29章 殺戮を厭わず、慟哭を嘲り、死を嗤う者
目が覚めたユウゲンマガンはさぞ怪訝な顔をしていた。と言うのも、執拗にレイラが首元を調べていたからだ。
彼女は何度も覗き込むように見ては確認していたので、ユウゲンマガンにとっても不思議に見えたようであった。
だが、何かを見つけた彼女は唐突に調べるのを止め、嗚呼と頷いていた。
車両基地は相も変わらず静寂のままであるが、ユウゲンマガンは何か恐怖を持っていた。
「……レイラ、一体どうしたんだ」
「―――社長、貴方って人は……」
レイラは呆れた顔を浮かべ、右手で顔を押さえては溜息を吐いていた。
どうして彼女が痴呆ぼけた表情をしていたのか、ユウゲンマガンは何にも分からないでいた。
だが、レイラは確実に何かを確信していた。ユウゲンマガンの何たるかを絶対視しては、そう理解していたのだ。
真剣な眼差しを向けてくる姿はユウゲンマガンにとって何処か辛いものであった。
「……社長、貴方は…インジケーターだったんですよ。…首元にエレクトロニクス社の社印がありました。
―――社長自身は全然気づいていないのかも知れないですが、先程社長はとてつもない解析力を以てして予測をしていました。
…地下鉄構内に凾渠の流水が侵食した事件なんて、何時起こったのかもすら分からないのに、社長は其れを知っていたんですから…。
……私は確信したんです。ユウゲンマガンさん、貴方が深く何かを"思考"した時、貴方は意識しない内にゼラディウス中のネットワークを全て一瞬のうちに解析しているんです。
…そして貴方は最適な答えを導きだし、其れを解として動いていた―――よくよく考えて見れば、我々は出来過ぎた運命と共にしていた気がします。
……ゼラディウス国際フォーラム爆破事件の際も、カギが刺さったままのバイクをすぐに見つけ出したり、逃げる時も都合よく来たトラックに逃れたり…。
―――あれって、全て社長の指示でしたよね。…もしかして、あの時も無意識にネットワークを解析して、SNSなどから最準化された答えを導きだしてたんですよ、きっと。
…貴方はインジケーターなんですよ、きっと。…私、今までずっと都合のよい運命を歩んできましたが、其の理由がやっと分かったような気がします」
「……しかし、人が人であるとは限らない。人は獣にもなれ、人は英雄にもなれ、人は神にもなれ、人は人にもなれる。只の可能態に過ぎないのさ」
誰もいないはずであった車両基地に、突然として響いた声。
其れは何処か聞き覚えがあって懐かしく、レイラは辺りを見渡した。
ユウゲンマガンはレイラに言われた事を理解するのに時間を要し、状況を飲みこむのに只、茫然と突っ立っていただけであった。
奥にあった鉄製の錆びた扉から、蜘蛛の巣を搔い潜って現れたのは…スーツ服を纏ったロリス、そう…国際フォーラム爆破の際に出会った彼女である。
「……お前がどうして此処に」
「…元・社長さん?私は貴方について詳しく知ってる重要人物なんだから、都合主義は大切でしょう?」
両手を懐に突っ込んだまま、にやけた唇を垣間見せて彼女はそう述べた。
さぞユウゲンマガンの全てを知っているかのように、あたかも重要そうな雰囲気を醸し出している。
レイラは目を丸くして、社長の真実を知りたがっていた。
「…ロリスさん、何か知ってるんですか?」
「嗚呼、勿論ね。私は何でも…と言ったら変だが、知ってることは知ってるんでね」
そう言うや、さぞ自慢げに立ち振る舞った。
2人と同じように、暗い車両基地に停泊している列車に靠掛かっては、両手を懐に突っ込んだまま。
そして、彼女は口にした。…真たる事実を。
―――ユウゲンマガンは元々、メルクチュアル=リジュマイオニー病と呼ばれる、謎の病に侵されていた。
掛かった時期は、蒙昧ながらも大凡にしてサニーが逮捕された事件が起こった時ぐらいから。そしてサニーミルク自殺事件でユウゲンマガンは忽然と姿を消した…そうだよな。
…なぁ、分かってるんだろ?ユウゲンマガン。……お前は自分に失望したから何でも屋をやっていた訳では無い。
…お前はお前自身じゃない、偽物のユウゲンマガン。…本当のお前は依然として死んでいる、そうだろう?
