魔法図書館の司書
「魔法図書館の中での詠唱はお控えください」
仕事を淡々とこなす。
馬鹿騒ぎする輩に注意する。
ただそれだけの事なのに舌打ちされる始末。
勿論嫌になる。
でも。それでも、この仕事を辞めない理由。
それは――
「やっほー、リーオー!」
「だから魔法図書館では静かにしろと言っているだろ!」
――ただでさえ迷惑なこの馬鹿を他の人に押し付けてしまうのは、それはそれで嫌になるからだ。
「うぅ……頭痛いよ」
「僕に飛び付いてこようとする馬鹿を軽く叩いたからですよ」
「確信犯だっ!?」
「だからうるさいです。何度言ったら分かるんですか?」
「はい、ごめんなさい」
この騒がしい少女、ソフィは人の子である。
それも、上級階級の、いわゆる令嬢というやつだ。
ただ他の貴族の子供たちとは違い、天真爛漫で思いやりがあり人から好かれる。
だけどこの場ではそれがかえって仇となり、騷々しく馴れ馴れしくと、僕としてはソフィが来る度に面倒な奴が来たと思うわけだけど。
そして毎度毎度注意をしていた僕は仕事中なのに、ついうっかり敬語を忘れてしまう。
それらも含めてソフィは僕の天敵である。
「リオ、今日は何か手伝うことある?」
「そうですね。僕に飛びかかる前の場所まで歩いてください」
ソフィが僕の側から離れる。
「ここぐらいだったはず!」
「今僕と対面している体を左に90度回ってください。ってそっちじゃないです。……そう、フォークを持つ方です」
「それからそれから?」
「そのまままっすぐ歩いて、扉を開けてください
「了解!」
指示通りにソフィが行動する。
「そのまま出てってください」
「断るよ!」
「……ちっ」
「舌打ちしたよね。今私に舌打ちしたよね!?」
何でそのまま出ていかないんだろうね。
ソフィがプリプリ怒りながら僕に迫る。
「酷いよリオ。折角私が手伝ってあげようとしたのにさ!」
「だから手伝ってもらおうとしたんじゃないですか」
「何をさせようと思ったの?」
「ソフィの相手が面倒なので帰ってもらおうかと」
「リオ、やっぱり意地悪だね!」
はぁ……騒がしい。
本来魔法図書館と言うのは、城等に置いておけない魔法書や禁書を保管、管理する場所であり、安易に貸し出したり読んだりする本を扱う普通の図書館では無い。
にも拘わらず、ソフィと言い魔法学校や騎士養成校の生徒やらはそんな事お構い無しに魔法書を読もうとしてくる。
この国、《アーチイズ王国》では、いや、この世界では地球とは違って16になる歳に成人と見なされる。
そこからさっき言ったような魔法学校や騎士養成校といった道に進むか、それとも家業を継ぐかを選ぶのが基本だ。
僕はこの世界に転生してきた身で、荒事に慣れていないのでどちらも行くのを止めた身だ。
死んだ理由はトラックで跳ねられたとか、そんな劇的ではなく普通に通り魔にナイフでグサッとやられたって感じだな。トラウマになるからこれ以上は止めておこう。
「まあ何となく予想はしてたけど、リオは仕事してて楽しいの?」
「仕事を好きでやってる人なんてそんな居ないだろ」
僕が考え事をしていたら、魔法図書館の中に居る人は僕とソフィだけになっていたので仕事モードから素の状態に戻る。
「それでも生きていくために、こうやってツラい仕事をしているんだ」
「そっか。ゴメンね。変なこと聞いちゃって」
「ソフィが謝るって珍しいな。雨でも降るんじゃないか?」
もし雨が降ったら湿気で本が傷む。それは見習い司書としてでも避けなければならない。
「リオがいじめるー!」
「うるさい」
「むぎゅっ」
ソフィの口を塞ぐ。
端から見れば貴族の令嬢が誘拐される寸前といった感じだが、僕は誘拐するどころかむしろ出ていけと言うスタンスなので、勿論そんな犯罪行為をするわけない。
「反省するまで絶対離さないから」
「むぎゅぎゅー!」
「あっ、こら、暴れるんじゃない!」
逃げようとソフィは僕に攻撃してくる。
こうなったら反省するまで意地でも離すものか!
