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星守  作者: 黒犬
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鉄は火を帯びて

     第四章「鉄は火を帯びて」



 何が起きているのか、とっさには理解できなかった。

 かつては〈街〉として栄華を誇り、機能を発揮していただろう――その廃墟は現在、各所から火の手が上がっていた。最初はテッガがやったのかと思ったが、よく観察してみると違うことがわかった。

星狩(ほしがり)〉と思しき連中が、大砲を派手に鳴らしている。弾は目標から大きくそれ、むやみやたらに廃墟を吹き飛ばしていた。

あまり洗練されているとは言えない戦い方だ。

統制が取れていないのだろうか。

 粉塵が舞い上がる中で、移動している影がある。

遠目からでも巨体とわかった。その上、俊敏だ。

廃墟を盾代わりに活用し、大砲の弾を防いでいる。ただの獣ではありえない、知能のある「敵」だ。

 ヒビトは「敵」の正体を見極めんと、身を隠しつつ移動した。

大通りの向こう側には、木の柵で囲まれた建物がある。おそらくあそこが〈星狩〉の根城だろう。

そして現在〈星狩〉は、正体不明の「敵」に攻め込まれている。

 予感めいたものはあった。

この廃墟に立ち入るよりも前から、〈星〉を通じて肌がぞわりとするような――そんな感覚を覚えていたのだ。

 警戒、敵意、そして恐怖――

〈星〉が警告している。「敵」の存在を、〈星〉は感じ取っている。

 おそらく、その正体も。

「まさか……」

 大砲の着弾に巻き込まれないよう、慎重に廃墟を走り抜ける。その途中で、建物から二つの物体が上空に飛び出したのが見えた。

大砲の弾などではない。

 人型のカマキリと、スズメバチ――

片方は村で会ったものと同一だった。両方とも、〈星〉の力を借りて変身したのだろう。

〈星狩〉はどれだけの〈星〉を所有しているのか――考えている間にも、二体の〈星使い〉は上空をジグザグに移動し、「敵」に近づいていく。ヒビトに気づいている様子はない。

 廃墟から、「敵」が顔を覗かせた。

小山のような頭部。全貌は未だ見えない。

 スズメバチが右腕を振り上げる。肘から先は巨大な針となっていた。

カマキリがスズメバチに向かって何事か叫んでいたが、スズメバチはその言葉を無視し、「敵」に向かって突っ込んでいく。

 高速で羽を動かし、ゆるやかな弧を描きつつ、「敵」に針を突き立てる機会をうかがっている。かと思えばいきなり軌道を変えて、「敵」をかく乱しようとしている。

「敵」の頭部が、スズメバチの動きに合わせて揺れていた。

スズメバチは「敵」の動きを見ながら、つかず離れずの距離を保っている。隙を見て、一撃必殺の針を叩き込もうという腹なのだろう。

 だが、スズメバチの画策はもろく崩れ去った。

「敵」の頭部の死角――人でいえば延髄にあたる部分に針を突き立てようとしたところで、「敵」がいきなり真後ろを向いたのだ。

スズメバチは呆気に取られ――全身に牙を突き立てられ、一秒と経たずに飲み込まれてしまった。歯と歯の間から羽が出ていたが、「敵」が咀嚼するのに合わせて口の中に引っ込んでいく。

 ぐりん、と「敵」が頭部を真正面に戻した。

廃墟から大通りへ移動し、その姿をあらわにする。

ヒビトはそこでようやく、「敵」の全貌が見えた。

 巨木のように太く、長い脚。

岩のような体から、短い前脚と尻尾が伸びている。

小山のごとき頭部には牙がびっしりと生え並んでおり、ぬめりと光沢がある。

全身は黒く、体の節々には銀色の粉をまぶしたような光点が、夜空に浮かぶ星のように煌めいていた。

 おとぎ話で〈星神〉と戦い、〈星神〉と共にその体を散らし――

 今もなお、各地で暴威を振るう。

〈星〉を、命を、あらゆるものを喰らい尽くし――

 父の命を奪った存在。

 ヒビトはその「敵」の名を呼んだ。

「〈星喰(ほしくい)〉……」

その声に応じたかのように、〈星喰〉は天に向かって吼えた。


     〇


「くそっ!」

 扉は頑丈で、テッガの蹴りにびくともしない。

外からはひっきりなしに、砲声と怒号が聞こえてくる。こんな騒ぎでは誰も、自分がこの部屋に閉じ込められていることなど、気にも留めないだろう。

〈星〉の力でこの扉を焼いてやろうと考えたが、寸前で思いとどまった。どうやらこの扉は鉄でできているらしい。鉄を溶かすほどの火を放って、自分が耐えられるのかどうか、テッガには判別がつかない。

腰の剣も、ここでは役立たずだ。

 依然として外は騒がしい。何かが起こったことは確実だ。

 ここで都合よく、シガラキが戻ってくるとは考えにくい。九年間も離れていた、〈星狩〉の下っ端の息子など、彼にとってはどうでもいい存在だったのだろう。

 なんらかの手段でテッガを殺し、〈星〉を奪い取るつもりだったのかもしれない。

「〈星〉を奪えば、用済みってことか……!」

 だが今は、そのことについて考えている場合ではない。なんとしてでもここから出なくてはならない。

 扉をもう一度叩き――そこで動きを止めた。

 ここから出たとして、それでどうなるというのだ? 

ヒノエ村を捨て、〈星狩〉に見捨てられた。

行くべき場所も帰るべき場所も、もうないというのに。

「…………」

 自業自得、という言葉が頭をよぎる。

これは報いなのだ。

カガミとの約束を守れなかったばかりか、ヒビトを最悪の形で裏切ったことへの。

「違う!」

 乱暴に扉を殴りつける。

「あいつらが……俺を信じなかったからだ。俺を〈星守(ほしもり)〉にしなかったからだ! 俺のせいなんかじゃない!」

 続けて二度三度叩くが、拳が痛むだけだった。

 後悔などしたくない。できるはずがない。

胸の中心からじくじくと痛みが広がる。テッガは我知らず、胸に手をやった。

「くそっ、くそっ……」

 どうすればよかったのだろう。

〈星守〉となったヒビトを祝福すればよかったのか? 

