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星守  作者: 黒犬
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ヒノエ村

     星守(ほしもり)


     序章「星神(ほしがみ)伝説」


 むかしむかしの物語。

 わしらが住んでいるこの星には、神様がおられた。

 星の命をつかさどる、〈星神(ほしがみ)〉と呼ばれる存在だ。〈星神〉はわしらが住んでいるこの星と同時に生まれたのじゃ。

 最初は未熟な命だった。

長い年月をかけて、星と共に成長していった。

 天地が作られ、海が湧き、数多の生命が誕生していくと、〈星神〉もより強く、より大きくなっていったのだ。

 ある時、はるか彼方から星の命を喰らう化け物がやって来た。

 そう、〈星喰(ほしくい)〉だ。

そいつはありとあらゆるものを喰らい、より強く、より大きくなっていく。そしてそいつは今も、この星のどこかに生息しておる。もしかしたら、この村の近くにもいるかもしれない。そいつがこの村の宝である〈星〉を喰ってしまったら、とんでもないことになるじゃろうな。

これ、ヒビト。ちゃんと話を聞くのだ。

なに、もう父さんから聞いた? ……いいから、聞いておくのだ。テッガを見なさい、きちんとしているではないか。

 まったく……さて、話を戻そう。

 どこからだったかな……そうそう、〈星喰〉のことだ。

その〈星喰〉は長い長い旅をしてきたおかげで、腹が減っていた。その時目をつけたのが、わしらの住んでいるこの星だ。数多の生命にあふれているこの星は、〈星喰〉にとって絶好の餌場だったのじゃよ。

 しかし、〈星喰〉の前に立ちはだかる存在がいた。

星の守護神、〈星神〉だ。

 星の命をつかさどる〈星神〉にとって、星の命を喰らう〈星喰〉の存在は到底許せるものではなかった。星の命が失われれば、〈星神〉の命も消滅するからだ。

 つまり、死だ。

〈星神〉と〈星喰〉との戦いは七日続いたという。

〈星喰〉の牙が〈星神〉の盾に突き立てられる度、あるいは〈星神〉の剣が〈星喰〉の体を切り裂く度、空に流星が流れ落ちたという。

 そして七日目の夜に、決定的な瞬間が訪れた。

〈星神〉と〈星喰〉の消滅だ。

 両者は相打ちとなり、ばらばらに砕け散った。〈星神〉の体は無数の〈星〉に分かれ、広く、空に降り注いだ。

 これが伝説の〈星降る夜〉だ。この村の祭り――〈星夜祭(せいやさい)〉はここからきている。

 さて、ここからはヒノエ村の話になる。

〈星神〉がばらばらになり、無数の〈星〉となった。それぞれの〈星〉には大いなる力が込められており、その内のひとつがあるところに落ちたのだ。

それを拾い上げた少年が、最初の〈星守(ほしもり)〉となった。

〈星〉の力で村を守り、〈星狩(ほしがり)〉のような輩を退け、〈星喰(ほしくい)〉を天に(かえ)す……それが、〈星守〉の役割なのだ。

〈星守〉となったその少年は人々と協力し、村を立ち上げた。

それがヒノエ村なのだ。

「さて、ここまでで質問はあるか?」

「……長老。ずっと気になっていたことがあるんだ。この村の〈星守〉はカガミだったんだろう? でも、そのカガミは……」

「うむ。カガミはもういない。立派に〈星守〉の役割を全うしてみせた」

「それじゃあ、次の〈星守〉はどうなる? 今、この村を守る人間は誰になるんだ?」

「うむ、鋭い質問じゃな、テッガ。実際、今この村に〈星守〉はいない。〈星〉を継ぐに値する人間がいないのと、〈星〉が誰も選ばないからな……それに、この村における決まり事もある」

「決まり事って?」

「星を継ぐ儀式……〈星継(ほしつぎ)〉は十年に一度しか行われない。それを破って無理に〈星守〉を立てるのはいかがなものか、という意見があるのだよ。……この点についてヒビト、お前はどう思う?」

「どうだっていいよ。おれ、〈星守〉なんかになる気はないし」

「……そうか。テッガ、お前は?」

「わからない。俺には、何も言えない」

「そうか。難しいことを聞いて悪かった。……さて、話は終わりだ。もう行っていいぞ」

「んじゃテッガ、行こうぜ! いつもの場所まで競争な!」

「おい待て、ヒビト! ずるいぞ! 先に行くんじゃない!」

「……行ったか。誰が〈星〉を継ぐことになるか。お前がもしも生きていたら、自分の息子に〈星〉を継がせることを望みはしないのだろうな。……カガミ」




     第一章「ヒノエ村」




 村を見下ろせる小高い丘の上で、その青年は寝そべっていた。

 半袖に膝丈までの服装で、髪は赤い。

そばには鞘に収まった剣が置かれている。

 足を組み、片手を頭の後ろに回して、のんきに鼻を鳴らしていると、方々に伸びっぱなしの髪が風にそよいで揺れた。首から下げた円形の鉄細工を片手でつまんでおり、じっと眺めている。

 その鉄細工は二枚一組となっており、分割するとオタマジャクシが尾を曲げたような形になる。

テッガによれば〈街〉で流行りの意匠だそうだが、それ以上のことは知らない。

 不格好な鉄細工だ。いつ見てもそう思う。

 不意に、風の流れが変わった。そばにあった剣を掴み、とっさに横に転がると、先ほどまで自分がいた地点に鞘が振り下ろされる。

不機嫌そうな三白眼がこちらを睨んでいる。テッガだ。

「また怠けてるのか? ヒビト」

ヒビトはへらへらと笑いつつ、ゆっくりと体を起こした。

「お前も怠けようぜ、テッガ。今日は風が気持ちいい」

「『今日は』じゃなくて、『今日も』だろうが。いつもいつも飽きもせず、ここで怠けやがって。呼びに行く方の身にもなれ」

そう言って鞘に収まった剣の切っ先を突きつける。

 ヒビトはぽりぽりと頬をかき、仕方なく立ち上がった。

「やるか、決闘?」

「…………」

「おれが勝ったら、祭りの準備やらなくてもいいよな?」

「よく言うぜ」

 一歩踏み出すと同時、テッガは鞘から剣を引き抜いた。

 ヒビトも同じように剣を引き抜いて、鞘を放り出す。

向かってくるテッガを、ヒビトが迎え撃つという形だ。両者の刃がぶつかり合い、派手な音を鳴らす。

「だぁっ!」

 ヒビトが剣を掴む両手を一気に押し出す。

それに合わせてテッガは身を引き、軽く跳躍しつつ距離を取った。二人とも剣を構え、双方を睨みつけている。

 先に動いたのはテッガだった。わずか数歩であっという間に距離を詰め、左手で剣を振りかぶる。ヒビトはそれを易々と受け止めたが、テッガの攻撃はそれで止まらなかった。横から、そして斜めから次々と斬撃が繰り出される。

