25章 パラノイズ・ブレイカー
彼女はそう言うや、拳銃を構えた。何をも寄せ付けない、悪魔のような笑みを顔面に秘めて。
煙る匂いが鼻に付く中、ユウゲンマガンは剣を構えては、その刀身の深紅を黄金色に映えさせながら一気に斬りかかる。
対抗するパチュリーはそれらの剣戟を易とも容易く躱してしまう。軽い身のこなしで彼女に全く以て寄せ付けない。
一気に蹴りを付けたかった彼女は何処か焦燥に駆られていた。と言うのも、機械室では火災が起きていたからだ。
火災の事を何も知らないようなパチュリーは焦燥に果てる彼女を罵るように避け続け、最後に彼女の攻撃を拳銃で受け止めたのだ。
摩擦音が静寂の中で響き渡り、至近で2人は睨み据え合った。
「―――名を馳せていた貴方の力って、高が其の程度かしら?」
「嗚呼、そうさ。これくらいの力、さ」
そう言うや、剣はパチュリーに対して閃光を放った。其れは僅かばかりの、鮮烈なものである。
一瞬の剣戟は彼女の纏う白衣に斬りこみを与えた。破れ、爛れる白衣に彼女は紅い眼を映した。
其れは彼女の思う、ユウゲンマガンへの本当の感情―――”瞋恚”。
教団フィオムを妨害し、今やフェイクを乗り越えて邪魔しようとする、曾ての世界的権威―――。
これまでして険悪で、愚劣な存在は無い。―――左手で斬られた服の箇所を押さえ、もう片手では拳銃の引き金を引いた。
「―――そうね、だったら早く死になさい!!」
パチュリーはそう言うや、銃弾の雨を黄金色の中で一斉に放射した。
連続で轟く銃声に、ユウゲンマガンは怯えもせずに身を反らし、どんどん彼女の元へ歩む。慣れた顔つきで、銃弾とも全く相手にしない。
近づく存在に、パチュリーは一気に攻撃を仕掛けた。……手榴弾だ。黒い物体の栓が引っこ抜かれ、ユウゲンマガンの元へ飛び込んだ。
だがl、ユウゲンマガンは其れさえも長い刀身のリーチを活かして弾いてしまう。手榴弾は遠く、パソコンが羅列した場所で爆発、誘爆して辺りに煙が舞う。
煙は容赦なくパチュリーに襲い掛かり、目が曇っては咳が止まらない。
「ゴホ、ゴホ…。……もう好き勝手させないわ!!」
「其れはこっちの台詞ですね!!」
ユウゲンマガンの居た場所とは反対側から聞こえた、甲高い声。
煙が晴れ、そっちの方を向くや、其処には囲いを薙ぎ倒してルナチャイルドを解放したレイラの姿があった。
右腕で怯えきったルナチャイルドを抱き、左腕で拳銃を持つ、如何にも勇まし気な存在。
ユウゲンマガンとの戦いに一心不乱な彼女はルナチャイルドの事など頭の片隅にも無く、その時初めて自分の視野の狭さを思い知った。
倒された囲いは腹部や顔面を強打しており、意識を失っている。格闘の末、こうなったのだろうとパチュリーは勝手に予測した。
そしてレイラは仕上げをするべく、持っていた拳銃の銃口を、其の先にいたパチュリーに向けた。
「私の部下がお世話になったみたいね」
その時、パチュリーの後ろから煌いた閃光が迸ったと同時、剣の一閃は彼女の背中を大きく切り刻んだ。
血が溢れる。白衣に鮮烈な深紅が滲み、まともに身体が動かない。手が震え、何処か恐怖心に襲われた。
やがて全身に身震いが起こり、何処か笑みが込み上げた。儚さを伴った、哀れな笑い声であった。
「―――あははは、意外と呆気なかったものね」
「残念だな。お前の墓標は用意されて無いみたいだが、親切なお仲間さんが立ててくれるだろうな」
そう言われた時、不意に意識がシャットダウンされ、その場で倒れこんでしまった。
新鮮な血が滴る深紅の刀身を払い、ユウゲンマガンは倒れた彼女を嘲る事無く、無関心に納刀した。
◆◆◆
「助けて下さり、有難うございます……ユウゲンマガンさんにレイラさん」
助け出され、安堵に浸っていたルナチャイルドは礼を述べた。
しかしユウゲンマガンはさぞ不機嫌そうな顔面を浮かべ、何処か気に入らない表情であった。
其れも其の筈、貞操概念を捨てた自分にとっては暴虐と邪悪こそが唯一の取柄である、と考えていたからだ。
「礼はよせ、居心地が悪い。
―――しかし気になったが、どうしてお前がアイツらに捕縛されていたんだ?」
「…ああ、その事ですね。…私は大統領、アイツらにとっては邪魔な存在だったようです。
私が経済波及効果を拡大する為にゼラディウス凾渠の広域工事を議会で提案した時、帰り際にやられました。
どうやら議会にも教団員はいるようで。凾渠に何かあるのは事実だと思います。……きっと、凾渠コントロールセンターに何かあるかもしれません」
ルナチャイルドはそう確信を持って言葉に出した。
自身が捕らえられた事、其れが教団フィオムの厄介な事になる事への示唆なのか。
しかし、時は満ちた。錆びた極秘監獄に、どんどん煙が舞いこんできたのだ。其れは機械室で起こった火災そのものであった。
彼女たちは地下で煙に追い込まれていることを悟った。火事なんて経験などしたこと無い、皆無な知識でこの状況を打開出来るものか。
否、知識など要らない。―――必要なのは、意思だけなのかもしれない。
「……上で火事が起こっているようだ。―――熱いかもしれないが、出るぞ」
「それなら、こっちがあります!」
◆◆◆
隠されて用意された、錆び切った鉄梯子。
其れは暗闇の中に設置され、空気は冷めきっている。都合いい展開だな、とユウゲンマガンは思っていたりもしていた。
梯子の先は刑務所裏のゴミ捨て場に繋がっており、外は消防車や救急車のけたたましい音が喧噪さを及ぼしている。
多くのマスコミや野次馬が集い、辺りは騒然としている。ルナチャイルドはその様子を見て、何処か笑ってしまっていた。
「お前、一応大統領なのに笑うのか」
「滑稽でさ。…私、こう見えても一応、内心は悪人を演じてるんだから」
「悪人にしちゃ、弱すぎだな」
言葉を柔和させ、ユウゲンマガンはルナチャイルドを評価した。
遠くではサイレンの音が木霊し、刑務所の中から管理人や囚人含めて救出されていく。
今日と言う日付は極めて濃密である。と言うのも、水道管爆発や国際フォーラム爆破、そして挙句の刑務所火災だからだ。
これら全ての案件は2人の人物に寄るものと断定した。そして目を光らせ、必死の捜索を開始する。
それら一通りの動きを、事前からユウゲンマガンは察知していた。しかし、人が死のうが生きようがどうでもよく、無常感に沿うことだけが、彼女らの思いであった。
すると、ユウゲンマガンのスマホに幾多もの着信が来ていた。出て見れば、相手は咲夜であった。
「ユウゲンマガンさん!大丈夫ですか!?」
「ああ、私たちと大統領は無事さ。今、刑務所裏のゴミ捨て場にいる。
―――表玄関は騒がしいようだが、こっちは静かだぞ。…"恐ろしいほど"、にな」