〈星狩〉に寝返ることなく、これまで通り村のために尽くせばよかったのか? 

自分の気持ちを押し殺して? 

心にもない言葉を並べ立てて?

「冗談じゃない! 俺はそこまで、できた人間じゃないんだ!」

〈星〉を求めていた。

〈星守〉になりたかった。

カガミのようになりたかった!

 カガミの気持ちを知りたかった! 

 よそ者だからなんだというのだ。

「俺は、間違ってない……」

だが結果的に、今のような事態を招いた。

 では――何が間違っていたのだろう。

「……俺は……」

 轟音が近づいてくる。面を上げ、とっさに扉から手を離した。その途端、部屋が――いや、建物が大きく揺れた。

 テッガの体が浮き、壁に叩きつけられる。悪態をつきかけたところで砲声が聞こえ、再び建物が大きく揺れた。

「ちっ、次から次へと……」

信じられないことに、大砲を建物に向けた馬鹿がいるらしい。

だがその馬鹿のおかげで、扉が歪んでいる。

テッガは思いきり扉を蹴り飛ばし、部屋から飛び出した。

廊下を駆け抜け、外に出る。階段を下った先に、ようやくテッガは外の状況を知ることができた。

「なんてこった……」

 火の手が上がっている〈星狩〉の拠点。

 柵は崩れ、もはや防壁としての体を為していない。

 逃げ惑い、あるいは武器を構えている〈星狩〉たち。

 倒れ、地に伏せている者たち。

 カマキリは鋭い牙に捕えられ、

 イノシシは巨木のような脚に踏みつけられていた。

この拠点を襲った「敵」の正体に、テッガは愕然とした。

「〈星喰〉……だと?」

その〈星喰〉は頭部ごと口を動かし、カマキリを口中に収めている。

二度三度咀嚼し、肉と骨が噛み砕かれる音が不気味に響いていた。そして脚を動かし、地に伏せて動かないイノシシにかじりつく。

一口ではなく、何度も。

肉が千切れ、〈星喰〉の牙から血がしたたり落ちる。

その陰惨な光景は残存している〈星狩〉の戦意を奪うのに十分過ぎた。彼らは武器を放り投げ、わけのわからない悲鳴を上げ、その場から逃げ出していく。

誰も止める者はいなかった。

「シガラキは……?」

 周囲を見回すと、階段の辺りに人影があった。シガラキだった。

 頭を地につけた状態で、体がさかさまになっている。動く気配はない。階段を上っている途中に頭から落ちてしまったのだろうか? 

「間抜けなことだ……」

〈星狩〉の首領の末路が、こんな形だとは。

 だが、なんの感慨もない。

 テッガは首を振り、シガラキの死体をそのままにしておく。次の瞬間にはもう、彼のことなど頭から放り出していた。

 振り返ったところで、視界がすっと暗くなる。〈星喰〉の影がテッガの体を包み、本体はテッガを見下ろしていた。

〈星喰〉と目が合う。

 自らの経験からテッガは、それが死と同義語であることは瞬時に理解できた。

「…………」

 テッガは〈星喰〉の目に、一瞬だけ見入っていた。

闇色の目――その中に、〈星〉の煌めきにも似た輝きがある。〈星喰〉はまばたきもせず、テッガを、そして彼の手にある〈星〉に狙いを定めていた。

テッガが動くのと、〈星喰〉が動くのとはほぼ同時だった。

〈星喰〉が予備動作もなしに、頭部を――牙を突き出す。

テッガは地面を転がり、起き上がってすぐ、柵に向かって駆け出した。

その動きを読んでいたかのように、〈星喰〉の尻尾が横なぎに払われる。

腕で防御したものの、まるで意味を為さなかった。棒きれのようにテッガの体は吹き飛び、無様に地面に叩きつけられる。

「ぐ……っ!」

〈星喰〉が迫る。

九年前の時のように。

 だが、こちらには〈星〉がある。あの頃とは違い、力も知識もある。

もう、守られるだけの存在じゃない。

負けるわけにはいかない。

 ここで〈星喰〉に負けたら、もう何も残らないではないか。

「……〈星〉よ、力を貸せッ!」

 テッガの叫びに応えるように、手の甲の〈星〉が赤く輝いた。

腰から剣を引き抜くと同時、左の掌を〈星喰〉に向ける。

何もない空間に火の玉が渦を巻いて現れ、テッガはそれを、〈星喰〉の頭部目がけて放った。片目に命中し、〈星喰〉が悲鳴を上げる。たたらを踏み、目に焼きついた火を振り払うべく、頭部をぶんぶんと揺すった。

 テッガは〈星喰〉から距離を取り、建物と柵の合間の広い空間に陣取った。ここであれば、〈星〉の力を全力で振るうことができる。

 火を振り払った〈星喰〉がテッガに向かって吼えた。

だが、その場から無暗に動くことはない。口を閉じ、一歩ずつ踏みしめながら、テッガとの距離を一定に保っている。

見た目に似合わず、慎重派らしい。

観察されているようで、いい気がしなかった。

「そんな目で見るな……!」

 掌を突き出し、火の玉を放出。

続けて二発、計三発。

二発は尻尾でなぎ払われ、残りの一発は〈星喰〉が頭部を下げたことでかわされた。〈星喰〉が頭部を上げると同時、脚を前に踏み出す。

距離はあっという間に縮まり、テッガは舌打ちをした。

「寄るんじゃない!」

 左手を真横に降ると、テッガの周囲に火の手が上がった。テッガの背よりも高い火の壁を前に、〈星喰〉が大きく体を引いた。

〈星喰〉は火の壁から距離を取り、口の隙間から恨めしげな唸り声を出している。

 明らかに火を恐れている。

火は万物を焼き尽くす。平等に、容赦なく。

正体不明の化け物といっても、しょせんは獣の延長上にある生物に過ぎない。生物ならば、火を恐れて当然なのだ。

「……はっ!」

 何も、問題ないではないか。

この力ならば、〈星狩〉も〈星喰〉も関係ない。

いけるはずだ、倒せるはずだ。カガミのように――!