かろうじて剣で防ぐヒビトだったが、テッガの動きに対応しきれていない。防戦一方となり、徐々に押されていく。

「お、おっとっと……」

「…………」

 テッガが大きく剣を振り上げた。

ヒビトは待っていたと言わんばかりに口の端をつり上げ、下から一撃を放った。これでテッガの剣を弾いてやる算段だった。

 しかし、その目論見は読まれていた。

 突然テッガが身を引き、ヒビトの斬撃は空ぶった。

テッガは器用に剣を逆手に持ち替え、ヒビトの剣を弾き飛ばしてやる。

「あ……」と口を開けた時には遅かった。

喉元に切っ先が突きつけられている。剣を構えたテッガは何も言わず、ただヒビトを睨み上げていた。

ヒビトは目を丸くし――やがて、ふぅとため息をつく。

「わかった、わかったよ。降参だ」

「…………」

 テッガは釈然としない顔つきで剣を下げ、鞘に納めた。

 テッガの四肢は長く、背も高い。細面ではあるが、生来の三白眼のおかげで、顔つきにもなかなか迫力がある。口も達者で知識の量も豊富だから、〈街〉で交渉する時にも困らないだろう。

今のように、戦いにも長けている。

そして働き者だ。

 怠け者の自分とは、大違いである。

「へっへっへ」と薄笑いを浮かべると、テッガが不気味なものを見るような目つきになった。

「負けたくせになんだ、その笑いは」

「いいや、別にさぁ」

「……とにかく、決闘は俺の勝ちだ。さっさと村に戻れ。〈星夜祭(せいやさい)〉までもう時間がないんだぞ」

「はぁ、めんどくさいなぁ」

「なんなら今すぐ〈街〉に行ってもらって、出稼ぎの連中を引っ張り出すって大役を任せてもいいんだが?」

「つつしんで、村の祭りを手伝わせて頂きます」

 ははー、とわざとらしく両手を地面につけ、頭を下げる。

 テッガは顔をしかめ、ため息をついた。ふと、ヒビトの首から下げられている円形の鉄細工に目が留まる。

 目を細め、呆れたような顔をしてみせる。

「……まだそんなものを持っていたのか」

「『そんなもの』ってことはないだろ。自信作だろ、お前の」

「……それが自信作なら、今まで作ったものは全部ガラクタだな」

 む、と唇を尖らせる。

テッガはやれやれと手を振り、ヒビトに背を向けた。

「〈星守〉の息子がこんなところで油を売っているとわかっちゃ、じじいどももさぞかし、大いに嘆くだろうよ」

「そういうの、止めろよ」

ヒビトはますますふくれた。「わざとだよ」とテッガが言うと、腕を組み、憮然とした顔つきになる。

「さっさと村に戻れ。二度、言わせるなよ」

「へいへい、わかったよ」

 テッガは丘を下り、林道へと向かっていった。

彼の姿が見えなくなると、ヒビトはゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。陽はまだ昇っている途中だ。吹き行ける風は相変わらずだったが、先ほどのような爽快感は完全に消え失せていた。

 低く沈んだ声で、ヒビトはつぶやいた。

「〈星夜祭〉、か……」


 ヒノエ村は山に囲まれた、小さな村である。

 鉱山があり、鍛冶場があり、昔から鉄の採掘と加工がさかんで、武器や装飾品などを作り上げている。それらは商品として、ここよりはるか西にある〈街〉に売りに出され、得た資金と物資で発展を繰り返してきた。

