20章 生きてる人を火葬場で焼いたらどうなる?
セントラルパークから大統領官邸まで小走りで向かう2人。
途中で幾多も信号待ちに引っかかるが、彼女たちはそんなのを無視する。何故なら、例え赤信号であっても強行打破を試みるからだ。例え車が否応なしに行き交おう、彼女たちは疾風迅雷の如し速さと華麗な避けでその場に陰を残さない。
都市部、ビルが林立して存在する中、人混みに紛れた殺人狂は、人知れずして血濡れて嘲笑を浮かべる深紅の剣を納刀しながら足を進める。既往、彼女に元あった貞操は無く、今や彼女は残忍で狡猾な女神である。
自らの正義と呼べるものも、彼女からは消え去ってしまった。残っているのは、世俗に感情を反芻させる哀れな意思と、甕裏醯鶏な邪悪である。人を殺す事に何の躊躇いも無い―――其れはレイラも同じであった。そして、躊躇が無くなり、殺戮への寛容をふと時を思い返してみれば、其れは凾渠で英雄が死体として流れてきている時であった。
あの時、彼女の中の何かが切れ、其れは聞こえは出来なかったものの鮮烈且つ鮮明に脳裏へ刻まれた記憶と為ったのを―――知っている。あの日、涙と同時に彼女は変わった。何をも蔑み、自らを呪い、殺戮を研鑽に耽った。
―――人が人であるためには、どうすればいいのだろうか?
後ろめたさが背中から冷たく引かれていくような、残虐に対するカタルシス。迎えることの無い解放を、解脱を、彼女は待っているのだろうか。暗闇で、救済を永遠永劫に待ち続けるのだろうか。彼女は人では無い"何か
"になってしまった事を、ずっと呪っているのだろうか。
自らを讒謗し、呪縛に狷介しては有象無象を嫌厭する。紅の剣に付着した、鮮烈な深紅こそが贄としての代償。コンクリートの上を、現代の狂気の奇術師は歩むのだ。
元々は会社の社長であったが、闇に堕ちて殺戮者となった、哀れ無残な呪われし子の所以に、畏怖が過ぎたる話も無ければ、ただ無常に狂悖暴戻が居続けるだけなのだ。
呪いに満ち、過去に臍を噬む存在―――それこそがまさしく、彼女そのものなのである。
ビル街の中を進めば、やがて巨大で立派な3階建ての建物が見えて来る。
門の前には幾多もの黒いリムジンが停車し、厳粛な雰囲気を漂わせる。すると、とある一台のリムジンからは清楚なスーツ服を着用した咲夜が降り立った。その事を、遠くから見ても特徴的な銀髪ですぐ分かる。
堅牢性が極めて厚く、身長も頗る高い、サングラスを付けたガードマン4人に囲まれては、やって来るであろう2人の存在を待つべく腕時計を見ていた。ユウゲンマガンとレイラはそんな彼女の元へやって来た。
来た時、ガードマンは怪しい2人を睨みつけた。其れも其の筈、皺が付いたスーツ服に赤が滲み、口元には残虐さが著しく垣間見えたからだ。何をも寄せ付けない謎の畏怖を醸し出す存在に憶するも、その仕事を全うすべく、殴りかかろうとする。しかし、それは咲夜の右手で制止された。
「―――やめなさい。彼女たちは敵じゃないわ」
4人を止め、やって来た2人に対して挨拶を行う咲夜。
ユウゲンマガンは鼻で笑い、無言のまま大統領官邸に案内される。門が開き、ガードマンに囲まれたまま、綺麗な庭園を通る。ビル街に囲まれた庭園の中では端麗な噴水が陽の光を受けては煌めき、草木が整えられて生い茂っている。モンシロチョウが舞い、ひらひらとか弱い存在が蒼天の下で翔んでいく。
咲夜を先頭に、やがて一行は大統領官邸に足を踏み入れた。
レッドカーペットが敷かれ、厳かな雰囲気に包まれる。単調な調子で歩まれ、歴代の大統領の絵画が飾られた回廊を歩いて行く。窓からは綺麗な庭園が前面に見え、極めて美しい。
午後4時、一行は咲夜に案内され、大統領の居る部屋へ案内された。
同時に付き添っていたガードマンは部屋の前で待機し、2人は部屋内のソファに腰かけた。咲夜は大統領の座る椅子の横に移動し、回転椅子に座っては膝を組む大統領は2人の顔を拝見した。
あの懐かしい顔だ。ユウゲンマガンは大統領の顔を見た時、そう思い出に浸った。
「なんで私からの電話をブロックするんですかね?」
「面倒だからだ。…悪いか?"大統領"さん」
彼女を皮肉るユウゲンマガンに、何時もの調子であると確信した大統領は2人の反対側にあるソファに腰を掛けた。3人を隔てるように置かれた紫檀の机の上にルナチャイルドは資料を展開した。
