14章 飾り気のない『色』
ユウゲンマガンは颯爽と居酒屋から出ては、次なるミッションへと向かった。
レイラが出る際、爆破用の爆弾が入ったアタッシュケースを咲夜から渡され、荷物係になったように見える彼女は前を征くユウゲンマガンを追いかけるものの、やはり2つのアタッシュケースを運ぶのは容易い事では無く、彼女の歩く速さに剽悍さも垣間見えるのも、其れは荷物の重さの負荷が掛かっているからであろう。
ユウゲンマガンはそんなレイラを見ては、重たそうにしてる彼女を案じる事にした。
漂寓で、厭世観に頭を焦がしていた存在が他人を思いやる事は余り無い―――と言うよりも、自己意識以外の着想をする事が難しいだけで、彼女なりによろしくやってることに現実足るものは無い。
着いた先はゼラディウス高速臨海鉄道の乗降場、セントラルパーク駅。
よもやゼラディウスを代表する国営鉄道の一角で、ひっきりなしに電車がやって来るのは事実である。
ビル街を形成するセントラルパーク付近に電車を通す余裕は無く、電車は地下を走行する。その為、セントラルパーク駅も地下に設置された駅である。
果たして大動脈の駅だからだろう、人の行き来は延々と続き、止むことを知らない。その海の中に2人は紛れ、地下へと続くエスカレーターに足を踏み入れた。
エスカレーターは徐々に下へ進んでいく。進むにつれて身体が冷涼な感触を感じると同時にミッションへの緊張感を徐々に募らせていく。心が確実に、そしてゆっくりと動揺を示しているのだ。胸の部分に右手を当ててみると、微かな鼓動を感じるのが分かる。遅暮ながらも、何処か暖かく、そして感情の揺れ動きを感じるのだ。
地下コンコース、2人が降り立った時にはレイラは疲弊していたが、レイラが持っていたアタッシュケースのうちの1つを奪うように持つと、設置してあったロッカーにユウゲンマガンは仕舞った。
無論、中には大金が入っている。こんな物をミッション中で使う必要性もなく、またユウゲンマガンも金銭への執着性は無いため、感情を羨望に反芻させること無く、そのまま押し込むように。
冷えた空気が身に染み、吹き抜ける風が心地よい。血生臭い剣はそんな事も知らず、血を求め彷徨う殺人狂のように、納刀されながらも変な威圧感を出すのはやはり殺戮への馳騁なのだろうか。
天井に設置された電子時刻表では、後3分後に目的の場所へ行く電車が訪れる事を示している。
彼女たちが行くゼラディウス国際フォーラムの最寄り駅は『海浜ゼラディウス橋駅』。海沿いに設置され、ホームからはゼラディウスの綺麗な海を一望できると評判が高い駅である。
此処でレイラが海浜ゼラディウス橋までの2人分の切符を購入し、改札を潜り抜ける。人の波に攫われるように、静かに姿を消すように。
更にエスカレーターを降りた先、其処には多くの人が電車を待つホームであった。多くの人が談笑し、スマホを弄り、ただ只管に電車を待つための場所である。彼らはこれから起こるであろう事象を何も知らず、目の前にいる蟄龍を歯牙にかけない、哀れな無辜の民である。
「―――此処から海浜ゼラディウス橋駅まで行きますよ。
……あの駅からの眺望、凄い綺麗なんですよね。ネットで以前見たんですけど、夕日が海に沈んでゆくゼラディウスの海は恍惚の境地でしたよ」
「私も多少、幾らかは話を聞いた。まぁ、今回のミッションにその情景は何ら関係ないがな」
ユウゲンマガンはさぞ気にも掛けないかのように、只ホームに突っ立っていた。
地下のホームはやはり冷涼、地上の極端に暑い体感温度とはまるで相反的な、そんな感じである。
現実たるもの、何処となく泡沫の流れは自意識の範疇外まで催してるのは事実であり、今も尚、ユウゲンマガンは地上と地下の体感温度の差異に疑問を浮かべていた。
彼女は経済学専攻であり、理系では無く文系だったのも一つ、功を奏しているのかもしれない。
「―――間もなく1番線に、快速:セグメント行きが12両編成で到着いたします」
電車が到着する旨の放送が入ると、ホームにいた人々はおもむろに列を形成し始めた。
やがて2人の前を勢いよく鉄の箱が入線しては、きっちり列の前に扉を置いて、ドアが開いた。
