのように思えたが、別に気にする事でも気に留めることでも無かった。
割り箸で口まで運ばれた牛丼を静かに咀嚼してみると、何故か涙が出てきた。たかが牛同ごときで、と思ってしまうのが本音だが、やはり久々のご馳走に身体は素直であった。
「社長、どうしたんですか。涙出てますよ」
レイラは気が利いており、すぐにハンカチを取り出しては涙を拭う。
ユウゲンマガンは照れくさそうにしており、決して礼は言わなかった。それがユウゲンマガンらしさを示唆していたのだが。
食べてる間、2人は終始無言であった。人の店への出入りの流れがやがて本流となっていき、ユウゲンマガンもゆっくり食べている瑕疵は存在しなかった。
すぐに平らげると、彼女は席から立ちあがるや、自分の財布を取り出した。
「しゃ、社長。私が払いますから……」
「どうも奢って貰うのは身体が慣れないようでね」
そう言うや、レイラの分まで彼女は簡潔に支払いを済ませるや、先に店を出た。
そんな後ろ姿に、何処となく勇ましさを覚えながらも、レイラも遅れをとらじとすぐ食べ終えては彼女の後を追った。
夜、静まることも知らないゼラディウスの繁華街の中、ユウゲンマガンは何処となく考えに更けていた。
◆◆◆
「世界は非情さ。厭世観に満ちた、嘆きも悲しみも儚さと共に散っていくんだ。
―――考えた事があるか、レイラ。この世界は如何に儚さを思い知るか。天壤、源流は一縷の現実を作った。其れがこれだ」
ユウゲンマガンは血の付いた剣をレイラに見せた。
鞘から差し抜かれた、冷酷な長い刀身には血が付着しており、この剣を用いて何かしら行われたのは目に見えて良く分かることであった。
レイラは何でも屋としてユウゲンマガンがやってきたことに何かしらの畏怖を抱いた。
裏路地、大通りの喧噪さから打って変わって静まった中、ユウゲンマガンは再び語り始めた。
「鬱積から解き放たれたカタルシスなんて、結局は萬有から一時的に逃れるための逃避行に過ぎない。
残酷な話だろう。逃れられないのさ、この世界から。私はそう悟ったんだ」
彼女がそう話した時、剣は静かに鞘の中に納刀された。
悲観主義に囚われ、自らを嘆く。彼女は自己としての存在を、今一度確立させていたのだ。
それはサニーが生きていた頃とは齟齬を生じさせる、また別の存在として。
鈍い感覚に襲われつつあったレイラは、裏路地を静かに歩き始める背中を何も言わずに追った。
ゼラディウスも夜が更けつつあった。
そんな中、現実とまた別の現実の狭間にいた彼女は何処となく思いつめた顔を浮かべていた。