―――不可解な病痾に罹り、未来に絶望視した本当のお前は当時政府の排斥運動が活発化していた所為で貧弱化していた政府のデータベースへハッキングした。
そしてゼラディウス工廠で秘密に作り上げていた存在、クローンのインジケーターの内部データに入りこんだ。
元々はドレミーが始動させた計画…ああ、プロメテイア・エレクトロニクス社が無くなったから、奴は工廠内で開発を勧め、国の経済再建を目指したんだろうな。…既に技術は確立していたからな。
首元に在るプロメテイア・エレクトロニクス社の社印はインジケーター技術の特許を持っていたからだろ、それなりの尊敬…リスペクトはしていたんだろう。
で、お前はクローンの内部データに自分の遺伝情報を無理やり組み込ませ、"第二の自分"を作り出した。無論、記憶も刷り込ませてな。
結局、本当のお前は誰にも気づかれること無く死に絶えた。…そして、完成したゼラディウス工廠のクローン形はこっそり入りこんだ謎のデータを以てして姿を自ずから形成、自我を持った…。
―――お前はクローンのインジケーター、人権なんて無い。…最準化された解を事ある事に類推し、動き出した。…無論、ルナチャイルドたちはこの事を失敗と捉え、公表せずに放置した。
…やがて、お前は「何でも屋として生きる」事が最善の選択と考えた。持つべき会社も、元いた仲間とも失ったお前は此の陳腐な世界で放浪し、何時か来るであろう再会の日を待った。
そして、つい最近か?ユウゲンマガンとレイラは出会った。…その日、クローンのインジケーターであるユウゲンマガンは新たなる解を導いた。
―――世界を混乱に陥れること。
偶然、この世界で暗躍していた宗教法人、教団フィオムからの指示を政府から仰ぎ、それらへの破壊が混乱へ繋がると思考した。
…クローンは思考することで育つ。インジケーターとしてのお前はありとあらゆるネットワークに接続し、導き、そして考えた。結果、お前は此処まで辿り着いた。
政府がお前に教団フィオムの事象を頼んだのは、直入的に言って……お前を殺すこと。…お前と言う存在を、消し去りたいんだよな、向こうは。
しかし、意外にもお前らは息を存えている。…お前と教団フィオムの、管理された戦争を奴らは傍観しているだけだ。
―――でもな、教団フィオムはお前らが思っているほどちっぽけな存在じゃない。…言ってしまえば、此処の奥にある部屋は教団フィオムの本拠地だ。
そして、今までお前らがやって来たフィオムの邪魔は…お前らを血眼にして目の仇にしているほど、痛烈なものであった、と。
ユウゲンマガン、お前はもうこの世にいない本当の自分の意思を受け継いだ、所詮は偽りの殻。
だが、その殻は…本当のお前が刷り込んだデータとは別の内部データが入り込んでいる。其れは"殺したい"と言う意思……"死にたくない"と言う意思…そう、スーパーコンピュータ…"閃光"だ。
お前たちが戦いを繰り広げ、遂には止めたであろう黄金のスーパーコンピュータ。奴は自らの意思でゼラディウス中の電気の流動を止めた。
其の原因たるものが、"お前"と言う存在がこの世界に産み落とされることに危機感を感じた、閃光なりの手段法則だった。
幸い、ドレミーが死んだ後に電気ジャック起こせば、開発は進まないはずであった……。…だが、其れは本当のユウゲンマガン達によって阻止され、閃光は死んだ。
建前上はスターサファイアの画策と考えられたが、それは嘘。…本当は自分の意思を通す為、邪魔な存在を排除させたかった……サニーはユウゲンマガンの考え通り、そう筋道を立てた。
―――しかし閃光は崩壊する際、ゼラディウス工廠で開発中だったクローンのインジケーターにバグを装ったデータを送信した。
