16章 決意の歩み
2人は唐突に現れた存在に驚愕と不安の心情を抱いた。
煤け、酷く何かに恐惶している様相は、より一層彼女の眼を悍ましく感じさせる。
良く見て見ると、片手には血濡れた包丁を持っている。黒煤の中に僅か垣間見える刀身の銀色が蛍光灯の光を受けて輝き、血は滴るように地へ向かって落ちてゆく……。
様相と照らし合わせて、彼女は極めて危ない存在であると2人は本能的に察知した。其れは心底から身震いしそうな、何か狂悖さを持ち合わせているかのようであった。
何に忿懣しているのか、彼女たちには全くの見当が付かないのも、眼の玲瓏に怯えた一つの理性らしさに疑似している。
「―――此処にいる理由?」
「…そうだ。本来、此処に来る用事なんて無い筈だ。…お前たちはこの先に何があるのか知ってると見た」
すると武器である包丁の先を2人に向け、その眼の輝きを全面的に放った。
赫奕として、且つ徐に2人に対して歩みを見せる。崩れた段ボール箱の山は彼女の行く先行く先の途を邪魔するが、その度に入れられる蹴りで遠くに飛ばされて。
2人は構えた。まるで殺人狂のような、何処か残虐しさを持つ存在に。
「……私たちが知ってるかって?…ああ、無論。
―――お前が何をしたいのか、私たちは理解力に乏しいから良く分からないが。…取り敢えず、平和的には行け無さそうだからな…。……酷く窶れてるそうだが」
「―――フン、相変わらずだな」
そう言うや、彼女は口元に懐かしさを含んだ笑みを浮かべて、歩みを止めた。
不思議に思った2人は武器を構えたまま、そんな言動を放つ彼女を只、見つめていた。
煤は完全に拭われた。其処にあったのは、脳裏にふと浮かんだ哀愁。ふと込みあがる、曾ての記憶。
過呼吸は無くなり、ゆっくりとした呼吸で落ち着かせ、彼女たちに正諫するように、徐に話し始めた。
「……私のこと、覚えてるか?―――ロリス、ロリスだよ。
……プロメテイア・エレクトロニクス社爆発事故。…あの時、私は致命傷を受けたが。
―――どうも巻き添えに32名の死傷者が出たようで、表に顔を見せると遺族から色々言われるから陰に隠れることにした。この先にあるのが、その"繭"さ」
彼女はロリスであった。
片手に持つ包丁から滴る紅は何時までも地に落ちていく。無常感を其処に募らせて。
彼女は驚愕に溢れ、心の持ちようにどうすべきか悩んでいる2人に対し、包丁の先を下ろして口を開く。
久々の再会が意外な形であった事を、彼女は極めて喜ばしくなかったようであった。
「社長、レイラ。―――2人はこの先へ行こうとしているんだろう?」
「……まぁな。それにしても、此処で会うとはな。ロリス。
―――遺族に顔を合わせたくないという自己逃避から表社会では死を演じてるのか」
「正解。……対応が面倒でさ。大統領には申し訳ないけど。
―――裏に来て、居心地は……普通かな。でも、私の場所は無いって感じ」
包丁を持った手とは真逆の手を懐に突っ込み、そう適当に語った。
言葉に終始乱雑さが垣間聞こえ、ロリスは持っていた包丁で空気を裂く音を立てては血を払った。
血の滴りは消え、其れはロリスの感情の決意のようにも捉えられた。心情の塩梅さを其の感情で感じることを極めて難しいと思えば、ロリスの感情の決意は如何たるものか、やるせない彼女の真実もまた。
「―――で、2人はこの先に行って何をするつもり?」
「―――お前に言っても別に差し支えは無さそうだな。信じる。
……私たちは爆破を要請されてね。究極召喚獣ディエス・レイ計画―――違うか?」
「大正解。…私も其れに痴呆して、今逃げてきたところさ。
此れからネット掲示板にでも書き込んで、事実無根な風評として流すところだったさ。
ネットで生きている輩どもは、そんな情報を欲してるからな。ネカフェにでも行くつもりさ」
そう彼女が述べた時、後ろから巨大な足音が聞こえた。・・・追手である。
その時、2人は咄嗟に気づいては話をしている悠長さが無い事を漸く気づいたのである。
追われてることを、その肌身でやっと感じれたのだ。ロリスは状況を汲み取り、2人が如何にいして強引であるかを悟ると、包丁の先を排気口に向けた。
「早く行け。……勘違いして欲しく無いが、私はお前らの仲間になった訳じゃない。
―――元々いた場所に呆れただけだ。後は野となれ山となれ、お前らの自由さ。
……さぁ行け。今度会った時、またゆっくりと話そうじゃないか。ビール片手で、さ」
◆◆◆
彼女に言われた通り、排気口の中に入った2人はそのまま奥へと進んでいく。
背中からは物騒な声が聞こえるが、ロリスが淡々と何かを喋ってるようにも捉えられる。
彼女が何かを答弁してるのか、それとも誤魔化しているのか。今あった事象に対し、どう接してるのかは分からないが、彼女の最後の一言で何処か気が楽になれた気がした。
排気口内は狭く、彼女たちは匍匐前進をしながら進んでいく。
あちこちには蜘蛛の巣が張られており、1人分の隙間しかない排気口で先に入ったユウゲンマガンの顔に雲の巣が絡まるように粘着するも、狭いため手で拭えない事に終始不満を持っていた。
やがて新たな光が見え、埃だらけにした重たい身体を持ち上げる時が来た。先に入った彼女は排気口の先、絢爛たる世界を眼で覗き、見渡した。
中には誰もいなく、静寂が蔓延っている。跋扈した喧噪さも無く、誰もいない事を悟ったユウゲンマガンは出ることを決意し、そのまま降り立った。続いてレイラも降り立つが、其処は倉庫であった。
何かが置かれている。山積みになった段ボール箱の山が幾多も形成され、其処からは不思議さと言うよりも不安を感じさせる。決して瞞着なんかでは無く、絶対的な不安であった。
ユウゲンマガンは咄嗟の使命感に駆られ、剣を抜刀した。レイラも拳銃を構え、身を震わせながら周りを見据えた。
「―――何か恐怖に駆られますね…」
そう言った時、ユウゲンマガンのスマホにロリスから電話が掛かってきたのだ。
いつの間にか電話番号知ったのか、と思ったが彼女は何でも屋として電話番号を公開していたのを思い出した。幸い、スマホは揺れたが音を出さない。瞬時、彼女は反応した。
「……もしもし?其処の奥に進むとお前らが求めていたモノに出会えるから。
―――でも油断しない方がいいかもね。…お前らが想像してる以上に、"私たち"はヤバいんだから」