そんな思いでソフィの肩をギュッと引き寄せて左腕でしっかりとホールドし、大人しくさせる。
やがて顔を真っ赤にしたソフィが、手足をバタつかせるのを止めて、肩で呼吸するようになる。
「悪い。流石に息出来なかったよな」
僕が仕事をする際にいつも座ってるイスに座らせて元気に……すると面倒だから、ちょっと体力が回復するのを待つ。
そうして待つことおよそ2分といったところか。
顔の赤みはいまだに引かないが、息は整ったようだ。
まあそれでも僕の顔をチラチラと見てはすぐに顔を背ける。
確かに僕に誘拐しようなんて思惑がなくてもソフィはあくまで僕の1つ年下の女の子。
魔法学校の受験に受かったと言ってもまだ本格的に習ってはいないから、自力でその状況を脱出するのは不可能に等しい。
そんな事を考えないで行動してしまった僕はソフィに罪悪感を感じる。
「悪かったな。大丈夫か?」
「……大丈夫だけど、大丈夫じゃない」
「大丈夫じゃないなら帰れ。なんなら送っていくぞ」
時計を見るともう午後6時。
魔法図書館が閉まる時間だ。
ソフィには悪いが少しだけ待ってもらってから送るのがいいだろう。
「大丈夫だよ!あっ、その、リオに悪いから、帰るね!」
「おい、ソフィ!」
だけど、ソフィは僕の呼び掛けには応えずに、走り去っていく。
さっきまで散々帰って欲しかったのに、僕はなんだかもやもやした気持ちで掃除をしてから家に帰った。
―――――――――――――――――――――――――――――
「リオ・アルジェントは居らぬか!」
「魔法図書館ではお静かに。リオ・アルジェントは私です」
翌日、今日も人がまばらに居る魔法図書館にて、いつものように司書として仕事をしていると見慣れた男性がやって来た。
来る度にフルネームで叫ぶのに顔を覚えてくれないので辟易するけど、この男性はソフィの父親であるから無下には出来ない。
「おお、そうだったね悪い悪い。リオ・アルジェント。訳あってここに来た。話をしたい」
「話ですか?それならこちらへ」
「いや、悪いのだが、少々家に来てくれないだろうか?」
おそらく僕が家に行くと言うことは、悪い事情の話だろう。
「わかりました。数分程度お待ちください。係りの者に伝えてきますので」
「うむ、頼んだ」
了解を得てから僕は裏で仕事をしている同僚にその事を伝え、鞄を持ってからソフィの父親と合流する。
「では行こうか」
魔法図書館からソフィの屋敷まで馬車でおよそ10分近く。
それを毎日毎日ソフィは歩いてくるので、よく疲れないなと関心してしまう。因みに僕の家から魔法図書館へは歩きで大体5分かかるか否か。その程度の時間だ。
馬車の窓から見える景色が徐々に屋敷に近づいていることを照明する。
ソフィの父親は気さくな人なので、僕がソフィと仲がいいからと言って『貴族と平民が付き合うとは何事だ』と言う考えの持ち主では無いため、拉致監禁するとは考えられないけど滅多にこんな事はないので緊張してしまう。
馬車の中では従者の人も含めて全員口を開かなかったため、馬の鳴き声と足音と、車輪の回る音だけが響く。
そうして着いた屋敷の客間に通され、そこでようやくソフィの父親が口火をきった。
「話というのは他でもない。私の愛娘、ソフィ・スフィアードが昨日から帰っていないのだ」
僕はその言葉に衝撃を受ける。
あのソフィが?