2人は先頭車両に乗り込み、そのまま椅子に座る。曾て彼女たちは電車内で乗客を犠牲に生き延びた事案があり、その時は過電流による電車の暴走が因果していたが、罪悪への贖罪は未だされぬままだ。
寧ろ、彼女は開き直っていた。レイラは心の奥深く、それこそ深淵に巣食う虫を生んでいたが、ユウゲンマガンに至っては貞操概念を捨てた残酷な女神の騎士、所詮は殺戮狂なのである。
電車は地下を抜け、高架を駆け抜ける。
やがてビル街の中から太陽の光を燦爛と受けて輝くゼラディウスの海が見えてくる。
ゼラディウス高速臨海鉄道の名に相応しい、端麗な美しさを受け持つ臨海部を電車は走行する。
レイラは窓の景色に夢中になっており、ユウゲンマガンは終始無関心を貫き通そうとしたが―――やはり興味はそそられてしまうのか、レイラに気づかれないように瞬間的に窓の外を覗き見るようにしていた。
「社長、外の海!見てくださいよ!!」
「私には興味ないね……」
そう表ではクールさを取り繕っていても、やはり内心に嘘はつけないようだ。
レイラも社長の行動に気づいており、彼女らしいと考えるとそれで考えは丸く収まった気がした。
電車はやがて海浜ゼラディウス橋駅に到着し、2人はホームに降り立った。すぐ目の前にはだだっ広い海が淡々と広がっており、その情景を邪魔する物が一切存在しない。
遠くではヨットの帆も確認出来る。電車はそのまま去っていったが、レイラはホームに設置された椅子に座っては遠い景色を眺めた。
「―――やはり噂されるだけの美しさはありますよね」
「ま、まぁな」
するとユウゲンマガンは自販機でスポーツドリンクを2本買い、そのうちの1本を座ってる彼女に投げるようにして渡した。貧乏であった社長が買えたのも、応酬で受け取った金銭の何枚かを懐に突っ込んでいたのだ。欲望は無いにしろ、世界の天命には沿って生きる事を示唆している。
「あ、ありがとうございます」
レイラは開栓し、綺麗な景色をつまみに喉を潤した。
これから待ち受けるミッション、やはり強大な存在…教団フィオムを壊滅させることがこれからの目標になるであろうが、その途はどれだけ延々とするものなのか、彼女には見当もつかない。
そんな彼女の横の席にユウゲンマガンが座るや、同じようにして喉を潤した。そして、今さっきまでは興味なさげにしていた海の景色をさぞ美しそうに眺め、自己意識の羞恥に負けてしまっていた。
「こんな景色が見れるのも、これで最後かもしれないからな」
そう言うや、飲みかけのスポーツドリンクを懐に入れては階段を下り始めた。
高架上に設置された海浜ゼラディウス橋駅はそのままゼラディウス国際フォーラムへと通りが続いており、極めて人通りが多い事を反対側の景色から確認できる。
遠くに存在する、蜘蛛の巣が張ったような近代的なドーム状の建物こそがゼラディウス国際フォーラム、イベントが常に開催されてるとされ、今回の2人のミッション場所である。
階段を下り行く社長に気づいたレイラも慌てて立ち上がるや、焦って彼女を追いかけ始めた。奥では海が絢爛と輝き、血塗れた紅も知らない純粋無垢な心を露わにしていた。
◆◆◆
駅の改札を抜け、潮風に身を靡かせながら大通りを歩く。
通りを挟むように一定距離毎に置かれている柱にはポスターが掲げられており、「世界のオーパーツ展」らしきものが開催されている様相であった。
人の往来が激しく、通りから声が切れることは無い。常にひっきりなしに会話が行われ、喧噪さが良く分かる。これもまた、ゼラディウス高速臨海鉄道の本数の多さから導きだせた演繹に過ぎないが―――。
すると2人の前に現れたのは、カメラを備え付けたロボットであった。
人工知能によるものなのか、2人の前に唐突に人の波の中から現れてはカメラで撮影し、備わっている手でマイクを携えてはユウゲンマガンにインタビューを行う。
曾てのプロメテイア・エレクトロニクス社の技術を髣髴とさせるが、社長である彼女はこんなロボットを開発したことも商品化したこともなく、新たな感覚に終始驚いていた。
「突然ですがインタビュー!
