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32章 殺戮への懺悔

『もしも真実と空想が入り混じっていたら、真実が何かなんて誰にも分からない』―――。

真実は我々を遥かに凌駕し、また空想も机上にさえ乘らない、見ず知らずの領域に達している。

人が人であるために、我々は何をすべきなのか。本当の真実を見抜けないのならば、我々は何故こうして生きているのだろうか。

人は死を懼れる。しかし、人は何時か死ぬ。虚偽の譫妄せんもうに襲われることに、我々は何の淘汰も無しに受け入れ、真実の緩徐な離反を許す。

終わりなき閃光を、我々は受けいれる―――。


右手には血に染まり、狂気の沙汰に満ちた深紅の剣。

左手には死を嘲笑い、燃え尽きる命の風前の灯火を無慈悲にかき消す拳銃。

蛍光灯の明かりの下、積み重なった死体の山はあちこちで造成され、慟哭も消えた。彼女はその光景を見て、自身の行動に公開をしなかった。

寧ろ、懺悔が至極恐ろしく感じたが為の、悍ましい破壊を行ったのだ。

そしてこの時、ゼラディウス中で暗躍していた宗教法人の、終焉を迎えたのである。それも、たった2人の人物によって。


其処には、悪魔が存在していた。

血の迸った形跡があちこちに垣間見え、口を引きつらせては笑う事に更ける、クローンのインジケーター。

此れが、閃光の与えた意思―――殺戮。殺害を最も崇高的なものとして。


「終わった」


「そのようですね」


通路の上、意地でも逃げようとした何人かの脳天を撃ち抜いた彼女は静まり返った空間を見渡しては安堵していた。

ユウゲンマガンは返り血に返り血を重ね、猟奇的な見た目をしながらも美しい装飾に囲繞いじょうされたサリエルの遺体を見据えた。

サリエルの顔は安らかで、頬は未だに紅く染まっている。其れはユウゲンマガンとは対照的に。

彼女は宗教徒たちが崇拝していた、サリエルの遺体の手を手に取った。

ひんやりと冷たい彼女の手。鮮烈な血を浴びて温かいユウゲンマガンとも、また相反的であった。


「……こいつがサリエル、か。俗の噂で聞くに、約4000年前に世界を救った英雄みたいで、な」


その時、彼女は何かを思い出し、心が酷く締め付けられるような痛みに襲われた。

其れは彼女が必死に思い描いていた何かと一致したかのような感情であった。其れも、貞操を捨てた彼女の哀れな慟哭のように。

瞬間、彼女の脳裏にかの懐かしい笑顔が浮かんだ。共に歩んだ、優しい科学者。あの懐かしい空気。

―――プロメテイア・エレクトロニクス社。今は亡き、かの会社で共に過ごした仲間。自分がこうなる前に、共に同じ時を経た"友"。

仄かに目頭が熱くなった。同時に、手に取っていた遺体も徐々に温かさを増してきた。


「……本心、お前って奴は良い奴なんだ」


朧げな眼界の中、棺の中の遺体は口を開いた。レイラは腰を抜かしていたが、彼女は不思議な事に何故か受け止められていた。

あやふやな道を征き、自分がどうすればいいのか見誤っていたように感づいた彼女は、迷っていたのだ。

本当の自分……今は亡き、本当の自分を演じる為に、此れで良かったのか、と後悔の意が生まれてきたのである。

彼女は分からなくなった。そして、目の前に存在していた英雄に、其れを問うた。


「……私が殺戮を行う事に正しいと思うか」


遺体は目を瞑ったまま、解を教えた。インジケーターでさえも分からない、その解を。


「……お前が『正しい』と思う事をやる事は正しい。お前が『間違っている』と思う事をやる事は間違っている。…それ以上もそれ以下も無い話だろう」


その時、彼女は何かを思い、思考した。

閃光がありとあらゆるネットワーク回路を辿り、自己を何度も謬錯に塗れた解を経ていきながら、遂に彼女は答えに達した。

今の自分がやるべき、正しい事を。彼女が彼女なりに思考し、考えに至った経緯を含め、解を導きだしたのである。


「―――私は…間違っていた」


彼女は遂に……自己の誤りを導いた。

目頭が更に熱くなる。クローンのインジケーターでありながら、自身の行いを見限ったのだ。

ゆっくりと彼女は棺から離れていく。英雄は再び口を開くことは無かった。この超常現象を見た2人は、何も口を開かなかった。

いや、其れは只の空耳なのかもしれない。だが、2人はしっかりと聞いた。その声を。


「……私は何処までも社長について行きます」


「―――ありがとう。そして、ごめんな」


2人は真っ暗闇の通路を抜けた先がやたら騒がしくなっているのを気づいた。

しかし、彼女たちは躊躇わない。足を歩めれば、其処にあったのは多くの武装した警察官たち、そして護衛に囲まれた大統領。

血まみれの2人を見た彼らは吐き気などを催していたが、果敢な攻めを崩さない。だが、2人は一切の抵抗をしなかった。

大統領は2人の様子を案じ、護衛に囲まれながらも2人に対して口を開く。豪く重々しそうに。


「……覚悟しなさい」


「―――今まで共に居たのに、今や正義面しやがって」


その時、周りからは不思議そうな声が上がったが、大統領は一切を跳ね除けた。

午後11時13分16秒、史上最大の猟奇殺人犯、ユウゲンマガンとレイラは逮捕された。

ゼラディウス中を震撼させ、恐怖に陥れ、政府のずぼらさを露呈させた、狂気に溢れた事件の首謀者は今、手錠をかけられたのだ。


「……これでいいんですね、社長」


「ああ、これでいいんだ。其れを、"アイツ"は教えてくれたからな」


◆◆◆


「史上最大の猟奇殺人鬼、ユウゲンマガン容疑者とレイラ容疑者が、ゼラディウス高速臨海鉄道の車両基地で逮捕されました。

2人はかのゼラディウス二番街断水事件やゼラディウス国際フォーラム爆破、そしてゼラディウス刑務所火災を引き起こし、政府の対応の甘さを露呈させた人物と言えます。

今、2人はセグメント刑務所内に収監されており、2人の裁判は既に行われ、判決は2人とも共に死刑との事です。

ユウゲンマガン容疑者は元々プロメテイア・エレクトロニクス社の社長を務めており、レイラ容疑者もまたエレクトロニクス社の社員であった模様です。

2人は容疑を認めており、ユウゲンマガン容疑者は『閃光に終わりは無い』と、またレイラ容疑者は『未練はありません』と供述しました」


開くる日の朝、太陽は天高く昇る。

テレビの中のニュースキャスターは淡々と2人の逮捕を伝えている。

そして2人は遂に死刑に処された。2人はそのまま着替えさせられ、縄で括った輪の中に頭を入れた。

薄暗い部屋の中、2人は下を俯いたままであった。そして、時が満ちた。その瞬間、2人の目の前は真っ白になった―――。

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