「そうだ、カガミのように……俺は戦える! 〈星喰〉を、天に(かえ)す!」

テッガは剣を握る手に力を込めた。

剣に火をまとわせ、〈星喰〉に強烈な一撃を叩き込んでやるつもりだった。

 だがそこで〈星喰〉は、予想外の動きを見せる。

 口を閉じ、体を低く沈み込ませる。尻尾をまっすぐに伸ばし、両足を踏ん張り、小さな前脚で軽く地面を掻いた。

「なっ!?」

〈星喰〉の狙いに気づいた時には遅かった。

〈星喰〉はテッガに向かって全身を突っ込ませた。火の壁はたやすく破られ、回避しようとしたテッガは〈星喰〉の足にぶつかり、吹き飛ばされた。

 その衝撃で剣が空を舞う。

 二度三度地面を跳ね、長い距離を転がった。

「うぐぅ……」

 ぎこちなく、頭を上げる。離れたところに、剣が地面に刺さっていた。

 腹から血が出ている。おそらく、前脚の爪にも引っかかってしまったのだろう。回避に移るのが遅かった。

「く……くそっ!」

唸り声が聞こえる。面を上げると、〈星喰〉がこちらを見下ろしていた。わずかに頭部を傾け、二つの目がテッガの姿を捉えている。片目は焼いたはずなのだが、どうやら再生してしまったらしい。

 正真正銘の化け物だ。

「な、めるな、よ……!」

 なんとか体を起こし、左手を上げる。

 その時〈星喰〉が、なんの前触れもなく左手の方向を見た。

つられてテッガもその方向に顔を向けたが、特に何もない。

次の瞬間、すさまじい衝撃が予想もしない方向から襲ってきた。

視界が目まぐるしく回転する。

死角から尻尾を浴びせられたのだと気づいたのは、さんざん地面を転がった後だった。

「ぐ、う……」

 あまりに予想外だった。こんな機転の利いた戦い方ができるとは。

〈星〉を持っているぐらいでは、〈星喰〉に通用しないのか?