国際フォーラム爆破事件に於ける因果で生まれた経済損失だ。財政が厳しいこの状況、経済損失は極めて痛手なのは事実だ。しかし、しかめっ面をする事無く大統領は笑って見せた。全く憐愍の情さえも受け取らない、極めて懊悩が無い様に振る舞う彼女は気楽そうにも捉えられた。
「いや、結局はこうして会えたから私は嬉しいよ。
―――其れよりも、派手にやったね。ニュースで見たけど、高速道路は大渋滞。今回の爆破事件での死傷者は0人だけど、混乱の影響で交通機関は完全麻痺、オーパーツ展のオーパーツが完全消滅。……派手にやってくれたね」
そう言うや、彼女は新たな資料を机上に展開しては2人に見せた。
ユウゲンマガンは展開された資料を拝読し、目を通す。其処には教団フィオムがユウゲンマガン達の行った一連の行動を受けて大量な損害を出していることであった。
大統領は教団フィオムと裏で繋がっている。しかし、ルナチャイルドはどうも其の繋がりに嫌厭しているようであり、ユウゲンマガンが大統領の顔をふと見上げた時は苦笑を浮かべては足を組み直していた。
「―――国会は教団フィオムの一派に勢力を受け、間もなく政治は崩壊するね。
ゼラディウス党でドレミー・スイートと言う有力者が消えてから、何もない更地を奴らは開墾した。結果、私は国会の人形…否、教団フィオムの象徴になった、とでも言っておくよ。教祖は未だに謎が多いが、確実に派閥を占められ、ゼラディウスはフィオムによって占領されると言っても過言では無いからね。
……で、本題に入るよ。…ちょっと、来てくれない?」
そう言うや、彼女は立ち上がった。そして2人に対して付いてくるよう言っては、一人でに歩き始めた。
咲夜はそんな彼女に付き添おうとするが、右手で制止され、彼女は動きを止めた。待つよう指示され、彼女は部屋内などの椅子を整え始めた。そんな咲夜を尻目に、2人は案内される。
部屋前で待機していたガードマンは一斉に動き出し、3人を守るべく囲むように歩きだす。
先程までは資料が展開されていた机上も、ルナチャイルドが経ちあがったと同時に片づけされ、今は綺麗な状態だが、咲夜は誰もいなくなった事を確認すると、紫檀の机を思いっきり踏みつけたのであった。
◆◆◆
「―――聞こえたでしょう、机を踏む音。……咲夜は教団フィオムの遣い。
…残念な事に、私は信じていたけどね。彼女に政府広報を任せていたけど、国際フォーラムの爆破やミサイル基地の爆破を一部上層部に情報を送ってたようで。私が極秘に依頼したことを、彼女に通じて頼んでたから丸聞こえだったのよ。……最初から疑いがあって、晴らすべく彼女のスマホをハッキングした情報解析班からの連絡で、教団フィオムの中枢部官吏である、『ルイズ』と『パチュリー』って奴にメール送信してるのが分かってね。
……だから私は対策を打つ。―――致し方無いけど、処理するしか無いの。残忍な手で抹殺する。これは依頼よ」
別の部屋、厳重に管理された来賓室でそう告げた大統領。
するとユウゲンマガンに麻酔銃を渡した。見た目は普通の拳銃と変わらないが、弾は一発しかリロード出来ないのが特徴的であった。そして麻酔弾が厳重に管理されたケースを渡される。更に、車の鍵と地図、そして火葬許可証と死亡届を手渡したのである。
地図が示した先は、とある火葬場。名は聞いたこと無いが、地図から見た施設の大きさ的には小規模なものであった。
「―――麻酔銃で彼女を撃て、と」
「そう言う事。…恩倖、彼女は貴方たちを信じてるからね。…ホント、馬鹿な奴」
吐き捨てるように言い放った彼女は足を組み直し、座っていたソファに深く座り直す。
麻酔銃を手渡されたユウゲンマガンはこれから行うミッションに何処か複雑さを感じている。レイラは本当にやっていいのかと言う葛藤に襲われ、終始落ち着きを見せない。
今まで会ってきた相手の惨殺……其れは感情が齟齬を起こし、素直に首を縦に振れないのは事実だ。
麻酔銃で撃ち、生きたまま火葬して殺す。…こんな残虐な話があっていいものか、とユウゲンマガンの頭の隅で思い浮かんだが、貞操概念を捨てた彼女が言える話では無い。
「じゃあ聞きたい。何で彼女が教団フィオムと繋がってるのなら、アタッシュケースの金をくれた?