 しかしここ数年で、ヒノエ村の人口は減少の一途を辿っている。

 村で鉄の採掘と加工に励むよりも、〈街〉に出稼ぎに行った方が、効率が良いと考えた若者たちが、どんどん流出していったのだ。

そして彼らの半分以上が、村に帰ることはなかった。

残りは年に一度の〈星夜祭〉ぐらいにしか戻ってこない。そして〈星夜祭〉が近づいているにも関わらず、村に帰ってくる者はいなかった。

現在、村の人口をもっとも大きく占めているのは老人とだいぶ歳を経た大人たちである。それと比較すると、若者と子供の割合はあまりに少なかった。

 そして、若者と呼べる年齢に値しているのは、ヒビトとテッガのみだった。


「よう、ヒビト! またどっかでほっつき歩いてたのか!?」

 やぐらの土台を作っている村人の一人が、大きな声で叫んだ。他の者たちも、彼に負けじと声を張り上げる。

「お前もいい加減、ちったぁ真面目になれよ!」

「長老を安心させてやりな!」

「とにかく怠けた分、手伝えよこら!」

 ヒビトはうるさそうに耳に指を突っ込み、軽く息をついてから大声で返した。

「わかったよ、わかった! で、何を手伝えばいいのさ!?」

「とりあえず、あの丸太を持ってきてくれ! お前なら一回で済むだろ!」

「おいおい、いくらなんでも無理を言いすぎだろ! よくて二回か、三回だ!」

「二回か、三回?」

 広場の端を見ると、そこには確かに丸太が五本ほど積まれていた。大人一人なら一本、ヒビトなら二本は担げると見たのだろう。

ヒビトは小さく鼻を鳴らし、丸太の方にずんずんと近づいていった。紐が固く巻きつかれており、ちょっと引っ張ったぐらいでは解けそうにもない。

「これなら、問題ないな」

 そう言うとヒビトは丸太の真ん中辺りで腰を屈め、丸太と地面の間に手を差し込んだ。

それを見た大人の一人が、からかうような声を出す。

「おい、ヒビト! いくらなんでも無茶だって!」

「無茶かどうかは、やってみなくちゃ……ふん!」

 五本一組の丸太が地面から離れる。それに伴いゆっくりと、ヒビトの腰が上がる。

それを見た村人たちが呆気に取られ、作業の手が止まった。

丸太をまとめて担いだヒビトは、そのままやぐらに向かってずしずしと歩を進めていく。広場をはしゃぎ回っていた子供たちが、ヒビトの顔を見上げ、ぽかんと口を開けていた。

「危ないから、どいてな」

 子供たちはヒビトの言葉に素直に従った。

 子供の一人が石につまずいて転びそうになったのを見て、ヒビトはあることを思いつき、それを実行に移すことにした。

やぐらにある程度近づいたところで、何もないところでつまずく。

「おっと!」

 前のめりになり、丸太が地面に突き刺さった。思わず村人たちが駆け寄り、丸太とヒビトを支える。

「言わんこっちゃない! 横着するからだ!」

「へっへっへ、悪い悪い!」

 再び丸太を持ち上げ、周りの村人たちに心配そうな目で見られつつも、なんとか無事に運び終えることができた。

丸太を立てた状態で、地面に下ろす。

 得意げな顔を浮かべ、ふんと鼻息を鳴らしてやった。

「一回で済んだけど?」

 しかしヒビトの表情とは裏腹に、大人たちはどこか憮然とした顔つきになっていた。

「……親譲りの馬鹿力があるとはいえ、なぁ」

「さすがなんだが、危なっかしいんだよなぁ」

「テッガだったら、こんなことないよなぁ」

 ヒビトの眉がぴくりと上げる。丸太を彼らの方にゆっくりと傾けてやると、泡を食ったようにその場から逃げ出した。

「こら、ヒビト! 遊ぶんじゃない!」

「へいへい、わかりましたよっと」

 改めて丸太を地面に寝かす。村人たちがヒビトの周りに集まり、ヒビトのつま先から頭までをしげしげと眺めた。

「何を食ったら、こんなに育つんだろうな?」

「普段から鍛えてるようには見えないんだがなぁ」

「やっぱりアレか? 〈星守〉の息子だってことが関係してるのか?」

 するとヒビトは顔をしかめ、手を振った。

「その話は止めてくれって、何度言ったらわかるんだよ」

「だって、なぁ……」

「なあ」

 大人たちが顔を見合わせる。

ヒビトはため息をつき、彼らから視線を外した。

すると視界に、陰気な集団が映る。

 首から下を黒衣に包んだ老人たちが、こちらに向かって歩いてくる。彼らの多くは腰が曲がっており、その歩みは緩慢だ。

彼らの発する無言の圧力が村人たちを退かせている。 

やがてヒビトの前で立ち止まり、老人の一人が代表するように面を上げる。

「さすがは〈星守〉カガミの息子だな、ヒビトよ」

「…………」

「英雄の息子たるもの、そうでなくてはいかん。〈星〉の力を借り、村を率いるには強靭な肉体と精神力が不可欠だ。そもそも、〈星守〉とは……」

 老人が長口上を述べ始めたが、ヒビトはまったく聞いていなかった。わざとらしく指を耳の穴に突っ込み、あらぬ方向を眺めている。

「聞いておるのか、ヒビト」

「へいへい、聞いてます」

 老人はヒビトの態度に不満げではあったが、気を取り直すように咳払いをした。

「とにかく、お前が〈星〉を継ぐことを村の誰もが望んでおる。それに恥じない振舞いを心がけるべきだ」

 この老人たちの中では、先ほどの『失態』はなかったことになってるらしい。あるいは見ていなかったのか。

「はいはい、気をつけますよっと」

「〈星夜祭〉を楽しみにしておるぞ」

 老人たちはヒビトの脇を通り、広場を通過していった。

彼らの背中を、ヒビトは冷ややかな目で見送っている。

 口に出した言葉はあまりに小さく、誰の耳にも届かなかった。

「本人が望んでないのに?」


     〇


 村の広場から少し歩いたところに、鍛冶場がある。

石で積み上げたかまどが全部で五つほどあり、内部では炎が煌々と燃え盛っていた。そのかまどから離れた場所で、村人たちが輪を作って握り飯をつまんでいる。

彼らの多くは年輩で、その中に若いテッガが混ざっていた。

「もうすぐ〈星夜祭〉か」

「毎度のことだが、どうも最近は祭りが来るのが早ぇって気がするぜ」

「そりゃあ、てめぇが歳を取ったんだ。ダハハ……」

 村人たちが談笑している中、テッガは黙々と握り飯を口に運んでいた。

「〈星夜祭〉といやぁ、今年はどうするんだろうな?」

「あん? なんの話だ」

「決まってんだろ。〈星継(ほしつぎ)〉だよ。もう、十年経つんだぜ」

 村人の一人がぽかんと口を開け、手を叩いた。

「そうか、もう十年なのか。ということは……」

 ちらり、とテッガをうかがう。

テッガはその視線に気づいていたが、何も言わなかった。

「十年……ええと、テッガが来たのはいつだ?」

「九年前じゃなかったか?」

「そうか。カガミが〈星守〉になってから、ちょうど一年だったな……」

 大人たちの表情が沈痛なものに切り替わっていく。一人がため息をつき、手元の握り飯に視線を落とした。

「今年はどうなんのかな……」

「どうなるつってもな」

「やっぱり、あれだろ。最初からヒビトで決まってるんじゃないのか?」

「でも、あいつ、怠け者だぞ。〈星守〉にふさわしいか?」

「ふさわしいかどうかじゃなくて。結局はじじいどもが決めることだし。おれたちがどうこう言える立場にねぇよ」

「そりゃ、そうかもしれないけどよ……」

 複数の視線が、テッガに向けられる。それがわずらわしく、テッガは無言で立ちあがっていた。何も告げず、大人たちの輪から離れていく。

「やれやれ……」

カガミの話題が出ると、いつもこうである。気を遣われているのかどうか、わかりにくいったらありゃしない。

ふと正面から、黒衣をまとった老人たちがやってくるのが見えた。

 鍛冶場は村の中心から外れたところにある。それに、彼らがいつも集まるのは長老の家で、わざわざここまで足を運ぶことなどほとんどない。

 老人たちの姿を見た瞬間から、彼らの意図をテッガは見抜いていた。

 テッガの前で立ち止まる。最前列を歩いていた老人の一人が、重たげに口を開いた。

「精を出しているようだな」

「ああ、おかげさまでな」

 テッガの返事に、老人がふんと鼻を鳴らす。

「殊勝なことだ。だが、騙されんぞ。お前がいくら村のために尽くそうとも、わしらは決してお前を認めん。その理由は、お前が一番よくわかっておろう?」

「…………」

「お前をこの村に置いてやっているのは、〈星守〉カガミに敬意を示してのことだ。そうでなければ、誰がお前なぞを……」

 テッガはさりげなく、老人たちから視線を外した。わざわざ好き好んで、侮蔑と嫌悪に満ちた顔を見てやることはない。しかし目をそらすことはできても、ヒビトのようにわざとらしく耳を塞ぐ真似はできなかった。