「違う……違う!」

 地面に伏せた状態で、かろうじて左手を持ち上げる。

 何発か火の玉を放出するも狙いが甘く、一発もかすりもしなかった。

撃ち出しながらテッガは、無理やり立ち上がる。

「カガミの力だ! 〈星守〉なんだ! 〈星喰〉の一匹ぐらい、どうにかできなきゃ嘘なんだよ!」

 何度も何度も撃ち出す。命中こそしているが、〈星喰〉はまるで意に介した様子もない。

 だが――なおもテッガは止めなかった。

「堕ちろ、堕ちろ、堕ちろッ!」

 腹から血が流れても、それでも止めなかった。

「堕ちろぉおッ!」

 全身に火の玉をぶつけられているにも関わらず、〈星喰〉は悠然と歩み寄ってくる。

「う……」

 テッガの足が、一歩下がった。

〈星〉の輝きが弱くなっている。

息は荒く、目は血走り、体は震えていた。

「くっ……」

 とうとう撃つのを止め、テッガは〈星喰〉を見上げた。

尻尾が左右に揺れており、牙をむき出しにしている。足取りに迷いはない。疲れも痛みも蓄積していないように見えた。

例えこの場で逃げ出したとしても、〈星喰〉は俊敏だ。すぐに追いつかれ、牙を突き立てられることだろう。

「…………」

 力なく、腕を下げる。

もうどうにもならない。このまま喰われるしかない。

〈星〉の力が通用しないとなれば、もはや何をしても意味がない。

カガミだってこんな化け物には――

「……ちくしょう」

〈星喰〉の動きが緩慢に見える。

頭部をもたげ、口を開き、牙を光らせ、徐々に近づいてくる。

口の奥には闇が広がっていた。

まるであの時の〈星喰〉のように。

テッガはゆっくりと目を閉じ、うなだれた。

もうどうなっても構わなかった。為すがままに身を委ねようとしたその時――

鋭い、金属音が鳴った。

「なっ……?」

「ぐッ……!」

 目を開けると、赤い髪の人間が、〈星喰〉とテッガとの間で踏ん張っていた。

その髪の持ち主は両腕で、〈星喰〉の顎を押さえている。全身の肌は鈍色で、硬質の輝きを放っていた。

「ぬ、ぐ、ぐぅ……!」

 信じられないことに、自分の体の何倍もの大きさの〈星喰〉を、全身で受け止めている。

なんて馬鹿力だ。

目の前にある大きな背中が、かつて見たものとだぶる。

そうだ。あの背中は――

「カガミ……? いや、ヒビトか……?」

 その名を呼んだ時、赤い髪の持ち主――ヒビトは「へへっ」と笑った。

「何をしょぼくれた顔をしてんだ……テッガ!」

 ヒビトは〈星喰〉の両顎をしっかりと掴み――そのまま力任せに、建物の方にぶん投げてしまった。

激突し、建物は崩れ、〈星喰〉は瓦礫の中に生き埋めとなった。

「なんて奴だ……」

 半ば呆れたようにつぶやくと、ヒビトがくるりとこちらに向いて――いきなり、テッガの頬に拳をめり込ませた。

「がっ!?」

 倒れそうになる寸前に胸元を掴まれ、引き寄せられる。

更に鼓膜が破れそうな勢いで、「この、馬鹿野郎!」

「なっ!?」

「お前、今、諦めただろ! 最後まで戦おうとしなかっただろ! そんなんでよく、〈星守〉になるとか言えたもんだな!」

「…………」

「村から〈星〉を奪っておいて、こんなザマか!? あんな〈星喰〉一匹を倒せないようじゃあ、たかが知れてるな!」

「……なんだと?」

 今度は逆に、テッガがヒビトの胸元を掴み上げた。

「お前こそ、来ているんならさっさと助けに来い! いつもの癖で、どこかで怠けていたのか!」

「なんだよその言い草! 助けてやったんだから、礼の一言でも言ったらどうなんだ!」

「はっ、礼だと? 冗談じゃないぜ。どうせ俺が戦っているのを遠くから見ていたんだろうよ! 肝心な時だけ現れて、おいしいところを持っていくくせに!」

「それ、今、関係ないだろ!」

「いいや、あるね! お前は昔からそうだった! 前に、ザコの〈星喰〉を俺が天に還そうとした時も……」

 爆発するような音と共に、瓦礫が吹き飛んだ。

二人が同時に建物に視線を向けると、〈星喰〉が体を起こしていた。

尻尾を地面に叩きつけ、低い唸り声を上げている。その両の眼はまぎれもなく、ヒビトとテッガに向けられていた。

「……話は後にした方がよさそうだな」

「同感だ」

 ヒビトはうなずき、一歩前に出た。

「おい」と肩を掴んでやると、すげなく払われる。

「いいからお前はすっこんでろって。あんな〈星喰〉の一匹や二匹、おれの力でちょちょいと片づけてやるからさ」

 得意げに鼻を鳴らすヒビトに、テッガは目元を引きつらせた。

「お前一人でできると思ってんのか?」

「どこぞの臆病者よりは、まともに戦えると思うぜ?」

「……上等だ」

 テッガはヒビトを脇に押しのけ、自分も前に出た。

「競争だ。どっちが先にあいつを倒せるか」

「望むところだ」

 二人は肩を並べ、〈星喰〉を睨み上げた。

〈星喰〉は咆哮を上げ、瓦礫を蹴り飛ばしながらその身を躍らせる。

「来るぞ、ヒビト!」

「おうよ!」

 ヒビトとテッガは同時に、大地を蹴った。


     〇


〈星狩〉はその拠点も含め、もはや機能していなかった。

 構成員の多くは逃げ、あるいは喰われた。〈星使い〉が数人いても、たった一体の〈星喰〉には敵わなかった。

 ヒビトにとっても、これほどまでに巨大な〈星喰〉を見るのは初めてだった。姿かたちは他のどのような生物とも似通っていない。しいて言えば爬虫類に近いが、トカゲのようには見えなかった。

 自分の剣を回収したテッガに向かって、ヒビトが叫ぶ。

「テッガ! あいつに火は通用しないのか!?」

「多分な!」

「多分って、どういうことだ……うわっ!」

〈星喰〉が尻尾を叩きつけてくる。

一抱えほどの太さがあり、それが鞭のようにしなってくるので、まともに喰らえば無事では済まない。尻尾の射程範囲内に入らないよう、慎重に距離を取る。

 ヒビトとテッガは円を描くようにして、〈星喰〉を囲んでいた。

 テッガは火の弾をぶつけ、〈星喰〉の気を引いている。

その隙にヒビトは地面に落ちてある槍や剣などを投げつけてみたが、〈星喰〉の皮膚に傷はつかず、弾かれるばかりだ。

「よし、だったら……」

〈星喰〉の首がテッガに向いたのを見て、ヒビトは腰の剣を引き抜いた。勢いよく駆け抜け、〈星喰〉の脚を目がけて、すれ違いざまに一閃。〈星喰〉が背後で小さく呻くのを聞きつつ、大きく距離を取った。

