第二話、その4
「コラァ桐谷君! 待ちなさい!」
三人の中で比較的足が速く、体力のある玲子先生は全速力で鷹人に迫ってくる。
「狙われた! 空野さん走って!」
「ああ……うん! うあっ!」
鷹人はとっさに零の手首を掴んで引っ張るように走ると、走るのとは違う意味で心臓の鼓動が速まった。
「コラ桐谷君! 夏休み前から不純異性交遊なんて許さないわよ!」
「僻みですか玲子先生!? みっともないですよ!!」
鷹人は叫んでやった。
「うるさい! 余計なお世話よ!」
何が? と訊きたいが零と手を繋いで走ってグイグイと引き離して曲がり角を曲がるが、この先には三メートルくらいの高いコンクリート壁があって行き止まりだった。
「桐谷君! 行き止まりよ!!」
「俺に考えがある! 空野さん、肩に乗って!」
鷹人は両手を壁に着けて中腰になって零に背を向けるが、零は躊躇って立ち止まる。
「えっ!? で、でも……」
「急いで! このままじゃ先生に捕まる!」
「う、うん!」
零は両足を鷹人の両肩に乗ると、全体重が鷹人にかかって顔を顰めた。想像以上に重い……見た目によらず結構あるが人間ある程度体重は必要だ。
「いい? せーので跳んで! せーの!」
「ふうわあっ!!」
鷹人は勢いよく両足を伸ばし、体全体をバネのようにして零は勢いよくジャンプ! そのまま鷹人は下から押し上げ、塀を上ることに成功! ついでに零のパンツも見えた! 白だ! 壁の幅も比較的広く、零は岩場に登るカモシカようになる。
鷹人も助走つけて跳ぼうと壁から離れたが、玲子先生に見つかった。
「こらぁ空野さん、降りてきなさい! 桐谷君もいい加減に大人しくしなさい!」
ヤバイ! 桐谷は慌てず冷静に息を大きく吸ってダッシュ! 鷹人は思いっきりジャンプして両手で壁のヘリを掴むと気合を入れて両腕だけで体を思いっ切り引き上げ、右足を引き上げて壁にかけると、あっという間に体を壁の上に持っていった。
零は驚き、見惚れてるようにも見えた。
「凄い……桐谷君スタントマンみたい」
「翔お兄さんに色々鍛えられてたんだ!」
鷹人は思わず誇らしげに言うと、壁の向こう側は狭い道路だ。車が来てないことを確認すると零は先にぶら下がって降り、鷹人は飛び降りて着地と同時に前転。衝撃を緩和し、立ち上がる。
「かっこいい! 桐谷君、翔お兄さんにどんなこと教わったの?」
「ああ、今のような奴は勿論……銃の扱い方とかも教わったよ。一年の頃、夏休みに南アフリカのケープタウンに連れてってもらって、そこの民間軍事会社で色々教わったんだ。教官は英国陸軍特殊空挺部隊の元少佐だったよ」
零の惜しみない賞賛に鷹人は頬を赤らめながら自慢げに話した。好きな女の子に賞賛されるのって凄く嬉しいけど、凄く恥ずかしい。
浮かれている鷹人の目の前に、玲子先生も壁を飛び越えて着地した。
「逃がさないわよぉ……桐谷君、空野さん」
玲子先生は標的を執拗に追いかける殺人鬼のようなオーラを「ゴゴゴゴ」と放ちながら笑顔で立ち上がった。
「うわああああああぁぁぁっ!!」
「きゃあああああああああっ!!」
鷹人と零は同時に悲鳴を上げながら再度逃走、玲子先生マジで怖い!
「へっへっへっへっ、捕まえたぞ三上」
その頃一輝は満面の笑顔の大神先生に捕まり、後ろ首を捕まれて強制連行されていた。大神先生に狙われたら誰にも逃げられないという噂は本当だった。
「テニス部やめてぶらぶらしてるのかと思ったら、変な集会に来てたとはな。友達沢山作ったのか?」
「違いますよ……その暇な奴集めて、野球の応援行こうって頼んだんですよ」
「野球? 確かにもう地方大会の時期だな」
「それで、本田が……甲子園連れてってやるから応援に来てくれって」
一輝はエーデルワイス団のことは伏せて話した、すると大神先生は意外にも感心した表情になった。
「そうか本田が、あいつはテニスやってた頃のお前とは違う意味で真っ直ぐだからな、いくら将来考えた方がいいぞって言ってやっても聞かないんだ。そうか、あいつは自分のためだけじゃなくみんなのためにやってるんだな」
大神先生の言葉に一輝は「みんなのために」という言葉が胸に刺さった。
そうだあいつは野球のことしか考えてないように見えるが、ちゃんとみんなのことを考えてるんだ。あいつは野球でみんなが笑顔になれば本望だと言ってた、それに比べて俺は……。
だから二年のインターハイ前の試合の日、零に酷いことを言って傷つけてしまった。そしてあの日の試合中に深刻な怪我をしてしまい、挫折してテニスをやめてしまった。
これは一輝にとって罪と罰なのかもしれない。
「大神先生」
一輝は顔を上げて言う。
「どうしたんだ? そんな改まった顔して」
「俺、この最後の夏休み、あいつらに賭けてみようと思うんです。テニスやめて新しい友達ができたんっすよ……だから、あいつらを否定しないで下さい!」
一輝は真っ直ぐ大神先生を見つめると、大神先生は目を伏せた。
「俺は一年の頃からお前を見てるが、こんなことを言うのは始めてだな。どう過ごそうがお前次第だ」
大神先生は肯定も否定もしなかった。
どうにか逃げ延びた妙子は息を切らして、美由と味噌天神まで走っていた。
「はぁ……はぁ……桐谷君たち逃げ切ったかしら?」
妙子は他の三人が心配だったが、学校に戻っても先生に捕まるだけだ。すると美由はスマートフォンを取り出した、どうやら着信があってバイブ機能が作動したらしい。
「翔お兄ちゃんからだ? 妙ちゃん……エーデルワイス団の拠点いい所があったわ!」
「えっ? どこ?」
「もう妙ちゃんも知ってるし、行ったことあるわ!」
美由は嬉しそうに笑みを浮かべながら言う、妙子も行ったことある場所……一つ浮かんで確信し、どうして今まで気付かなかったんだろうと笑みがこぼれた。
「あたしの家よ、あそこなら誰にも邪魔されない! エーデルワイス団の拠点には最高の場所よ!」
「でもいいの美由ちゃん? あたしたちが来ると毎日が騒がしくなるよ?」
「翔お兄ちゃん言ってた、学校に居場所がないなら外に居場所を見出しなさいって」
全く美由ちゃんのお兄さんは、妙子は苦笑しながらも決意した。
「よし! それじゃあ我がエーデルワイス団の拠点は美由ちゃんの家で決定よ!」
エーデルワイス団の最初で最後の夏休みが始まる。それは二度と戻らない、青春物語を描くために。