 なおも老人は話を続ける。

「近頃、〈星狩(ほしがり)〉と〈星喰(ほしくい)〉の活動が活発だと聞くぞ」

「……〈星狩〉の方はどうだか知らないが、近頃の〈星喰〉はザコばかりだ。俺とヒビトで十分蹴散らせる」

「それは結構なことだ。どちらも警戒すべき存在ではあるが、盗賊くずれの〈星狩〉どもは人間である分、たちが悪い。奴らのような人種は、言葉巧みに人を惑わすのが得意のはずだ。村の誰かと通じている可能性とて、十分に考えられる」

「そいつが、俺だと?」

「ふん……他に誰がおる?」

 テッガは先ほどのお返しとばかりに、鼻を鳴らしてやった。

「非論理的だな。よそ者だから、〈星狩〉と通じているなんざ。それなら、この村を捨てた連中はどうなるんだ? 妻子を捨てたイサリビは?」

 テッガの言葉に、老人たちが色めき立った。ひそひそと囁き合い、舌打ちし、あるいは耳障りな呪詛をつぶやく者もいた。

テッガと向かい合っていた老人は憎々しげに顔を歪め、睨み上げる。

「奴らは……奴らは、いずれ帰ってくるはずだ……イサリビとて、気が変われば戻ってくるだろうよ」

「いずれって、いつだ? 〈星夜祭〉まで間もないってのに、帰ってくる奴は一人もいないじゃないか。その理由を少しは考えてみたことがあるのか?」

「理由だと?」

 テッガは老人たちを見下ろし、どうしたものかと思案の色を瞳に浮かべた。

まさか正面切って、「てめぇらみたいなクソじじいどものツラを見たくないからに決まってるだろ」と言えるはずもない。言ってやりたい気持ちはないでもないが、自ら進んで自分の株を下げるような真似は避けたかった。

 もっとも老人たちの中で、テッガの株が上がった試しなど、一度もなかったが。

 テッガは深々とため息をつき、「まぁいいさ」

「よそ者扱いにはもう慣れた。祭りの準備があるから、どっか行ってくれ」

「貴様、我々を邪魔者扱いするか……」

「わざわざこんなところまで足を運んできといて、よく言うぜ。あんたたちがいるんじゃあいつらも、やりにくいことこの上ないだろうよ」

 大人たちの方をあごでしゃくる。

彼らは全員一様に、テッガと老人たちを緊張の眼差しで見つめていた。

 老人は大人たちを一瞥し、不愉快そうに眉をしかめる。

無言で踵を返し、その場から離れ始めた。他の老人もそれに続く。去り際、テッガに侮蔑の眼差しを向けることを忘れずに。

 彼らの背中を見送ることはせず、テッガは大人たちの輪に戻った。

大人たちは重たげに口を閉ざし、テッガを不安げな眼差しで見ている。

一人が近づき、テッガの肩を叩いた。

「気にすんなよ、テッガ」

「……別に、いつものことさ」

「あいつら、時代遅れなんだ。村だけ、内輪だけじゃやってけない時代が来てるのに、いつまでも昔の慣習に縛られてるんだからな」

「そうそう。よそ者はよそ者ってな」

「テッガはまだしも、イサリビの奥さんや子供たちにまであんな具合だもんな。ホント、救えねぇよ」

 村人たちが次々とぼやくように言った。

 テッガは適当に相槌を打っていたが、頭の中では別のことを考えていた。

 老人たちがあそこまで傲慢かつ尊大でいられるのは、最初の〈星守〉を支え、ヒノエ村を興したという実績があるからだ。

それがわかっているからこそ、大人たちは老人たちに強くは言えない。

 だから表だってテッガをかばうこともできない。

 大人たちがテッガを案じていることはわかっているが、ときおり、無性に、彼らの態度に苛立つことがある。

 何を恐れているのだろう、とテッガは思っている。あんなしわくちゃの連中の何を、そこまで恐れているのだろう。

理解しがたく、また、理解する必要もない。そう考えている。

だから自分はいつまでも、よそ者に過ぎないのだろうか。九年も身を置いていながら、未だにこの村のそういうところに馴染めないでいる。

「…………」

 老人たちが去った方向に目をやる。彼らの背中が薄ぼんやりと見えていた。

 どれだけ村のために尽くそうが、彼らは自分を決して認めないだろう。

別にそれでもかまわないのだが、それでは困ることがある。

〈星〉を継ぐためには、老人たちからの承認を得ることが必要だ。彼らがテッガを認めない限り、永遠に〈星〉を継ぐことはできない。

〈星夜祭〉まで、そして十年に一度の〈星継〉まで、もう間もない。

〈星〉を継げるのは力と知恵と勇気を持ち、村のために尽くす者とされている。

 単純な腕力ではヒビトに及ばずとも、他では負けない自信があった。

そう言い切れる実績も、自分なりに積んできたつもりだ。

 だが……


     〇


 広場の中心では大人三人分ほどの高さの、やぐらが組まれつつある。

その周りで村人たちが、汗水流して祭りへの準備に励んでいた。縄がないだの丸太が足りないだの、そんなことを大声で張り上げている。

毎年見る光景だ。

毎年のことだから、〈星夜祭〉に向けてどんな風に準備が進んでいくかも、大体把握している。大物のやぐらは組み終わったから、力仕事が必要な作業はあまりないはずだ。

 ヒビトはそう見当をつけ、村人たちの顔をざっと見回した。こちらを気にしている様子はない。

今ならば、抜け出せる。

 後ろ足でこっそりと、その場から離れていく。五歩ほど歩いたところで、くるりと足の向きを変えた。村の外れに向かって駆け出そうとした瞬間、熱く、弾力のある壁に行く手を阻まれる。