「どうだ!?」

 振り向きざま、〈星喰〉の脚を確認する。確かに傷はついていたが……すぐに塞がってしまう。

尋常ではない回復速度に、今度はヒビトが呻いた。

「さすが〈星喰〉、まともにやり合って倒せる相手じゃない、か」

〈星喰〉が今度はヒビトに狙いを定める。後頭部に火の玉をぶつけられているが、気にも留めていない。

〈星喰〉が突っ込んでくると同時、ヒビトは素早く剣を鞘に納め、右手に力を込めた。

ヒビトの肌が鈍色になり、両足がわずかに地面にめり込む。

「だあっ!」

 同じく鈍色となった拳を、〈星喰〉の鼻先に横から殴りつけてやる。

倒れこそはしなかったものの、〈星喰〉の体は大きくよろめいた。ヒビトは再び〈星喰〉の鼻先に向けて、拳を突き出す。

数歩後退し、〈星喰〉は頭を振ってヒビトを睨みつけた。

「くそっ、固いな!」

「ヒビト、こっち来い!」

〈星喰〉の反撃を回避してから、テッガの言葉に従った。崩壊した建物の陰に隠れ、二人とも荒く息をつく。

「まったく。あんなのを相手にするなんて、予想してなかったぞ」

「そんなことよりお前……その肌はなんだ?」

 テッガがヒビトの腕に触れると、その感触に眉をひそめた。

「鉄? 一体どういうことだ?」

「細かい話は後だ。今はとにかく……」

 足音が近づいてくる。ヒビトとテッガはすぐさま、その場から離れた。

〈星喰〉が建物にぶつかり、瓦礫を吹き飛ばす。テッガはそれらを身軽にかわし、ヒビトは鈍色の腕でひとつひとつ殴り飛ばした。

〈星喰〉が吼え、二人に向かって突進してくる。

「テッガ、俺の後ろに!」

「ああ、わかった!」

再び〈星喰〉の巨体を押し留めるべく両足を踏ん張るが、〈星喰〉は頭部を大きくしならせ、横からヒビトを叩きつけた。

ヒビトの足は地面から離れ、大きく吹き飛んだ。

「ヒビトっ!」

 柵に激突し、木の杭の下敷きになる。

〈星喰〉が勝ち誇ったように牙を覗かせ――突然、爆発した。呻き声を上げ、倒れそうになるのを寸前でこらえる。

〈星喰〉の視線の先には、片手を突き出し、不遜な笑みを浮かべたテッガがいた。

「どうした〈星喰〉。まだ、俺がいるぞ」

怒りに吼えた〈星喰〉は大きく脚を踏み込んだ。

その時、横から木の杭が飛来し、〈星喰〉の体に突き刺さる。体が大きく傾き、かろうじて踏ん張った。

木の杭を投げたのはヒビトだった。

続けて二本目、三本目と投擲するが、〈星喰〉はわずらわしそうに、尻尾でそれらをなぎ払う。

〈星喰〉の気がヒビトに向いたのを、テッガは好機と見た。

左手に力を集中させ、剣に火をまとわせる。その熱気に気づいた〈星喰〉が振り向いてきたが――もう遅い。

 先ほどヒビトが斬りつけた場所――〈星喰〉の脚に火のついた一撃を叩き込む。

確かな手応えがあった。

悲鳴を上げた〈星喰〉が大きく態勢を崩し、そのまま地面に倒れた。

苦しそうに呻く〈星喰〉を見つつ、テッガはヒビトの方へ向かう。ヒビトは木の杭を手に持ったまま、〈星喰〉の様子をじっとうかがっている。

「大丈夫か、ヒビト」

「ああ、そっちこそ」

 ヒビトの視線はテッガの腹に注がれていた。布できつく縛ってはあるが、血が止まる気配はない。テッガの額には汗が噴き出しており、息も荒かった。

 不安げな眼差しのヒビトに、テッガは鼻を鳴らしてやった。

「裏切り者を心配してくれてんのか?」

「……今は、そんなことどうでもいいだろ」

 ヒビトの視線は〈星喰〉に向けられていた。

テッガも「そうだな」とだけ応じる。

〈星喰〉がようやく体を起こした。脚の火は消えているものの、傷口の再生は遅い。若干頭を下げたその様は、力を溜めているようにも、痛みを堪えているようにも見える。しかし二人の姿を捉えた両の眼からは、未だ輝きが失われていなかった。

 ヒビトは木の杭を構え直し、〈星喰〉を睨みつける。

「なぁテッガ。どうすればいい?」

「俺に聞くのかよ……」

「力任せで倒せる相手じゃないってのは、お前にだってわかるだろ。何か手は思いつかないのか?」

「…………」

 テッガが腹を押さえつつ、深い呼吸を繰り返す。一旦きつく目を閉じ、息を吐き出すと同時に勢いよく目を開けた。

「ないでもないな。……とりあえず、剣をよこせ」

 ヒビトは言われた通りに、剣を渡した。

「それで?」

「お前はせいぜい、俺の邪魔をするな」

「はぁ? なんだよそれ……」

「いいな、勝手なことをするんじゃないぞ」

 ヒビトの返答も聞かず、両手に剣を携えた状態で、テッガは駆け出した。

走りながら両の剣に火をまとわせる。

〈星喰〉が低く唸り、前脚の爪が伸びた。両方とも鎌状の刃となり、前脚の倍以上の長さとなる。

その刃にはテッガとヒビト、共に見覚えがあった。

「カマキリ野郎の刃か?」

「あいつ、喰らった〈星〉の力を……」

〈星喰〉が右の刃を振り下ろすが、テッガは左手の剣でそれを受け止めた。すぐさま、右の剣で刃の付け根を叩き斬ってやる。

悲鳴を上げた〈星喰〉が、今度は左の刃を振りかぶった。しかし、テッガが後ろに飛んだことで、刃は地面に突き刺さってしまう。更にテッガはその刃も先ほどと同様に根元から断ち切ってやった。

 両の刃を失ってしまった〈星喰〉は痛みに堪えるかのように呻き声を上げ、細い黒煙が噴き出ている前脚をじっと見つめている。

 その様子にテッガは眉をひそめた。

「こいつ……遊んでるつもりか?」

 いや、とテッガは心中で否定する。

〈星喰〉にはまぎれもなく知能がある。そして喰らったものを取り込み、己の力に変えてしまう特性がある。明らかに使い慣れていないカマキリの刃を出したのは、単純に試しただけではないだろうか?

このまま放っておけばどうなる? 

際限なく成長と試行錯誤を繰り返すのではないか?

