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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第二話、その3


 ここ数日は美由にとって辛い日々だった。


 いつも朝登校すれば、妙子は自分を見つけると、元気な声で挨拶して人懐っこい犬みたいに駆け寄ってくるが、今日も自分が近づいて恐る恐る声をかけてようやく気付いてくれたのだ。

 授業の合間の休み時間や昼休みにもひそひそ話しを恐れていたのか、ヘッドホンをスマートフォンに繋いで洋楽の退廃的なデスメタルを聴いて突っ伏していた。

 美由は話しかける勇気のない自分が情けなかった、伝えたいことも言えないんじゃあの時と変わらない。

 放課後になり、美由は鞄を取って恐る恐る声をかけた。

「妙ちゃん、一緒に帰ろうか?」

「うん……」

 瞳から光を失った妙子は力なく肯いて立ち上がる。

「ねぇあの二人聞いた?」

「知ってるわ、エーデルワイス団でしょ?」

 どこかでヒソヒソ話が聞こえて美由は顔を顰めた、反論する勇気のない自分の不甲斐なさにまた泣きそうだった。すると、妙子はボソボソと下を向いて呟くように言った。

「ごめんね、美由ちゃん……あたしのせいで」

「謝らなくていいわよ、肩身の狭い思いをするのは慣れてるから」

 美由は首を横に振りながら言うと、妙子は弱々しく言う。

「でも、あたしのせいで美由ちゃんや三上君に桐谷君、空野さんにまで迷惑をかけちゃった……だから」

「井坂さん、あの……」

 織部さんだ。この前の放課後で言い合いになった生徒の中でただ一人、心配そうに見つめていたクラスメイトで彼女もエーデルワイス団だ。

「あの時はごめんなさい……何もできなくて」

「あっいいのよ、織部さんは何も悪くないわ……どう? 織部さんのエーデルワイス団は? うまくいってる?」

 妙子は無理に笑って首を横に振る、その表情が美由には痛々しく唇を噛んだ。いつも明るく、前向きで元気な妙子の顔ではない。

「それなんだけど、これから一緒に来てくれる?」

 織部さんの表情は真剣でどうしても来て欲しいと言ってるようにも聞こえ、美由は試しに訊いてみた。

「織部さん? どこに行くの?」

「どうしても見せたいものがあるの、真島さんもエーデルワイス団ならね」

 織部さんは精悍な笑みを浮かべて、ウインクした。それがとてもかっこよくて美由は彼女なら妙子を救ってくれるような気がした。

「ついてきて、体育館裏よ」

 織部さんに促されてついてくると、途中で他の学年やクラスの生徒も体育館裏へと向かってる、美由はまさかと思ってると妙子もいつの間にか顔を上げて見回していた。

 間違いない、この人たちも体育館裏に向かってると。

「よお、遅かったじゃないか。待ってたぜ井坂、この前は悪かったな」

「三上君?」

 廊下で一輝がこの前、教室に入ってきた時と同じように気軽な口調で挨拶して合流。妙子はぽかんとした顔で一輝を見ると昇降口で零が靴を履き替えていた。

「妙子、この前はごめんね」

「空野さん……もう気にしてないわ零ちゃん」

 それで妙子はぎこちない笑みを浮かべて合流すると、美由はグラウンドを見回すと妙子も彼を探して訊いた。

「桐谷君は? 見てない?」

「サボってたぜあいつ、昼前には戻ってきたけど」

 一輝はそう言うと、美由はサボったんだと、思わず苦笑いする。翔お兄ちゃんが聞いてたら呆れそうだ。

「でもちゃんと戻ってきたからいいんじゃない?」

「妙子らしい言い方ね」

 零はクスリと微笑むと、美由も思わず肯いた。

 鷹人は体育館の壁に寄りかかって腕を組んで待っていた、あんなにかっこつけるのは翔お兄ちゃんの影響かな?

「なにそんな所でかっこつけてるの? 午前中サボったんだって?」

 徐々にであるが妙子はいつもの明るい口調に戻り始めてる。

「いい案が浮かんでね、それには美由の協力が必要不可欠なんだ」

「えっ!? あたしに?」

「ああ、でもその前に見て欲しいものがあるんだって」

 美由は戸惑った。あたしに何ができるんだろう? 鷹人に促されて体育館裏に向かう、そこはちょっとした広い空き地になっていて不良の溜り場になっているはずだ。

 答えはすぐにわかった。

 妙子が確信したのか、瞳から光を取り戻しつつあった。

 体育館裏の空き地の広場には一〇〇人とまではいかないが、沢山の生徒が学年問わずにそれぞれのグループを作り、楽しそうな笑顔で話している。

「織部さん、これって……」

 美由は織部さんの横顔を見ると、ハッキリと肯いて言った。

「みんな井坂さんが守ったエーデルワイス団よ。細高だけでもエーデルワイス団は二〇以上のが団体できてたの」

「凄い……こんなに仲間がいたんだ!」

 妙子は瞳を輝きを取り戻し、微笑むと、織部さんは頼もしげに言った。

「うん、派閥争いを避けるためにお互いに付かず離れずの緩やかな繋がりを持ち、いざと言う時はお互いに助け合う。それがエーデルワイス団……井坂さん、あなたは一人じゃない、仲間もいるし私たちにだって頼っていいのよ!」

 妙子は思わず後ろの三人に視線を向けた。一輝、零、鷹人、そして自分に向けると妙子は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうみんな……こんな頼りないリーダーだけど、よろしくね!」

 満面の笑みで一礼するとみんな肯き、美由も安堵の笑みを浮かべて肯いた。

 よかった、妙ちゃんが元気になってくれて。

「さあ始めましょう、エーデルワイス団細高集会を!」

 織部さんはそう言って歩き始めた。クラスでは目立たない大人しい少女なのに、今はまるで強い意志を瞳に秘めていた。



 驚いたことに織部優乃は細高エーデルワイス団の代表になっていた、それも成り行きという点では妙子と同じだった。きっと自分の知らないところで織部さんは戦ってたに違いないと、妙子はちょっぴり自分が恥ずかしくなった。

 一輝の提案である野球の地方大会応援、甲子園出場が決まれば甲子園に行くという意見を出すと、それも決まり他には最後の夜はみんなで文化祭という意見も出たがいくつかの団が準備すると言う。

 和気藹々としたムードで集会を進めていた時だった。


「何をしてるんだお前たち! これはなんの集まりだ!!」


 いくつかの意見が纏まった時、野太い声が広場に響き渡った。

「やべっ……大神だ」

 一輝は小声で呟いた。一輝や零の担任兼テニス部顧問で体育担当の大神義人おおがみよしひと先生が現れた、後ろには高森先生や玲子先生もいる。

「やばっ! みんな逃げるわよ!! 解散!!」

 妙子は咄嗟の判断で叫ぶと美由の手を掴んだ。

「ふあっ!」

「なにやってるのよ美由ちゃん、全速力で逃げるわよ!」

「う、うん!」

 妙子は美由の手を握り、走って逃げる。

「コラッ! みんな止まりなさい!!」

 高森先生は制止するがみんな構わず散り散りになり、全速力で走る。

 捕まえれるもんなら捕まえてみなさい! あたしたちはエーデルワイス団、何者にも縛られず自由に、最後の時を生きるのよ!

「美由ちゃん、あとで桐谷君に協力してあげてね!」

「うん、勿論よ!」

 美由は笑顔で肯いてくれた。二人は体育館外側通路を走り抜けて校門へと向かう。

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