「おやおや」と壁が喋ったが、もちろん、それは壁ではない。

「どこへ行こうっていうんだい、ヒビトちゃん?」

 ヒビトよりも背が高く、横幅も広い。ちぢれた黒髪に、太い眉毛。両手に樽を抱えたその女性は、得意げにヒビトを見下ろしていた。

 ヒビトは気まずそうに目をそらし、ぽりぽりと頭をかいた。

「いやぁ……みんなへの差し入れでも持って行こうかな、なーんて」

「ほう? 差し入れねぇ?」

 女性はにやりと笑い、広場の方をあごでしゃくった。

広場の一画に人だかりができている。あそこで差し入れを行っていることを思い出したヒビトは、観念したように肩を落とした。

「なんでこんな間の悪い時に、マンマと鉢合わせるかなぁ……」

「日頃の行いが悪いからでしょ?」

 マンマは見た目通り、豪快に腹を揺らして笑った。両手に抱えている樽のひとつがずり落ちそうになり、「おっと」と膝で持ち上げて抱え直す。

「あたしゃ、ヒビトちゃんといいところで会えて良かったよ。とりあえずこれ、持ってくれるかい?」

 言いつつ樽のひとつを、ヒビトに押しつける。

しぶしぶ受け取り、ヒビトは口を尖らせた。

「マンマならこんなの楽勝だろ」

「馬鹿言っちゃあいけないよ。あたしゃ、これでもか弱い女性なんだからね」

「か弱い?」

「なんか言ったかい、ヒビトちゃん?」

 にこやかな微笑みを打ち消し、マンマが目を細くした。

「なんでもないです」と首を横に振る。

マンマは再び笑みを浮かべ、「とりあえず、ついておいで」

「ちょっと話があるのさ……〈星夜祭〉と〈星継〉についてね」

 その言葉で、ヒビトの顔に緊張が走った。

マンマは樽を抱え直し、広場へと向かっていく。

ヒビトは素直にマンマの後を追った。

 いくつもの樽が積まれた一画で一息ついたヒビトとマンマは、改めてお互いの顔を見合わせる。

「さっきね、父さん……長老の家で話し合いがあったのさ」

「〈星継〉についてなのか?」

「ああ、多分ね。あたしはその場に加われなかったし、長老もあんまり話してくれなかったけど、この時期に話し合いってのは、そういうことだと思うよ」

「……誰が〈星〉を継ぐんだ?」

「わからないさ、それは」

 マンマはゆっくりと首を横に振った。「でもね」

「じい様たちの口ぶりから察するに、多分だけど、次に〈星〉を継ぐのはヒビトちゃんだと思うよ。もう何年も前から……それこそ、カガミが亡くなった時からずっと決めていたんじゃないかな」

 ヒビトの顔が険しいものになる。

首筋に手をやり、張りつめた息を長々と吐いた。

「結局、そういうことになるのか……」

「最初の〈星守〉の血筋なんだ。そう簡単に変えるつもりはないだろうね」

「でも、それだけだろ?」

 ヒビトの口調はわずかな棘を含んでいた。

「〈星守〉の血筋っていうだけで、父さんの息子っていうだけで、そいつも〈星守〉にならなくちゃいけない理由がどこにあるんだ? おれなんかより、もっともっとふさわしい奴がいるのに」

「テッちゃんのことかい?」

 ヒビトは答えず、マンマから目をそらした。

マンマは腕を組み、「気持ちはわかるけどね……」

「テッちゃんが星を継げるようになるまでは、まだ時間が必要だと思う。じい様たちだって、先は長くない。あと十年、二十年もすればきっと……」

「それじゃ、遅いんだよ」

 吐き捨てるように、ヒビトが言った。

「あと十年も二十年も辛抱しろってのか? そんなの、おれだったらごめんだ。テッガはずっとこの時のために頑張ってきたはずなんだ。それなのにまだ、そんな理由で待たなくちゃいけないのか……?」

「…………」

「おれは〈星守〉になりたくない。なるわけにはいかないんだ。〈星守〉だったら、あいつの方がふさわしい。マンマもそう思うだろ?」

 マンマは周囲に視線を巡らし、村人たちがこちらに関心を寄せてないことを確認してから、わずかに首を縦に振った。「あたしも同感さ」

「働き者だし、真面目だし、腕っぷしも立つ。テッちゃんが〈星守〉になってくれれば、きっと今以上に、村のために尽くしてくれるだろうね」

「だったら……」

「話は最後までお聞き。……誰が〈星〉を継ぐのかを決めるのは長老と、じい様たちなんだ。長老はともかく、じい様たちがテッちゃんを認めるとは思えない」

「よそ者だからか?」

「じい様たちの言葉で言うならね」

「馬鹿馬鹿しい!」

ヒビトは歯ぎしりを立てた。

「いつまでそんなことを言ってんだ? だから、若い奴がどんどん村から出て行くんだよ!」

「長老も同じように考えてるさ。昔からのやり方に縛られては、若い人たちの気持ちを繋ぎ止めることは難しいだろうって。でもね、じい様たちは昔からのやり方にこだわっている。そうでなくては、村が……〈星守〉や〈星継〉の仕組みが成り立たなくなるって本気で思っているのさ」

「こっちはガキの頃から、〈星〉が使い手を選ぶって聞いてるんだけど?」

「…………」

「それに、テッガだったらこう言うぜ」

 ヒビトは指で、両目の端をつり上げた。

「『じじいどもがこだわっているのは自分たちの面子だけだ』ってな」

 マンマは困ったような笑みを浮かべていた。

「テッちゃんもヒビトちゃんも、本当にじい様たちが嫌いなんだね」

「当たり前だろ」

「まぁ、仕方ないか……」

 あらぬ方向を見つめ、こめかみをぽりぽりとかく。マンマの様子に、ヒビトは不満そうに唇を尖らせた。

「なんだよ、マンマはじいさんたちの味方なのかよ」

「いいや。あたしは、どっちの立場も意見も理解できるってだけ」

 ヒビトが怪訝そうに眉を寄せる。

「あたしから言えるのは」とマンマが一息置いた。

「もう少し相手のことを考えてみろ、ということさ」

「なんだよ、それ」

「じい様たちは仕方ないかもしれないけれど……一番身近にいる人間の気持ちを、見誤ってはいけないよ」

「……テッガのことか?」

「あたしはね、知ってるんだよ」

 やや、意地悪そうな微笑みを浮かべている。「何を?」とはうかつに聞けない雰囲気が、マンマの全身から漂っていた。

 ヒビトはたじろぎつつも、なんとか声を絞り出した。

「テッガの何を、知ってるんだよ?」

「テッちゃんじゃないよ。ヒビトちゃんのこと」

「はぁ?」

「そしておそらく、テッちゃんも気づいている。そろそろいい加減、本当のことを打ち明けてみたらどうだい?」

 どくん、とヒビトの胸が不気味に弾んだ。マンマに痛いところを突かれ、一瞬だけ呼吸をするのを忘れていた。

 マンマにばれている? 