現時点でこれなのだ。完全な球形の〈星〉を喰らってしまえば、どんなことになるか想像もつかない。

「危険だな……わかっていたこととはいえ」

突然〈星喰〉の横っ腹に、二本目の木の杭が突き刺さった。テッガの思考はそこで中断し、ヒビトに向かって叫ぶ。

「勝手なことをするな! そんなもん意味がない!」

「やってみなくちゃわからないだろ!」

 言いつつ、再びヒビトが木の杭を投げつける。命中はしたが、まるで堪えている様子はない。

〈星喰〉は狙いをヒビトに変更し、その巨体を果敢に突き進ませた。

「やばい!」

ヒビトは持ち上げた木の杭を放り投げ、〈星喰〉から離れようとした。しかし、ヒビトを追う〈星喰〉の方が速く、両者の距離はすぐに縮まる。

 テッガは舌打ちし、〈星喰〉の顔に火の玉を投げつけた。

〈星喰〉は一瞬だけたじろいたが、ヒビトを追うのを止めない。巨体を揺らし、迷うことなく向かっていく。

テッガの方はいつでも始末できると判断したらしい。

「なめやがって……!」

 追いつつ、火の玉をぶつける。だが、牽制にもならない。〈星喰〉の関心は完全にヒビトに向いている。

覚悟を決めたのか、ヒビトは振り向きざま、体のほとんどを鈍色に変化させた。

両腕を大きく広げている。

明らかに迎え撃つつもりだ。

「よせ、ヒビト! 受けるんじゃない!」

〈星喰〉が牙をむき出しにし、ヒビトは両手を突き出した。耳をつんざく金属音が鳴り、テッガはその音と目の前の光景に顔をしかめた。

「ぐ……ぐぐっ……」

 ヒビトは突き出された牙をわし掴みにし、振り回されまいと両足を踏ん張っている。

あまりにも単純な力技に、テッガは呆れるようにため息をついた。

「ったく……馬鹿野郎が」

 言いつつ、二本の剣を両手に構え、〈星喰〉に肉薄する。〈星喰〉の頭部は低いところにあり、その目も、跳躍すれば手が届く距離にあった。

 ためらいなくテッガは飛び――

「はぁッ!」

〈星喰〉の片目に火の剣を突き刺した。

 鼓膜が破れそうなほどの絶叫を上げ、〈星喰〉の頭部が大きくもたげる。縦に、横に頭部を揺するものの、剣が外れる様子はない。

 地面に倒れているヒビトに向かって、テッガが叫ぶ。

「無事か、ヒビト!」

「……テッガ! 前!」

 反射的に前に視線を向けたその時、〈星喰〉の尻尾が迫ってきた。

 まともに喰らい、テッガの体が地面の上を滑る。

「テッガッ!」

 ヒビトが叫び、立ち上がろうとするが、〈星喰〉はそれを許さなかった。同様に尻尾を大きく振り回し、ヒビトの体も弾き飛ばす。

「ぐっ……」

 テッガが体を起こすも、地面を踏む足に力がなかった。左手で右腕を押さえ、かろうじて〈星喰〉を見上げる。

その〈星喰〉はテッガの手から離れてしまった剣を牙で咥え、見せつけるかのようにひょいと宙に放り上げ、丸ごと飲み込んでしまった。

「……ちっ」

 片目だけとなった〈星喰〉が、テッガを見下ろしている。一歩ずつ踏みしめ、確実にテッガとの距離を縮めていく。〈星喰〉の闇色の目がテッガを捉え――テッガもまた同様に、〈星喰〉を見つめ返していた。

「ったく……思い出させやがる」

 誰にともなく、テッガがうそぶく。

 視界の端で、ヒビトが体を起こすのが見えた。何事か叫んでいる。この距離では、今から駆けつけたとしても間に合わないだろう――テッガはそう見当をつけた。

〈星〉を見せつけるように、左手を上げてみせる。

〈星喰〉が反応したのを、テッガは確かに見た。

「これが欲しいんだろ? ……くれてやるよ」

〈星喰〉が吼える。

 ヒビトが叫び、大地を駆ける。

 テッガは左手を水平に伸ばし、ただ前を――〈星喰〉を見据えた。

「来い! 〈星喰〉ッ!」

「やめろぉおおおおッ!」

〈星喰〉が口を広げたと同時、ヒビトが全身を鈍色に変化させる。

 ヒビトは〈星喰〉の横っ腹に肩からぶつかり――〈星喰〉の軌道をわずかに変えた。

 あくまでも、わずかだった。

〈星喰〉の口が閉じる。

 歯と歯がかち合い――

 肉の千切れる音がした。

 同時に、テッガの体が大きくぐらつく。

もんどりうったヒビトの目の先に、左肩から先が消失している友の姿があった。

「テッガぁ!」

 思わず駆け寄ろうとしたが、倒れ伏せているテッガとの間に〈星喰〉が立ちはだかった。

「どけ! この……」

 そこから先の言葉は続かなかった。脚で蹴り飛ばされ、地面に転がされる。

ヒビトが土のついた顔を上げると、〈星喰〉が勝ち誇ったように天に向かって吼えていた。

 そこで異変が起きた。

〈星喰〉の体が突然、震え出した。口、鼻、目から黒煙が噴出している。腹部が赤く発光し、そこから火がつき、またたく間に全身が燃え上がる。

〈星喰〉は悲鳴を上げ、巨体を乱暴に躍らせた。

「な、なんだこれ……?」

 ヒビトはテッガの元に駆け寄り、体を起こしてやる。テッガの息は先ほどにも増して荒く、顔色も悪かったが、皮肉気な笑みを浮かべていた。

「思った通りだったな……」

「テッガ、どういうことだよ、これ?」

「火に耐えられるつったって、中身はそうもいかないってことだ……」

〈星喰〉はもはや炎の塊となり、でたらめに暴れている。

二人の目と〈星喰〉の片目が一瞬だけ交わったその時、〈星喰〉は堪えるように巨体を深く沈ませる。

〈星喰〉の意図を二人とも、瞬時に察した。

「来るぞ、ヒビト……」

「わかってる」

 ヒビトはゆっくりと立ち上がり、テッガの眼前に立った。

〈星喰〉は力強く大地を踏みしめ、体を前に進ませる。全身に火をまとったまま、鼻先から突っ込んでくる。

もはや、口を開く余裕もないらしい。

最後の踏み込みでほとんど飛び込むように、その身を投げ出した。

右手を勢いよく突き出し、ヒビトが叫ぶ。

「〈星〉よッ!」

ヒビトの全身が一瞬にして、鈍色に変わる。

素早く手を引き、拳を強く握り込む。そのまま向かってくる〈星喰〉の鼻先目がけ、鉄の拳を叩き込む。

「だあああああッ!」

岩が砕けるような音と共に、〈星喰〉の頭部から全身に、亀裂が生じる。

「天に……(かえ)れッ!」

更にもう一方の拳を同じ場所に打ちつけ、その衝撃で〈星喰〉の頭部は瓦解した。脚も体も尻尾も、内部から爆発したかのように砕け散る。

それらは火に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 火の粉が舞い、熱気がヒビトの髪を、肌をなぶった。