確かに昨日のソフィはどこか様子がおかしかった。でも魔力関知においては他の追々を許さないほどの腕前で、今まで1度たりともないから。
でも、そのソフィが家に帰っていない。
これは由々しき事態だ。確かに人目がある魔法図書館では話せない内容だ。
「私はリオ・アルジェントに直々の依頼をする。私の愛娘、ソフィを探してくれ。この通りだ!」
「土下座はやめてください。ソフィに関わる事なら、引き受けますから」
僕自身何言ってんだって思うけど、それと同時に腑に落ちる。
ああ、そうか。ソフィが帰って来ていないって聞いて、ここまで動揺しているのは、それは僕がソフィの事を――
ここまで考えて、そして振り払う。
「すみません、ちょっと詠唱していいですか?」
「ああ、構わない。ソフィの事を頼んだ」
この人は本当にソフィの事に関しては目がないな。
でも、そのお陰ですぐに探せる。
「彼の者を照らせ
彼の者を探せ
そして見つけよ」
鞄から魔法書を1冊取り出して、対象を探索する魔法の3節を詠唱する。
範囲を出来る限り薄く、広くしてソフィの魔力を探す。
そうして反応があった先は。
「(見付けた。ここは、時計台か!)」
魔法書を仕舞い、鞄を持って部屋を後にする。
部屋を出る際に全員が頭を僕に下げているのを見て苦笑いしつつも、ソフィを誘拐した犯人への思いを燻らせつつ、飛行の魔法書の詠唱を唱える。
「風よ我の元に集え
そして我に纏え
我に天駆ける力を」
詠唱を終えると、体が軽くなり、フワッと持ち上がる感覚。
僕が何度も世話になっている魔法に包まれて、探索の魔法で見つけ出したソフィの居る場所に空から一直線で向かう。
時計台は高さ約50メートル近く、ビルの高さで言うと20階程度だろうか。
プロの建築士やら何やらが1から造り上げ、不変の魔法によって崩れないように固定されているこの時計台は《アーチイズ王国》のシンボルとなっている。
探索の魔法に掛ける魔力を少し強めてソフィの居る階を探しだす。
イメージ的に言うとさっきまでは上から見た地図で、今は3Dと言った感じだろうか。
集中して探すと最上階の2つ下、そこにソフィ以外にも複数人にいるようだ。
「(よし、行くか)」
気を引き締めて中に入り、階段で駆け上がるのではなく、魔法をそのまま続けて飛び続ける。
「そらっ!徹底的に犯してやんよ!」
「イヤだね。私はもう一人に捧げるって、決めてるから」
「……そうか。なら、その前に汚してやんよ。グヒャヒャヒャヒャッ!」
何この山門芝居?
でも、まだ無事なようだし良かった。許さないけど。
「何でお前らはそんなに行動が遅いんだ?普通誘拐して身の安全を確保したら、そのままするだろう、バカか」
「リオ、それは私の事心配してんの?それとも寝取られるのが趣味なの?」
「安心しろ。僕は、僕の味方だ」
「安心出来る要素がない!?」
「お前ら。ここは任せた。そいつを殺ったらすぐにこいつで楽しむぞ!」
『おうっ!』
取り巻き達が僕の周りを囲むと同時に、親玉がソフィを連れて階段を上る。
周りの取り巻き達は僕に勝てると思って油断しているのか、ヘラヘラと笑っている。
酒臭いから恐らくは昨日酔い潰れて手を出さなかった、と言うところか?
「来いよ。纏めてぶっ飛ばしてやる」
魔法書を2冊取り出して、攻撃魔法を詠唱する。
「そいつ魔法書使いだ。本を燃やせ!」
取り巻きの中でも幹部だろうか?
