13章 繆繞の堊筆
その場で流れゆく声は無常憚らず、リリカの声が響き渡った。
究極召喚獣ディエス・レイ計画―――お世辞にも、その言葉の受け持つ音韻に何の魅力も持てない事は、素晴らしい事なのかもしれない。…悪い意味で。
ユウゲンマガンは退屈そうな顔を浮かべては椅子の背凭れによっかかっては、天井で淋しく灯られる蛍光灯の光を眼の中央に充てて、現実から逃れるような感覚に襲われて。
何処と無い疎外感が彼女を場から覆い隠すように、後ろめたさが心の有耶無耶をより一層深くする。
「―――究極召喚獣ディエス・レイ計画。
……無論、初耳だと思います。…枢要を述べると、奴らは『ディエス・レイ』と言う大量殺戮兵器を開発しています。其れを今度は破壊して欲しいのです。…無辜たるゼラディウス国民の為にも」
咲夜は静かに物語るや、更に机上にアタッシュケースを載せた。
開け放つと、一万円札で膨らむ中身が飛び出した。無論、咲夜がミサイル基地爆破の為に応酬として払うと約束していたのは事実であり、ユウゲンマガンは其れを当たり前のように乱雑に受け取った。
アタッシュケースを無理やり閉め、中から一万円札が何枚か飛び出ては床下に散らばるも、彼女はそれらをあたかも知らないかのように振る舞い、落ち行く金札に見向きもしない。
今まで貧困層に生きた彼女の立場が逆転したかのようであった。しかし、彼女は金銭への羨望を以前からはしたない、極めて愚かなものであることを鑑み、そして慮っているのは俗世から縲紲されることを嫌う、彼女が見出した紬繹なのだ。
「しゃ、社長。お金が漏れてますよ」
「言っただろう。―――『驟く理念は天壤の理を以ってしても、結局は自身の不安を反芻させてるだけなのさ』、と。
……羨望に私阿し、自らの思惟を繆戻させるのは止めろ。
―――私は無疆人生を躇階してる以上、俗世に羸瘠してしまうんだ、許せ」
彼女が何を言いたいのか、尚羸然として其処にいる存在は上を見上げたままだ。
レイラは零れる金銭に全く気に掛けない彼女が多少倨傲に思えたものの、今まで話していた事を振り返ってみれば、此れこそが彼女の理念であることが良く分かったような気がした。
咲夜は不思議そうな顔面を浮かべては、その銀色のしなやかたる髪で蛍光灯の光を反射させている。
「―――ユウゲンマガンさんにはユウゲンマガンさんなりの累徳の仕方があるんですよ。
我々には感づかないものであって、そして我々には理解出来ない理念の縷言こそ、ユウゲンマガンさんの思う"真理"なのかもしれないんです」
咲夜は得意げに語っては、レイラを納得させてみせた。
レイラは彼女の喋った事に終始納得して見せ、当のユウゲンマガンは居心地が悪そうであった。
アタッシュケースを地面に置き、さぞ金には全く興味を指し示さないように。
「……で、今度は何処に赴けばいいんだ」
話を戻し、彼女は今度のミッションの内容を問うた。
慌ててリリカが用意した資料を読み直し、何度も間違いが無い事を類推した上で口ごもりながらも応えて見せる。彼女は冷汗を掻きながら、急いで説明する。
「は、はい!今度のミッションの場所は『ゼラディウス国際フォーラム』……聞いたことあるでしょう。
―――毎日毎日イベントが催されている、巨大施設です。
……あそこの地下にある、数多くのイベント準備室の中の準備室C…そこの排気口から行けるみたいですね」
「―――何でお前はそんなに事細かい行き方を知ってるんだよ…?」
ユウゲンマガンはそう聞くや、リリカは更に口ごもってしまった。
麗閑に髪を靡かせる彼女は、ユウゲンマガンの事実且つ明晰な問いに脳裏を紆縈させていた。その紆縈こそ、ユウゲンマガンは霊怪に見えてしまうのであった。
此処で咲夜がフォローに入る。確実に、そしてゆっくりとした口調で。
「内部告発者からの伝令です。誰、とは言えませんが……」
「私が藜藿なのは而來不変の定理だとは思うけどね…。
―――どうも私には其の任侠性とでも云う物だろうか…路傍の石にでもなった疎外感だ、人非人と値されよう、私にはどうも納得が行かないね。
人面獣心、心情が熱鬧するような思いだ…。…私に虚構の寧馨児としての佞才があるなら、その秘籥も歯牙にさえかけないだろうな……」
そう言うや、彼女はアタッシュケースを床下に置いたまま、そのままソファから立ち上がっては去ろうとする。面影が蛍光灯の灯る部屋の中で静かに棚引いて行くのが、視覚的に良く分かる。
百爾、存在としてのカタルシスとレーゾンデートルを天秤に掛けると、やはり此れから出来るであろう百舎重繭は世界の繆巧に過ぎない―――渥恩も彼女にとっては紛らわしい副産物に過ぎなかったのだろう―――。
「ま、待ってください社長ー!」
追いかけるようにレイラはアタッシュケースから零れた金銭をかき集め、纏めて詰め込むやそのまま片手でそれを持って彼女を追いかけるように合わせて去っていった。
机上で散りばめられた資料を咲夜は一から後片付けるが、其処に阿誰構わず手伝うリリカは、元から温情主義であったのだろう、咲夜は手伝ってくれた彼女に礼を告げた。
「―――感謝するわ、有難う」
「私も、ですから…そ、その、気にしないでください……。
―――私を"あそこ"から出れたのは、咲夜さんのお陰でもあるんで……」
そう言うや、彼女は脳裏に繆繞の堊筆で世界を思い浮かべ、そして先を案じたのであった。