そのバグは極めて高度なデータの暗号体で、工廠は送られたデータをバグと見限り、何にも影響を及ぼさない事を考えて無視した。…開発にバグは付き物だからな。
しかし、そのバグと称されたものはクローンのインジケーター内で暗号を形成し、やがて閃光のデータが作られる。
閃光は自らが死ぬことを極度に恐れ、光が消えることを遥かに望まなかった。そして閃光は解を出した。…自分を殺す人間たちは悪い奴らだ、とね。…だからユウゲンマガンは殺戮を厭わず、世界を混乱に陥れることを最準の解とした。
そしてユウゲンマガンの仕込んだ内部データと、閃光の内部データは見事に合わさり、お前と言う存在は……この世界で生きる、殺戮の意思を持ったユウゲンマガンに生まれ変わったんだ。
……世に失望したユウゲンマガンと、人間への恨みを果たさせようとする閃光の嗣子、それがお前なんだよ。
彼女は全てを語った時、ユウゲンマガンの身体が僅かに震えているのが理解出来た。
レイラはロリスが話したことを受け止められず、疑心暗鬼な状態であった。信じれないのである。
両手で握りこぶしを作っては、与えられた現実に抗おうと足掻いたのだ。
「う、嘘に決まってます!そんなの…社長が社長じゃないなんて……!!」
「…お前の思う社長はとっくの昔に消えた。…だが、お前の傍にいる社長は元の社長の意思を形成している。記憶もな。…邪魔なものは、閃光の意思だ。
―――其れが殺戮を厭わず、慟哭を嘲り、死を嗤う。最も醜く、最も闇に至近した閃光そのものだ」
「私は私であり、私では無い。そんな事は前から決まっていた事だ。
其れに、アイツらが私を殺したいと考えていたのは薄々感づいていた。……国際フォーラム奥に教団フィオムの基地がある、って小難しい事を知っていたからな。
で、此処の存在を教えてくれなかった。…其れは奴らが此処と何か関係があることだと」
「正解。…最初から分かってたんじゃん」
其処にいたのは、紛うこと無き懐かしさ―――そう、咲夜とリリカであった。
ロリスの両脇に立つようにして現れた存在は、2人に対して嘲笑を浮かべながら突っ立ってる。元あった振舞いは、何処に消え去ったのか。
案の定の計画に、ユウゲンマガンとレイラは2人を睨み据えた。
「…お前らを殺したいのは私たち。…元々は教団フィオムの団員だったけど、政府に移ってはルナの指示を受けてきた。
―――大統領はお前を殺したいと思っている。しかし、インジケーターであるお前は簡潔に死なないし、強さが段違い。…だから、戦争を起こしてお前を間接的に殺そうとした」
「まぁ、そう言う事だ。…なんでそんな事を知っているのか、は何時か聞いてくれ」
そう言うや、ロリスは暗闇へと消えてしまった。残っているのはにやける顔を浮かべた2人だ。
ユウゲンマガンとレイラは武器を構えた。真実を知った以上、戦うしかないのだ、と。だがユウゲンマガンは思った。何故私にレイラがいてくれるのか、と。
もしやレイラも敵なのではないか?…彼女はインジケーター、思考してみても…人の感情をネットでは探せられない。
「―――レイラ、お前は…私の仲間であってくれるのか?」
そう言った時、当たり前のように彼女は返した。
「勿論です。…私は社長の部下なんですから!!」
レイラの発言を聞き、安堵したユウゲンマガンは剣先を咲夜に向けた。
対するリリカは拳銃を構え、咲夜は投げナイフを幾本か持った。しかし咲夜はゼラディウス刑務所での戦いでの傷を未だに蒙っていたようであった。
もう分かり合えない、そう確信したユウゲンマガンは閃光の持つ意思―――"殺戮"を芽生えさせたのだ。
「―――なら、お前らを殺す。…咲夜、リリカ!!」