一人が僕の魔法書を見て叫ぶ。
僕の魔法書なんですから、燃やすとか言語道断だ。
「燃え盛る業火
絢爛の紅玉
弾け飛べ」
1冊の魔法で着弾点で爆発四散する火球を。
「凍える月夜
飛翔する氷刃
凍てつけ」
もう1冊の魔法で三日月の形で乱れ飛ぶ氷の刃を飛ばす。
それに避けれなかった取り巻きの大半はそれだけで動けなくなり、残りの取り巻きはその光景に呆気に取られて固まっているところを魔法書で思い切り殴る。
「悪いな。僕の本は特別製でな。鈍器にもなるんだ」
「なんだ……そりゃ……」
よし、ゴミは片付けた。
残るは粗大ごみだけだ。
飛翔の魔法で階段の上を上っていく。
そこには麻縄で縛られ、所々服が破れているソフィと、ナイフ片手にニヤニヤ笑っている親玉の姿がある。
「クックック。お前をここで動けなくして、目の前で犯してやる。精々絶望するこったなぁ……!」
それが戦闘開始の合図だった。
親玉はナイフを僕に突き立てようと一直線に走ってくる。
それを見て、前世で通り魔に殺られた時の事がフラッシュバックして、体が動けない。
「……リオーーーッ!」
ソフィが僕の名前を叫ぶ。
フラッシュバックしてた光景がそれによって払われて、ギリギリで避ける事が出来た。
認めるのは癪だけどソフィは僕の命の恩人だな。
いくらこの世界に魔法があるからと言っても失われた命は戻らない。
「おらぁっ!」
返す刃で親玉が僕の足を狙う。
落ち着いて観察する事でなんとか避けれるけど、心臓はバクバクする。
そろそろ反撃していかないと、ジリ貧だな。でもここだとソフィに巻き込んでしまう可能性もあるし、どうするか。
「なんだ。仕掛けて来ねえのか!」
親玉は嫌らしげに笑う。
どうせナイフを舐めるなら、そのまま切れてしまえばいいのに。
「何処までも墜ちる
彼の重力で
締め付けろ」
重力の魔法で親玉を動けなくしようとする。が、馬鹿力なのか親玉は呻きながらも僕を執拗に狙う。
「ちっ。それなら」
鞄から別の本を取り出す。
そしてそこに書かれている魔法を詠唱する。
「我の御霊により命ず
我の肉体を強化しろ」
禁書の魔法。
俗に言う禁呪を唱えて力を解放する。
いや、正確に言うと魔力を使って増やしているわけだから解放とは少し違うか。
「面白い、ならばこれはどうだ!炎刃サラマンドラ!」
親玉は最近開発された魔武器のナイフを使っていたのか。ナイフは極度の熱によって無理矢理引き伸ばされたかのような長さになり、刀のような形になる。
「どうだ、驚いたろう?魔法は何もお前ら魔法書使いの専売特許じゃねえのさ!」
魔法によって刀になったそれを振り回す。だけど驚きよりも僕は安心した。
「そうだな。でもお前はここで終わる」
だって、もう、ナイフじゃねえんだから。
魔法書の角で腕を狙う。刀を落とす。
続いて足を踏み抜く。体をよろめかす。
止めに鳩尾に全力で殴る。ソフィの恐怖心、ソフィの父親の不安。
そして何より僕の、ごく個人的な理不尽と言っても差し支えないほどの激情を込めて。
「ぐはっっっ…………!」
僕が殴った親玉は時計台の壁に叩き付けられて口から血を吐き出す。
「ソフィ。大丈夫か?」
刀で麻縄を肌を傷付けないように丁寧に切り裂く。
「ありがとう、リオ。ケガはない?」
「それは僕の言葉だ。ソフィ。ケガはないか?」
「大丈夫。強いて言うなら、その人どうしよう」
ソフィが指差す先には伸びた親玉が居た。
僕がやっておいてなんだけど、どうしよう。
とにもかくにも、僕はソフィを助ける事に成功した。何か上手く締まらないけど、僕は綴り手ではなく司書なんだ。
気にしないでいこう。
―――――――――――――――――――――――――――――
その後、ソフィを拐った奴らは騎士団に引き取られ僕はと言うと、今日もソフィの屋敷に呼ばれていた。
「それで、話って何でしょうか?」
僕は魔法図書館の仕事が休みなので家でくつろいでいようと思ったらこの有り様だ。ままならないものである。
「良い話だから気楽に、でもしっかり聞いてよ?」
ソフィが僕の隣でニコニコしながら言うと、父親も首を縦に振る。
「リオ・アルジェント。どうかソフィが通う魔法学校に入学してもらいたい」
「えっ、ちょっと待って下さい」
でもそんな事をこの人は聞かず。
「そしてキミを私の愛娘、ソフィ・スフィアードの婿養子にしたい」
「はい?」
「はいって言ったね?」
いや、そう言う意味じゃねえよ。
その言葉も出ず。
「じゃあよろしくね」
ああもう、ソフィは本当に――
「私の旦那様?」
――僕の天敵だ。