19章 ゼラディウス国際フォーラム爆破事件
途中で妨害兵器の足止めもあって、タイムリミットは刻々と迫っている。
彼女たちは元来た退路を大急ぎで戻る。幾多もの段ボール箱の山を蹴とばし、そのまま排気口までやって来ると、今度はレイラを先頭に中へ入っていった。
一旦此処を通ったため、張り巡らされていた蜘蛛の巣は無くなっている。狭い中を匍匐前進で勢いよく進む。レイラは後ろにいるユウゲンマガンに迷惑を掛けない為にも、彼女の持て余る全力を出し切った。
やがて遠くに別の光が見えた。レイラは躊躇せずに降り立つや、先程までは人の声々が聞こえた準備室には誰もいなかったのである。続いてユウゲンマガンも降り立つや、不気味なほど静寂な事に何か違和感を感じた。
しかし、仕掛けた時限爆弾のリミットは迫っている。
「―――急いで脱出だ、私たちの事は既に知られてるから電車は使えない。乗り捨てたバイクはあるか?」
彼女の声と同時に2人は周囲を見渡すも、どうもバイクは見当たらない。
仕方なく2人は別の乗り物を捜す事にする。腕時計を見て見れば、残り時間は3分―――仕掛けた爆弾の威力を聞くのを忘れた、とユウゲンマガンは後悔したがそんなものは3分待てば分かる話だ。
一旦通路に出て、壁際に隠れながらも進んでいく。途中で作業員の何人かが通りかかったが、別の準備室に隠れてやり過ごす。やがて残り1分半……遂に2人は会場へ出た。
―――そう、今まさしく開催されている展示会、オーパーツ展である。多くの物好きや観光客で賑わいを見せていたが、2人は終始峭刻な顔面を浮かべては……"決意"した。
「―――い、いたぞ!!」
そう警備員の誰かが声を高らかに上げ、2人の存在を周囲に知らしめた時、ユウゲンマガンは普く知り渡った自分たちの存在を攪乱させる為、拳銃を構えては会場内で天井に向けて発砲したのである。
空砲の銃声は多くの人々を恐怖に陥れることは容易く、一斉に外への流れが生まれた。其れと同時に中にいた警備員たちは連絡を取り合い、2人を捜索していた警備員たちを連れては追いかけてきたのである。
「―――捜すのが下手な連中ですね」
「そう言うものだろう…無能な連中さ」
多くの人々の中に紛れ、一斉に外へ向かう。外は人々が大混乱し、海浜ゼラディウス橋駅前の辺り一面は滅茶苦茶だ。人の流れがあちこちで行われ、慟哭や叫び声も聞こえ渡る。
混乱に乗じて2人は跨線橋へ駆け上がった。跨線橋の下は車通りが激しい道路、すると後ろから警備員たちが拳銃を構えながら追ってきたのだ。発砲もされ、銃弾は跨線橋の手すりに弾かれて音を出す。
すると、遠くから大きなコンテナを背負ったトラックがやってくるのが見えたのだ。
「レイラ、飛び降りろ!!」
「は、はい!!」
2人がそう言った時、跨線橋の真下を通ったトラックのコンテナに着地し、追手から颯爽と姿を晦ましたのであった。顔に全面に当たる風が多少痛いが、後ろを振り返れば必死に発砲して追いかける警備員の連中が悔しそうな顔面を浮かべている。内心、無様なものだとユウゲンマガンは嘲笑っていた。
其れと同時、遠く存在していた国際フォーラムはとてつもない音をあげて大爆発したのである。これ以上に無い、極めて威力が高い爆弾は展示会そのものを無かったことにしたのである。
トラックはそのまま道路を疾走し、高速道路へ入る。信号で停車すること無く、やがて巒巘と聳えつるビル街が見えて来る。
「―――やりましたね、成功です」
「否、まだそうとは断言できない」
しかし、頭上ではマスコミのヘリコプターが追跡を試みており、トラックの上に乗っている2人の姿を鮮明に映し出していた。だが此れは2人の位置が特定され、さぞ致しかねない結果を生むことに繋がるのは明白であった。
