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3章 善意での人助け

投げ出すように料金を支払い、彼女はネットカフェから出た。

外は車の行き交いが激しく、クラクションが鳴り響くのも日常茶飯事、ゆっくりと影が棚引いて行く様相は午後のゆったりとした情景を静かに示唆していた。

大通りに沿った歩道を彼女は歩いて行く。午後6時に集まれと言われた以上、やはり行っておきたい場所はあった。と言うのも、今まで過ごしてきた服装はお世辞にも綺麗とは言えず、身だしなみ関連で何かしら服装の修辞をしておきたいのであった。


一応、ギリギリの生活を営んできたとは言え、貯金はしてあった。

煤けた長財布を懐から取り出して確認するや、ある程度のお金を持っていることを確認するや、全国にチェーン展開している、庶民向けの服屋に静かに入店した。


中は主婦層を始めとした、多くの客で溢れかえっている。

その中で薄汚れた服を纏った存在は視線のあまり当たらない位置に避難しつつ、曾ての部下との面会にふさわしい服装を試行錯誤しながらも捜していた。

彼女は全くと言う程、服のセンスは無い。残念なことに、仕事熱中派としてやって来た存在はスーツ服だけで充分だった。

私服を探すのは到底難易度が高く、脳味噌は既にオーバーヒートを起こす寸前であった。


「……もういいや、これにしよう」


彼女に服を選ぶことはやはり敵わなかったようであった。

1着の清楚なスーツ服を手取り、試着してみた。安っぽさは鼻につくが、買えることだけでも有難い話なのだ。彼女は静かに試着を終えるや、其れをレジへと持って行った。

彼女にとっては安くは無いが、仕方ない出費であろうか。

スーツが入れられた買い物袋を手渡されると、彼女は喧噪的な街の中へ足を踏み入れた。


◆◆◆


相も変わらず、車の往復は激しい。

大通りに沿った歩道を、早速かったスーツ服を着用しながら歩いてみると、これまた古懐かしい過去を思い出した。今はもう無い、とある会社で勤務していた過去である。

彼女を取り囲むかのように建ち並ぶビル街は窓ガラス一面で、太陽の光をこれでもかと言う程反射していた。近くにあるデパートでは多くの人が出入りし、屋上にあるピアガーデンではどんちゃん騒ぎが行われているようであった。


そんな「陽」の部分に隠れるように、彼女は歩道を歩いて見せた。

最早、過去なんて無い。あるのは波乱万丈な未来だけであった。


◆◆◆


彼女は行く宛もなく、静かに街中を歩いていた。

いつの間にか旧ゼラディウス工廠のある、綺麗な海の傍に来ては潮の匂いを嗅いでいた。

潮風が身体を靡いて行くのは心地よく、彼女自身は暫く考えに更けていた。


「……時間は、まだあるな」


安っぽい腕時計は、時間の猶予がまだあることを教えてくれた。

夕日は静かに沈んでいき、水平線の向こうに飲みこまれてゆく。

ユウゲンマガンは新品のスーツ服に充分潮の匂いを染みこませては、その時を待った。


しかし、彼女の鼓膜を唐突として震わせたのは予想だにしていなかった事象であった。

近くを歩いていた、それこそユウゲンマガンと同じような背丈の女性を狙った犯行であったのだ。

バックを無理やり持って行く男はサングラスをしており、裕に特定されない形であった。

そのまま女性を蹴とばし、そのまま走り去ってしまおうとしていたのだ。

彼女なりの善意、と言う物には反吐が出そうになるが、何でも屋として何度か戦っていたことに関しては戦闘は得意である。


蹴とばされた女性を見ると、何処か心苦しくなった。

幸い、息はしているようだがユウゲンマガンを静かに涙目で訴える様相は胸苦しい。


「……言われなくともやりますから」


彼女はそう言うや、「何でも屋」として、では無く、「一個人」として、正義を働いて見せようと思った。

現実、その正義と呼ぶものも真たる正義に相応しいのかどうか、それは定かでは無いが。


◆◆◆


彼は走っていた。

盗んだバックの中を乱雑に手で貪りながら、目当てであろう財布を懐に差し詰めて。

しかし、彼はそのまま逃げ切れる訳では無かった。後ろに気配を感じ、咄嗟に振り返るや、其処には長い剣を構えたスーツ服の女性が佇んでいたのだ。


「正義の執行、とでも自称させてくれ」


そう言われた時、彼は意識を失った……。


◆◆◆


蹴とばされた彼女が立ちあがった時、バックは全てを取り戻した状態で投げられた。

手元に帰ってきたバックに、ユウゲンマガンは目もくれずに立ち去ろうとした。

女性は助けてくれた事を瞬間的に察し、深々と、そして焦る事を覚えながらも頭を下げた。


「あっ、ありがとうございます!」


潔い声に、ユウゲンマガンは溜息を吐いた。

そして彼女の姿を見向きもしないまま、居心地が悪そうに背を向けては歩みを止めなかった。


「……礼なんて止めてくれ、鄙語ひごにしか聞こえないからな」


既に夕日は沈んでおり、約束の時間も近かった。

血の痕跡が海まで続いている。彼女は其れを見ては、唾を吐き捨てた。

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