テッガにも?

 もしかしたらじいさんたちも知っているのか?

 ヒビトの心境を見透かしたように、マンマが言葉を紡いだ。

「あんたのことをわかってるのは多分あたしと、テッちゃんだけだと思うよ」

「……そう、なのか」

「実際のところ、どうなのさ?」

 ヒビトは顔を歪め、マンマから目をそらした。

答えられないのは、その通りであると肯定したのと同じことだった。

「やっぱり、そうなのかい?」とマンマがなんともいえない複雑な表情を浮かべている。

「テッちゃんに気を遣ったつもりなんだろうけど……」

「やめてくれよ、そういうの」

 ヒビトは無造作に手を振った。

マンマの言葉がわずらわしく感じ始めている。

 マンマは首をすくめ、「わかったよ」と言いつつ背中を向けた。

「あたしゃヒビトちゃんもテッちゃんも、実の息子みたいに思ってる」

「…………」

「だからついつい言い過ぎるんだろうさ……ごめんね」

 マンマはヒビトの視界から消え、ヒビトは一人、立ち尽くしていた。

マンマにぞんざいな口をきいてしまったことを、早くも後悔しかけている。だが、余計に心配してくれるのも、それはそれでわずらわしいのである。そういった気持ちがないまぜになり、ヒビトは意味なく地面を蹴った。

 見抜かれているとしたら、いつ頃からなのだろう。

 最初から? 途中から? それともごく最近?

 最初からだとしたら、なんてお笑い草だ。

「参ったな……」

 ヒビトはため息をつき、空を見上げた。

先ほどまでは雲ひとつない良い天気だと思っていたのに、今ではどこか、苛立たしい。気候をつかさどる神が、自分を嘲笑ってこんな天気にしたとしか思えないぐらいだ。

 八つ当たりに近い感情を抱いている自分に、惨めさを覚えた。


     〇


 その子供たちの父親は、名をイサリビといった。

そして母親は〈街〉からイサリビが連れ込んで来た者である。今もなお、子供たちと村で暮らしている。

老人たちに、冷たい目で見られながら。

 老人たちは村以外の世界、そしてそこに根づく様々な価値観があることを頑なに認めようとしない。外の世界から村に来て、生活して、命を育むことがあっても、「いつかは村を捨てるだろう」と言ってはばからないのだ。

実際に村を……妻子を捨てたのは、純粋な村人であるイサリビだったのだが。

残された母親と子供たちはもはや、村以外に行く場所がない。だから仕方なく(かどうかはわからないが)、ここに身を置いている。老人たちの視線と嫌味さえ我慢すれば、生きていくには十分困らないからだ。

しかし、外から来た者に対する老人たちの態度は、他の子供たちに十分影響を及ぼしているのである。

 今、テッガは彼らの喧嘩の仲裁をしているところだった。

 経緯はこうだ。広場の隅で遊んでいた子供たちが、ささいなことをきっかけに口喧嘩を始めた。次第に激しくなり、「よそ者の子供のくせに!」という言葉が引き金となり、取っ組み合いになったのである。

 テッガはたまたまその近くにいた。

子供の一人が暴言を吐いたのも、確かに聞いた。

子供の喧嘩に大人が口出ししてもいいことはない。しかし、その時ばかりは少々事情が異なっていた。

 取っ組み合いをしていた子供二人を引きはがす。

それでも二人とも相手に掴みかかろうとしていたが、「やめろ」の一言で、ぴたりと動きが止まった。二人とも、喧嘩の仲裁をしたのがテッガであることに気づいたらしい。

「だってよ、テッガ。こいつが悪いんだぜ……」

 そう言って、喧嘩相手を指差す。

涙目になっており、手は震えていた。

「よそ者の子供のくせに」と言われたことが、あまりに悔しくて仕方なかったのだろう。

テッガにはこの子供の気持ちが、痛いほどよくわかる。

 だが、それとこれとは別である。

「それでも、何度も殴りつけるのはやり過ぎだ。こいつの顔を見てみろ」

 顔がよく見えるように、近づけてやる。

顔には無数のすり傷と、赤く腫れた跡があった。その子供は肩を震わせ、涙目の子供を睨んでいる。

涙目の子供は「でも、でも……」と鼻息を荒くしていた。

 テッガはため息をつき、子供たちから手を離した。身を屈め、子供たちと同じ視線の高さに合わせてやる。

「悔しいのはわかるがな、暴力は良くないことだ」

「……うん」

「そしてお前も。相手が傷つくようなことを言ったらどうなるか、もう少し頭を働かせることだ」

「…………」

 その子供は不満げに口を尖らせていたが、わずかにうなずいた。

 テッガは二人の背中を軽く叩いてやり、ゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、俺は祭りの準備に戻る。あまりうるさくするなよ。じい様たちに怒鳴られるのは嫌だろう?」

 二人とも、同時に首を縦に振った。

 テッガはその場から離れたが、一度だけ肩越しに振り返ってみた。仲直りの様子はなかったが、喧嘩を再開する雰囲気でもない。

それだけわかれば十分だったので、視線を前に戻した。


 それからしばらくして。

休憩の時に、テッガのところに先ほど涙目になっていた子供とその妹がやってきた。子供たちは何か言いたそうに、もじもじしている。

「なにか用か?」

「う、うん……」

「なら、さっさと言うことだ。時期を逃すと、言いそびれたままになる」

「じきをのがす?」

「……まぁいい。それで?」

 子供はうなずき、妹の方をちらりと見た。

妹は兄の体に隠れるようにして立っており、怯えと警戒の入り混じった目でテッガを見上げている。

見たところ、三歳か四歳というところだろう。兄の方は五、六歳のはずだ。

「さっきあいつらから、『よそ者の子』って言われたんだ」

「ああ、俺も聞いた」

「〈星夜祭〉とか、〈星継〉の話をしてて。おれも、カガミみたいな〈星守〉になりたいって言ったんだ。でもお前にはむりだって。なんでって言ったら、『よそ者の子』だからって。よそ者だと、ぜったいに〈星〉を継げないの?」