拳を突き出した状態のまま、ヒビトは肩で荒く息をついていた。

「倒した、のか……?」

「見りゃあ、わかるだろ」

 テッガの声に、ヒビトは振り向いた。テッガの体は横たわっており、肩から血がとめどなくあふれている。

「テッガ……おい、テッガ!」

 ヒビトはテッガの衣を千切り、肩口をきつく縛った。しかし、血が止まる気配はまるでない。

蒼白になるヒビトを前に、テッガは目を細めた。

「なんて顔をしてやがる……」

「だって、お前、こんな!」

「当然の報いだろ。そう思えよ……」

「思えるかよ馬鹿野郎! いいから、村に急ぐぞ!」

「お前こそ馬鹿か……ここから村まで、どれだけあると思ってんだ」

「うるさい!」

 ヒビトは有無を言わさず、テッガの体を担ぎ上げた。その場から立ち去ろうとしたところで――

「おい、〈星〉を忘れるなよ……」

「え?」

「〈星喰〉に喰わせてやったんだ……いいからさっさと、回収しろ……」

 テッガの言葉に従い、未だ燃えている〈星喰〉の死骸に近寄る。

〈星〉の場所はすぐにわかった。腕を鉄に変え、火の中に手を突っ込む。赤く輝く〈星〉を掴み上げ、ヒビトは軽く嘆息した。

「こんなもののために……」

 テッガは何も言わなかった。


〈星狩〉の拠点から脱出し、テッガを馬に乗せる。

彼の目は閉じられており、かろうじて息をしているものの、表情に生気はなかった。

 それからしばらく、馬を走らせる。何度もずり落ちそうになるテッガの体を、支えるのに苦労した。

「……下ろせ」

 不意に、テッガが口を開いた。

聞き間違いかと思ったが、「さっさと下ろせ」と言われたため、ヒビトは仕方なくその言葉に応じ、手近なところにある木の根元にもたれかかせた。

「はぁ……ったく……」

 テッガの息は細く、胸がわずかに上下している。生気のない瞳で、テッガはヒビトを見上げた。

「どういうことなんだ……」

「何がだよ」

「さっきのお前の力だ……〈星〉なのか?」

 ヒビトは目を伏せ、懐から左手で赤く輝く〈星〉を取り出した。これはテッガの手にあったもので、先ほど〈星喰〉から回収したものだ。

そして右手の甲をテッガに見えるようにする。そこには鈍色に輝く〈星〉が埋め込まれていた。

赤く輝く〈星〉と、鈍色に光る〈星〉。

二つの〈星〉を前に、テッガはわずかに目をむいた。

「村で鉄が採れるだろ? あれは、この〈星〉があったからなんだ」

「そんな〈星〉、聞いたことがない……」

「おれも知らなかった。長老と父さんが、隠していたらしいんだ」

「カガミが……?」

 ヒビトはうなずいた。

「どういうことなんだ。説明しろ……」

「〈星〉は二つあった。ひとつが奪われた時のために、もうひとつを隠していたんだ。そして長老は今年の〈星継〉で、その存在を明かすつもりだったんだ」

「なに……!?」

「〈星〉は二つあった。ひとつは俺に、そしてもうひとつはお前に……長老は、最初からそのつもりだったんだよ」

「…………」

「お前も、〈星守〉になれるはずだったんだ。本当なら」

 絶句しているテッガを、ヒビトは痛ましげに見ていた。

 やがてテッガはふっと鼻で笑い、くっくっと喉を鳴らした。次第に息が荒くなり、残った腕で地面を叩く。

「ふざけるな……!」

「でも、本当のことだ」

「ふざけてるって言ってんだよ、それが!」

 何度も息を吐き出し、喉から言葉を絞り出す。


「だったら俺は、一体なんのためにッ!」


 テッガの叫びは夜の闇に吸い込まれ、やがて消え失せた。

ヒビトは何も答えられず、ただ押し黙っている。

やがてため息とも笑い声ともつかぬ声が、テッガの口から漏れた。

「ったく、馬鹿馬鹿しいな」

「テッガ……」

「何もかも、馬鹿馬鹿しい。あの村のことも、〈星〉のことも、〈星狩〉も、なんもかも……まぁ一番馬鹿馬鹿しいのは、俺自身だがな」

「…………」

「お前だって、そう思うだろ?」

「……わかんねぇよ」

 ヒビトの答えに、テッガは口の端を歪ませた。

「なぁ、ヒビト」

「なんだ?」

「お前は本当に、〈星守〉になりたくなかったのか?」

「……ああ」

「カガミが望んでなかったからか?」

 ヒビトは目を見開いた。「なんでそれを?」

「〈星〉が見せてくれたんだ。お前の親父の記憶を」

「そんなことが……」

「そうなのか?」

 ヒビトは目を伏せ、やがてうなずいた。

「母さんとも約束したんだ。俺が〈星守〉になることを、二人は望んでいなかった」

「……そうか」

「父さんは……」

「ん?」

「父さんはお前に……〈星守〉になれとか、そんなこと言ったのか?」

「いいや、言っていない」

「そうか……」

「なぁ、ヒビト」

「なんだ」

「……悪かったな」

「…………」

 ヒビトは目をこらし、テッガの肩口を見た。止血に使った布は赤く染まっており、ぽつりぽつりと血が滴り落ちている。自らの服を脱ごうとしたところで、「無駄なことだ」とテッガが言った。