―――応酬は確かにある。だけど、もし教団フィオムと繋がってるのなら、教団にとっても多少の資金源になるはずだ。…しかし着服はしなかった。何故だ?」
「―――応酬が無かったら、貴方は先ず疑いの色を見せるでしょ」
「じゃあ、何故彼女は私たちに素直にミサイル基地爆破や国際フォーラム爆破の事を伝えたんだ?
―――教団フィオムと繋がってるのなら、伝えるような馬鹿な真似はしないつもりだ」
「……依頼を断るつもり?」
大統領は威圧を掛けてきた。素直に受け取らないことを面倒に思ってるようだ。
すると後ろからガードマン4人が現れ、2人に対して拳銃の銃口を差し向けた。明らかに違う、直感でそう感じたユウゲンマガンは麻酔銃を受け取ったや否や、懐から取り出した拳銃をガードマンに対して一気に射抜いたのである。血飛沫が辺りで起き、咄嗟の事象にルナチャイルドは慌て始めた。
すぐにレイラが拳銃を構え、ルナチャイルドに対して向け、動きを封じる。
「……な、何をするんだ!?」
「……貴方はルナチャイルドさんじゃないですね。…彼女を何処へやったんですか?」
レイラは見破った。目の前にいる彼女が彼女で無い事を。
ユウゲンマガンは紅の剣を抜刀し、そんな彼女の正体を見破るべく瞬間的に剣戟を放った。外装が破け、マスクが地に落ちた。中から正体を見せたのは、あのエリスであったのだ。
曾て戦ったが行方知らずとなった彼女は、2人の前で不敵な笑みを浮かべている。残酷さが滲み浮かぶ。
2人は正体が曾て戦った存在であることに眉を潜め、睨み据えた。少なからず、心地よい再会では無い。
「―――単に咲夜が気に入らなかったからだよ。奴は私の正体を知っていたからな」
「……本物は何処だ?」
「―――ああ、教えるさ。麻酔銃で撃たれたりしたら溜まったものじゃないからな」
そう言うと、彼女は静かに語り始めた。
両手を懐へ突っ込み、皺くちゃのスーツ服を露呈させながら、淡々とした調子で語っていく。
其処には似而非も真実も非ざる、一種の無法地帯とも言えるべきものであった。
「……本物は今、教団フィオムに捕まってるって訳さ。……拷問でも受けてるだろ。
―――それにしても、彼女の声、上手く再現出来ていただろ?……この声編訳機さえあれば誰だって出来る」
「―――拷問を受けてる?……何処でだ?」
「……さぁな、其れは私の管轄内じゃないね。
―――少なからず、私は教団フィオムの下っ端。上層部しか知らないだろうよ」
「そう。なら死ね」
その時、一発の麻酔弾が彼女の右胸に刺さったのであった。
彼女は倒れ、即時に眠りについた。麻酔銃をレイラに渡したユウゲンマガンは麻酔で寝込んだ彼女を"惨殺"すべく、ユウゲンマガンは拳銃を取り出した。
しかし、此処で急いで姿を現したのは咲夜であった。咲夜はガードマンが死に倒れ、そしてエリスが本性を見せた事に終始驚いていたが、突如ユウゲンマガンの右手を両手で握っては目を輝かせたのだ。
「す、凄いですよユウゲンマガンさん!!倒したんですね!!」
「ま、まぁ…一時的に麻酔しただけだ。後は殺すだけだ、大統領になりすましてたんだからな」
「私、大統領……いや、彼女に恨みがあるんですよ。…私怨ですが、付き合って貰えませんか?」
◆◆◆
エリスは麻酔で撃たれ、眠らされたまま車に運ばれた。
咲夜が用意したリムジンで、ユウゲンマガンとレイラはエリスを挟むようにして運搬し、人目に感づかれないようにして何とか運び入れた。運転席には咲夜が座り、地図を傍らに運転を始める。