「……そうだな」

「なんで?」

「そういうことになっているんだ」

 子供は少しだけ、唇を尖らした。どうやら今の答えには納得してくれなかったらしい。テッガ自身も、まぁそうだろうなと思っていた。

 よそ者が〈星〉を継げないのは、〈星〉が使い手を選ぶうんぬんよりも、外の人間を認めようとしない老人たちの意向によるところが大きい。実際に、今まで〈星〉を継いで〈星守〉になれたのは、村で生まれた者のみだ。

村に来たばかりの頃、よそ者は〈星〉を継げないとわかって、一日中不機嫌だったことを思い出す。

ヒビトが自分に、申し訳なさそうな顔をしていたことも。

今の時点で子供たちに納得してもらうのは酷だろう。テッガ自身、納得できていないのだから。

納得していないものを妥協して受け入れて、「納得しろ」と他の者に押しつけるのは筋が通らない。

 どうしたものかと考えを巡らしていると、妹が兄の体から、少しだけ顔を覗かせていることに気づいた。「どうした?」と尋ねると、妹はびくっと体を震わせ、再び兄の陰に隠れた。やりづらい。

 兄の方が、再び口を開いた。

「テッガも、よそ者なんでしょ?」

「……まぁ、そうだな」

「母さんがいつも言ってる。『テッガが〈星〉を継いでくれたら、どんなにいいことか』って。それって、どういう意味?」

 テッガはあごに手をやり、数秒考え込んだ。今この場で説明しても、飲み込めるかどうか判別がつかないからだ。

 しかし、曖昧にお茶を濁すようなことを言っても、この子たちのためにはならないことはわかっていた。

 テッガが子供たちと目を合わせ、嘘偽りなく語る。

「仮に……もし、俺が〈星〉を継げば、『よそ者でも〈星〉を継げる』っていう前例を作ることができる。〈星〉を継げたってことは、村から認められたってことで……つまり、もうよそ者と言われることもないってことだ」

「そうなの!?」

「そういうことだ」

 へぇー、と兄は目を輝かせた。妹の方も気にする素振りを見せている。

「じゃあ、テッガが〈星〉を継げば、おれたちもよそ者って言われなくていいの?」

「……そう簡単にいくかどうかはわからないさ」

 ふい、と顔を背ける。

子供たちはテッガの様子を不思議そうに見つめていた。

 鐘の音が聞こえてきた。仕事再開の合図だ。

 テッガはポケットから、鉄細工を取り出した。かつてヒビトに贈ったものと同じ意匠だが、こちらの方が綺麗に仕上がっている。二枚一組になっており、それぞれオタマジャクシのような外見で、組み合わせると円形になる。