「助からないさ、こんな傷じゃあ」

「黙ってろって」

 テッガの言葉を無視して、傷口を更に強く縛り上げる。その後テッガを抱え上げ、馬に乗せた。

 肌から血の気が失せているテッガは、なおも口を動かし続けた。

「村に連れ戻して、どうするつもりだ……」

「これから考える」

「何もかも打ち明けるつもりか……?」

「それもこれから、考える」

「ふん。何も考えてないまま、村を飛び出したんだろ……お前らしいよ」

「喋るなって。傷口に障る」

「構わないさ。どうせ……」

「喋るなって言ってんだろ」

「…………」

 それからしばらく、無言の状態が続いた。

途中で何度もテッガの体がぐらつき、その度にヒビトが支えてやった。月明かりのおかげで、テッガの肩から血が流れ落ちるのがよく見えた。

 村まではまだ距離がある。

馬を全速力で走らせても、陽が昇るまでに間に合うかどうか怪しい。

「…………」

やがてヒビトは馬を走らせるのを止め、ゆっくり歩かせた。テッガがほんのわずかに首を動かし、小さな声で何事かささやいた。

「なんだ、テッガ?」

「……〈星〉を……」

「〈星〉? ああ……ちょっと、待ってろ」

 馬の手綱から片手を離し、懐から〈星〉を取り出す。赤く輝く〈星〉をテッガの体に回し、手に持たせてやった。

テッガは無言でしばらく、それを眺めていた。

ある程度進んだところでテッガの手から〈星〉がこぼれ、地面に落ちる。

ヒビトはとっさに馬を止めた。

「おい、テッガ……」

 呼びかけるも、反応はない。

「おい、聞こえてんだろ」

 テッガは何も答えなかった。力なくうなだれ、ヒビトから見るその背中は、あまりにも小さい。

「…………」

 ヒビトは目を閉じ、深く息を吐いた。

テッガの体が落ちないように注意しつつ、馬から降りる。

〈星〉を拾い上げ、ヒビトはテッガの方を振り向いた。彼は身じろぎひとつもしていない。馬と一体化してしまったかのようだ。

 赤く輝く〈星〉が、一瞬だけ強く煌めいた。反応らしい反応を見せたのはそれっきりで、後は中心部からわずかな輝きを発するのみだった。

 ヒビトは友の背と〈星〉を見比べ、もう一度彼の名を呼んだ。

「テッガ」

 返事はなかった。

ヒビトにも、それはよくわかっていた。


 空には月と、無数の〈星〉がある。

その内のひとつが弧を描き、吸い込まれるように地上へ落ちていく。

 昔から伝わるおとぎ話を、ヒビトはふと思い出していた。

この星の守護神である〈星神〉という存在が、はるか彼方からやって来た〈星喰〉と戦ったという物語だ。

七日に渡る激闘の果てに〈星神〉はその身を散らし、そのひとつひとつが〈星〉となって、空に降り注いだという。

今しがた空から降って来たあの〈星〉も、〈星神〉の体の一部なのだろうか。

〈星〉は力であり、宝であり、命でもある。

 その〈星〉を用いて、災厄を退ける役割を持つのが〈星守〉。

 だが、〈星〉のことも〈星守〉のことも、自分は何も知らないに等しい。

〈星〉を狩るもの……〈星狩〉も。

〈星〉を喰らう……〈星喰〉も。

〈星守〉であった自分の父も。

〈星守〉に憧れたテッガのことも。

 自分は何も知らないことを、ヒビトは思い知った。


     終章「二人の星守」



 あれから一か月が経った。

 身近な人を失う悲しみと苦しみは、どれだけ時が経っても癒えることはない。

 喪失感と共に過ごすヒビトに、誰も何も言わなかった。


 村に戻った時に、嘘をついた。

おそらく、テッガにとっては不本意な嘘を。

「テッガは〈星狩〉から〈星〉を奪い返すために、一人で立ち向かったんだ。その途中で〈星喰〉に襲われたんだけど、おれと一緒に戦って……最後にはおれを庇って、死んでしまった……」

 作り話には嘘と本当を適度に交えた方が、効果があるという。

かつて、テッガから聞いた作り話のコツだ。

ヒビトの嘘を老人たちは素直に聞き入れようとしなかった。しかし大人たちに押し切られ、しぶしぶ納得する形に落ち着いた。

長老とマンマはヒビトの嘘に何も言わず、ただそれを飲み込んだ。

 長老と老人たちは長い協議の果てに、ひとつの結論を下した。

おそらくこれが、長老にできるテッガへの罪滅ぼしだったのだろう。

 かくして、〈星〉を奪い返しに〈星狩〉の拠点に乗り込んだ勇気を讃え、テッガは〈星守〉として名を連ねることになった。

 しかしその使い手はもう、この世のどこにもいなかった。


 星見の丘に向かう途中で、あの子供たちに出会った。

テッガが鉄細工を贈ったというあの兄妹だ。二人で仲良く、首からぶら下げている。

「テッガの墓参り?」と妹が言った。

「ああ」

「僕たちも行っていい?」と兄が言った。

「ああ」

 村の中心部から離れ、林道を突き進む。兄妹たちは黙ってついてきていた。

 彼らの片親は〈街〉から来た「よそ者」で、老人たちからの風当たりは強かった。テッガが〈星守〉になったことで、その風は幾分弱まったらしい。

「よそ者でも〈星〉を告げる」という前例を作ったことで、村の雰囲気は変わりつつある。この兄妹たちもその影響を、少なからず受けていた。

 開けた空間に出る。

青空が視界いっぱいに広がり、遠くの方には山が見えた。

丘の真ん中には、木を組み合わせた墓があった。薄い、不格好な鉄細工が首飾りのようにぶら下がっている。

 その墓に花と握り飯を添えて、ヒビトと兄妹たちは手を合わせた。

やがて妹の方から、素朴な疑問を投げかけられる。

「ねぇ、ヒビト。どうしてテッガの墓、ここにあるの?」

「ここからなら、空も星もよく見えるからな」

「ふーん、そうなんだ」

 次は兄の番だった。

「ねぇ、ヒビト。ヒビトは〈星守〉になったの?」

「……そんなところ、かな」

「テッガも〈星守〉になったんでしょ?」

「ああ」

「僕もいつか大きくなったら、テッガみたいな〈星守〉になれる?」

 ヒビトは兄の顔をじっと見て、軽く微笑んでやった。

「ああ、なれるよ」

「よそ者でも?」

「なれる。諦めなければね」

 兄は目を輝かせ、両手を強く握り込んだ。

「よぉし……大きくなったら〈星守〉になる!」

「あたしも! 〈星守〉になる!」

「……はは」

 ヒビトのかすかな笑い声は、二人の耳には届かなかったようだ。

彼らの純粋な思いが、ひたすらに眩しい。

 ヒビトは自分の言葉に、白々しさを感じないでもなかった。

しかし、信じてみたい気持ちも幾分かあった。

十年後二十年後にはこの村も、何か変わるかもしれない。

いや、もう変わり始めている。この子たちがその証ではないか?

 ヒビトはふと、考えた。〈星守〉となった自分に課せられた使命と責任とはなんだろうかと。

 村や〈星〉を守ること?

〈星狩〉や〈星喰〉と戦うこと?

 もちろん、それだけではないだろう。

 ヒビトの両親はヒビトが〈星守〉になることを望んではいなかった。

彼らの思いを裏切ってまで、〈星守〉となることを受け入れたのは、テッガのことがあるからだ。

〈星守〉になりたがっていたテッガは生きている間に、その思いを叶えることはできなかった。彼が死んでようやく、村は変わる気配を見せた。

だが、それでは不十分だ。

彼と共に変え続けていく必要がある。

 二つの〈星〉と、二つの意志。

それがこの村を変えていく。

 変化の果てに何があるのか、現時点では想像もつかない。

だが、この村を変えないと、友の思いが無駄になる。

そう信じたからこそヒビトは、〈星守〉であることを受け入れたのだ。

だが、どんな風にやればいいのかはわからない。

今は、まだ。

しかしこの兄妹たちを見ていると、彼らの中にある意思にこそ、その鍵が秘められているように思えてくる。

名もなき鉄は火を帯びて、形を変えて剣となる。

その剣が未来を切り開く――そんな気がするのだ。


                              完


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