極めてスピードを上げていたため、地図に刻まれた火葬場へはすぐに到着する。すると火葬場の職員がやってきては、運転席にいた咲夜と話を始める。窓を開けた彼女は職員に適当な理由をこじつけた。
エリスは麻酔で眠っており、呼吸が困難であった。しかし、麻酔弾は中途な刺さりだった為、最低限の呼吸は出来ている。麻酔が其処まで回らなかったのだろう。
「火葬許可証と書き換えた死亡届を渡しました。…ざまあみやがれって話ですよ。
―――私に対して、今まで蹴ったり殴ったり…パワーハラスメントですよ。其れに今までのミッション内容は、全て彼ら…教団フィオムの囮だったようですから。
政府陣営に虚構の作戦を仕立て、その隙に別の場所で何かしてるんです。究極召喚獣ディエス・レイ計画も、結局はどうでもよかったんでしょうね……」
◆◆◆
「―――では、参ります」
棺桶には麻酔で眠らされたエリスが寝かされている。花で彩られ、彼女は麻酔で撃たれているために何も反応しない。顔の部分だけガラス状の棺桶の蓋が閉められ、釘で蓋が外れないように固定した。
職員は淡々と仕事を行い、エリスを入れた棺桶は完成した。火葬場は暑く、3人はエリスが入った棺桶を火葬場に入れてゆく職員の動きを遠くから見ていた。遂に火葬炉は展開された。
咲夜はこれから起きるであろう"死よりも苦しい恐怖"を味わう事となるエリスの運命を予想付けては、さぞ心待ちにしてるようであった。
しかし、内側から大きな音が響き渡る。其れは釘で固定された蓋を開けるかのように、必死に打ち破ろうとするものであった。顔の部分に設置されたガラスには、目が覚め、何かに憔悴を感じては自棄になっていた顔面がしっかりと映えている。
「い、生きてるぞ!?」
職員は葬者が生をまだ保持してることに驚愕している。しかし、ユウゲンマガンは咄嗟に反応した。必死に出ようとするエリスの顔面を無表情で覗いては、職員を追い払い、棺桶を独りでに抱えたのだ。
中からは大声を出し、必死にもがくエリスが棺桶の蓋を壊そうとしているが、彼女はそんな事を歯牙にもかけず、淡々と火葬炉に近づいて行く。職員たちがユウゲンマガンの行動に口を開くが、レイラが拳銃の銃口を差し向けては脅しをかけ、一切の余地を入れない。
―――棺桶はオーブンに叩き入れられた。
咲夜は興味津々であり、棺桶の中のエリスが辿る悪夢をただほくそ笑んでいた。炉の扉は閉められ、オーブン横の温度計のメーターは高くなっていく。扉の向こうでは棺桶から出ようと必死に叩き割ろうとする音が聞こえるが、ユウゲンマガンは何も知らないように取り扱う。
……職員は彼女たちの凶行を止めるべく、スマホで警察を呼ぼうと試みる。通報されそうになった時、その職員が纏っていた制服が紅に染まった。…其処にはナイフが刺さり込んでいたのだ。
悲鳴が上がり、職員は一斉に逃げた。そんな中、咲夜は至極満足げにしている。
去る者追わず、3人はそんな彼らを尻目にオーブンの前でただ待ちぼうけていた。
―――しかし、オーブンは高温で熱する。20分も絶てば棺桶は全部焼けてしまう。ましてや中の彼女が辿る途は残り数分の足掻きである。
「―――警察を呼ばれたら面倒です、一旦逃げましょう。……こっちです」
「エリスはどうなるんだろうな」
興味なさげにそう呟いたユウゲンマガンとレイラを引きつれた咲夜は、そのまま乗り込んできた車で火葬場から逃げ出した。無論、火葬場では何があったのか、後々に問題が出てくるだろう。
しかし、そんな事すらも興味ないようにユウゲンマガンは変遷し行く窓の景色を見つめながら、自己の行いを決して慙恚する事は無かったのであった。