 テッガはその鉄細工を、兄妹それぞれに一枚ずつあげた。二人とも、物珍しげに眺めている。

「なぁに、これ?」

「贈り物だ。これで喧嘩したことなんか、忘れてしまえ」

「おくりもの? くれるの?」

 こくり、とテッガはうなずいた。兄妹は喜び、その場ではしゃいだ。

「ありがとう、テッガ!」

「ああ」

 すると妹の方も一歩前に出て、小さな声で「ありがとう」と言った。やや面食らったが、すぐに皮肉気な笑みを浮かべてやった。

「いいから、さっさと行きな。俺はこれから仕事なんだ」

「はーい!」と兄の方が元気よく答え、妹を連れてその場から走り去った。

 やれやれと首を回していると、背後から誰かが近づいてくるのを察した。振り向くと恰幅の良い女性が、面白いものを見たとでも言うように、にやにやと笑っている。

 マンマに見られたくないところを見られ、テッガは舌打ちした。

「……見ていたのか」

「いいところあるじゃない、テッちゃん」

「テッちゃんは止めろって何回も……」

「まぁまぁ。テッちゃんにも人間味のあるところを確認できて、おばさん嬉しいよ」

「勝手に言ってろ」

 マンマに背中を向けて歩き出すが、数歩のところで立ち止まった。

「じじいどもの話し合いが終わったのか?」

「ああ、さっきね。……知りたい?」

「ふん。どうせ、今度の〈星守〉はヒビトだっていう話だろ」

「うん……まぁ、ね」

「正直だな、マンマは」

 テッガは半身だけ振り返った。

「そのことを伝えるために、わざわざ来たってのか?」

「そんなんじゃないさ。少し、話がしたかったんだよ」

「話だと? おいおい、俺はこれから仕事が……」

「まあまあいいじゃない。やぐらも作っちゃったし、だいたいの部分は終わっているんだろう? 後は村の連中に任せちまえばいいじゃないか」

「…………」

「他人に任せるのは、嫌いかい?」

「……まぁ、そうだな」

 テッガは腕を組み、息をついた。

「それで? 話ってのはなんだ?」

「特に、たいした用件があるわけじゃあない。ただ、テッちゃんがここに来てからもう九年になるんだねって」

 マンマは空を見上げた。

つられて、テッガも面を上げる。九年前は今日のような快晴ではなく、くすんだ空模様だった。

「同時に、〈星守〉カガミが死んでから九年になるわけか」

「早いもんだね。あたしはまだ、昨日のことのように思い出せるよ」

「俺もだ」

「テッちゃんとヒビトちゃんは、余計にそうかもしれないね」

「ふん……」

 カガミが死んだ日と、テッガが村に来た日は同じだ。

 陽が昇る前からくすんだ空で、いつ雨が降ってもおかしくなかった。

〈星〉を狩る盗賊――〈星狩〉から逃げてきた幼いテッガはヒノエ村の近くまで来ていて、そこで〈星〉を喰らう怪物――〈星喰〉に襲われた。

そこを助けてくれたのが、〈星守〉カガミだ。

彼は命を投げ捨ててまで、自分を守ってくれたのだ。

〈星守〉が助けた子だからこそ、よそ者扱いはされても、村から追い出されるようなことはなかったのである。

 だが、あの日のことで誰も知らないことがある。

 人に話せるようなことじゃないし、それは例えマンマやヒビトであっても、同様だ。

 もっとも――腹に一物抱えているのはヒビトもだろうが。

「今年の〈星夜祭〉なんだが……」

「うん? なんだい?」

「……いや、いい。なんでもない。忘れてくれ」

「そう言われると、気になっちゃうんだけど」

「忘れてくれって言ったろ」

 テッガは広場とは反対側の方向に歩き出した。林を突っ切れば、村の入り口と川原に辿り着く。

「どこ行くんだい?」

「顔を洗いに行ってくる」

マンマの視線を背中に感じてはいたが、振り返ることはなかった。


「ふぅ……」

 川原で顔を洗い、一息ついた。

水面に陰鬱そうな表情を浮かべている自分がいる。

 先ほどのマンマとのやり取りが、脳内で何度も繰り返される。

 その度に胸の内側から、黒くうごめく、得体の知れないものがじくじくと広がっていく感覚がある。

まるで浸食されているようだ。

 立ち上がり、知らず知らずの内に胸を押さえる。そのまましばらく水面に視線を落としていると、自分の顔の右斜め上に、人影が写った。

とっさに振り向き、「誰だ!」

「名乗っても、お前はきっと私のことなどわからないだろうよ」

 木の上に立っていたのは、細身の男だった。黒く、身軽そうな衣装を全身にまとい、頭部にも黒い布を巻きつけている。

 テッガは腰の剣に手を伸ばしつつ、慎重に問いかけた。

「その口ぶり。俺のことを知っているみたいだな」

「まぁ、そうだな。我ら〈星狩〉の中では、ちょっとした有名人だ」

「〈星狩〉だと……!?」

 テッガの目が見開き、全身に緊張が走った。

「とっくの昔に潰れたかと思ったぜ」

「勝手に潰してもらっては困るな。私たちは九年前からずっと、今日この日まで着実に力を蓄え続けていたんだ。あの忌々しい〈星喰〉に対抗できるだけの力をな」

「九年前? お前たちも、〈星喰〉に襲われたのか?」

「……ああ、そうだよ。お前たちを送り出した後で、突然襲われたんだ。おかげで〈星狩〉は大打撃を受けてしまった」

 胸から何かを取り出し、テッガに見えるように掲げる。小さな、崩れた形の鉱石のようなものが、まばゆい光を放っていた。

「それは……」

「察しの通り、〈星〉さ。といってもこれは欠片に過ぎないし、この程度のものならば〈街〉でも売られている。私たちが求めているのは、より完璧に近い形の〈星〉だ。そしてそれは今も、この村にあるはず」

「……まだ諦めてなかったのか?」

「その言葉には、少々語弊がある。諦めていたのではなく、思い出したのだよ。〈星狩〉を再建することに力を注いでいて、この村を襲うことは先延ばしにしていたのだ」

「で、〈星狩〉を再建した後で、この村の〈星〉を狩ることを思いついたわけか」

「ついでに、ヒバの子供の様子を見るためにな」

 テッガの目つきが鋭くなる。

「あいつはもう、父親でもなんでもない」

「そう言うことはないだろう。たった一人の肉親のはずだ」

「てめぇの息子を奴隷として仕立て上げ、村に送り込むような奴がか?」

 数秒の間が空き、細身の男がため息を漏らした。

「どうも、何か勘違いしているようだな。あの時はお前以外に適任がいなかったんだ。それに、お前だって了承した上で臨んだはずだが?」

「…………」

「まぁ、過ぎたことだ」

 細身の男は〈星〉の欠片を胸に戻した。

「〈星夜祭〉の日に、村を襲う。私たちがかく乱している隙に、お前には〈星〉を狩って欲しい」

「なぜ俺が、その言葉に従わなくてはいけないんだ」

「わかっているはずだ」

 細身の男はテッガを見下ろし、冷たく言い放った。

「私たちは〈星狩〉。忘れたとは言わせない。九年間村で過ごしていたとしても、お前はずっと〈星〉のことを考えていたはずだ。どんな風に狩るのが一番効率いいかについても。そういう風に育てられていたのだから、当然だ」

 テッガは歯噛みし、拳を震わせた。

図星だった。

「お前ならばできるはずだ。お前ならば〈星〉を狩れる。それとも……今になって、この村に愛着がわいたか?」

 テッガは答えられず、うつむいている。

無言を肯定として受け取ったらしく、細身の男は呆れたような吐息をついた。

「九年間もいれば当然かもしれないな。だが、改めて言っておくぞ。お前は〈星狩〉だ。一生、その事実から目をそらすことはできない」

「…………」

「〈星夜祭〉までに、もう少し時間はあるはず。それまでによく考えろ。お前が選ぶべき道はどこにあるのかを」

 言い残し、細身の男は木の陰に隠れた。

次の瞬間にはテッガの頭上を、何かが通り抜けていく。虫の羽音を何倍にも増幅したような音が聞こえなくなった後も、テッガはしばらく立ち尽くしていた。

 あの男の言う通りだった。

いつもずっと〈星〉を求めている。

それは、自分が〈星狩〉だからなのだろうか。

〈星狩〉として星を狩る。言うまでもなく、村を裏切る行為だ。九年間も身を置いてきたこの村を、一夜で捨てることになる。

「……ちっ」

 迷っている。自分は今、どちらの道を選ぶべきか迷っている。

〈星〉を狩るべきなのか。

〈星〉を守るべきなのか。

 迷うということ自体が、自分の心に陰が差している証拠だ。

 おそらく、今回の〈星継〉で星を継ぐのはヒビトだろう。

でも万が一、自分が〈星〉を継げるとしたら? 

〈星〉を狩る必要などなくなるのではないか? 

それどころか〈星〉の力を用いて、〈星狩〉を追っ払うことだってできるはず。

〈星守〉カガミのように、雄々しく戦って。

 そんな風に事が運べば、どれだけいいだろう。

 だが――自分が〈星〉を継げる可能性はあまりに低い。

 村のために尽くして働いても、ヒビト以上に力を見せつけても、それでもやはりよそ者である自分より、〈星守〉の息子であるヒビトが選ばれる可能性が高い。

 だとしたら自分はこの九年間、一体何をしてきたのか。

 いつまで経っても村に認めてもらえないのなら、意味がないのではないか。

 もしも、〈星〉を継げなかったら、その時は――


初めまして、黒犬と申します。

「小説家になろう」に投稿するのは初めてですので、拙い所があるかもしれません。

少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。

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