此処でレイラは拳銃の銃口を向け、カメラを向けている存在に対して発砲を試みた。身を乗り出して重たい機材を構えていたカメラマンはそのまま高速道路に落ち、機材は爆発を遂げる。同時に後ろでは大渋滞が出来上がり、マスコミのヘリコプターもカメラマンの落下にはどうしようもないのか、その場であたふたしている。
「―――よくやった」
「お安い御用です」
そう言うや、トラックはセントラルパーク近くのインターチェンジを通過しようとする。
此処でインターチェンジを降りようとしていた別のトラックに乗り移り、2人はそのまま高速道路を下っていった。どうやら高速道路上でのカメラマン落下事件はとてつもない渋滞を生み出したようだ。
トラックはそのままセントラルパーク駅前を通り、同時に2人は飛び降りて地面に着地して見せた。
◆◆◆
2人の存在に気づく人は余りいなかった。と言うのも、速報がたった今流れたばかりだからだろう。
その「人々が知らない僅かな間」を狙い、2人はセントラルパーク駅のロッカーに預けた大金入りのアタッシュケースを回収し、颯爽と撤退する。
ユウゲンマガンはスマホを確認するや、案の定連絡が入っていた。相手は咲夜であり、電話に応答すると向こう側はさぞ興奮気味で話を始めた。物騒なものである。
「やりましたね!!成功したんですね!!」
「お前は政府の人間だろ。公共施設の爆破をどうして喜べるんだ」
「なんか、爆破した時ってカッコいい?その…何て言うんでしょう、裏を歩んでるって感じで。
―――自分は今、そう言う立場に接してるんだなぁって感銘を受けたんですよ」
極めて暢気且つ悠長な彼女を、ユウゲンマガンは失笑した。
スマホの中では爆破した当人と喋っているという興奮に襲われ、至極息が荒く、彼女は勝手な妄想をしてはユウゲンマガンの事を何かに仕立て上げていた。しかし、そんな妄想は所詮、傴僂のように曲がりくねった交錯に過ぎず、爆破した当人はうんざりしていた。
この、極めて奸譎で欺瞞する事に何の躊躇いも能わずして、只奔放する存在が感銘を受けられる事など一切無いのだ、と自己で自負していた以上、咲夜の発言は滑稽に思えていたのも、感情の、良心へ抗いする謀叛を起こしたが故の正義の飜しに過ぎないのだ。
「―――而今而後、私は闇を走り、世俗の稽式の本質を破壊する死神だ。
……そんな私を追蹤し、死神が俗世に鎮厭する姿を見て一笑に付すのが楽しいか?…言っておくが、私は不豫の摹臨をしてるだけの悪徳者で、破壊を夸耀し、狂人と言う病痾を抱えてる存在に、お前は標異した民彝を見説して紬繹する事が出来るのか?―――私は弥勒では無い。勘違いするな」
「―――す、すみません…。
……まぁ、一先ずは集まりましょう。……今度は大統領がお会いしたがってるようです。
次は大統領官邸でお会いしましょう。時刻は……何時にしますか?大統領はユウゲンマガンさんに合わせると仰ってましたが」
「今からすぐ行く。狙われてるもんでな」
「分かりました。今から来てください、私も向かいます。大統領には連絡を入れますのでご安心ください」
そう言うや、スマホの通話は切れた。ひどく時間の良い大統領だな、と彼女は内心感じていた。
次なる場所が決まれば、後は行くだけに過ぎたる話は無い。レイラには視線だけを送ると、彼女は最初から分かり切っていたかのように笑みを浮かべ、反応して見せた。
大統領官邸まではセントラルパークから近い。2人はマスコミに気づかれる前に颯爽と立ち去るべく、急ぎ足で向かったのであった。