……貴方たちは今日、何を見に世界のオーパーツ展へ?」
「いや、私たちは世界のオーパーツ展には行かないんでな。他を当たってくれ」
「"わざわざ"、お2人を当たってあげたのは理由があるんだ…。
……ユウゲンマガン、レイラ………お前たち2人がゼラディウス二番街を断水に追い込んだ元凶であることを忘れたつもりじゃあ無いだろうねぇ?」
2人は身構えた。唐突に怒号を上げる機械に、2人は嫌な予感をした。
今までやって来たこと…ミッション内容を此の機械は知っているのだ。畏怖嫌厭と言うよりかは不思議さで一杯であったが、やはり向こうが敵対する意思を見せる以上は―――戦うしかない。
人の流れの中、ロボットはそんな2人に勢い良さげに呟く。機械音声が耳に付くが、高知能であることは確かであろう。
「ああ、いいさ。僕はそんな2人を抹殺してやるまでだ。
―――僕の名前はメタトロン、今まではインタビューロボットとしてやって来たけど、元々は対人用の兵器として作られたからね…。
君たちがこれ以上なんかやらかすようであったら、僕が食い止める。…君たちが此処に来ることを僕は全く余儀してなかったが、偶然は必然だからね。一歩でも近づいてみろ、地獄絵図の始まりだ」
脅しをかけるロボットに、ユウゲンマガンは痴呆だと見下すかのような嘲笑を口元に浮かべながら、何の躊躇いもなく一歩を踏み出した。続いてレイラもまた、簡単に一歩を踏み出した。
ロボットはそんな2人の行動に気づいたのか、機械らしく反応して見せる。
「……ああ、分かったよ。お2人の覚悟はよろしいようで。
―――じゃあ見せてあげよう、僕の本当の強さを!!」
◆◆◆
メタトロンはマイクを銃に持ち変え、2人に向かって射撃を行った。
大通りに響き渡る銃声に人々は逃げ惑い、混乱し始める。あちこちで悲鳴が響き渡る中、2人はメタトロンの銃弾を避けながらも早く戦いを終わらせることに最も意味があった。何故なら、追手が来たら極めて面倒だからである。ユウゲンマガンは血濡れた剣を抜刀し、ロボットに斬りかかる。
「早めに決着を付ける……!!」
長い剣は瞬間的に、且つ幾度も音を靡かせて空気を切り裂くがメタトロンは俊敏だ。
その俊敏な動きを生かした銃弾攻撃は隙を突くものであり、掠れる事もありながらも攻撃に集中した。
レイラは対抗して銃弾でロボットを狙い撃つも、メタトロンの装甲は極めて硬く、銃弾程度では弾き飛ばしてしまう。此処では直接的に削り取る以外に方法は無い。
「おやおや、焦っているね。焦りは禁物」
メタトロンはそんな2人を窘めるように攻撃を仕掛ける。
此処でユウゲンマガンの長い剣がメタトロンの銃を持つ腕を裁断し、拳銃が腕ごと地面に落ちた。
しかし新たな手が生えるや、地面に落ちた拳銃を拾おうとする。そうはさせまいと彼女は拳銃を遠くへ蹴とばし、剣でとどめをさそうとするも俊敏な動きで躱してしまう。
「―――憎たらしい敵だな」
「美味しいお言葉、ありがとう。それじゃあ、もっとスピードを上げるよ!」
先程よりも俊敏性を増させたメタトロンは2人に攻撃を畳みかけた。
今度は拳銃では無く、センサー爆弾である。2人に向かってはばら撒くように投げるセンサー爆弾は地面に落ちた瞬間に地雷のように爆発し、なかなか侮れない。
2人は思ったように近づけず、大通りに敷かれた煉瓦ブロックを破壊していく爆弾に攻撃を虐げられていた。
「……遠距離でどうだ!」
レイラは銃を構え、ロボットが投げるセンサー爆弾に銃弾を穿った。
銃弾はセンサー爆弾に当たり、センサー爆弾が空中で爆発したのだ。其れはメタトロンさえも巻き込むものであり、爆発の煙の中で、傷を負ったメタトロンの姿が朧々と映っていた。
「……流石だね、こりゃあたまげた。
―――撤退させて貰うよ。次また、君らが一躍有名になってからね……」
◆◆◆
メタトロンとの戦いは終わり、当の機械は行方をいつの間にか眩ませていた。
しかし問題なのが"後片付け"であり、戦いの匂いを嗅ぎつけてやって来たのは国際フォーラムの警備員と常駐の警察であった。彼らは2人の存在に気づいては追いかけてきていたのだ。
「―――レイラ、早くミッションを終わらせるぞ!!」
「は、はい!!」
そう言うや、2人は全力で疾走しながら奥の建物へと目指したのであった。




